ブリュッセル駐在員事務所 前間 聡、小林奈穂美
【要約】2010年12月に欧州委員会より公表されたEU酪農乳業市場のレビューによると、今後のEU酪農乳業市場は以下のとおり見込まれている。 ・EUの生乳生産量は微増にとどまり、2015年の生乳クオータ制度撤廃まで常に生乳クオータを下回って推移。 ・2020年におけるEUの乳製品生産量は、生鮮乳製品(飲用乳、クリーム、ヨーグルトなど)は2009年比で8%増、チーズについては同10%増。一方、バターは微増、脱脂粉乳は減少する見込み。 他方、EUより一足早く2009年に生乳クオータ制度を撤廃したスイスでは、生乳生産量は生乳クオータ制度が撤廃前の3カ年に5%も増加し、生乳価格の大幅な下落を招いたため、2011年1月より持続可能な生乳価格の維持を目的として3区分の用途別生乳価格制度が導入された。 2010年12月には、持続可能な酪農乳業の確立を図るため、生産者側の交渉力強化などを目的とした法案が欧州委員会より公表され、立法府での議論を経て2012年中の施行が見込まれているほか、酪農乳業の今後のセーフティネットのありかたなども2013年以降の共通農業政策のあり方の中で検討見込みとなっている。近年酪農乳業市場の変動が顕著となる中、EUにおける一連の酪農乳業改革の行方は、我が国を含むEU域外の生産国が将来を見通す上で参考となるであろう。 1 はじめに 2009年に顕在化した生乳価格低迷により、パリ、ブリュッセルなどの主要都市で生産者による抗議行動が先鋭化した「酪農危機」は、我が国の全国紙でも取り上げられたこともあり記憶に新しい。2010年に入ると、EU域内の酪農乳業市場が引き締まり、生乳価格も1キログラム当たり30ユーロセント(約34.2円。1ユーロ=114円)を超え、域内生産者の経営状況は好転したが、乳業会社の中には利益の縮小により経営状態が悪化し、同業他社による買収の対象になっているものもあるなど厳しい淘汰が続いている。本稿では、「酪農危機打開に向けた欧州委員会の施策(畜産の情報2009年12月号)」以降のEU酪農乳業市場の動向について、EUに先行して2009年に生乳クオータ制度を撤廃したスイスのケーススタディを交えて報告する。 2 欧州委員会による中間レビューの内容 2015年4月以降の生乳クオータ制度撤廃を主な内容とする2008年末の共通農業政策(CAP)の中間検証作業(ヘルスチェック)の合意形成過程において、生乳クオータ撤廃の円滑な実施を確保する観点から、中間レビューを2010年と2012年の2回実施することとされたところであり、今般、第一回目の中間レビューが公表された。以下、その内容について紹介する。 欧州委員会による中間レビューの概要
1. 酪農乳業市場の動向と中期見通し ・2007年の価格急騰に続き2008 〜 09年上半期には乳製品価格および生産者所得が急落したものの、乳製品市場は2009年下期に回復基調に転じ、その傾向は2010年上期でも継続(図1)。 1.2 酪農乳業市場の中期見通し 欧州委員会のシミュレーション注による中期見通しは以下の通り。 ・2020年におけるEU27の生乳生産量は2009年の水準の3%増。なお、EU12における生乳供給量の増加率は、酪農家の自家消費量が減少傾向にあることからこの水準を若干上回る(図2)。また、生乳クオータ制度撤廃との関係では、EU27の生乳生産量の増加は極めて穏やかであり、2015年の生乳クオータ制度撤廃に向け常に生乳クオータを下回って推移(図3)。 ・2020年における乳製品の生産量は、生鮮乳製品(飲用乳、クリーム、ヨーグルトなど)は2009年比で8%増、チーズについては同10%増(図4)。 ・一方、バター市場は、域内市場が堅調であれば安定的に推移し、生乳クオータ制度撤廃に伴う生産量の増加により、域外輸出が増加(図5)。また、脱脂粉乳の域外輸出は、ユーロ高と他の輸出国からの潤沢な供給により減少傾向で推移(図6)。
