海外トピックス


リスク管理プログラムの強化により輸出拡大が期待されるチリ産豚肉(チリ)


最近2年間のマイナス要因を克服

 チリでは豚肉生産の約40%を世界40の国・地域に輸出しており、世界第6位(2009年米国農務省(USDA)調べ)の豚肉輸出国である。

 このようなチリにおいて、ここ2年間は必ずしも豚肉生産および輸出に有利な要因はそろっていない。2008年7月初めには韓国の検疫所にてチリ産豚肉からダイオキシンの混入を確認したことによる同産豚肉の輸入停止、同年9月は米国発の国際金融危機による国際市場の縮小、2009年5月は人の新型インフルエンザ発生に伴う誤った認識による豚肉への風評被害、そして2010年2月末のチリ中南部地震の発生と、未曾有の出来事が続いた。

図1 チリ産豚肉の輸出量、輸出額および国内価格
資料:ASPROCER
  注:100チリペソ≒16.6円

 チリ養豚生産者協会(ASPROCER)によれば、2008年の豚肉輸出は、輸出量136,250トン(前年比93.8%)、輸出額約3億6900万ドル(約320億円:1ドル≒87円)(前年比95.8%)となった。また、輸出品の国内市場への流入から2008年11月の国内価格はキログラム当たり約620チリペソ(約102.9円:約100チリペソ≒16.6円)となり、ダイオキシン混入確認前の同年6月と比べわずか5カ月で約60%まで落ち込んだ。2009年の豚肉輸出は、輸出量145,656トン(前年比106.9%)、輸出額約3億6800万ドル(約320億円)(前年比同)となった。そして、2010年2月末のチリ中南部地震では、養豚生産は多少影響を受けたものの、関係者の懸命な努力により、翌月には輸出も回復した。

表1 チリ産豚肉輸出先上位国
資料:ASPROCER
注1:輸出量は製品重量ベース
  2:(カッコ)内はシェア

 主な輸出先は、日本と韓国であり2007年には両国で総輸出量の64.6%を占めた。2008年7月のダイオキシン混入確認時は、養豚産業に相当な被害を及ぼすと懸念されたが、チリ政府と関係団体の早期の対応が功を奏し、両国の占める割合は、2009年は48.7%、2010年1−4月期は53.3%までに回復している。なお、金額ベースでは、2009年の両国のシェアは65%と、市場での信頼回復に向かっており、チリ産豚肉は最近2年間のマイナス要因を克服しつつあると言えよう。

図2 チリ産豚肉輸出額割合(2009年)
資料:ASPROCER
注:1ドル≒87円

ダイオキシン混入を踏まえたリスク管理プログラムの取り組み

 チリの食肉生産において求められる政策は、生産振興よりむしろ品質向上やリスク軽減に係る規制が主となる。また、ASPROCERのような関係団体は、会員企業と一線を画し、中立かつ透明性の高い情報の発信と説明責任に徹しているとみられる。その一例が、輸出認定制度(PABCO)やトレーサビリティーであり、これらはいずれも官民合同で企画・運営し成功している。

 2008年7月7日に韓国の検疫所でチリ産豚肉からダイオキシンが検出(2例:3.9pgTEQ/kg、5.4pgTEQ/kg※)された際にも、チリ農業省農業牧畜局(SAG)とASPROCERは連携して関連農場および原因物質の特定を迅速に行った。8月8日には当該豚肉が生産された数農場を公表し、9月16日までに18農場を特定した。さらに11月7日には、原因となる飼料添加剤(酸化亜鉛)を製造した飼料工場および飼料原料供給施設を特定した。いずれの情報も判明後直ちに関係国および関係者に報告しており、情報の透明性は高い。

※1pgは1兆分の1gのこと。TEQはダイオキシンの毒性を表す基準のこと(毒性等価量:Toxicity Equivalency Quantityの略)。検出数値はいずれも脂肪中の濃度であったが、仮に当該豚肉が日本に流通した場合にあっても、通常の食生活にあっては、日本で設定されているダイオキシン類の耐用1日摂取量(食品の消費に伴い摂取される汚染物質に対して人が許容できる1日当たりの摂取量(TDI)=4pgTEQ/kg/日)を越えることはないと考えられている。

 ASPROCERのロレンツォ氏(海外市場マネージャー)は、「日本では、規制の運営に団体が関与することは考えにくいかもしれないが、ここチリでは透明性を担保することにより、誰でもチェックできる仕組みとなっている。今回のダイオキシン混入の原因特定でも、SAGとASPROCERの合同調査により飼料原料を製造する工場にて加熱不足(ダイオキシンが発生する条件)により生成された亜鉛が原因と判明した。この亜鉛は通常は飼料として使用しないが、たまたま混入したものである。」と説明した。

