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牛肉生産大国におけると畜場の差別化
――豪州のビーフパッカーに見ると畜場の事業展開――

畜産ジャーナリスト 近田康二


  

【要約】

 昨今、牛豚ともに飼養頭数・出荷頭数の伸び悩みから、と畜場の稼働率向上や機能向上が求められている。そのような中、豪州において、牛の繁殖・肥育からトレーパックまで、一貫した処理・加工、独自の付加価値処理の試みなど、特定の大手スーパー向けに的を絞った事業を展開している国際的にもユニークなビジネスモデルを紹介する。当該事例は、日本の食肉センターやと畜場の将来の事業展開を考える際の参考となるだろう。

−はじめに−

 近年、産地や大消費地における食肉センターの統廃合、整備が進められ、並行してハード・ソフト両面から、より衛生的・近代的な家畜のと畜・解体処理、つまり安全・安心な商品としての食肉の供給が実現されてきた。こうしたと畜場の機能向上が、畜産振興を支える大きな役割を担ってきたのは畜産関係者の誰しもが持つ共通認識であろう。しかし、牛、豚とも飼養頭数、出荷頭数の伸び悩みから、と畜場の稼働率の低下がいわれる状況の中、と畜場の差別化が大きな課題となっている。 

 平成22年6月から7月にかけて訪問した豪州のビーフパッカー・ACC(AUSTRALIAN・COUNTRY・CHOICE)は、特定の大手スーパー向け牛肉に絞った事業展開、繁殖・肥育からトレーパックまでの一貫した処理・加工、独自の付加価値処理の試みに取り組むなど、国際的にもユニークなビジネスモデルである。日本の食肉センターやと畜場の将来の事業展開を考える時、大いに参考になる事例といえる。

ACCキャノンヒル本社工場
ACCのポール・ギブソンさん(左)とMLAのケート・ニースさん

−“皿からパドックへ”をポリシーに牛肉ビジネスを展開−

 「わが社は“PLATE TO PADDOCK”を企業ポリシーとする牛肉供給インテグレーション(垂直統合)チェーンだ」。クィーンズランド州の州都ブリスベン郊外にある、ACCキャノンヒル本社工場のプロダクト開発マネージャーのポール・ギブソン(Paul Gibson)さんは開口一番にこう切り出した。つまり、消費者の食卓の皿(料理)から、牛の運動場のパドックまで遡る、一連の牛肉ビジネスを展開する企業グループであることを強調したものだ。

 同社は、家族経営のリーグループPty社の一部門で、1958年に創業した。1961年に牛肉の取り扱いを開始し、その後、68年牛フィードロット(肥育)事業、95年牛枝肉のボーニング(抜骨)、96年と畜場の買収、2001年現在地キャノンヒルにと畜場新設、リテイル・レディー(店頭販売用)パック肉の生産開始、02年ソーセージ製造工場新設、06年リテイル・レディーパック生産工場の新設と、95年以降、次々と業容の拡大路線を展開している企業だ。

 ACCの牛のと畜・解体処理は1日当たり1200頭、年間30万頭。豪州全体の年間と畜頭数が2009年853万頭(実績、豪州政府統計)、2010年837万頭(豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)予測)であることに比べれば2.8%程度のシェア、国内10〜15位のランキングであるが、日本最大の東京・芝浦と場の2倍以上の処理規模である。

 同社の事業で第1の特徴として挙げられるのが、スーパーマーケット「coles」(コールス)との取引を主軸にしていることである。コールスは豪州国内に745店舗以上あり、「WOOLWORTHS」(ウールワース)に次いで2番目の大手チェーンストアである。

スーパーマーケット「coles」の食肉売り場
「coles」のパック牛肉

 ACCは72年からコールスに牛枝肉の供給を開始、95年には前述した牛枝肉の抜骨業務のスタートを機に長期契約を結んだことで、現在ではコールスの牛肉の定番商品の供給元として定着している。ACCの生産量のうち、約8割がコールス、残りが海外マーケットという構成で、いわばコールスの専用工場のような存在である。

 日本では買い手側がブランドや産地、小割スペックなどの取引条件を指定するのが一般的だが、と畜場や食肉センターを限定するケースはまずみられない。売り手側にとっても売り先を絞り込むリスクは大きいと考えられるが、「確実な売り先の確保」と「品質と量の安定」を考えると相互にメリットがあるようである。

 その「品質と量の安定」を実現する大きな要因は生産部門を持っていること。1カ所平均8万頭のキャトルステーション27カ所を管理下(所有またはリース)に置いているほか、ブリスベンから北西へ約600キロメートルの地点と西へ100キロメートルのところに2つのフィードロット場を所有する。キャトルステーションの収容能力は2万5000頭、フィードロットは同5000頭の規模で、飼料生産から繁殖、子牛の育成、肥育まで一連の飼養管理を行っている。品種は熱帯種のブラーマンの交雑であるドラウトマスター(Droughtmaster)とチャルブレイ(Charbray)。育成期は牧草地に放牧して粗飼料を十分に給与し、生体重350キログラムになった時点でトウモロコシ、小麦、大麦、スチーム処理のソルガムなどの穀物で約60日間仕上げの肥育、450キログラムで出荷する。

円形の係留場、品種は熱帯種ブラーマンの交雑種であるドラウトマスターとチャルブレイ

 2つのフィードロット場からの年間の供給頭数は12万5000頭に達するという。最大84頭を積み込める家畜輸送車でACCキャノンヒル本社工場に運ばれ、と畜・解体処理という次のチャネルに移る。

