調査・報告

米国における2010年牛肉需給見通しおよび子牛の生産・取引事情
─米国農業観測会議および現地調査から─

食肉生産流通部 食肉事業課 三部 史織
(現 野菜需給部 需給業務課)
調査情報部 調査課 藤井 麻衣子

1.はじめに

 本年2月18日、19日に米国ワシントンD.Cで開催された米国農業観測会議(Agricultural
Outlook Forum 2010)に参加する機会を得た。この会議は、毎年この時期に米国農務省(USDA)の主催で行われており、今年も米国の2010年における主要農畜産物の生産、消費、輸出入など需給状況や食料・農業に関するさまざまな議論が行われた。スピーカーはトム・ヴィルサック農務長官をはじめ100人以上に及んだ。

 会議では毎年テーマが掲げられており、今年は「持続可能な農業:健康と繁栄の鍵」(Sustainable Agriculture: The Key to Health & Prosperity)であり、冒頭のスピーチでヴィルサック農務長官は、米国の農家の急速な高齢化について触れるとともに、地域社会の今後の発展のために、生産性向上などの研究開発の推進、食品の安全性確保を通じた市場の維持、地産地消の推進や食料へのアクセスの改善による国内市場の拡大、各国の状況に応じたアプローチによる輸出促進、農畜産物の残さのエネルギー活用について言及した。

 今回は、同会議の中から今後の牛肉需給の見通しを紹介するとともに、会議後に調査した家畜市場と繁殖肉牛生産者の声を紹介したい。

2.2010年牛肉需給見通し

(1)肉牛飼養頭数
 ─飼養頭数の減少は当面続く─

 2009年の牛肉産業は、2008年の飼料価格の高騰による生産コストの増加、世界経済の景気後退や米国内の高失業率による需要減少により、縮小傾向にあった。

 2010年1月1日現在の牛総飼養頭数(乳用牛を含む)は、前年を0.9%下回る9370万1千頭と、1959年以降で最も少ない飼養頭数となった。2007年のテキサスなどの生産・繁殖地域における干ばつや、2008年の飼料価格の高騰が影響したとみられ、部門別に見ると、肉用繁殖雌牛は前年を1.1%下回る3138万頭、更新用肉用雌牛(未経産牛)も同じく前年を1.1%下回る543万6千頭となった。

 また、子牛生産頭数は2006年以降前年を下回って推移しており、牛飼養頭数の減少は当面続くとみられる。

図1 牛の総飼養頭数の推移
資料:USDA/NASS「Cattle」
注:各年1月1日現在

(2)牛肉生産量
─減少傾向が続く見込み─

 2009年の牛肉生産量(枝肉重量ベース)は、と畜頭数の減少により前年を2.3%下回る1177万7千トンとなった。と畜頭数については、前年比3.3%減の3333万頭と、減少幅が牛飼養頭数(2010年1月1日現在で同0.9%減)を上回っている。これは、食肉パッカーなどが収益改善を図るため、供給を絞ることによって、肉牛価格の下げ止まりを狙ったためとみられる。一方、1頭当たりの枝肉重量は、前年比0.8%増の356キログラムとなった。

 なお、2010年の牛肉生産量は、前年を1.2%下回る1163万2千トンと、生産規模の縮小傾向が今後も続くと見込まれる。

図2 牛肉生産量の推移
資料:USDA「Livestock, Dairy and Poultry Outlook」
注1:枝肉重量ベース
2:2010年は予測値

(3)輸出量
─アジア市場の拡大に期待─

 2009年の牛肉輸出量(枝肉重量ベース)は、前年を1.0%下回る84万8千トンとなった。これは、2大仕向け先であるメキシコおよびカナダの景気後退による需要の減少を反映し、前年より大幅に減少したことが影響したためとみられる。一方、アジア市場向けは好調となり、日本、香港、ベトナム向けは前年を大幅に上回った。

 また、2010年の輸出量は前年比9%増の92万5千トンと予測される。メキシコやカナダの景気回復による需要の増加や、経済成長などによるアジア市場向けのさらなる拡大が期待される。

図3 牛肉の輸出量の推移
資料:USDA「Livestock, Dairy and Poultry Outlook」
注1:枝肉重量ベース
2:2010年は予測値