 この経験を踏まえ、チリでは2009年6月から、豚肉生産工程ダイオキシン類コントロールプログラムを実施している。この1年間で、飼料原料等供給業者登録制度(REPP)の導入、リスク要因モニタリング((1)飼料原料供給施設、(2)飼料工場、(3)農場)、第三者機関による監査および関係者の研修を行ない関係者にも確実に定着しているとみられる。ガルリア農業大臣はこのプログラムの成果を評価しつつも、トレーサビリティー制度との連携や中小規模生産者のプログラム参加などを進め品質基準を強化していくことが重要で、現時点はその通過点にすぎないとコメントした。また、ASPROCERのオバジェ会長は本年5月に日本と韓国を訪問し、このプログラムの成果を関係者に報告すると共に、輸出先国の厳しい基準をクリアしてこそ競争力強化につながるとコメントした。

 2010年からは、リスク要因となる飼料原料の追加や海外の飼料供給施設も対象に進めていくことから、このプログラムの活動はますます発展していくと思われる。

アジア向け豚肉製品の輸出拡大に期待

 チリは日本にとっても重要な豚肉供給国であり、2009年の輸入相手国としては第5位に位置する。2008年7月のダイオキシン問題の際には、日本政府は、原因が特定され再発防止が確認されるまでの5カ月間、同国産の豚肉の輸入を停止した。しかしながら、前述の通りチリ側の早期の対応により、2009年の輸入量は27,185トンとなり、2007年の46,019トンの約60%まで回復した。

 ASPROCERのロレンツォ氏(前出)は、「チリ産豚肉の40%は輸出する一方、国内需要はここ数年間、1人当たりの年間消費量が約20.1キログラムで一定しており、これ以上の増加は見込めない。厳しい基準をクリアしてこそ、海外市場が確保されると考えており、実際、ダイオキシン問題以降、日本、韓国、EUの顧客からの問い合わせが増えている。特に、基準の高い日本、韓国と大きな市場の中国を抱えるアジアへの輸出拡大に期待したい。」とコメントした。さらに、「現在、豚肉生産に係る調査研究、人材育成などを目的として豚専門の研究センターを計画中で、早ければ来年にも開設できる。若手から豚の専門家を育成し、今後の豚肉生産の拡大に貢献させたい。」と語った。

図3 日本の輸入相手国別輸入割合(2009年)
資料:財務省貿易関税統計
  注:数量ベース

 国内最大手の食肉メーカーAGROSUPER社は、全輸出量の70%を日本と韓国に仕向けている。同社は、ダイオキシン混入豚肉とは無関係の企業であったが、影響は少なくなかった。しかしながら、飼料工場、養豚施設などすべて自社製のものであったことから、トレーサビリティー、飼料原料のモニタリングなどは確立されており、実際、輸入停止解除後の2009年1月には同社の豚肉のみ輸出が許可された実績を持つ。日本企業と連携してすでに13年経過し、日本の市場や消費動向にあった特別の豚肉製品を製造するノウハウを有し、さまざまな顧客のニーズに応じた衛生基準や規格商品の提供が可能とされる。

 同社のアメナバール氏(輸出担当マネージャー)は、「ダイオキシン混入の際には、直ちに日本に行き状況を説明した。とにかく問題が起こったらすぐに顧客のニーズに対応したい。強化されるダイオキシン類コントロールプログラムにも対応していく。地震の影響は幸い少なくすでに元に戻っているため、今年はこれまで以上に輸出を拡大していきたい。現在、2施設3交代で1日当たり豚1万2千頭を処理するが、近いうちに生産量を倍増しすべてを輸出向けに充てる計画である。アジアからの引き合いは強いとみるが、さまざまな国の市場に対応していきたい。」と語った。

 工場内では実際、日本向けに高級ヒレ肉からしゃぶしゃぶ用スライス、串刺しバラ肉まで実にバラエティー豊富に商品生産ラインがあり、手際良く生産されていた。

図4 日本のチリ産豚肉の輸入推移
資料:財務省貿易関税統計

 チリは、太平洋とアンデス山脈に囲まれた狭い土地であるため農業に適した平地が少なく、農業資源にも乏しい。一方で、その特異な地形こそが、周辺国からの疾病の侵入を防ぎ衛生的に高度な食肉生産を可能としており、周辺の南米諸国と異なった食肉生産スタイルを築いていると思われる。厳しいリスク管理プログラムの導入により、品質の付加価値を高めて海外市場を狙うチリ産豚肉に今後期待が掛かる。

図5 規格の確認を受ける豚ヒレ
図6 スライスされたしゃぶしゃぶ用豚バラ
図7 手作業で作成する豚バラ串
図8 日本向け豚肉製品製造施設からの アンデス山脈の眺め

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