調査・報告

宮崎県における口蹄疫からの復興への取り組み

調査情報部 藤井麻衣子、江原枝里子




【要約】

 宮崎県は口蹄疫からの復興へ向けて、組織の見直しを行うとともに、今後3年間までに取り組むべき事項やそのスケジュールを示した工程表を策定した。
  「早急な県内経済の回復、県民生活の回復」、「全国のモデルとなる畜産の再構築」、「産業構造・産地構造の転換」の3つの目標を柱に掲げ、県のみならず、市町村、さらには県民、関係団体および生産者が一体となって復興への取り組みを進めていく。

1.はじめに

 平成22年8月、宮崎県は口蹄疫の終息を宣言した。4月20日の発生から130日を要した口蹄疫の防疫措置は完了し、畜産再生に向けた本格的な復興がスタートしている。口蹄疫の発生は、宮崎県の飼養頭数122万頭のうち約30万頭の牛・豚の殺処分という甚大な影響を与えた。今回の口蹄疫は、県経済全体で推計2350億円の被害額とされ、畜産や関連産業に限らず観光や物産、流通など、広範かつ深刻な影響を与えた。

 終息宣言から約1年が経過した今、現地では口蹄疫からの復興に向けて、どのような取り組みを行っているのか、県や市町村などの行政と関係団体などの取り組みおよび畜産農家の現状について報告する。

2.復興に向けた取り組み

 宮崎県は日本における畜産の主要地帯として、これまで国内外を問わず多くの食肉を供給してきた。口蹄疫発生前は、肉用牛の飼養頭数が国内第3位の29万7,900頭(国内シェア10%)、豚が第2位の91万4,500頭(同9%)、ブロイラーが第2位の1839万羽(同17%)と、まさに「畜産王国」であった。

(1)宮崎県の取り組み

1)畜産・口蹄疫復興対策局の新設

 「必ず再生・復興を実現し、元気な宮崎を取り戻す、あるいは、発生前よりも活気のある宮崎にしよう。」を合い言葉に、県は口蹄疫からの復興を進めている。

表1 家畜の県別飼養頭羽数
(単位:頭、千羽)
資料:畜産統計
注1:豚、採卵鶏およびブロイラーは2009年2月1日現在。
  2:肉用牛および乳用牛は2010年2月1日現在。

 県は23年4月1日、口蹄疫発生に伴う行政対応の検証等を踏まえ、大幅な組織の改編を行った。

 畜産・口蹄疫復興対策局は、農政水産部内に設けられ、口蹄疫からの復興に取り組む復興対策推進課と畜産課、さらに家畜衛生を担う家畜防疫対策室が設置された。

 復興対策推進課は、口蹄疫復興対策基金などを活用した畜産経営支援、畜産新生事業を実施し、特に口蹄疫の影響の大きかった児湯地域の畜産地再生を推進する。

 畜産課は、口蹄疫や鳥インフルエンザの発生時などに機動的に対応するため、家畜防疫の部署を室として課内に設けた。また、現場対応を充実するため、家畜保健衛生所に配置する家畜防疫員の数を増員することとし、防疫体制の強化を打ち出している。今回の組織改編では、防疫体制の強化を柱に、畜産農家が安心して畜産経営できる環境整備を目指している。

宮崎県の組織改編図

2)再生・復興に向けた工程表

 県は5月、新たな体制の下で口蹄疫からの再生・復興を具体化するため、工程表を策定した。工程表は、口蹄疫の影響を受けた県内経済を回復させ、強固な産業基盤を築くため、今後3年間までに取り組むべき事項やそのスケジュールを示している。

 防疫体制については、県と市町村が有機的かつ統一的に防疫措置が図られるよう、県は自らの防疫対策マニュアルを見直し、それに基づいた各自治体の防疫マニュアルの作成も支援している。

 また、口蹄疫や鳥インフルエンザなど伝播の早い疾病発生時に迅速な対策が図られるように、生産者が家畜の飼養情報を一元化するほか、家畜の埋却地を確保できるよう支援し、公有地の活用も想定している。