(4)価格
─生産規模の縮小により回復の見込み─

 2009年の肥育牛価格(チョイス級、1,100〜1,300ポンド、ネブラスカ)は、前年比10.4%安の100ポンド当たり82.68ドル(キログラム当たり約171円:1ドル=94円)となった。これは、2003年以降最も低い水準である。また、肥育素牛(ミディアム、600〜650ポンド、オクラホマシティー市場)は、前年比5.3%安の100ポンド当たり101.9ドル(キログラム当たり約211円)となった。米国内外の需要の減少が、2009年を通して肥育素牛および肥育牛価格の下げ圧力となったとみられる。

 なお、2010年の肥育牛の平均価格は、牛肉生産量やと畜頭数の減少により、前年を上回る100ポンド当たり87〜92ドル(キログラム当たり約180〜191円)と見込まれる。

図4 肥育牛価格の推移
資料:USDA「Livestock, Dairy, and Poultry Outlook」
注1:ネブラスカにおける去勢牛チョイス級、1,100〜1,300ポンドの相対取引価格
2:2010年は予測値

3.米国最大の家畜市場と繁殖肉牛農家の現地報告─飼料コスト高、飼養頭数減少の中で─

 2010年の米国牛肉の見通しでは、世界経済の回復に伴い需要の増加が期待されるが、牛飼養頭数が減少傾向で推移し、繁殖基盤の縮小が懸念されているところである。

 このような状況の中、子牛生産頭数は減少を続けており、2010年も前年を下回ると予測されている。2009年の生産頭数を州別に見ると、1位のテキサス州は前年を1.0%下回る475万頭、2位のカリフォルニア州は1.0%下回る199万頭、3位のミズーリ州は1.6%下回る190万頭、同位のオクラホマ州は1.1%上回る190万頭、5位のネブラスカ州は2.9%下回る168万頭となった。

 今回、上位5州のうち唯一前年を上回ったオクラホマ州に位置する家畜市場(オクラホマ・ナショナル・ストックヤード(以下、「オクラホマ家畜市場」という。))と近郊の繁殖農家を調査する機会を得たので、その概要について紹介する。

(1)世界最大の家畜市場
─オクラホマ・ナショナル・ストックヤード─

 米国中南部に位置するオクラホマ州は、北東にコーンベルトをのぞみ、周囲一帯は肉用牛の一大生産・肥育地帯となっている。肉用牛の繁殖経営は全米各地に分布し、75万戸の農家で繁殖雌牛が3138万頭飼養されているが、飼養頭数(2010年1月1日現在)を州別に見ると、1位はテキサスの514万頭、2位はオクラホマの207万頭となり、これら2州で全体の23.0%を占めている。州都のオクラホマシティにあるオクラホマ家畜市場は、1910年にエドワード・モリス氏によって、近隣の食肉処理・加工施設で処理される家畜の取引市場として開設された。現在は世界最大の取引規模を誇る市場として知られる。開設当初は、牛のほか、豚、羊、馬なども上場されていたが、1998年以降、牛のみの取引となっている。

 競りは月・火曜日の週2日行われており、それぞれ上場されるカテゴリーは、月曜日が3頭以上で上場される子牛、火曜日が3頭未満の子牛、ほかに経産牛、雄牛となっている。牛の年間取引頭数は、77年の116万頭をピークに減少傾向となったが、90年代以降は50万頭台で横ばいに推移し、2009年は498,776頭となった。

図5 州別肉用繁殖雌牛の飼養頭数割合
資料:USDA/NASS「Cattle」
図6 米国における肉用繁殖雌牛の分布(2007年)
資料:USDA/NASS“2007 Census of Agriculture”

 市場内に、米国農務省(USDA)の職員が常駐するオフィスがあり、取引データは、USDAによって、管理、公表され、国内における肥育素牛の取引指標価格として活用されている。

1961年まで穀物倉庫として利用された建物を、競り場として利用。

 市場で競りにかけられる子牛は、オクラホマ州以外に、テキサス州、アーカンソー州、ニューメキシコ州、ミズーリ州などのオクラホマ州に隣接する生産者から主に集荷されている。同市場では、8者の家畜商が牛の集荷を行っており、集荷した牛を生産者ごとに体重、月齢、品種などによって牛群に仕分け、競りにかける。生産者は自由に家畜商を選択することができる。牛が市場に到着してから、出荷までの時間は約24時間。競りの前日である日曜日に、ほとんどの牛が到着し、競り終了後はすぐにトレーラートラックでフィードロットへ運ばれる。

