調査・報告

畜産物の安全・安心システムの確立と生産情報公開

県立広島大学生命環境学部 教授 四方 康行

1.はじめに

 BSE発生を契機に、食の安全・安心は消費者の関心ごとであり、消費者はどのような生産を行っているのか、特に、農薬や動物用医薬品、添加物等の使用に関する情報を知りたいと思っている。

 有機JAS制度に関しては、一般農産物において普及してきているが、有機畜産物は牛乳がわずかにある程度で、牛肉、豚肉等においては、有機の認証は困難である。牛肉、豚肉など、畜産物においては、「生産情報公表JAS規格」が重要である。大手スーパーのイオンでは、この制度を店頭での情報公開に取り入れてきた。

 本研究では、一般農産物に先行して始まった畜産物(牛肉・豚肉)における「生産情報公表JAS規格」を中心に取り上げ、その普及と課題を生産・消費の両側面から調査研究していくことで、畜産物の需給の安定に資することを目的とする。

2. 生産情報公表JAS規格の概要

  「生産情報公表JAS規格」は2003年12月に、まず、牛肉を対象として始まった。これは、牛肉においては、すでに、同年6月に牛トレーサビリティー法(正式名称は「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」、以下では、「牛トレーサビリティー法とする」)が成立しているので、その延長線上にあると考えられる。続いて2004年7月に「生産情報公表豚肉」が、2005年7月に「生産情報公表農産物」がスタートした。

 生産情報公表JAS規格とは、「食」に対する信頼回復を図るため、「食卓から農場まで」の顔の見える仕組みを整備する一環として、食品の生産情報を消費者に正確に伝えていることを第三者機関が認証するものである(注1)。 生産情報公表豚肉のJAS規格は生産情報公表牛肉のJAS規格とほぼ同じであるが、少し違うところがある。

 法的な義務がある牛トレーサビリティー法に対して、JAS規格はあくまでも任意であるが、JAS規格を取得すれば、牛トレーサビリティー法を超えた内容を公表することになる。それは、給与した飼料の名称と使用した動物用医薬品の薬効別分類および名称である。

 ここでは、認定生産行程管理者と認定小分け業者が重要な役割を担っている。牛トレーサビリティー法では、(独)家畜改良センターが生産履歴情報の保管・公表を行っているが、生産情報公表牛肉JAS制度のもとでは、認定を受けた生産行程管理者または小分け業者がそれを行うことになっている(注2)

 認定生産行程管理者と認定小分け業者は、農林水産大臣が登録した登録認定機関によって、JAS規格に沿って調査され、認定される。

 生産情報公表JAS制度では、農林水産大臣が登録した登録認定機関から認定生産行程者として認定を受けた生産者などが、自らその食品がJAS規格に適合しているか検査し、検査に適合している食品にJASマークを付して販売することができる。また、JASマークが付された食品を小分けして、小分け後の食品にJASマークを付す場合、登録認定機関から認定を受けた認定小分け業者がJASマークを付して販売することができる。

 このように、食品がJAS規格に適合していることを示すJASマークを付すことができるのは,登録認定機関から認定を受けた生産行程管理者及び小分け業者だけであり,それ以外のものはJASマークを付すことができない(注3)

 消費者にとって、生産情報を細かく知ることができるのは、食品の安全・安心につながり、さらに一層の普及を望みたいところであるが、実際には、認定を受けた生産行程管理者及び小分け業者の数も限られており、生産情報公表JAS牛肉・豚肉の流通はわずかであり、普及の拡大はしていない。

3.生産情報公表JAS牛肉・豚肉の生産行程管理者へのアンケート結果

 筆者による登録認定機関に対する聞き取り調査よると、2008年10月17日現在において生産情報公表牛肉生産行程管理者の数は24である。その内訳は、個人経営が2、有限会社が7、株式会社が9、農事組合法人が2、その他が4であった。また、生産情報公表牛肉の小分け業者は41社であった。次に、生産情報公表豚肉生産行程管理者の数は11である。その内訳は、有限会社が5、株式会社が5、農事組合法人が1であった。また、生産情報公表豚肉の小分け業者は12社であった。

