はじめに食料は、人間の生命の維持に欠くことができないものであり、かつ、健康で充実した生活の基礎として重要なものである。中でも畜産物はたんぱく質に富み、国民の健康増進に大きく貢献しており、将来にわたって、良質な畜産物が合理的な価格で安定的に供給されなければならない。 また、例えば、酪農及び肉用牛生産は、寒冷地や中山間地域等牧草以外の作物の栽培に適さない地域において、人間の食用とはならない粗飼料を有効に活用できることから、地域の基幹産業となっている等、食料供給だけでなく、自然環境の保全や良好な景観の形成、放牧による耕作放棄地の有効活用等、多面的な機能を有している。 家畜の改良・増殖は、そのような畜産業の振興の基礎となる取組であることから、家畜改良増殖法(昭和25年法律第209号)第3条の2に基づき、平成32年度の家畜の能力、体型及び頭数に関する目標を定める本目標を策定したものである。
基本的考え方本目標については、十数回にわたって開催された改良増殖目標畜種別研究会において、家畜改良の専門家を中心に、畜産経営、消費者問題、流通・販売等の知見も踏まえながら、技術的見地から検討を行った。 検討に当たっては、「畜産物が高く売れる」、「生産量が多い」といった従来からの価値観だけでなく、特色ある家畜による多様な畜産経営、消費者ニーズに応えた畜産物の供給、長期的なひっ迫基調の穀物需給への適応、という主題を軸に各畜種の特性やそれをとりまく状況に応じた目標の策定を目指した。 具体的には、特色ある家畜による多様な畜産経営については、 また、消費者ニーズに応えた畜産物の供給については、例えば、霜降りが多い(同時に生産コストが高くなる)和牛を目指すこれまでの和牛改良だけでなく、平均的な脂肪交雑を維持しつつ、かつ早く育つ和牛の作出等の新しい方向性を示すとともに、引き続き家畜の生産性向上を進め、畜産経営に係るコストの低減を目指すことにより、手頃な畜産物の供給を支援することとした。 さらに、中国、インド等新興国を中心とした人口増や食生活の改善、世界的なバイオ燃料需要の高まり等を背景として、今後はとうもろこし等飼料穀物の需給がひっ迫基調で推移する見通し(図1)であることを踏まえ、飼料効率の改善による飼料の給与量の低減、肥育期間の短縮等を盛り込んだ。
特に、乳用牛に関しては、後述するとおり泌乳持続性の向上により泌乳曲線を平準化させる牛への改良を目指すことで、エネルギー源である飼料穀物の節約の可能性を示した。 畜種別のポイント1 乳牛 乳牛では、現在主流となっているホルスタイン種だけでなく、海外の優良な受精卵導入などにより、チーズ適性の高さが特徴のブラウンスイス種、濃厚な牛乳が特徴のジャージー種など、多様な品種の改良・増殖の支援を図ることとした。 また、ホルスタイン種についても、体調を崩しにくく生産性の高い牛を目指すこととした。 グラフの赤線は、現在多いタイプの乳牛のイメージであり、出産直後の泌乳前期に乳量が多く、後期に乳量が少なくなっている。このため、泌乳前期は飼料から得られるエネルギーを越える泌乳があり、後期は泌乳に比べて飼料の量が多くなりがちで、ともに牛が体調を崩しやすいと言われている。そこで、今回の改良増殖目標では、青い線のように、同じ乳量を生産するのでも、泌乳前期と後期で乳量の差の少ない、体調を崩しにくい牛を目指すこととした。 このような改良を効果的に進める手法として、DNAのわずかな違いが能力の差に影響している例があることに注目しつつ、遺伝子レベルの解析を進めることとした。 上記の例では優秀な牛、普通の牛、良くない牛の遺伝子配列は緑の帯で示した部分が異なっている。このような遺伝子の配列の違いを調べれば、子牛の段階でおおよその能力を予測することができるため、効果的な予備選抜による改良のスピード化を見込んでいる。 