2. 生乳クオータ制度の段階的廃止期間中の変化 ・生乳クオータ未達加盟国の増加に伴い、生乳クオータの重要性は年々低下。2009/10クオータ年度(4月〜3月)におけるEUの生乳供給量は生乳クオータを7%下回るとの推計(図7)。 ・2008/09クオータ年度に生乳クオータが2%拡大し、生乳価格も比較的良好であったにもかかわらず、2008年におけるEUの生乳生産量の増加はわずか2%。その後、EUおよび世界の景気後退に伴い、高付加価値の乳製品を中心とする需要の減退により2009年の生乳価格は大きく低下し、EUの生乳生産は2009年から2010年初めにかけて縮小。この結果2008/09クオータ年度は記録的な未達となったところ。 2.2 生乳クオータ取引価格の低下 ・生乳クオータ制度の廃止が目前に迫ったことから、生乳クオータの取引価格は低下続けており、既に多くの加盟国で無価値またはそれに近い水準という状況(図8)。 2.3 予想される変化と感度分析 ・生乳クオータ制度撤廃後の生乳生産の動向は、2013年以降のCAPの動向、生産コスト、環境規制、(酪農以外の)他の就業条件、EU域内外の生産・価格動向などのさまざまな要素に左右されることとなる。 ・前述のとおり、欧州委員会農業総局が中長期的見通しを行う際に活用している経済モデルによれば、生乳クオータ制度が撤廃されるとしても生乳生産量の増加は緩慢との見込。加盟国毎の調査の中には生乳生産量が大きく増加することを予測したものもあるが、大半がEU27全体としての姿を考慮していないもの。 2.4 軟着陸への軌道に乗っている加盟国 ・生乳クオータ未達の傾向と生乳クオータ取引価格の低下は、生乳クオータ制度撤廃までの軟着陸への軌道に乗っていることを意味するもの。 3. 結論 ・本レビューの結論は、上記の状況下では生乳クオータを徐々に拡大し、2015年4月1日より生乳クオータ制度を撤廃するというヘルスチェックの判断を再考する理由は全くないというもの。 資料:欧州委員会(Evolution of the market situation and the consequent conditions for smoothly phasing out the milk quota system) 注:OECD-FAOのAglink-Coimoモデルを用い、CAPヘルスチェックの判断およびEUの現行の貿易政策に変更がないという前提でシミュレーションを実施。 (1)EU酪農乳業市場の動向北半球に位置するEUでは、生乳生産が秋に底を打ち春にピークを迎える季節変動があることから、EUの生乳価格は生乳生産量とは逆に秋にピークを迎え春に底を打つ季節乳価が導入されており、酪農家に支払われる生乳価格は毎月変動する。図1はEU域内の主要乳業16社の生乳価格の平均値とその12カ月移動平均を示したものである。生乳価格の平均値(黒の実線)を見ると、EUの生乳価格は2007年下期の急騰と2008年下期の急落の後、2009年の低迷(いわゆる酪農危機)を迎えたが、2010年では平時であった2006年を上回る水準まで回復していることが容易に観察でき、これは前述の欧州委員会による報告の内容と一致する。 ここで注目したいのは、生乳価格の12カ月移動平均(青の実線)である。EUの生乳価格が季節によって変動するとしても、一定の水準から等しく上下に振れているのであればこの12カ月移動平均は安定的に推移するはずである。実際、平時であった2006年下期までは、この12カ月移動平均は100キログラム当たり28ユーロ(約3,192円)付近で安定していたところである。しかしながら、2007年下期以降の生乳価格急騰を受け、2008年上期には100キログラム当たり36ユーロ(約4,104円)の水準まで達している。この価格高騰期は飼料原料価格が高騰していた時期と重なるが、EUの酪農家は豊富な飼料基盤を有しており、購入飼料の依存度は我が国ほど高くないことから、この時期EUにおいては多くの酪農家が大幅な所得拡大を享受できたことは想像に難くない。一方、2009年に入ると12カ月の移動平均はEU酪農家の収支均衡ラインと言われる28ユーロ付近を大きく割り込み、この状態は2009年末まで数カ月間継続することとなった。言い換えれば、2009年の大半の期間において域内酪農家の収支がマイナスの状態が続いていたことになり、これがこの時期に域内酪農家の抗議活動が先鋭化した理由と考えられる。幸いなことに、2010年以降域内の生乳価格は、域内乳製品市場のひっ迫を背景に上昇傾向で推移しており、12カ月の移動平均も2010年夏の時点で30ユーロの水準を超え、2009年の酪農危機からは脱した感がある。いずれにしても、このような近年の酪農乳業市場の著しい変動(volatility)に如何し対処し、持続可能なEU酪農を実現するかが欧州委員会の喫緊の課題となっていると言えよう。