 市場は、手数料として1頭当たり18〜20ドル(約1,692〜1,880円)を生産者から徴収し、うち1/2が家畜商に支払われる。この手数料には係留中の飼料代が含まれており、係留日数が長くなれば、追加分の飼料代が加算される。手数料は販売価格より差し引かれるシステムとなっており、手数料を差し引いた金額が小切手で生産者に支払われる。

牛群に仕分けされた後、ペンの中で競りを待つ子牛。
競り場に追われる子牛。


競りの実態
─1時間当たり約1,000頭の取引─

 競りは、1回30頭前後の群競り方式で行われ、1時間に800〜1,000頭程度が取り引きされる。朝8時から開始され、2人の競り人が2時間交代で、競りを担当する。競りにはフィードロットなどから委託を受けたバイヤーが参加し、1回の平均参加者数は約20人。競りはまず家畜商の指し値から始まり、バイヤーは、牛の体重、健康状態などをチェックし、帽子を触る、うなずくなどのサインで、競り場の正面にいる競り人に競り値を知らせる。

 日本の場合、大部分の家畜市場においては、ミスやトラブル防止の観点から、こうした手競りに代わって競りボタンや無線入札機が導入されている。世界最大の家畜市場が現在でも手競りを採用しているのは大きな驚きであった。

 1回当たりの競りの所要時間は、30秒程度で次々と子牛が競り落とされていく。現場において、バイヤーたちのサインを確認することは大変難しい。競りに参加しているバイヤーは、先述のとおりフィードロットなどから委託を受けた場合がほとんどだが、支払い能力など一定の要件を満たせば誰でもバイヤーとして競りに参加できる。しかし、競りは手競りにより行われるため、経験の少ないバイヤーの参加は限られると言う。

 なお、同市場5代目の社長であるロブ・フィッシャー氏は、現役のバイヤーとして活躍している。

1回の競りで30頭前後の子牛が上場される。競り場の正面にいるのは競り人。

 競り場の正面、両サイドにある2つのディスプレイには、取引頭数、1頭当たり平均体重、合計体重および100ポンド当たりの落札価格などが表示される。この2つのディスプレーは32インチ程度のもので、日本の主要な家畜市場で導入されているものよりやや小型となっている。

ディスプレーの表示の左は競り中の情報、右は1つ前の取引情報を表示する。

 競り人の頭上にあるもう1つのさらに小さいディスプレーはOHP用であり、担当者が書類に購買者名と落札価格を書き入れる際、手元をOHPによりディスプレーに表示しているが、これは競り時のトラブルを回避するためと考えられる。

1回の競りが終わるごとに、購買者名と落札価格を書き入れる。

 競りの様子は、家畜取引協会(Livestock Marketing Association)が運用するホームページに会員登録をすれば、場外からも見ることができる。競り場内には、各席にフィードロットとの連絡用に電話が設置されており、バイヤーは委託者であるフィードロットに体重、品質、価格などを伝える。委託者は、インターネットから直接には入札できないが、バイヤーを通じて競りに参加することができる。日本の家畜市場では同様のシステムが活用されておらず、市場にいなくても競りに参加できるシステムは広大な米国ならではと言えるが、日本でも参考となるだろう。

飼養頭数減少の中、安定した取引頭数を維持

 米国の飼養頭数は1975年をピークに長期的には減少傾向にあり、取引頭数の減少は肉牛産業の今後の課題と考えられる。オクラホマ家畜市場は、昔からの取引先である良い購入者がいるため、事業への影響をあまり受けていないと、同市場の会計責任者ジャン・ドニカ氏は言う。しかし、市場手数料は10年前の10ドル(約940円)から現在は18〜20ドル(約1,692〜1,880円)と2倍近く値上げしている。このほか、開設当初は家畜商に無償で提供していた貸事務所について、現在は賃料を徴収するなど、手数料以外の収入の確保に努めてきたと思われる。

 訪問した日の競りが終了したのは深夜2時3分、この日だけで14,183頭の取引が行われた。同市場のドニカ氏によると、1日当たりの平均上場頭数は近年10,000〜12,000頭程度であり、この日の取引頭数はまれにみる多さであったが、取引が多かった1974年には、翌朝まで23時間半かけて21,000頭の競りが行われた日もあったと言う。

 牛肉産業は縮小傾向にあり、今後数年は明るい兆しが見えないとされるが、ここオクラホマ家畜市場は、そのような現状を感じさせることなく、活気にあふれていた。
「この10年間、取引頭数が安定しているのは、それだけこの市場に信頼があるからだ」と、ドニカ氏は語ってくれた。