2 肉用牛 肉用牛については、霜降りで有名な黒毛和種の他に、放牧に適した赤身の多い牛肉を生産する褐毛和種や日本短角種などの特色ある和牛生産を進めることとした。黒毛和種では、消費者の健康意識の高まりに応えて、適度な霜降りで早く成長する牛づくりも進めることとし、現在の種雄牛と比べて、霜降りの指標であるBMS(牛脂肪交推基準)ナンバーの育種価目標を現状の5.7を据え置き±0、一日あたりの体重増を478グラムから+53グラムと設定した。 また、現在は霜降りなどの成績が中心となって牛肉の格付が行われているが、将来は肉のおいしさを指標化して簡易に測定・評価できるように、研究開発を進めることとした。
3 豚 豚については、どこにどのような種豚が飼われているかをデータベース化し、養豚農家の経営方針にあった選択が的確に行えるようにして支援するとともに、遺伝的な能力の評価を進め、客観的に能力を評価された優秀な豚を普及していくこととした。これにより、養豚農家は、消費者ニーズに応えた生産など、特色ある経営をより機動的に行えると見込んでいる。 また、生産性向上についても、例えばデュロック種では少ないエサで早く育つように、1日あたり体重増を14.9%向上しつつ、体重1キログラム増加に必要な飼料量を6.5%節約する目標を設定した。ランドレース種では、母豚1頭・1産あたり育成頭数を9.9頭から10.8頭に増加させることとした。 4 鶏 鶏については、国産鶏種を軸に、特色ある鶏づくりを進めることとした。特に地鶏については、生産性と質の両方を兼ね備えた地鶏づくりを目指すこととした。また、一般的に飼養されている鶏でも、例えば卵用鶏では、卵1個の生産に必要な飼料量を4.6%節約するとともに、年間産卵数を2.4%増加させ、引き続き卵が「物価の優等生」と呼ばれるように支援していくこととした。(図2)
5 馬・ヒツジ・山羊 馬・ヒツジ・山羊については、畜産物の生産だけでなく、その動物のもつ特性を活かし、教育やホースセラピー、地域振興への利用など、多様な試みを進め、人にやすらぎ・癒し・楽しみをもたらすことを目指すこととした。 馬については、乗用馬を例にすれば、乗馬人口は年々増加しここ20年間で約3万人増えている一方、乗用馬の頭数は微増にとどまっていることから、乗りやすく温順な乗用馬の生産を振興していくこととした。(図3)
めん山羊については、人工授精の普及など安定して生産できる体制を構築し、高い放牧適性を活かしつつ、特色ある地域産品として豊かな食文化の提供を行い、地域おこしの取組をすすめることとした。 おわりに畜産業振興の基礎となる家畜の改良・増殖には、長い年月と多大な労力を必要とするが、優秀な種畜がもたらす便益の大きさについて、国及び行政施策の実施機関である独立行政法人家畜改良センターをはじめ、都道府県・関係畜産団体等改良増殖に携わる関係者一同が認識を共有し、本目標に沿って、適切な家畜改良増殖の推進、畜産の健全な発展に不断の努力を注いでいくことが重要である。 また、本目標を踏まえ、それぞれの生産現場において、適切な種畜の選択がなされ、消費者ニーズに応えた多様な形態の畜産物供給が図られるよう、都道府県・市町村その他地域で技術普及を進める方々と協力し、地域色の豊かな取組の推進を図る必要がある。何とぞ読者の皆様からも最大限のご協力をいただけるよう、よろしくお願い申し上げる。 末筆ながら、口蹄疫被害を受けられた宮崎県の方々にお見舞いを申し上げる。今後の復興のために、独立行政法人家畜改良センター等とも連携して、本目標に沿った優良な種畜供給体制を整備していきたい。 |
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