話題

「全国肉豚」事業のスタートによせて

新潟県養豚協会 会長 山田芳男

 私は新潟県中魚沼郡津南町で純粋種の繁殖を行っている養豚家です。現在の飼養頭数は、ランドレース60頭、大ヨークシャーとデュロックそれぞれ10頭で合計80頭の母豚、それに精液販売用の種雄豚を8頭ほど飼っています。

 我が家で生産された純粋種やF1母豚は、新潟県内を中心に一部長野県等周辺各県の養豚農家に供給されています。種雄豚はユーザーの精液供給に対するニーズに応えるため昨年から増頭しましたが、この先、順次種畜検査を受けて、最終的には20頭まで増頭したいと考えています。オーエスキーやPRRSという豚の伝染病が入っていない清浄な地域ゆえの種豚や豚精液に対するニーズだと考えています。

 平成19年に日本農業大賞を受賞した「妻有(つまり)畜産グループ」10戸で生産される、郷土の誇り「妻有ポーク」は、消費者から美味しくて品質的に揃っていることが強く求められていますが、嬉しいことにそこで飼われている多くの繁殖雌豚や雄豚は私の農場から供給されています。

 妻有畜産グループに代表されるように、養豚仲間が団結して前向きに養豚に取り組んできた地域ですが、枝肉価格の低落、配合飼料価格の高騰を始めとする昨今の厳しい事情は、養豚の収益性を悪化させ、少なからぬ廃業を招き、戸数と飼養頭数の減少を引き起こしています。地元では国産豚肉の自給率を少しでも引き上げたとがんばっていますが、大変由々しき事態に直面しています。

 平成19〜20年度は、平成の畜産危機と称され、オイルショック時を思い出させるような飼料価格の高騰から始まりましたが、配合飼料の価格安定制度のお蔭様で資金繰りはなんとかついていました。しかし、21年度に入りエサ基金からの補填がなくなると、自分では配合飼料をかなり安く買っているつもりでも高騰前に比べればまだ高い。枝肉価格も例年と異なり夏の盛りから低落し、給料を払えばあとにカネは残らないという状況に陥りました。負債の多い養豚農家は体力が続かず廃業に追い込まれたわけです。

 こんな流れを打ち破りたく、全国各地で「俺たちの豚肉を食ってくれ」のイベントなど、JPPA全国養豚生産者協議会の一員として消費拡大に努力しました。10月に入り豚肉の調整保管に取り掛かっていただいたものの、豚価は安定基準価格水準に張り付いたままでペイラインには至らず、早期の豚肉需要回復ひいては経営の安定対策を強く望んできました。

 頼みの綱は「地域肉豚」事業による豚価低落時の補填事業でしたが、肝心の事業のありがたさが分かるはずだった昨年秋には、多くの県で財源が枯渇し計算上の補填金が交付出来ず、いわゆる「足切り」が余儀なくされていました。

 そのような状況の中、平成22年の1月〜3月対策として「地域肉豚」の追加対策35億円が緊急に措置されました。しかも我々養豚農家のキャッシュフローにゆとりがない事情を斟酌していただいた事業で、どれだけ助けられたのか分かりません。文字どおり年を越すことができました。さらに、この事業が平成22年度畜産物関連対策における「養豚経営安定対策事業」99億円の先導坑としての役割を果たし、「地域肉豚」事業を発展的に組み替えることにより、我々の期待したとおりの形で実現されたことに対し、心底から喜び、高く評価したところです。

 主要な改善点をみると、都道府県単位で実施していた従来の「地域肉豚」事業について、全国統一的なシンプルな事業、いわば「全国肉豚」事業に衣替えをした点。また農畜産業振興機構の拠出割合を1/4から1/2へ引き上げ、生産者の負担を緩和したこと等々、政権と政府が養豚の重要性と現在の危機的状況をよくよく理解された上での措置であると感じさせる措置でした。養豚対策としてこれだけきちっとした事業はこれまでになかったのではないでしょうか。

 さらに、「地域肉豚」事業では必須であった認定農業者である要件も、耕畜連携、エコフィードの活用などに取り組んでいる生産者であれば誰でも加入できることになりました。これまでに入りたくても加入できず、負債を抱えたまま離農をせざるを得なかったケースを救ってもらえるのではないかと期待するものです。

 飼料米やエコフィードに取り組み、我が国の食料自給率向上に努力している仲間は大勢います。今回の対策の報に接して、何とかがんばろうという気になった生産者も多いはずです。

 耕畜連携は日本の農地を守るためにも絶対必要なことであり、ここ魚沼コシヒカリの産地でも、食用米の価格が下がっているので、飼料米としてコシヒカリを作ろうかという米作農家の方もいるくらいです。まだ飼料米専用品種まで手を出す気はないようですが、とりあえず食用品種を飼料原料として作付けようとする現象です。

 エコフィードの活用については、食料の国内自給率を引き上げる上で畜産が貢献できる点であり、養豚農家も幅広く取り組み始めています。私もエコフィードの安全性確保のためのガイドラインをよく勉強して、食品添加物を心配している消費者に説明ができるようになったら、ぜひチャレンジしてみたいと考えています。そして、生産者1人1人が食料自給率の向上に貢献するという高い意識を持って、おいしくて安全・安心な豚肉を国民に供給していくつもりです。

 今年度から稲作農家を対象にした戸別所得補償制度がスタートします。周りには多くの稲作農家がいますが、新制度への期待はとても大きなものがあります。この戸別所得補償制度が早ければ来年度から畜産にも適用されそうです。今回措置された「養豚経営安定対策事業」は養豚農家向けの戸別所得補償制度を見据えた、その土台となりうる事業でもあります。今後、畜産版戸別所得補償制度の具体的な設計に当たって、何が足りないか等、ベースとなる「全国肉豚」事業を受益している立場から積極的に提言していきたいと思います。

 私は常日頃から、経営安定対策が制度的にも財源的にもきちっと確立されていれば、他の補助事業は必要ないと考えてきました。ここでいう経営対策とは、①創意と工夫により養豚経営を創造するときに必要となる「制度資金」や「制度リース」、②セーフティーネットとしての飼料価格の安定対策と肉豚価格の安定対策、③さらにそれでも負債が固定化したときの飼料資金や畜特資金等です。

 今回の養豚経営安定対策事業はまさに②のうちの肉豚価格の安定制度が確立されたことを意味し、生産者が安心して経営に専念できる大きな後ろ盾となることを確信するものであります。


山田 芳男(やまだ よしお)

昭和24年 5月生まれ 60歳

昭和43年 母豚1頭から養豚を始める

昭和57年 母豚80頭、現在の飼養規模に至る

平成3年 新潟県養豚協会会長

平成9年 日本種豚登録協会理事

平成10年 全国養豚協会理事

平成17年 上記2団体統合に伴い、日本養豚協会理事

平成18年 日本養豚生産者協議会副会長 現在に至る

平成22年  母豚160頭に規模拡大予定


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