(2)オクラホマ州における肉牛繁殖農家調査
─ヘインズランド・キャトル牧場─

 今回調査したオクラホマ州の子牛の繁殖農家「ヘインズランド・キャトル牧場」(以下「ヘインズ牧場」という。)は、オクラホマシティの南東に位置し、オクラホマ家畜市場より車で1時間あまりのところにある。この日牧場主のティム・ヘインズ氏は不在であったため、ヘインズ夫人と、3名いる従業員の1人であり、牛の管理を任されているミッキー・ケイウッド氏にお話を伺った。

 ヘインズ牧場は肉用牛繁殖専業経営であり、繁殖雌牛の飼養頭数は約800頭で、うち大部分がブラックアンガス種である。1年間に約750頭程度生産した子牛は、自家保留分を除きすべてオクラホマ家畜市場に出荷している。出荷は春と秋の年間2回で、570頭程度を春に出荷する。春先に大規模な出荷を行うのは、牧草の生育が良い初夏を前に育成経営の子牛の導入意欲が高まることから、市場において高値が期待できるためと思われる。なお、ヘインズ牧場は種牛を25頭所有し、放牧による自然交配が主体であるが、人工授精(AI)を実施することにより、子牛の生産時期をコントロールしている。

 また、ヘインズ牧場は、8000エーカー(約3200ヘクタール)が放牧地、600エーカー(約240ヘクタール)が採草地(アルファルファのみ)となっている。

 そのほか、借地においても放牧を行っており、ヘインズ氏は、土地所有者に対し、入牧時と退牧時の体重差(増体重分)にポンド当たり40セント(キログラム当たり約0.8円)を乗じた金額を地代として支払っている。ケイウッド氏によると、牧場はヘインズ氏の父親が土地を購入し、約10〜20頭の飼養からスタートして徐々に規模を拡大した。ヘインズ氏がこの牧場を継いだが、土地の所有は長兄が相続している。

 オクラホマ州では、ヘインズ牧場のような大規模繁殖農家は少数であり、大多数は20〜50頭程度を飼養しているとのことである。

牧場の様子
─広大な土地での放牧─

 3名の従業員で目を配ってはいるものの、広大な土地に放牧される牛を追うのは容易ではなさそうだ。早朝7時から牧場の管理を行い、労働時間は1日11〜12時間にも及ぶ。当然、動物相手なので週7日間労働である。ただし、日曜は午前中の3時間程度、牛を見て回るだけである。子牛の生産が放牧中に行われるため、従業員は、車での巡回中に生まれた子牛を確認することになる。

広い草地に放牧されている。

 ケイウッド氏の運転する車に乗り、牧場内を見学した際、生まれたばかりの子牛とその母牛を発見した。まだ生まれて2時間程度か、体は濡れ、へその緒がぶらさがったままであった。

生まれて間もない子牛。まだ体が濡れている。

 ケイウッド氏は車を止め、母牛に寄り添う子牛の耳に手早く耳標(USDAが推進する全国家畜個体識別制度(National Animal Identification System;NAIS)によるものは、約3カ月齢までの子牛につける。そのほか、分娩直後の子牛には、生産管理のための耳標を装着。)を装着した。いつもこのように生まれた子牛を見つけては耳標を装着しているという。耳標代は約4ドル(約376円)かかり、全て自己負担で装着している。政府の補助金が無く任意の制度であるNAISの個体識別耳標の米国国内での浸透度は低い。ケイウッド氏は、「トレーサビリティーは重要だ。オクラホマ家畜市場では、耳標が装着された子牛の方が評価が高い。今後、日本などへ牛肉を輸出する際、個体識別情報が必要となるだろう。皆もっと耳標のシステムを活用すべきだ。」と海外にも軸足をおいている。

耳標を装着された子牛。

コスト管理の徹底

 ヘインズ牧場では、子牛の事故率低減のため、ワクチン接種を徹底しており、事故率は2〜3%である。これは国内の平均(10%程度)と比べ極めて低い水準にある。

 ケイウッド氏は、この不況下、子牛の事故は経済的ロスになるので、コスト低減の観点から子牛の健康管理には気を使っているという。なお、オクラホマ州では、繁殖農家に対する生産指導を行う無償のプログラムがあるという。

