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デンマーク農業における人材育成からの考察
〜養豚農家に滞在して〜

畜産振興部 管理課 係長 大内田一弘


  

【要約】

 世界有数の養豚大国であるデンマークの養豚農家に滞在し、養豚業に携わる人々の就農意識や考え方について、実際に現場で一緒に作業をしながら情報収集をすると、彼らのその意識や考え方の裏には、長い歴史のある人材育成の仕組みが根付いているということが分かった。

 デンマークにおいて、養豚業に対する就農意識や考え方の根本となっている特徴的な人材育成の仕組みを紹介するとともに、日本国内をかんがみ、厳しい養豚経営のなかでどのような展開が望まれるのか、デンマークの養豚農家に滞在しながら考察したことを報告する。

 この度、研修の一環としてデンマークのある養豚農家に滞在する機会を得た。

 きっかけは、業界紙などで見る欧州の畜産業における先進的事例や特徴的な取り組みなどに元々非常に関心があり、その中でも特に世界有数の養豚大国であるデンマークの養豚業に携わる人々の就農意識や考え方について、実際に現場で一緒に作業しながら、知見を広めるために情報収集をしたいと考えたことである。

 日本の豚肉輸入のほとんどは米国、カナダおよびデンマークからであり、デンマークの養豚業と我々日本人の食生活はつながりが深い。また、デンマークは、人口551万人とEU27カ国(約5億人)の1%強にすぎないにもかかわらず、豚肉生産量ではEU27カ国の10%近くも占める養豚大国である。さらに、競争の厳しい国際マーケットの中にあっても一定の輸出シェアを維持し続けている。

 日本の養豚業は、後継者問題を抱える経営が多い。一方、大規模な養豚経営も近年増えており、これからも規模拡大を図ろうと意欲的に取り組むところも沢山あると聞く。

 果たして、養豚大国デンマークでは、どのような人々が養豚業に従事し、どのような考え方をもっているのか、あるいはその中でどのような問題があるのか、実際に養豚農家に滞在し、直接見て聞いてきたことから報告したい。

 今回、デンマークの養豚農家に滞在し、実際に作業を手伝いながら農場経営者や従業員たちと話をしたが、彼らが人材育成などに対して意識が高く、非常に興味をもっていることにまず気付かされた。

 ご存知の方も多いと思うが、デンマークで農業に従事する場合には、農家としての「資格」の取得が必須となっており、その資格を取得するための人材育成の制度がデンマーク農業の特徴のひとつといえる。その中でも特徴的なのは、30ヘクタール以上の農場を所有し、管理するには、5年以上をかけて農業専門学校で専門の教育を受け、「グリーン証(農場経営者)」なる資格を得る必要があることである。このような仕組み(地盤)を作ることは、農業者全体の人材教育に対する意識向上につながっている。

 また、実際に農業専門学校に通っていた彼らから、そこで実施される農業教育の仕組みについて聞いてみると、非常に興味深く、優れているようにも思われた。まず、この仕組みの最大の特徴としては、教科課程と実習課程とが効果的にカリキュラムに組まれていることである。具体的には、農業教育の仕組みは「モジュール」という3つの課程で構成されており、それぞれの課程を終了するとその段階での資格を与えられるというものであった。例えば、モジュール1は基礎教育の課程であり、教科課程としての2カ月間の授業ののち1年間の農場実習を経て、再び5カ月間の授業となる。モジュール1の実習では、トラクターの運転や基本的な農作業などについて学ぶ。その後、モジュール2、3でも、モジュール1と同様、農場実習を実施するとともに、教科課程では経済学、経営学、財務管理方法など、農場経営に必須なものとして段階的に学ぶ。そして、最終試験に合格してはじめて「グリーン証」の資格を得ることが出来る。モジュール1から3まで最低5年。

 やはり、この仕組みで最も印象的なのは、授業で学んだことを時間を置かずに現場で確認できるようになっていることである。もともと、次世代を担うという意識のある彼らには、質の高い農場経営者となるため、こういった農業教育が土台として必要なものと考えているようであった。ちなみに、新規就農者を対象とする低利融資などにあっても、グリーン証の資格が必要になっており、資格の取得は単なるステータスではないことが分かる。また、このような仕組みは、既に百数十年の歴史があるという。

 このような人材育成の仕組みは、デンマークの農業に携わる人々に確実に根付いていると、農場経営者と話しても、現場の従業員たちと話しても、感じることが出来た。また、農業専門学校は、全寮制であるため、そこで多くの人間関係も学ぶのだという。そこまでも含め、非常にシステム的な人作りの仕組みで、業界の底上げなどに貢献していると感じた。

 また、滞在中に出会った範囲では、農場経営者や従業員たちが、農家出身である割合は低く、農業をひとつの雇用の場と考えていることが多いように感じた。というのも、彼らは、養豚業に対して「規則的な労働時間(他の業種はもとより他の畜種と比べても)」、「安定した報酬」というイメージを持っていたからである。果たして日本でそう思って就農する若者はどのくらいいるのだろうかと思うとともに、彼らの就農意識が、一般産業のひとつでしかないということに、非常に驚かされた。

 こうした意識は、長い歴史に裏打ちされたものではあるかもしれない。しかし、5年以上の専門教育を受け、かつ、資格を持って農場経営をしなくてはならないというこの人材育成の仕組みが、農業者全体の意識向上にとどまらず、広く国民全体も養豚業が一般産業のひとつだという認識を持つに至っているのではないかと考えた。さらに、彼らは、いずれは農場経営者になるという志を持って就農することが多く、養豚業が夢の多い仕事のひとつに位置付けられていることも非常に感心した点である。

 日本の養豚業はというと、後継者問題がいわれているが、就農前などにデンマークなどに自ら行き、飼養方法や養豚業に対する考え方などを勉強される方が多いと聞く。私自身も、直接は会えなかったが、大学卒業後、単身武者修行で現地の養豚農家に滞在し、農場の一員として活躍していたという女性が、最近まで近所に住んでいたという話を滞在中に聞いた。そのように日本の養豚業の次世代を担う方々が、既にそのように沢山いることに驚くとともに、とても頼もしいと感じている。

 機構職員という立場で日本中の畜産業に携わる方々と接する機会がある。そのような機会を積極的にとらえて、実際に現場で見て聞いて感じたことを共有したい、広げたいという思いを、デンマーク養豚農家での日々を過ごしながら強く持った。そしてまた、そのことは養豚業にとどまらず、他の畜種でも広がり、大きな輪となればとも思っている。

 近年、デンマークでは、人件費の増嵩から、国際マーケットにおける競争力の低下が懸念されている。しかしながら、デンマークはそれに対応するため、付加価値のある製品開発を進めようとする動きがあるという。彼らは、彼らの業界のため、彼ら自らの力で、より良い方向へ進めようとすることも、人材教育の仕組みのなかで学んできたということは、彼らの語り口から十分推察できた。

 今回、若手職員に与えられた研修の機会において、デンマークの養豚農家に滞在し、知見を広めることが出来た。滞在中、日本とデンマークの養豚業の目指す方向は異なるのかも知れないと考えながらも、きっと日本の養豚業は、自分と同世代の、次を担う多くの方々の活躍により、デンマーク以上に盛り上がっていくであろうと確信した。今もきっとデンマークなどで、一生懸命に勉強している日本人の方々がいると考えると、そう思わざるを得ない。今回紹介した人材育成の仕組みが、我が国が抱える後継者問題解決の一助となれば幸いである。


 
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