 工程表は次の3つの目標を柱に掲げ、これに向けた取り組みを推進することとしている。

早急な県内経済の回復、県民生活の回復

 口蹄疫による被害額は2000億円を超え、畜産業(関連産業を含む)だけでも約1400億円に上った。口蹄疫発生以降、県内産業への影響は大きく、それに伴って雇用情勢も悪化した。特に観光立国宮崎としては、イメージ低下は避けられず、観光客の減少は県経済成長の足かせとなった。基幹産業である畜産業は口蹄疫の影響に伴う生産減退により収入が減少し、県経済をけん引してきた畜産業が冷え込むことにより、県経済の減退を招いた。

 また、県民生活にも大きな影響を及ぼした。感染を拡大させないため、公共施設の長期間閉鎖や地域振興のイベントなどの中止と、県民活動の自粛は県の活力が停滞し、県経済へマイナスの影響を与える結果となった。

 みやぎん経済研究所が昨年12月に実施した県内の企業アンケートによると、口蹄疫の終息宣言後の業況への影響については「残っていない」が全体の約6割を占め、経済回復に力強さが戻ってきた。

図1 口蹄疫の業況への影響
資料:みやぎん経済研究所
  注:2010年12月時点

 早急に経済回復を強めるため、地域振興対策、経済雇用対策、観光県としてのイメージ回復対策など一連の経済対策を通じて、早急な県内経済の回復、県民生活の回復を目標としている。

全国のモデルとなる畜産の再構築(宮崎県畜産の新生)

 口蹄疫の集中発生とワクチン接種に伴う処分により、家畜の大半を失い、地域産業の柱を喪失した地域もあった。二度と同じ惨状を繰り返さないため、防疫の強化と環境への配慮を重点に置く畜産経営を推進し、全国のモデルとなる畜産の再構築を目指すこととしている。具体的には、防疫強化については西都・児湯地域をモデルとし「特定疾病フリー地域」を目指し、特定疾病(オーエスキー病(AD)、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)など)フリーの素畜の計画導入の推進を目標としている。

 また、環境への配慮を重点に置く畜産経営については、家畜排泄物の堆肥化など、資源循環型の畜産業の推進を目標としている。

産業構造・産地構造の転換

 畜産に大きく依存していた産業構造については、長期的視点に立って畜産から耕種への転換や6次産業化を進めるとともに、環境・健康など新しい分野の産業育成など、産業構造や産地構造の転換を目標としている。

 工程表では、中期的な対応を要する課題として、9項目を挙げ、早急に取り組むべき課題として防疫体制の強化を挙げた。背景は、口蹄疫は韓国および台湾など近隣国で相次いで発生し、国内への侵入リスクが依然として高いこと、口蹄疫の発生による影響が畜産業のみならず社会全体に及んだことである。

 県では防疫体制の強化策の一環として、県口蹄疫防疫マニュアルの改訂、農場および水際(空港)などにおける消毒の徹底の支援、関係者との防疫に関する会議の開催を通じた情報の共有化などに重点的に取り組んでいる。

 復興に向けて、防疫面に限らず、多くの課題が山積し、決して容易ではない。県は工程表に沿って、課題をひとつひとつ丁寧にひもときながら、解決を目指すこととしている。

 県は、生産者が一刻も早く自立できることが極めて重要と考え、生産者の経営再開への環境づくりに軸足を置くが、多くの関係者の協力が必要だ。これまで畜産王国を築き、それを支えた多くの関係者は健在で、県には先人の知恵と工夫があるという。復興に向けた難題に真正面から向き合い、知恵と工夫で畜産王国再生に向けて、県を挙げて取り組む意気込みが感じられた。

口蹄疫復興支援ポスター

(2)JA宮崎経済連の取り組み

 JA宮崎経済連は、昨年の口蹄疫発生の教訓として、県・関係機関との連携強化を再認識している。以前は、口蹄疫発生を想定した研修や訓練・演習は行われておらず、農家を含め、万が一発生した場合の準備ができていなかった。今後は県、市町村、民間獣医師など幅広く関係者を巻き込んだ防疫演習を定期的に実施し、地域の危機意識の醸成を図りたいとしている。

 また、日頃からの防疫対策にも力を注ぐ。農場での衛生対策の基本である消毒の徹底を図るため、消毒施設の設置を財政的に支援するとしている。防疫の基本を再徹底し、地域での自主的な防疫レベル向上を目指すとしている。

