話題

農業構造問題と
日本型畜産の可能性

九州大学大学院農学研究院 教授 福田晋


1.農地の遊休化と地域自給飼料

  生産システム

 今日、日本の農地遊休化は著しいものがある。それは結果として耕作放棄地という象徴的な現象に集約されている。問題は、極めて条件の悪い農地の放棄と言うだけでなく、圃場整備もされた優良農地までもが耕境外に置かれているということである。換言すれば、優良農地が適切な利用主体のもとに置かれていないということである。農地法の改正により、利用主体について大幅に門戸が開放されたが、それは土地利用型農業を展望するものではなく、むしろ、園芸などの集約的農業の大規模化によって活用される状況を呈している。

 畑の利用はいうまでもなく、水田利用についても、食用米をめぐる過剰基調が続く中で、土地余剰現象が顕著になってきた。実際に農地の地代低下傾向は顕著である。さらに、水田において食用米に代替する相対的に有利な土地利用型作物は乏しく、土地利用型作物としての飼料作物の位置づけは相対的に優位になっていると言ってよい。

 ところで、わが国の畜産は、高度に発達した技術に支えられて、極めて資本集約的で自己完結的な畜産経営構造が確立してきた。とりわけ、飼養管理とともに重要な飼料については、家畜の能力を引き出すべく、とうもろこしを主体にした配合飼料給与割合が高まり、価格変動による高コスト経営構造の一因をなしている。また、濃厚飼料に比べて自給率が高い粗飼料生産についても、自己完結的で高資本装備による過剰投資が散見されている。今後の環境変化を考慮すると、このような高コスト経営から脱却し、畜産経営を取り巻くサービス事業体とともに分業的な低コスト経営を確立する必要がある。すでにゆとりある経営を目指したヘルパー制度は定着しているところもあるが、飼料生産主体、TMRセンターなどが個別経営を補完することにより、畜産を志向する主体が参入しやすい構造を構築すべきである。

 すでに畑作では、大規模土地利用型園芸法人が、飼料生産販売ビジネスに参入している。それによって、肉牛経営、酪農経営は自ら飼料作物を生産することなく、国内農地基盤の飼料を利用することが可能となっている。このような、地域自給飼料生産システムを構築することが求められる。

 水田においても、稲発酵粗飼料や飼料用米で新たな飼料の畜産経営への取引が始まっているが、助成金に依存した生産主体が多く、必ずしも安定的なシステムが構築されているわけではない。集落営農の面的集積手法を利用しながら集団化された農場を駆使した新たな飼料生産主体を形成する必要があり、そのような新たな地域自給飼料生産システムを誘引する政策手法を導入すべきである。

2.遊休資源活用型畜産の展開

 先に農地に限定した飼料生産の論点を提示したが、必ずしも資源活用は農地に限定されない。公共牧場も新たな利用主体が参入することで大幅な利用効率アップが期待される。現在農地法改正により、農地利用参入が緩和されてきたが、公共牧場についても、利用主体の参入緩和を図るべきである。大規模酪農経営がすでに遊休化していた共有牧場を利用することで有効活用している事例もある。

 公共牧場の中でも、入会権に基づいた共有牧野の利用促進は喫緊の課題である。野草地の維持管理はもとより、畜産農家の減少による利用低位は極めて顕著になっている。すでに一部の共有牧野と農協との間で利用協定が交わされて、第三者の利用が進んでいるケースもあるが、一層の拡大のために使用収益権の貸借についての検討の場が必要である。

 同様なことは、河川敷利用についても言及できる。河川敷の管轄が農畜産業サイドでないために、畜産側から利用アプローチがない限り、利用することはできない。しかし、行政ルートを通した協議を経ることで飼料栽培は可能であり、現在でも飼料基盤として利活用している畜産経営がある。河川敷に関する情報と利用に関するミスマッチが現在の低位利用をもたらしている。農地は希少でも上述した公共草地、河川敷などを有効利用することで、畜産的飼料基盤は著しく拡大する。

 粗飼料だけでなく、食品産業等から生じるエコフィードについても同様の有効利用方策を検討する必要がある。すなわち、食品製造業から排出されるエコフィードを仲介する主体と大規模利用主体が参入することで一層の利活用拡大が見込まれる。現在は、利用主体が小規模の個別経営であるため、大量に発生する食品製造業由来のエコフィードの処理加工に対応できないのが実態である。これを処理できるTMR工場を設立することで多くのエコフィード供給に応えることは可能である。

3.消費者の信頼を勝ち得る畜産供給構造

 国内の土地から離脱したわが国畜産は、消費者から遠い存在になった。そこを再度近づける工夫が必要になる。すでにそのような取り組みは一部で行われているが、ポイントは国民が家畜、畜産経営の実態を正確に理解することであり、家畜から畜産物ができる過程を理解してもらうことである。畜産フードシステムの起点であり、最も重要な飼料供給構造については、消費者が殆どと言ってよいほど情報を持たない領域である。国内資源、しかも遊休化されている資源を利用促進させていることを理解させることが、生産プロセスの真の理解につながるのであり、それが消費者の今日的な健康志向のニーズと信頼を勝ち得る畜産構造の確立につながるのである。


福田 晋(ふくだ すすむ)

 昭和60年 九州大学大学院農学研究科博士課程修了、現在九州大学大学院農学研究院教授。食料・農業・農村審議会 畜産部会部会長代理など歴任。


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