 そこで、2009年3月に生産情報公表JAS規格牛肉・豚肉の生産行程管理者に、生産と流通の実態及び課題を把握するためにアンケート調査を実施した。

 回答数は牛肉生産行程管理者が17(回収率及び回答率70.8%)、豚肉生産行程管理者が6(回収率及び回答率54.5%)であった。表1には、回答経営の経営形態とJAS取得年が示してある。牛肉では、初期の2004年に取得して経営が半数近くあった。豚肉のほうは、2006年と2007年が多くなっている。

 以下、アンケート調査結果の内容について述べていく。表2は、認証費用が高いかどうかを尋ねたものである。牛肉では、高いが最も多く8(47%)であるが、普通と答えた経営も6(35.3%)ある。これに対して、豚肉ではすべての経営が高いと答えている。その理由は、JAS規格肉としての、出荷割合や小売り段階での流通の有無も関係してくる。
表1 回答者の経営形態とJAS規格取得年
表2 認証取得の費用の金額
表3 JAS牛肉・豚肉としての出荷割合
表4 小売り段階でのJAS規格牛肉・ 豚肉としての流通の有無

 表3には、JAS牛肉・豚肉としての出荷割合が示されている。全く出荷していない0%も、牛肉で5(29.4%)、豚肉では2(33.3%)ある。また、全てをJAS規格肉として100%出荷する経営はない。

 表4は、表3でJAS規格牛肉・豚肉として、出荷しても、小売段階では小分け業者の認定が必要なので、小売段階でも流通しているかどうかを質問したものである。市場に出せば、小売段階までは把握できないので、わからないとする「無回答」もあるが、多くは把握していて、牛肉では「流通している」のは、6(35.3%)、豚肉では全く流通していない。

 表5は出荷したJAS規格牛肉(表4より豚肉は流通していない)が小売り段階でどの程度の割合で流通しているのかを尋ねたものである。100%は1経営あったが、その他は、半分以下または、わからない(無回答)状況である。
表5 流通している場合、出荷したJAS規格牛肉のなかでの小売りでの流通割合
 以上のように、生産情報公表JAS規格(牛肉・豚肉)を認証取得している経営は少ないが、そのなかでも、生産情報公表JAS規格の肉としての出荷は、繁殖段階からの生産履歴が必要であり、自分の経営で生産情報を公表できるためには、繁殖肥育の一貫経営であるか、導入する素畜がその条件を満たしうるように、導入段階で農家や市場との契約や協力が必須である。そして、その条件を満たしたものを出荷できたとしても、小売り段階では小分け業者が生産情報公表JAS規格を認証取得していなければならない。したがって、小売り段階において流通しているのは、直営店の場合か、あらかじめ生産者と小売業者の間の連携がうまくいっている場合である。

 このようにみてくると、生産情報公表JAS規格取得のメリットは限られてくるが、表6のように、メリットがあると回答したのは牛肉で6(35.3%)、豚肉で2(33.3%)となっている。メリットがあると答えた経営には、実際に得意先の増加や高価格での販売等の付加価値としてのメリットがあるとしたものもあるが、それは、全体では少なく、実際には、流通させるのが難しい、あるいは流通していないが、従業員の意識改革やデータ管理での利用でのメリットを挙げている。メリットがないと答えた経営は費用対効果や販売面でのメリットがないことをあげている。
表6 生産情報公表JAS規格取得の メリットの有無

4.生産情報公表JAS牛肉・豚肉の取り組み

(1) 牛トレーサビリティー制度と生産情報公表牛肉JAS規格

 牛トレーサビリティー法においては、(1)個体識別番号、(2)出生年月日、(3)雌雄の別、(4)母牛の個体識別番号、(5)管理者の氏名または名称、管理者の住所、管理の開始の年月日、(6)飼養施設の所在地及び当該飼養施設における飼養開始年月日、(7)牛の種別、(8)と畜者の氏名または名称、と畜者の連絡先、と畜場の名称、と畜場の所在地の情報が公表される。トレーサビリティー制度に加えて、新たに給与した飼料の名称と使用した動物用医薬品の薬効別分類及び名称の情報公開が加えられたのが生産情報公表牛肉JAS規格である。