(2)EU酪農の構造と生乳クオータ制度の位置づけの変化図2はEUの生乳生産量、生乳供給量、搾乳牛飼養頭数の推移と今後の見通しを示したものであるが、近年の生乳生産量は、生乳クオータ制度を背景としてほぼ横ばいで推移してきた一方、搾乳牛頭数は一貫して減少してきていることが読み取れる。これは、搾乳牛の個体能力や飼養管理技術の向上により、一定の生乳生産量をより少ない搾乳牛頭数で確保することが可能となったことの表れと見ることができる。注目されるのは、生乳クオータ制度が2015年に撤廃されるのに伴い、生乳生産量がどの程度増加するかというものであるが、欧州委員会の見通し(図3)によれば、今後は生乳クオータ制度が撤廃されるまでクオータ未達の状態が続き、2020年時点の生乳生産量は2009年比で3%増にとどまるとされている。これは、近年生乳クオータを超過する加盟国数が急減しているという傾向が今後も続くことを意味している。2010年下期は堅調な生乳価格を背景として主要酪農国を中心に生乳供給量が前年同月を数%上回る状況が続いていることから、2010/11クオータ年度において生乳クオータを超過する加盟国は前年度の3加盟国を上回る可能性が高いが、そういう状況下にあってもEU27全域では生乳クオータを超過することはないというのが関係者の一致した見解である。欧州委員会の指摘のとおり(図7)、かつて生乳クオータ制度は生乳生産のリミッターとして有効に機能していたものの、近年では生乳クオータ制度に代わって市場メカニズムが生乳生産量増減の重要な要素となっているということを、時代の流れとして認識する必要があろう。 (3)乳製品生産の動向我が国の酪農乳業との関係において最も注目される事項の1つが、EUにおける乳製品生産の動向であるが、今般の中間レビューでは、チーズでは増加、バターでは横ばいないし微増、脱脂粉乳では減少という三者三様の結果となった。
チーズについては、着実に増加する域内需要に支えられ、今後も増産の傾向が続くというものであるが、域外においても、現在低下しているユーロの為替レートが将来持ち直す(EU産製品が割高になる)というマイナス要素が予期されるものの、国際市場においては30%を上回る高いシェアを維持すると見込まれており、EU産チーズの高い競争力をうかがわせるものとなっている。 また、バターについては、2011年2月現在、介入買入在庫も事実上解消されており、域内市場においても慢性的な供給不足の状態が続いていることから、今後この域内需要が続けばバターの生産も堅調に推移すると見込まれている。図4のグラフにおいては、2015年の生乳クオータ制度撤廃に伴うバターの生産増により域外輸出が微増すると見込まれている。
一方、脱脂粉乳については、ユーロの為替レートの持ち直しと国際市場における北米産、オセアニア産との競合という要素がマイナスに作用し、減産基調で推移すると見込まれている。2011年2月現在では域内の脱脂粉乳市場は堅調に推移しているところであるが、国際的な需給の動向や今後実施が予定されている介入買入在庫の放出に敏感に反応することが予想されることから、前2者との比較ではやや安定性に欠けるということであろう。
(4)中間レビューで示された欧州委員会のスタンス結論の部分で言及されている通り、今般の中間レビューで明確に示されている欧州委員会のスタンスは、「2015年の生乳クオータ制度撤廃は見直さない。」というものである。そもそも、2010年と12年に2度にわたる中間レビューが実施されることとなった背景には、生乳クオータ制度撤廃に向けた軟着陸が軌道に乗っているかどうかを検証することを約束することで、2008年11月のCAPヘルスチェック政治合意直前まで一部にくすぶっていた生乳クオータ制度撤廃反対論を封じ込めたという事情がある。言い換えれば、中間レビュー時点で万一軌道に乗っていないという結果となれば、生乳クオータ制度撤廃そのものの見直しにつながりかねないだけに、欧州委員会としてはこのレビューの執筆、公表に細心の注意を払ったと想像することができる。2011年2月現在、域内の酪農乳業市場が軒並み好調であり、関心も酪農乳業に関するハイレベルグループ報告書(注1)を受けた措置の具体化に集まっていることから、今般の中間レビューが農業専門誌の紙上や関係者の会合の話題に上ることはまれな状況となっている。 (注1)海外駐在員情報「農相理事会、GMO問題、酪農乳業に関するHLG報告書などを議論」(2010年9月29日)参照 3 生乳クオータ制度撤廃の影響(スイスのケーススタディ)それではここで、EUより一足早く2009年に生乳クオータ制度を撤廃したスイスの酪農乳業の現状について紹介することとしたい。 (1)生乳クオータ制度撤廃の経緯スイスでは1977年に生乳の過剰生産を抑制するため、生乳クオータ制度が導入され、生産者はこの制度下で安定した生乳価格の支払いを受けていた。