 近年米国においては、経済不況、トウモロコシ価格の上昇に加えて、2006年と2008〜2009年にかけて干ばつが続き、繁殖雌牛をとう汰する生産者が少なからずいた。しかし、ヘインズ牧場では、廃用時期を少し早めた程度で済み、深刻な経済的被害は免れたとのことである。

 ケイウッド氏によると、2006年後半以降バイオエタノール需要などによりトウモロコシ価格が急騰した結果、ほかの飼料作物や生産資材の価格も押し上げられたため、生産コストが上昇し、フィードロットだけでなく繁殖農家も厳しい経営を迫られているのだという。

 ヘインズ牧場において、現在、約500ポンド(約230キログラム、約250日齢)で出荷する子牛を1頭育てるのに要する生産費用は、約450〜470ドル(約42,300〜44,180円、家族労働費を含む)であるという。全米の肉用子牛生産費は、2007年度時点で635.79ドル(約59,764円、家族労働費を除く)(資料:USDA/ERS)である。

 一方、ヘインズ牧場のオクラホマ家畜市場における子牛販売成績は、2009年は100ポンド当たり約95〜100ドル(キログラム当たり約197〜207円)、2010年は、同約98〜100ドル(同203〜207円)となっている。つまり、100ポンド当たり約100ドル(約9,400円)とすると、1頭当たり(約500ポンド)おおむね500ドル(約47,000円)を得るのに、約450ドル〜470ドル(約42,300〜44,180円)要していることになる。

 ケイウッド氏は、「家畜市場での取引価格の相場は100ポンド当たり95ドル(キログラム当たり約197円)程度であると考えている。」と語った。

 ヘインズ牧場を調査し、印象的だったのは、生産者自身が牛を飼う仕事に対して誇りを持っており、高いコスト意識のもと、生産管理にあたっている様子であった。そして何より、広大な土地で牛を追う、「カウボーイ」の姿である。ケイウッド氏に、あなたはカウボーイかと尋ねたところ、イエスとの返事であった。カウボーイの定義を飼養牛の監督管理専門官とでもすれば、馬の代わりにジープで駆け回ってもカウボーイということになるのだろう。その姿はとても現代的ではあるが、力強く悠然としており、自由と独立を愛し、誠実であることに誇りを持つカウボーイの精神を彷彿とさせた。

ヘインズ夫人(左)とミッキー・ケイウッド氏(右)
「鉄分の摂取に牛肉は最適なのよ」とヘインズ夫人。

4.おわりに

 2009年の米国の牛肉需給は、飼料コストの高騰の余波、干ばつや降雪などの悪天候、景気後退の影響を受け、過去に例の無い厳しい状況にあった。2010年の米国における国内総生産(GDP)成長率は、世界平均と同水準の3%と見込まれ、経済は回復基調にあるとされる。減少に歯止めがかからない牛肉需要が、景気回復に伴い多少とも増加するのではと期待がかかるところである。

 今回紹介した、オクラホマ家畜市場は、肉用牛繁殖経営と肥育経営の垂直統合が、依然として進んでいない米国の牛肉産業の構造的特徴の中で、子牛生産者と肉用牛肥育業者を結ぶ子牛の家畜市場として、また、歴史的・文化的要素も加わり、その重要性に揺らぎはない。また、ヘインズ牧場は、高いコスト意識によりこの難局において巧みに舵をとっている。

 現地調査を行ったのとほぼ同時期(2月5日)、ヴィルサック農務長官はNAISに代わる新たな家畜個体識別制度の創設に向けて検討を開始することを表明した。新たな制度により、トレーサビリティー・システムの確立が期待される。

 日本においては、2001年9月にBSEが発生したことを受けて、全ての牛に個体識別番号を付した耳標を装着することが生産者に義務付けられ、また、家畜市場においては、個体識別番号を利用し、出荷される牛の異動情報を生産者に代わり一括して管理するシステムが構築されてきた。個体識別制度の進展に伴い、消費者の国産牛肉の安全に対する信頼は、徐々に回復した感がある。

 また、2010年3月には、新たな食料・農業・農村基本計画が閣議決定され、この中でもトレーサビリティー・システムの定着やリスク管理機能の一元化など、食の安全の確保についても謳われている。

 ヴィルサック農務長官が、2月の米国農業観測会議で言及した「食品の安全性確保を通じた市場の維持」は、新たな家畜個体識別制度の創設に向けた検討の中で、今後どのように展開されるか、状況を注視していきたい。

(参考資料)

米国農務省農業観測会議2010年
http://www.usda.gov/oce/forum/index.htm


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