【要約】神戸市北区、北六甲にある弓削牧場は、6次産業化が注目されるようになるはるか以前から、酪農生産を基礎として多様な事業を展開してきた。なかでも自家加工のフレッシュチーズは都市型酪農ならではの乳製品として消費者に愛されている。 このフレッシュチーズを消費者に親しんでもらうように工夫を凝らすことが原動力となって、チーズを使用したレシピの開発、そしてそれらを提供する農家レストランの開業へと事業は展開していく。チーズを使ったシフォンケーキなどの菓子、ホエイを利用した石けん、レストランの食材として使用するハーブや野菜などを生産する事業が加わる。牧場での結婚式・披露宴、ワークショップやライブなどのイベント、そして都市農業に関心をもつ人々の交流の場へと、牧場は多くの人々が集う憩いの空間になっている。 弓削牧場が取り組んできた多様な活動・事業の展開を辿りながら、都市型酪農・農業の多面的な機能や可能性について検討する。 1.はじめに神戸市北区、北六甲にある弓削牧場((有)箕谷酪農場 代表取締役弓削忠生氏)は、自家加工の牛乳・乳製品、農家レストラン、さらに牧場ののどかな佇まいなどで、神戸周辺の市民に親しまれている酪農経営である。市街化区域に組み入れられてからも、放牧による生乳生産を守り続け、牛乳やチーズだけでなく、それらを食材とする料理をつうじて消費者に広く乳文化の楽しさや魅力を伝えている。テレビや新聞、雑誌などのメディアも頻繁に弓削牧場を紹介しており、今日では神戸だけでなく全国的に広く知られ、年間来場者は3万人ほどにもなる。 弓削牧場が長い月日をかけて酪農生産を基礎として積み重ねてきた事業は、それぞれが先駆的で独創的であるばかりでなく、今日でも新たな活動を生み出しているという意味で根源的なものであるといえよう。果てない目標に向かって次々に新たな可能性を見出しては、それを実現するために新しい領域での活動に着手している。新しいことが始まろうとしている躍動感と牧場の空間の静けさに身を任せると、私たちは安らぎを感じ癒されていくのがわかる。いつも牧場には都市の中の牧場の自然、憩いの場を楽しんでいる人たちが集まってくる。 本稿では、こうした弓削牧場の取り組みを、今日の都府県の都市近郊酪農、都市型酪農の事業展開のあり方という視点から捉え直してみたい。 2.弓削牧場の特質弓削牧場は神戸市の中心地から自動車で20分ほどのところにある。六甲山の北側、標高400メートルほどの丘陵地に、約9ヘクタールの牧場が緑の点のように佇んでいる。1970年に移転した当時とは異なって、いまでは牧場の周辺は閑静な住宅地となっており、相次ぐ住宅開発によって住宅地の中にすっぽりと取り囲まれようとしている。地域開発とともに市街化区域に組み込まれ、さまざまな環境制約のなかで酪農を続けている都市型酪農の典型ともいえる牧場である。 もっとも弓削牧場のなかに足を踏み入れると、周りの様子は一変する。酪農経営ではあるが、牛が中心に収まっているわけではない。牧場はあたかも酪農公園のような様相を呈していて、牛舎や加工施設、事務所などを通って坂を上っていくと農家レストランである「チーズハウス ヤルゴイ」に突き当たる。平日でも昼時になると、「ヤルゴイ」の料理を堪能し、牛乳・乳製品を買い求め、牧場の雰囲気を楽しむために自動車が次々にのぼってくる。 乳牛の飼養頭数は子牛・育成牛を含めて50〜60頭で、牧場の奥まったところにある草地・林地で乳牛が草を食み、反芻している。牛舎にはロボット搾乳機が設置され、24時間搾乳となっている。レストランを訪れた人たちは牛舎を覗き込みながら牧柵沿いに放牧地へと散策を楽しめるが、搾乳体験などができる観光牧場になっているわけではない。 弓削牧場の特質は、酪農生産を基礎としながらも、次のような都市型酪農が持っている魅力の広がりを示していることだろう。①自家製造の牛乳、チーズやケーキなど、さらに牧場で栽培された、ハーブなどの苗の販売、②チーズをふんだんに使ったおいしい料理の提供は、酪農の6次産業化の先駆的な取り組みといってもよい。さらに牧場は、ものやサービスの提供にとどまらず、③牧場で生産されたものが有機的につながっていて、都市にいては感じられない穏やかな感覚、それでいて④一歩先の食生活や暮らし方にふれているというわくわくした気持ちも与えてくれる。 以下では、こうした弓削牧場の特質を順にみておくことにしよう。