 ただ、「宮崎牛」ブランドの再生は容易ではない。県の和牛生産の約半数を占める宮崎牛は、口蹄疫発生前から約2千頭減少した。避難させた種牛と保存していた精液で再生を目指すが、元の水準に回復するには3年以上かかるとの見通しを示した。

 「宮崎牛」ブランド再生は生産者の希望であり、JA宮崎経済連では、素牛導入助成や食肉イベントの開催を通じ、一刻も早いブランド再生を目指すとしている。

 早期の農家経営再開にも道筋をつける。JAグループ宮崎としては、経営資金が不足している農家への低金利融資や、種豚やAI用精液の導入支援および、防疫措置に必要な各種資材の導入助成などを通じ、3年を目途に口蹄疫発生前の水準まで牛・豚の飼養頭数を回復することを目指すとしている。

3.生産現場の現況

 韓国・台湾など近隣国での口蹄疫流行による県での再発の懸念、飼料原料価格および子牛価格の高騰、枝肉相場の低迷、さらには本年発生した高病原性鳥インフルエンザやTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)など、畜産をめぐる経営環境が厳しさを増している。5月31日現在の県内の畜産経営再開状況を見ると、農場戸数で54%の666戸、家畜頭数で40%の2万8,751頭にとどまっている。家畜頭数ベースでの再開水準はいまだ低い。これは、経営再開にあたって増頭に慎重になっている農家が多いと考えられるためである。

 こうした中でも県、JAグループを挙げて復興に向けた一歩を踏み出しており、加えて町、生産者等も創意工夫を凝らしながら、畜産再開へ向けて前に進み始めていた。

 今回、最大の被災地となった川南町を対象に実態を調査した。

表3 畜産農家の経営再開状況
資料:宮崎県
注1:平成23年5月31日現在
  2:処分頭数については次の通り集計。
    肉用牛:繁殖用雌牛および育成牛、肥育牛、乳用種および交雑種の子牛。
    酪 農:搾乳牛および育成牛。
    養 豚:繁殖用雌豚。
表4 JA宮崎経済連口蹄疫被災地域における種豚の再開および導入状況
資料:JA宮崎経済連
  注:平成23年5月20日現在

(1)川南町

 今回被害の大きかった川南町は、畜産が農業の基軸として発展し、農業生産額全体の7割を占め、県内屈指の畜産の町として位置付けられている。

 川南町では4月の大規模農場での発生以降、相次いで発生が確認され、畜産業は壊滅的な状況となった。終息宣言を機に川南町では、全業種による連携の下、町民一人一人が「がんばっどぉ!川南」を胸に、「ピンチをチャンスに変える気持ち」を結集、活気ある川南が再び戻ることを目指している。「新生!かわみなみの畜産」取組宣言の中では、167,571頭の御霊を心に刻み、①防疫の基本は消毒であり「疾病に強い畜産業の構築」、②周辺住環境の向上に努め「地域に愛される農場づくり」、③消費者の信頼を勝ち取るべく「産地がアピールできる生産基盤づくり」を目指している。川南町では、畜産業の経営再開に向けた意欲が高いものと考えられる。

 川南町では、町職員と生産者を構成員とする川南町畜産復興対策協議会(22年8月6日設置)が、復興に向けた対策を講じている。

押川義光農林水産課課長

今後の取り組み

 復興にあたり、川南町は持続的な畜産経営基盤の確立および付加価値生産に重点を置く。

 具体的には、意欲のある後継者がスムーズに経営に加われるように、素畜を優先的に割り当て、町全体で後継者育成にも力を入れている。このような後継者を大切にする取り組みは、若手生産者の意欲を高める。若手の農家には、優秀な乳用牛を積極的に買い付けるため、豪州からの導入を検討する人もでてきた。後継者問題はどの地域でも大きな課題である。川南町では人材育成に力を入れて、経営基盤強化を支援している。

 川南町では、養豚経営において、PRRSの陰性証明を付けて出荷できるよう補助事業を実施するなど、他県との差別化を図っている。また、飼料用米を利用した食肉のブランド化への支援も行っている。

