ブエノスアイレス駐在員事務所 石井 清栄、星野 和久
近年、アルゼンチンにおける国内トウモロコシ需要は、増加傾向で推移しており今後もその成長は続くと予測されている。2010年の国内需要は、9割以上が飼料用、そのうち7割近くがフィードロット産業を含む、牛肉産業および鶏肉産業向けと推計される。
1.はじめに 米国農務省(USDA)によると、アルゼンチンは2009/10年度(3月〜翌年2月)のトウモロコシ生産量が約2250万トンと世界第5位、輸出量は1400万トンと米国に次ぐ第2位と、世界的に見て大生産・輸出国である。
2.最近の情勢(1)生産アルゼンチン農牧漁業省(MINAGRI)は、2009/10年度の生産量は、肥料や農薬などの生産コストの増加および、干ばつの影響を受けた2008/09年度の1300万トン台(暫定値)から大幅に回復し、過去10年間で最高となる2250万トンと予測している。この背景について、同国のトウモロコシの生産、流通・加工ならびに輸出業者から構成されるアルゼンチントウモロコシ協会(MAIZAR)に聞き取りを行ったところ、(1)主要生産地帯であるパンパ地域で降雨に恵まれたこと、(2)土壌への施肥などに十分留意したこと、(3)通常8月〜10月を中心に行われるは種を12月まで延ばしたこと−などにより、1ヘクタール当たりの収量が増加したことを挙げている。
アルゼンチンのトウモロコシ生産は、約70%が不耕起栽培とされ、8月後半から遅くとも12月前半にかけては種が行われ、翌年の2月後半から8月前半にかけて収穫される。また、MAIZARによると、約7000戸の農家が直接トウモロコシ生産を行っている。 生産地域は、ブエノスアイレス州、コルドバ州、サンタフェ州の3州で収穫面積の75%近くを占める。これらは、中東部のパンパ地域にあり、特に、ブエノスアイレス州北部、サンタフェ州南部、コルトバ州東南部は、年間降水量800〜1000ミリメートルの適度な降雨があり、有機物に富み、地力が高いことから、最も作物生産に適した地域とされる。これらの地域は、トウモロコシに加えて、大豆、小麦、ヒマワリなどの穀物・油糧種子生産のほか放牧などが行われている食料基地でもある。後述するが、畜産業もこれらの地域におおむね集中している。だが、近年、大豆生産がトウモロコシなどに比べ収益性が高いことから、パンパ地域を中心に拡大している。 なお、現在パンパ地域の大規模経営(農地500ヘクタール以上)の約半数は、コントラクター(農作業受託組織)に作業を依頼しているとされる。また、農地所有者は借地料収入だけを受け取り、実際の農作業は農地所有者が委託した農業信託組織(農業ファンド)(注)がすべてを行う方式が拡大しており、農業ファンドでは、大豆の輪作としてトウモロコシが生産されている。 (注):農業信託組織の仕組みなどについては、畜産の情報2009年9月号「農業部門以外の資本への依存を高める南米の穀物生産」を参照
(2)生産事例今回訪問の機会を得たナバロ市は、ブエノスアイレス市の南西約150キロメートルに位置する。コントラクターであるマリアーノ・アロンソ氏は、兄弟3人、従業員5人で行っており、周辺に3,000ヘクタールの農地を借り、トウモロコシのほか大豆、小麦などを栽培している。同氏は、トラクターなどの収穫機械は所有しているが、サイロなどの保管施設は所有していない。なお、この周辺の農地価格は、1ヘクタール当たり8,000〜10,000ドル(約68〜85万円:1ドル≒85円))である。
アロンソ氏は、ナバロ市において300ヘクタールの農地を借り、主にトウモロコシを栽培している。ここでの農地契約は地主との直接契約で、1ヘクタール当たりの大豆収穫量の価格を借地料として支払っている。種子は、種子業者から「31-F-21」というGMトウモロコシ(グリホサート系農薬・害虫耐性)を購入し、国内向けの食用(製粉および油用)として地元の穀物取引業者に出荷している。