3.チーズの生産・販売弓削牧場のチーズ製造は1984年に始まる。周辺地域の市街地化や生乳の計画生産による減産対応のなかで、牧場の活路を開くものとして、付加価値も高く生乳の大部分を利用するチーズの自家製造を決意する。こうして独学・自己流でカマンベールチーズの製造に着手した。今日とは異なって、デパートの食品売り場でも限られた種類の輸入ナチュラルチーズが売られている程度で、ファームチーズを製造する酪農経営もきわめてめずらしいときである。チーズづくりの技術ばかりでなく、チーズづくりには欠かせないレンネットの入手、チーズの型(モールド)の調達などにも苦労したことはいうまでもない。しかも消費者がナチュラルチーズに不慣れで、馴染みのあるプロセスチーズのように売れるわけではなかった。 文字どおりゼロからスタートしたチーズづくりは、次のような都市型酪農にふさわしいチーズ事業の展開をもたらした。 一つは、フロマージュ・フレの誕生である。85年1月にチーズ工房が完成するが、温度や湿度などの管理が難しく、品質の安定したカマンベールチーズはなかなかできない。カマンベールチーズづくりの失敗のなかから編み出した独自の製法で、豆腐に似たフレッシュチーズが生まれた。原乳を乳殺菌発酵させて凝乳酵素で固めただけのシンプルなチーズで、2日間ほどで出来あがる。フランスではフロマージュ・ブランと呼ばれ、ヨーロッパでは定番のフレッシュチーズである。弓削牧場ではこれをフロマージュ・フレと名付けた。 フロマージュ・フレは熟成前の生チーズであるから、賞味期限も短い。消費地から遠く離れたところではなく、都市部で製造され消費される地産地消タイプのチーズ、都市型酪農ならではのファームチーズであるといえよう。ナチュラルチーズの「保存期間が大体1、2週間から2〜3ヵ月と短いことは、むしろ地域の消費者とのつながりを強めることも期待でき、都市近郊で作って売るのに適している。(「朝日新聞1985年6月4日)」のである。 二つは、フレッシュチーズの売り方の工夫である。鮮度が重視されるフレッシュチーズはあまり輸入されず日本ではなじみがないので、食べ方や料理の仕方を提案することから始めなければならなかった。フレッシュチーズの冷奴や「ちょこっとごはん」(小さな器にご飯をよそい、その上に生チーズ、カツオの削り節、ねぎを盛り合わせた料理で、醤油をかけて食べる)のような和風メニューの提案、そして何よりも消費者にまず食べてもらう機会をつくることが重視された。 こうして牧場にチーズ直売所を設けて消費者に食べ方の提案をするとともに、試食してもらいながらフレッシュチーズのファンが増えていった。新しい食べ物なので、食品卸売業者に販売を任せることはできなかったのである。チーズづくりには、売り場・販路の確保と消費者との交流をつうじた情報発信が欠かせない。たんにチーズを製造するのではなく、チーズ文化の魅力を消費者に発信していくという都市型酪農だからこそ可能になる役割が意識されていったといえよう。 三つは、高級食材を扱う神戸のスーパーマーケット、レストラン、ホテルや消費者グループなどとの直接取引である。「フランスでしか食べられなかったフレッシュチーズが日本で食べられるようになった画期的な商品」として、新しいチーズを育てていこうとする流通業者、外食事業者の協力が、当初の市場開拓を支える力になった。「チーズができれば、定期的に供給してほしい」と申し出た神戸の有機農産物共同購入会のバックアップもチーズ生産に踏み切る大きな力になった。地元の消費者や流通業者の協力によって一定の販路が確保されたことが、フレッシュチーズの生産を広げていく喜びとなり、またそれに応えなければならないという思いを強くしていったのである。 欧米での生活経験がある消費者などが、これらのスーパーマーケットやレストランでフロマージュ・フレを購入するようになった。