しかし、2003年にスイス連邦議会は、自国の酪農乳業部門について生乳の生産と配乳をより柔軟で市場に根差したものとするため、2009年4月末日をもって生乳クオータ制度を撤廃することを決断した。この際、生乳クオータ制度廃止までの移行措置として、2006年5月1日から2009年4月30日までの3カ年間に以下の2つの措置が講じられた。 ① 生産者から生産者団体もしくは生乳加工団体への生乳クオータの譲り渡しを促すことにより生乳クオータのプール管理を促進。 ② ①の措置に加え、上記の生産者団体、生乳加工団体へ輸出用チーズ生産などを目的とした追加的な生乳クオータを配分。 上記の措置の結果、2009年5月の生乳クオータ制度撤廃時点において、生産者団体、生乳加工団体に生乳クオータを譲り渡した生産者のシェアは90%、追加的に配分された生乳クオータは従前の3%相当に達することとなった。 (2)生乳価格をめぐる制度の変遷1)生産者と集乳業者間の契約義務付け(2006年5月〜) 生乳クオータ制度撤廃の前段階として、2006年5月1日以降は全ての生産者に集乳業者と1年間以上の生乳供給契約を締結することが義務付けられた。この2者間の契約は2015年まで継続する義務となっている。この目的は、生乳クオータ制度に代わり契約により生乳供給量を管理し引き続き生乳価格の安定化を図ろうとしたものであった。しかしながら、スイスの生乳生産量は2006年5月から生乳クオータ制度が撤廃された2009年4月末までの3カ年に5%と大幅に増加し、この結果スイスの生乳価格が下落することとなった。 2)民間主導による新生乳価格制度の導入 その後、2009年6月に酪農乳業の生産、加工、流通部門全体をカバーする業種横断的な団体(BOM)が組織された。国内生産に占めるBOMのシェアは95%と極めて高率であり、実質的にはBOMでの決定がスイスの酪農乳業全体を方向づけるものとなっている。また、BOMでは過剰生産による生乳価格の下落を受け、2010年の年次総会において、2011年1月より次のような生乳価格制度を傘下の会員に導入することを決定した(図9)。
①Aミルク(国内市場向け生乳) Aミルクは、保護されているスイスの国内市場向け牛乳乳製品に仕向けられる生乳のことであり、最も高値で取引される。Aミルクは、乳脂肪4%、乳タンパク3.3%を基準としてリットル単位で取引され、単価についてはスイス国内の牛乳乳製品市場価格を基準として設定される。 ②Bミルク(EU市場向け生乳) Bミルクは、EU市場向け乳製品に仕向けられる生乳のことであり、その価格はAミルクに劣る。Bミルクのキログラム単価は、国際市場の脱脂粉乳の価格とスイス国内市場のバターの価格を指標としてBOMが算出する。 ③Cミルク(その他の市場向け生乳) CミルクはEU以外の国際市場に輸出される乳製品に仕向けられる生乳のことで、最も安価で取引される。Cミルクのキログラム単価は、EU以外の国際市場で取引される全粉乳、脱脂粉乳およびバターの価格を指標としてBOMが算出する。 この新たな生乳価格制度の下では、Aミルクの仕向け割合が60%以上確保されれば、3区分の仕向け量ついては交渉に委ねられることとなっており、乳業側が各市場の動向に柔軟に対応することを可能としている。Aミルクの仕向け割合を60%以上とすることが義務付けられているのは、生産者に妥当な生乳価格を保証しつつ、スイス国内市場への供給を確保するためとされている。 一方、スイスの新たな生乳価格制度については、既に生産者団体より批判の声が上がっている。次欄はスイスを含むヨーロッパの生産者団体を傘下に持つEuropean Milk Boardの2010年12月時点のニューズレターの抜粋であるが、生産者が生乳の仕向け先の配分に関与できないことなどスイスの新たな生乳価格制度の問題点を痛烈に批判している。いずれにしても、このスイスの新たな生乳価格制度が、生産者に持続可能な生乳価格を保証しつつ、市場メカニズムにより過剰生産を抑制するという所期の目的を達成し得るかどうかについては、時の経過を待つ必要があろう。 スイスについての解説:需要に基づく生乳生産ではなく過剰生産の処理の構図 スイスにおける市場自由化は大きな問題を有している。生乳クオータ制度が撤廃された2009年5月以降、生乳の過剰生産が行われており、蓄積したバター在庫は記録的なものとなっている。また、チーズの輸入量は輸出量を大きく上回っている。計画されていたスイス産乳製品の国際市場への進出は達成できていないばかりか、逆の結果となっている。EU産の安価な乳製品は洪水のごとくスイス市場になだれこんでおり、スイスの生乳価格は急落している。