(3)輸出管理政策国家農牧取引監督機構(ONCCA)は、2008年5月に導入された穀物・油糧種子に係る輸出登録に関するONCCA決議543/2008号(2008年5月28日付け)に基づく輸出許可制について、決議7552/2009号(2009年9月30日付け)で登録の仕組みを変更し、トウモロコシおよび小麦の輸出限度数量ならびに輸出開始に関する規則を廃止した。変更後の内容は、以下の通りである。(1)輸出数量 (2)輸出許可証の申請内容 (3)輸出許可証の有効期間 (4)輸出アルゼンチンのトウモロコシ輸出は、2002〜2006年までは数量は生産量に応じて変動したものの、金額は12億ドル(約1020億円)前後で推移した。2007年から2008年前半にかけては、世界的な穀物不足の影響を受け、数量および金額ともに大幅に増加し、2008年には数量ベースで前年比2.8%増の約1540万トン、金額ベースで同57.0%増の約35億3100万ドル(3001億円)に達した。しかし、その後、(1)輸出許可制度の下、国内需給動向などにより輸出許可が一時期停滞したこと、(2)干ばつなどの影響により2008/09年度の生産量が大幅に減少したこと、(3)2008年9月の国際金融危機が影響したこと−などにより、2009年は数量・金額ともに大幅に減少した。2010年は、上述の通り輸出制限数量の撤廃に加え、2009/10年度の生産量の大幅な増加や、天候不良による米国産の一時的な品質の低下などから大きく回復しており、1〜5月累計で前年比4.5%減の810万1000トンとなった。なお、生産が天候条件などに左右されやすく、国際需給の動向や生育状況によっては、自家用の牧草用やサイレージ用が輸出向けに充てられる場合もある。 輸出されるトウモロコシの用途は、輸出先によるが、最も利用が多いとみられる飼料用向けは、高度の加工を必要としないため、大豆(主な輸出先:中国、EU)や小麦(同:ブラジル)とは異なり、輸出先は最大の輸出国である米国の生産状況や仕向け先の需要動向などにより、毎年変化している。
近年、トウモロコシの主要輸出先として挙げられるのは、以下の通りである。 アセアン諸国:マレーシア、インドネシア、ベトナム 中東諸国:アルジェリア、イラン、エジプト、サウジアラビア メルコスール以外の南米諸国:コロンビア、ペルー EU諸国:スペイン また、日本向け輸出については、現在のところ米国の補完的な位置付けにすぎない。2009年から2010年にかけて輸出が増加しているのは、米国内におけるエタノール需要の増加や、一時期の同国産トウモロコシの品質低下などによる影響が大きいとみられる。2010年の輸出は1〜5月累計で、数量ベースで前年比73.8%増の約33万4000トン、金額ベースで同72.0%増の約5500万ドル(約46億8000万円)となった。 今後の輸出見通しについて、対日輸出業者であるアルゼンチン農業組合(ACA)関係者は、「日本向け輸出の増加は一時的なものであり、米国産トウモロコシの品質や供給量が回復すれば、また例年の通り減少するであろう。」とコメントした。 日本側から見ると、アルゼンチン産トウモロコシは、米国産デント種に比べ、(1)圧ペン時に粉化すること、(2)カロチンを多く含むため脂肪分が着色すること、(3)約2万5000キロメートルに及ぶ日本との距離のため、輸送事情に大きく左右されること−などのデメリットがある。
これに対して、ACA関係者によれば、アルゼンチン産トウモロコシは、(1)粒の色が良い、(2)粒が硬くて割れにくい−という点で世界的には高品質との評価を得ており、一部の日本の需要者にも認められているとのことである。 (5)価格輸出価格および生産者価格について見ると、2007年から2009年前半にかけては、いずれも上昇、下落を繰り返す同様の傾向を示した。2008年6月に輸出価格、生産者価格は、1トン当たり260ドル(約2万2100円)、同524ペソ(約1万1000円、1ペソ≒21円)と過去9年間で最高に達した。しかし、2009年後半以降、輸出価格が1トン当たり170ドル(1万4500円)前後まで値下げしている一方、生産者価格は同500ペソ(1万500円)前後を維持している。これは、輸出価格が、国際市況を反映し下落しているのに対し、生産者価格は、最近の国内牛肉価格の高騰により、トウモロコシなどの飼料穀物を利用しても十分な利益が出ることなどから、国内向け需要が増加しているためみられる。
3 トウモロコシの飼料用需要など USDAによると、アルゼンチンのトウモロコシは、2004/05年度まで生産量の70%以上が輸出に充てられていたが、2005/06年度以降、その割合は60%台に低下した。この原因としては、フィードロット産業や養鶏産業などの飼料向け需要の増加が考えられる。