高級食材の販売チャネルのもとで高級チーズとしてイメージが定着し、今日でも固定的な消費者がついている。近年はこれらの店舗などでの外販よりも牧場での直販が増加し、販売額の60%ほどは直販になっている。すぐあとにみる農家レストランで食事をするついでにチーズを購入していく消費者が増えているのだろう。スーパーマーケットで購入して食べたことをきっかけにして、そのチーズをつくっている牧場を訪ねてみようとする消費者も多いにちがいない。 四つは、新たな消費者との出会いをつくる取り組みである。弓削牧場が運営する神戸市立森林植物園内の森のカフェ・雑貨店「ル・ピック」では、サンドイッチやスパゲティなどの軽食としてフロマージュ・フレをあしらったメニューを提供している。弓削牧場ファンとは限らない植物園への来園者に、手ごろな価格でフレッシュチーズを味わってもらう機会をつくり、乳文化の裾野を広げる目論見でもある。多様な消費者に対応した情報発信に工夫を凝らして、日常の食生活にフレッシュチーズが定着していくための努力が続けられている。
4.ユナイテッド・ステイツ・オブ・弓削牧場チーズの自家製造・直販から始まった新事業の導入は、その後ますます連鎖的に広がっていく。直売所に集まってくる人たちの多様な関心に引き寄せられるかのように、新たな事業が導かれてきたのである。 まず、直売所でフロマージュ・フレなどを試食してもらう場が必要になり、簡単な料理の提供からレストランへと発展していく。こうして87年にチーズ文化を広める拠点として「チーズハウス ヤルゴイ」が建設される。1階のサロンでチーズや牛乳を実費で提供し、日本食に合うチーズの食べ方を提案していくためである。このサロンが90年に増築されて、本格的な農家レストランとして展開していった。レストランはいつでも牛舎に転換できるように設計された。チーズ文化の拠点づくりには食べ方の提案が必要であるという思いを実現しようとしたときに直面していたハードルの高さが窺い知れる。 その後も「ヤルゴイ」に集まってくる人々との交流のなかから、次々に新たな取り組みが付け加わっていく。弓削牧場の牛乳を飲みたいという声が多く寄せられるようになり、88年に低温殺菌ノンホモ牛乳の製造販売が始まる。98年に菓子工房が建てられ、スコーンやシフォンケーキなどがつくられるようになり、03年にアイスクリーム、04年に「ル・ピック」でソフトクリームが提供される。さらにチーズづくりの過程で出てくるホエイの処理として、2000年にホエイソープの製造が始まっている。 こうした乳加工品の開発に限らず、レストランで提供される野菜やハーブが牧場内の農園で生産される。ハーブは畜舎からのにおい対策として栽培されるようになったが、いまではレストランの大事な食材になっている。牧場の自家菜園で採れた野菜やハーブがふんだんに使われた料理に、もてなし料理の温かさを感じる消費者も多いといえよう。 97年からは春と秋に牧場内でガーデンウェディングが執り行われるようになる。弓削牧場に魅せられた神戸のデパートのブライダル担当者が、牧場での結婚式を発案し実現することになった。ハーブに囲まれた野外での挙式、チーズとハーブのフルコース料理での披露宴が好評を博している。2010年9月17日にはちょうど100組目のカップルを送り出しており、結婚の記念に植樹した牧場の木の成長ぶりを見るために牧場を訪ねてくる家族もいるという。 「ヤルゴイ」はレストランでもあるが、すでにふれたようにサロンとしても位置づけられている。カルチャースクールやチーズ作り体験セミナー、さまざまなジャンルの音楽の演奏会が企画され、チーズやハーブ料理を楽しんでもらう機会としても活用されている。 チーズづくりから始まった6次産業化は連鎖的に新たな取り組みを導き出し、それらは自立した事業部門として成長しつつある。木々が枝分かれしながら成長していくように、弓削牧場は次々に事業を発展させてきた。いまでは弓削夫妻のほかに社員9名、パート39名もの人が弓削牧場を支えている。