−枝肉への電気刺激、懸垂方法の工夫による肉質向上の取り組み−

 と畜・解体処理部門は、ISO9001(品質規格)、ISO14001(環境)、ISO22000(食品安全)、ISO17025(研究所)などの国際マネジメントシステムの認証を得ているほか、イスラム教の作法(ハラール)によると畜場としての認定、AQIS(豪州検疫検査局)輸出用食肉加工工場、MSA(ミート・スタンダード・オーストラリア)の格付け認定工場、オズミート(AUS-MEAT =The Authority for Uniform Specification for Meat and Livestock食肉畜産統一規格局)認定工場など多くの資格を得ている。

内臓摘出作業
内臓検査ライン

 解体ラインで特筆されるものに、品質向上に向けた2つの取り組みがある。

(1)電気刺激による熟成

 1つは、電気刺激(Electric stimulation)による熟成期間の短縮である。10年間の研究期間を経て、平成22年6月上旬にパルス電流を枝肉に通電する装置を背割り・枝肉洗浄工程の後の冷蔵庫に入る前のライン上に組み込んだ。

背割作業
枝肉の仕上げ

 日本においては、過去に放血促進やピッシング中止に伴う牛のと畜時における不動化と多発性筋出血(いわゆるスポット)発生の防止を目的に研究されたことがあった。かなりの効果があったものの、放血後すぐに通電する必要性があるのでライン上で連続的に行うことが困難であることから、普及しなかった経緯がある。

 ACCでは、この電気刺激装置を使用することにより、筋肉中のATP(アデノシン三リン酸)の消失が早まることに連動して、pHの低下も早まり、死後硬直・解硬を短時間で終え、通常より早く熟成期に入れば、肉質も軟らかく、風味も向上するとしている。

電気刺激装置

 使用するパルス電流の電圧、通電時間は明らかにされなかったが、個体によって重量、筋肉量、水分などが異なることから直前に枝肉ごとにレスポンスを計り、1頭ごとに電圧、時間を反応するシステムを開発した。「まだ、肉質向上のメカニズムが解明されていないので、日本のと畜関係者と共同研究ができればうれしい」とACCのポール・ギフソンさんは話していた。

(2)テンダーストレッチ法による懸垂

 もう1つの肉質向上への取り組みは、「テンダーストレッチ」と呼ぶ枝肉の懸垂方法。

枝肉懸垂「テンダーストレッチ」への架け替え作業
「テンダーストレッチ」での枝肉格付け
腰骨(坐骨)から吊り下げる「テンダーストレッチ」
「テンダーストレッチ」はスペースをとるが肉質向上効果がある

 豪州でも日本でも、アキレス腱にフックを掛けて懸垂するのが通常だが、同社では、腰骨(坐骨)から吊り下げる方法を採用。アキレス懸垂の場合、死後硬直と冷却により筋繊維の収縮が起きることから、背最長筋(キューブ・ロールやストリップロイン)や内もも(トップサイド)の筋肉などが硬くなる傾向がある。

 これを防止するための懸垂方法がこれである。電気刺激、温と体格付けのあと、フックからロープへの架け替えが行われる。「効果があることが分かっていても、吊り下げたときにすねの部分が出っ張り、冷蔵庫のスペースをとるのが難点」(ポールさん)で、豪州でもここを含めて3カ所だけという。この懸垂方法は格付けを決定する一要素にもなっており、格付等級が上がるケースもあり、熱帯品種の赤身肉のおいしさを引き上げる付加価値アップの手段といえる。

懸垂方式による脱骨ライン
トリミングライン
作業員の体感温度を上げる空調システム(天井付近)を導入している。リテイル・レディー商品の包装ライン
ブロック肉包装ライン

(3)乳廃牛の付加価値化

 こうした肉質向上の2つの取り組みは、日本でも搾乳の役割を終えた乳用雌牛、いわゆる乳廃牛の付加価値化で活用できそうな技術である。乳廃牛は数カ月間、穀物多給による肥育で肉質改善してテーブルミート用として出荷されるケースもあるが、ほとんどは低価格の加工用、業務用の挽き材として流通している。年間20万頭以上の乳廃牛のレベルアップを図ることができるようになれば、酪農経営にとっては朗報である。

(4)製品化への一貫作業

 FARM(牧場)、FACTORY(工場)に続く、3つ目の取り組みがFOOD。部分肉製造からさらに進めたリテイル・レディー(店頭販売用)パック肉の生産は今年10年目になる。日本の食肉加工メーカーや大手食肉問屋でもスーパーの「アウトパック」を行うケースが増えているが、衛生管理を追求していけば、外気に触れることなく実行できる体制、と畜→枝肉処理→部分肉加工→リテールカット→包装作業を一貫した同じ屋根の下の施設で行うことに突き当たるのは当然の成り行きである。

 日本でも、量販店向けスライス肉のトレーパックの生産をと畜場・食肉センターが行うことは当たり前の時代になる可能性は否定できない。

 ソーセージ、マリネードビーフ、ビーフパテ、ハンバーグ、肉だんご、成型肉、ミンチなどの加工品の製造量は年間1万5000トンで、部分肉製造工程で出る端材やトリミングの有効活用ととらえられる。

 こうした一連のビーフビジネスの展開により800人以上の雇用を創出していることで、午前6時から午後11時までを2シフトでと畜業務を行っていることなど、日本の食肉センターやと畜場関係者が学ぶべきことは多い。

 最後に、取材に当たりMLA、とりわけマーケテングコーディネーターのケート・ニースさんの協力をいただいたことに感謝したい。

社団法人 中央畜産会 事業第一統括部

主査 近田 康二

 


 
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