なお、MAIZARなどによると、配合飼料メーカーについては、15年位前まではさまざまな規模の業者が存在したものの、近年のフィードロット産業やインテグレーションによる鶏肉業界の発展により、自家配合生産が主流になっていることなどから、鶏卵業界向けなどの中小規模業者が存在する程度である。 (1)牛肉:フィードロット業界アルゼンチンでは、90年代初めから半ばにかけて始まったフィードロット産業が、近年発展している(注)。この原因としては、(1)牛肉に関する輸出規制や収益の差などから、土地利用が大豆にシフトし、放牧面積が減少していること、(2)国内市場への安定供給を図るため、2007年2月〜2010年3月まで実施されたフィードロットに対する経営への補てん金が、同経営の収益増に貢献したこと−が挙げられる。さらに、2008〜2009年にかけては、ブエノスアイレス州やリオネグロ州などの干ばつの影響により、放牧地がより一層減少したことなども影響している。なお、アルゼンチンの牛肉生産量(枝肉重量べース)は、2002年以降増加傾向にあり、2009年は、2002年に比べ40.7%増の340万3000トンとなった。 (注)同国のフィードロットの定義や、増加の原因の詳細、政府のフィードロットに対する補てん金制度などについては、畜産の情報2008年5月号「アルゼンチンの肉用牛生産のフィードロット化」参照。
肉牛と畜頭数のうち、フィードロットロット由来の牛が占める割合は、表6の通り考えられる。 なお、国家動植物衛生機構(SENASA)によると、2010年3月現在のフィードロット数は、前回の調査(2009年9月現在)に比べ4.1%増の2278施設となった。また、フィードロットの肉牛飼養頭数は、前年同期と比べるとあまり減少していないものの、最近の肉牛頭数の減少や季節的な変動などにより、前回調査と比べると25.4%減の160万890頭となった。 フィードロットの立地を見ると、トウモロコシの主要生産地域であるブエノスアイレス州、コルドバ州、サンタフェ州で、施設数、飼養頭数ともに全体の80%近くを占めている。このため、これら地域で栽培されるトウモロコシはフィードロットが自ら配合する飼料原料として栽培・取引される割合が高いと考えられる。
最近の肉牛頭数の供給減による肥育素牛価格の上昇や、補てん金制度の終了により、フィードロット飼養頭数(稼働率)は減少している。しかし、放牧地が減少する中、国内へ安定的に供給するためには、フィードロット由来の牛肉が必要不可欠である。また、トウモロコシ生産の増加および政府の輸出管理政策(国内需要優先)に加え、牛肉価格が高値で推移すれば、収益性が改善するため、フィードロットの生産が伸びる可能性もある。 アルゼンチンフィードロット協会(CAEHV)は、フィードロット増加に伴うトウモロコシ需給への影響について、「政府がトウモロコシをはじめとする穀物などの国内市場の安定を優先する政策を採っている限り、心配はない。トウモロコシの国内供給が不足する恐れのある場合には、政府は輸出を停止してでも国内供給に充てるだろう。」と見ている。また、業界関係者の間では、アルゼンチンのフィードロット業界は今後一時的に停滞する可能性はあるものの、長期的には成長するとの見方が強い。 (2)養鶏業界アルゼンチンの鶏肉生産は、2002年以降の大幅な輸出増加や国内消費の順調な伸びにより大幅に増加し、2009年は、2002年と比べて124.3%増の約149万4千トン(可食処理ベース、骨付き)となった。
また、2009年の鶏肉輸出量(製品重量ベース)は、2002年と比べ663.2%増の約20万9000トンとなったが、輸出量が大幅に増加した理由としては、以下の4点が挙げられる。 (1)2002年の変動相場制の導入により、ペソ安になったことから、輸出競争力が付いたこと (2)ブラジルと同様に鳥インフルエンザの発生がないこと (3)近年、チリ、中国、ベネズエラなどからの需要が旺盛であること (4)業界主体で2003〜2015年までの生産・消費・輸出の目標数値を定めた「鶏肉産業成長計画」により、インテグレーションのさらなる推進、生産および冷蔵施設の近代化、衛生管理の強化などを行ってきたこと 国内消費も順調に伸びており、2009年の1人当たりの鶏肉消費量は、2002年比77.2%増の35.36キログラムとなった。
アルゼンチンの鶏卵は主に粉卵として輸出されており、2002年は約163トンであったが、2005年以降は大幅に増加し2000トン台を前後している。今後の輸出についてアルゼンチン採卵鶏会議所(CAPIA)は、設備投資などにより品質を向上させ、輸出を増加・安定させていきたいとのことであった。また、2008年の年間1人当たりの消費量は、2004年に比べ21.3%増の205個となった。