酪農生産、チーズ製造、レストラン経営、ケーキ・パン製造など、弓削牧場はさまざまな事業体の連携組織、いわば「United States of 弓削牧場」へと進化しつつある。 5.資源循環システムの構築都市型酪農を取り巻く環境は年々厳しくなっている。弓削牧場でも周囲の住民からにおいに対する苦情を受けるようになってきた。住宅地に囲まれるようになった酪農経営は、におい、水質、虫の発生、家畜の音などによる近隣地域の生活環境への影響に敏感にならざるをえない。弓削牧場も家畜ふん尿はたい肥化して牧場内の農園で使用するだけでなく、牧場や近隣で堆肥を販売している。チーズ生産の副産物であるホエイを石けんに加工して販売するようになったのも、牧場での資源循環に少しでも寄与することが期待されたからである。牧場で処理できないものを外部に排出して処理するのではなく、牧場内のさまざまな資源を有効に持続的に活用する仕組み、自己完結的な資源循環システムが模索されてきたといえよう。 そこで現在検討されているのが、バイオマスを活用した資源循環である。乳牛のふん尿、搾乳ロボットやチーズ工房で発生する洗浄水、レストランで発生する食品残渣、ホエイなどの有機資源を、バイオガスプラントで発酵させてメタンガスを生産する施設の導入に向けた準備が進められている。メタンガスを直接燃焼させる熱源利用、またガスタービンによる発電によって、カーボンニュートラルのエネルギーを確保しようという計画である。 バイオガスプラントで家畜ふん尿を利用している酪農経営はそれほどめずらしくはない。牛乳・乳製品製造施設やロータリーパーラーなどの施設を稼働させるために多くの電力を消費する経営であれば、自家発電によって電力会社から購入する電気料金を節約して、バイオガスプラントのメリットを出すことができる。小規模のバイオガスプラントに適した有機物の安定的な投入、メタンガス利用方法が確立されれば、弓削牧場の循環的なエネルギーシステムが導入されることになる。 問題はメタンガスが排出されたあとに残る消化液の利用である。弓削牧場では近隣住民の家庭菜園で消化液が利用される仕組みの実現可能性が検討されている。牧場周辺の5,000世帯が1坪の家庭菜園をもつようになれば、全体で160アールあまりの農地が市街地に登場することになる。この菜園の肥料として消化液が使用されることで牧場と住民が支え合う関係が生まれ、都市のなかの資源循環に一歩踏み出すことが可能になると期待されている。自己完結した資源循環システムを築くことが難しい都市型酪農だからこそ、近隣住民と協力して都市の循環システムの先導役を担うという発想が生まれる。資源循環システムが定着するためには、資源というもののつながりだけでなく、人のつながりを広げていかなければならないというメッセージでもある。 6.コミュニティづくり弓削牧場の情報発信は消費者に向けられるだけではない。弓削忠生氏は、農業に関心をもつ若い人たちに農業の躍動感を伝え、就農を支援する役割も都市型酪農の役割であると指摘する。多様な農業の方向性が追求され、しかもその発展のスピード感が体感できる農業、いわば弓削牧場が実践してきた農業は、多くの消費者との接点がある都市地域で発展することが多い。既存の農業経営をそのまま継承するのではなく、都市的な地域では多様な消費者のニーズに対応して、新たな農業ビジネスが生まれ育っていくからである。 たとえば、調理師資格をもつ人たちが就農するようになれば、これまでにない農業ビジネスができるようになるという。地元の農産物を利用した健康的な食事の提供ノウハウを農業生産者がもっていれば、保育園、介護施設と融合した農業経営を展開することも可能だからである。 こうして都市の若い人たちの関心を呼び起こし、溢れるエネルギーをつなぎ止める農業を実践することも、弓削牧場の経営目標となっている。 若い人を農業につなげていくことを事業目的として、08年にNPO法人「都市型農業を考える会」(理事長:弓削忠生氏)を設立し、翌年には牧場内に事務所・サロンとなる手作りの建物が建てられた。