 すでに述べたように、2008年10月現在において、生産行程管理者は24事業者、小分け業者については41事業者しかJAS規格を取得していない。生産工程管理者については、繁殖を行わない肥育経営や育成経営においては、子牛は家畜市場から導入しなければならないため、こうした家畜市場を通した不特定多数の飼養者から購入した牛には給与した飼料の履歴が不明でありJAS規格に該当しないことになる。それゆえ、生産情報公表牛肉JAS規格は一部の経営しか取得していない。

(2) 生産情報公表JAS牛肉の生産と流通の実態

 例として、広島県の(株)なかやま牧場(肥育頭数1万頭、肥育・加工・販売一貫経営)においては、2004年に生産情報公表JAS規格を取得したが、2007年においてJAS規格の認証更新を取りやめた。生産情報の管理システムにおいては従来通り行なっており、第三者による認証の有無の差になっている。ただ、生産情報公表JAS規格においては、子牛を市場より導入すると肥育・育成前の段階の履歴が不明であるためJAS規格としての出荷が難しく、(株)なかやま牧場では子牛の多くを市場より導入しており、JAS規格に該当するのは繁殖段階より生産履歴が把握できる協力牧場や自社牧場からのものに限られる。小分け業者の認定も直営のスーパーを経営しているので、取得しているが、従来から独自の牛の管理カードの使用により地元で肥育している牛を地元の直営スーパーにて「なかやま牛」として販売していることもあり、JAS規格取得が付加価値の向上には結び付かなかったと考えられる。

 これに対して、島根県の農事組合法人松永牧場(3戸5名の構成、飼育頭数5,760頭:酪農経営も開始:乳肉複合)においては、繁殖から肥育一貫体制により、半数はJAS規格に該当しており、JAS規格によって認証された商品として安心・安全としての付加価値を加えることができ、JAS規格牛肉は枝肉においてキログラム当たり40〜50円高で販売でき、地元のチェーン店ではJASマークをつけて、また、パネル等において消費者にわかりやすく販売されている

 松永牧場に関してはJAS規格だけでなくIS014001を取得し環境の側面からも社会的責任を実行しているといえる。

 また、山梨県の有限会社小林ワイン牧場(肥育牛1,300頭)では、3つの直営店の「美郷」での販売が約半数になり、その他のスーパー等でもJAS規格牛肉として、有利に販売されている。

(3) 生産情報公表JAS豚肉の生産と流通の実態

 ここでは、(有)ポークランド、(有)十和田高原ファーム、(有)ファームランド、(有)小坂クリーンセンターを有しているポークランドグループを中心に取り上げる。ポークランドグループは、農協の職員だった現在の社長を中心に、地域の資源利用を進め、地域の循環型まちづくりにも寄与している。

 ポークランドグループは、1995年2月に設立され、秋田県鹿角郡小坂町に位置している。設立の経緯は、以前は鉱山の町として栄えていた小坂町であるが、鉱山の閉山とともにかつてのにぎわいはなくなり、多くの中山間地域にみられる過疎高齢化の中での地域活性化の課題と関連している。

 1992年に県北部において年間14万頭の豚処理頭数のと畜場をつくるという再編事業計画があった。それは、小坂町に隣接する鹿角市に建設されることになった産地食肉処理センター(現在の株式会社ミートランド)を活用した養豚事業を中核とする農業振興方針が打ち出された。そして、全農グループでSPF豚100万頭構想があった。