(3)酪農業界アルゼンチンの生乳生産は、年ごとの乳製品の国際需給による輸出環境や天候条件などにより変動するものの、2002年の経済危機で落ち込んだ乳製品消費が、近年のチーズやヨーグルトの消費増加などで回復していることなどから、2009年の生産量は2002年に比べ17.8%増の約100億5500万リットルとなった。2009年の年間1人当たりの乳製品消費量(生乳換算)は、経済危機以前の220〜230リットル水準には遠く及ばないものの、2002年に比べ8.8%増の200.9リットルとなった。なお、輸出については、全粉乳、チーズ、脱脂粉乳を主に輸出しており、年ごとの国際需給により変動はあるものの、2002年以降は増加傾向で推移している。2009年の輸出量は、2002年に比べ16.4%増の20億400万リットルとなった。
国家統計局(INDEC)などによると、乳牛は、サンタフェ州、ブエノスアイレス州、コルドバ州の3州で全体の90%以上が飼養されていることから、これら地域で栽培・取引されているトウモロコシは、乳牛向け飼料となる割合が高いと考えられる。また、近年、サイレージ用トウモロコシのは種面積が増加しており、酪農家の40%以上がトウモロコシを栽培し、その80%以上がサイレージを利用しているとみられる。サイレージ生産は現在、自給体制の不備から生産されるまでに平均で25%の余分なコストがかかっているとされるが、今後の生産体制や給餌設備の改善で損失はかなり減らすことができるとみられている。 今後の生産見通しについて、同国乳製品業界関係者は、「2010年は、前年並みと見込んでいるが、中・長期的には(1)国際需給、(2)天候条件、(3)経済状況、(4)政府の輸出政策、(5)国内消費動向−の5つを考慮すると、チーズとヨーグルトを除き、今後も国内消費の増加は見込まれていない。一方で、アルゼンチンでは現在、規模拡大が進んでおり、生乳生産は年2〜3%、輸出量は年8〜10%程度増加すると見込まれる。」とした。 (4)豚肉業界アルゼンチンにおいて、豚肉産業は牛肉および鶏肉産業に比べると規模は小さいものの、国内消費の増加により成長している。と畜頭数で見ると、2009年は2002年に比べ66.7%増の約333万4000頭となった。また、2010年の1人当たりの年間国内消費量は、2002年に比べ64.1%増の8.17キログラムとなった。なお、現在のところ輸出については、ほとんど実績がなく2009年は約331トンであった。
INDECなどによると、コルドバ州、ブエノスアイレス州、サンタフェ州の3州で全体の70%以上の豚が飼養されているため、これら地域で栽培・取引されるトウモロコシは、自家配合も含めた豚の飼料用割合が高いと考えられる。 国内の豚肉消費は、現在の牛肉生産の減少などから、今後も増加すると見込まれる。また、輸出については、アルゼンチンでは飼料を低コストで調達可能なことから、今後の環境の変化によっては輸出できる可能性がある。 4 今後の生産見通しについて 前述の通り、アルゼンチンのトウモロコシ需要は、国内の畜産業界の一時的な停滞などはあるものの、中・長期的には成長が続くと見込こまれることから、国内の飼料向けも今後増加すると予測される。 ブラジルのトウモロコシ需要
(1)一般 表8は、MAIZARの見通しに基づき、トウモロコシおよびソルガムのは種および生産量を推計したものである。なお、あくまでも試算であることを了解いただきたい。
5 おわりにアルゼンチンの飼料向けの需要については、経済状況や天候条件など不安定要素もあるが、今後も堅調に推移すると思われる。また、今後の輸出拡大の可能性は、輸出管理政策の動向にもよるが、十分にあるとみられる。表9で試算した生産量から算出した輸出量(4300〜5000万トン)は、米国の輸出量に肉迫する数量である。また、国産のトウモロコシを飼料用に仕向け、畜産物として輸出した場合、世界の畜産物市場における同国の地位は飛躍的に向上する可能性がある。 新聞報道などによれば、中国は2011年にはトウモロコシの純輸入国に転じるともいわれる。このため、アルゼンチンのトウモロコシ生産・輸出力のポテンシャルの高さについて、日本をはじめトウモロコシ輸入国はこれまで以上に重視し、同国の今後のトウモロコシの動向を深く注視する必要があるだろう。 |
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