NPO法人は設立されてからまだ日が浅く、本格的な活動が展開しているとはいえないが、さきにみた牧場のバイオマスを活用した資源循環システムの調査研究事業を手がけている。「未来につながる持続可能な自立した次世代型農業」を推進し、若い人たちのエネルギーをつなげる「場」、「コミュニティ」として、若い就農者や農業に関心をもつ若い人に刺激を与えていくことだろう。 都市農業のコミュニティづくりは、女性農業起業家のグループ「農業大好き!女性ネットワーク」の活動経験が基礎にあるともいえよう。弓削牧場のチーズ部門である(有)レチェール・ユゲの代表者である弓削和子氏をはじめとして、有機野菜生産や肉用牛の肥育などを担っている女性が集まり、意見交換を行う場になっている。「壁を越えて前に進むワクワク感が、グループのベース」で、新たな事業に挑むとき、事業が壁にぶつかったときに不安や迷いを乗り越えていく勇気を得て、それぞれが前に進んできたという。農業にエネルギーを注ぎ込むには、情報を共有し支え合っていく農業者のネットワークづくりが重要であるという想いが、弓削牧場の開かれた経営姿勢を築いてきたのだろう。 7.おわりに弓削牧場は都市型酪農の先駆者としてつねに注目されてきた。四半世紀をつうじて積み重ねてきた多様な事業展開は、まさに酪農のフロントランナーとしての歩みであり、都市型酪農がこれから取り組んでいく方向性を示唆している。 たとえば、フレッシュチーズの製造販売は都市型酪農が活力を維持していく鍵を握っているといえよう。フレッシュチーズが魅力的な乳製品として多くの消費者に受け入れられるようになれば、飲用牛乳の消費減退による市場縮小を相当程度カバーすることになろう。さらに、必ずしも弓削牧場と同じ歩みを辿るとは限らないとしても、フレッシュチーズの販路を確保していく過程で、流通業者や消費者との直接的な連携や交流が生まれ、酪農の多様な事業展開を促すちがいない。 ファームチーズは主に北海道をはじめとする遠隔地の酪農生産者が積極的に取り組んできた。これからは「シティチーズ」ともいえるフレッシュチーズやフレッシュチーズを使用した食品の製造に取り組む都市近郊地域の酪農生産者も増えていくことだろう。むろんまだフレッシュチーズは消費者にはなじみのない乳製品であり、フレッシュチーズの食べ方、楽しみ方を提案していくことが必要である。しかし、それも都市型酪農の活力のもとであることが、弓削牧場の歩みをみれば理解される。 最後に、弓削忠生氏が提示する弓削牧場の方向性を示すキーワードを二つ紹介しておくことにしよう。 一つは、「菜園農家」である。農業を農業生産者の自己完結した生産活動として考えるのではなく、消費者と生産者が同じ土台に立ってともに築いていく農業のビジョンである。住民の家庭菜園も農業生産者の圃場・牧場も、都市では同じ農業としてのつながりをもっている。言い換えれば、住民と農業者の間に、もの・資源、人そして心の有機的なつながりがある社会ということになるだろうか。都市社会のなかで広がる疎外、孤独、無関心へのアンチテーゼとして、そしてその想いを実現する結節点として農業を位置づけようとする壮大な挑戦でもある。 二つは、「テーマパーク」である。牧場では牛や牛乳・乳製品だけでなく、牧場の土、草、木、音、空気が多くの人を迎え入れる。牧場で働く人々は皆がエンタテイナーであり、牧場に集まってくる人々は牧場に足を踏み入れた途端に日常の世界から離れて、農業生産の世界に入り込んでいく。牧場が人、もの、環境などをひっくるめて特別な空間を提供していくということだろう。 都市化の進展を、酪農をはじめとする農業に立ちはだかる大きな生産制約要因として疎んじるのではなく、消費者がすぐ近くにいる環境として位置づけ、農業の魅力やエネルギーを発信することが、都市農業そのもののエネルギーになっている。つねに新しい事業に挑んでいく弓削牧場の経営スタイルは次世代にも受け継がれ、なぜ都市的地域に酪農が必要なのか、必要とされるのかを示すために、酪農のフロントランナーとしてさらに進化していくにちがいない。 |
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