生乳価格の下落は酪農乳業市場における過剰生産を反映するものである。2010年10月時点では生産者は平均で、60スイスフラン/キログラム(約5,340円:1スイスフラン= 89円)の支払いを受けている。直接支払いを考慮すれば、現状は条件不利地域に位置する農場では生産コストを賄うためにさらに25 〜 30スイスフラン(約2,225 〜 2,670円)が必要となることを意味している。余剰生産物はEU市場又は国際市場において生産コストを下回る価格で処分されている。スイス酪農乳業の業種横断的な団体(BOM)が先日の年次総会において生乳を用途別にA、B、Cの3つに区分して取引する生乳価格制度について合意したのは、乳業が利益活動を営むためではないだろうか。生産者は(最も高く買い取られる)Aミルクの価格での取引を想定するものの、実際に受け取る生乳価格にはAミルクよりはるかに安価なBミルク、Cミルク分も含まれる。この制度は生乳供給量を管理するものではないが、酪農乳業市場を安定化させるための一連の措置についても生産者を代表するBOMの委員によって承認された。生乳価格は極めて低い水準にとどまることになるであろう。生産者は、Bミルクの価格で生乳を販売を希望するかどうかという判断に関与できない。生乳を供給した後で生産者は初めて生乳販売の明細を目にするのであり、これにより国内生産に仕向けられる高価格での販売量(Aミルク)と主に輸出に仕向けられる低価格での販売量(B、Cミルク)を知ることになる。生産者自身は、生乳をどの用途(A,B,Cミルク)にどれだけ販売するかという判断に関与することができない。 (中略) EUに住む我々はスイスの現状から教訓を得る必要がある。業種横断的な団体、生産者と乳業間の契約、そして極めて低く設定された集乳量の制限に関する欧州委員会の提案は、欧州における持続可能な生乳生産に向けた状況の改善をもたらすためには適当でない。このことが、欧州委員会のこの提案が建設的かつ明瞭な形で批判されなければならない理由である。スイスは1国にすぎないが、その教訓はEU27加盟国で機能しないものが何であるかを示すものである。 資料: European Milk Board“ News letter 2010 December” 4 考察スイスにおいて生乳クオータ制度撤廃を中心とする規制緩和が必ずしも当初想定した方向に進んでいないということをとらまえて、EU27においても同様の結果を招くと予断することは適切でないと考えられる。スイスとEU27が大きく異なるのは、撤廃時点で生乳クオータ制度が生乳生産のリミッターとして実質的に機能しているかどうかという点であり、EU27で生乳クオータ制度が撤廃されたことにより生産過剰が生じるというのは欧州委員会の分析のとおり考えにくい状況にある。スイスの例は、2009年5月の生乳クオータ制度撤廃を念頭に、国内の酪農乳業が増産に向けフルアクセルを踏んでいる中で不幸にして経済危機による国内外乳製品市場の縮小が起こり、結果として生産過剰と生乳価格の下落が生じたと理解することができる(図10、11)。タイミングが悪かったと言えばそれまでだが、今後、新たに導入された生乳価格制度がスイスの酪農乳業に安定をもたらすかどうか注目される。
一方、EUにおいては、2015年3月のクオータ撤廃に向け酪農乳業に関するハイレベルグループ勧告の具体化の作業が着実に進行している状況にある。(表1、図12)
2010年12月初旬には、生産者の立場を高め、酪農部門をより市場に根ざしたものとし、かつ、持続可能なものとすることを目的として同勧告の中で優先事項とされた4課題を一体的に法案化した「ミルクパッケージ」が欧州委員会より公表され、欧州理事会、欧州議会での議論を経て2012年中の施行が見込まれている。また、酪農乳業の今後のセーフティネットのありかたとして注目される「市場支持施策および先物市場」と「技術革新と研究」については、2013年以降の共通農業政策のあり方の中で検討される可能性が高い。なお、「乳製品の規格と生産地の表示」については、農産品全般の表示のあり方の中で別途検討されることとされている。いずれにしても、近年酪農乳業市場の変動が著しくなる中、将来の見通しを立てることはますます困難となっているが、生乳クオータ制度撤廃を含む一連のEUの酪農乳業改革の行方は、我が国を含むEU域外の生産国が将来を見通す上で参考となるであろう。 (参考資料) |
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