 そこで、当時農協勤務の課長が中心となり、ポークランドグループが設立された。1996年に「ポークランド」、「小坂クリーンセンター」が稼働し、1999年には「十和田高原ファーム」、そして2006年から建設を開始し2008年1月に「ファームランド」が完成した。これまでの施設建設に対する融資は農林漁業金融公庫(2008年10月より株式会社日本政策金融公庫)であった。小坂クリーンセンターは、町内の生ゴミをたい肥化したりするのに用い、町のバイオマスタウン構想の中心的な役割を担っていて、今日の地域の循環型社会の構築に貢献している。ポークランドグループ自体が単に豚の生産だけではなく、地域との共存を考えた資源循環型農業を目指している。町内での飼料米生産の取り組みもその一環である。

 3つの牧場はそれぞれ母豚1600頭で、年間3万7000頭の出荷となっている。

 ポークランドでは、2003年にISO14001、さらにISO9001と、環境面、品質管理面において、国際的な認証を取得した。また、「全農安心システム」も認証され実施されている。

 その中で、足りないものはトレーサビリティーであると考え、2004年に「生産情報公表豚肉のJAS規格」と「ICタグを導入した豚の個体管理システム」の運用を日本で最初に始めた。

 豚肉のJAS規格の取組は、スーパー「イオン」においても取り上げられ、関東地域でJAS規格の豚肉がマークを付けて売られることになった。しかし、現在は後述のように取り扱われていない。

 黒豚に負けないようにとの思いも込めて、「桃豚」の銘柄で出荷されている。現在の年間出荷頭数は、11万3000頭である。ファームとクリーンセンターなどの総事業費は約80億円、産業廃棄物処理や堆肥販売を加えた販売額は年間約40億円となっている。

 JAS規格については、それ自体は経営管理面での利用において続けていくが、ICタグの個体管理と連動したものである(注4)

5.流通業の取り組み―スーパー「イオン」の例―

 大手スーパー「イオン」では、2004年12月に関東エリアの「ジャスコ」39店舗で、生産情報公表JAS豚肉を販売した。認定生産行程管理者として十和田湖高原ファームが「生産情報公表JAS豚肉」の認定を得たので、イオンでは「小分け業者」として認定を100%子会社の「フードサプライジャスコ」(千葉県南関東事業所)が取得して、ファームの豚肉を2008年4月まで販売していた。しかし、4月以降は、JASの取り扱いをやめることにした。また、小分け業者としての認定も、以後更新しなくなったので、現在では、JAS規格牛肉・豚肉等を扱わない状況になっている。必要となれば、また、取得するとのことであるが、取り扱わなくなった理由は、売れ行きがあまり良くないということと、現在は、地産地消ということで、千葉県の「イモ豚」を取り扱うようになり、そちらのほうが、人気が高いということから、取り扱わなくなったようである。

6.まとめ

  消費者の安全・安心、畜産物の信頼回復と消費拡大を考えて、始まった生産情報公表JAS制度であるが、現在のところ、まだ十分には普及していない。また、制度そのものは若干調整されてきているものの、生産・流通と全体にわたって、生産情報を伝達・保管していくことの困難さや、生産情報公表JAS商品の付加価値についてのメリットを各経営が得ていないところがあり、それらがネックとなって拡大していかないところがある。

 しかし、生産情報の公表は消費者にとって、非常に重要な要望であり、この制度を引き続き継続発展していく必要がある。


  (注1) 社団法人日本農林規格協会『作り手がわかる安心のしるし〜生産情報公表JAS規格
       ができました!〜』2003年3月

  (注2) 佐々木悟「日本農林規格(JAS)格付けの現状と課題―牛肉の生産情報の管理・公表
       を巡って―」『旭川大学紀要』第60号,2005年12月,p.4

  (注3) 財団法人食品産業センター『生産情報公表牛肉のJAS規格ガイドブック』2004年3月
       財団法人食品産業センター『生産情報公表豚肉のJAS規格ガイドブック』2005年3月
       等を参照。

  (注4) 工藤裕治「生産流通サイドからみた生産情報公表JAS規格の取り組み状況と課題
       −十和田湖高原ポークを事例として−」『畜産コンサルタント』507,2007年2月,
       p.17〜22を参照。


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