 口蹄疫の発生を機に、「差別化」、「ブランド化」をキーワードに、生産者への所得向上にも軸を置く。

 まだ始まったばかりだが、川南町の取り組みは持続的な畜産経営基盤の確立と付加価値生産に寄与するものと期待は大きい。

 さらに、経営安定にも取り組んでいる。養豚経営において、口蹄疫発生前は飼養頭数が増える傾向にあり、それに従って事故率が上がるというジレンマがあった。口蹄疫の発生を機に、飼養頭数を減らし、事故率を下げる取り組みを推し進めるため、生産者には減頭した分の所得を補う財政支援を行うとしている。

 押川義光農林水産課課長は、「難しい状況にあるが始めないと仕方がない。無理をしてでもやるしかない。ここでは、牛・豚も家族のように大切である。」と語った。今後は農商工連携を推進しながら特色のある町づくりを行い、変化する消費者のニーズに対応することを課題に掲げ、県や関係団体と連携して進めていきたいとしている。

川南町役場に掲げられた横断幕

(2)JA尾鈴

 川南町を管轄するJA尾鈴(おすず)は、地域畜産再生に向けた農家意向調査を22年8月に実施し、再開の意向などを取りまとめた。調査によれば、生産者の経営再開への意向は、韓国で依然猛威をふるう口蹄疫の状況を見ると、経営再開に慎重な生産者が多いということであった。

JA尾鈴前に設置された消毒槽

今後の取り組み

 JA尾鈴も防疫強化を打ちだす。JA尾鈴では、農家の防疫に対する意識を高めることを考えており、現在、消毒施設の整備などを優先して行い、町と連携して定期的な消毒の徹底を呼び掛けている。養豚では特定疾病フリーを目指し、未発生エリアからの母豚の導入を昨年秋から進めている。また、養豚経営において、生産者の協力を得て飼養頭数を減らし、疾病の発生率を下げたいとしている。

 このように、経営再開に当たっては疾病の清浄性を保った上で素畜導入となるが、本格的な経営再開までは、長い時間を要すると考えていた。管内での足並みがそろうのにはまだ時間がかかることから、当面は互助制度など生産者が経営再開しやすい環境づくりを目指している。

 松浦寿勝畜産部部長は「現実は、高齢化や健康不安、素畜の高値や近隣国での爆発的な口蹄疫の発生を考慮すると、再開に当たっての不安材料は多い」と語る。防疫レベルを上げたことによる弊害もあると付け加える。「川南町では、これまで農家同士が切磋琢磨しながら畜産を発展させてきたが、防疫強化の面から農場への人の立ち入りを禁止したので、繁殖農家同志の絆が薄れてきている」と懸念も明らかにした。

松浦寿勝畜産部部長

(3)岩崎牧場

 JA尾鈴肥育牛部会部会長を務める岩崎勝也氏は、これまでに、宮崎県畜産共進会において枝肉がグランドチャンピオンを受賞するなど、川南町において、数多くの質の高い肉牛を育ててきた。牧場は、従業員3名で口蹄疫発生前は423頭の肉用牛を飼育していた。昨年10月に素牛の買い付けを始め、11月1日には牛の導入を再開した。現在は40%の水準まで回復し、経営再開後の初出荷は来年の7〜8月の予定で、それ以降は通常の出荷サイクルに戻ると見込んでいる。

再開に向けて〜防疫の強化〜

 「今回の口蹄疫発生で、防疫に対する意識が強くなった」と岩崎氏は語る。今回の教訓から学んだことは、日頃からの消毒の徹底だ。これまでは情報交換のため近隣農家を行き交うことも多かった。防疫を強化する目的で、車両の消毒はもちろん、人の消毒も徹底する。農場入口には、対人用の自作消毒ゲートを設置した。さらに、車の中には常に着替えを常備し、外出する際は必ず服を替え、長靴も履き替えるという徹底ぶりである。

岩崎勝也氏

 また、日々の適正な飼養管理が防疫の基本と再認識したともいう。作業日誌を定例的に記帳したり、従業員には作業確認は口頭ではなく書面に残すように指導している。従業員が牛の体調の異変などを確認した時には、岩崎氏に連絡する前に従業員の判断で直ちに獣医師に連絡することを原則としている。今後も、適正な飼養管理を心がけていきたいという。現在、消毒作業を効率的かつ効果的に行うためにも牛舎の補修なども行い、常に防疫の意識を持って飼養管理をしていきたいという。

 岩崎氏は、経営再開に当たり「牛を久々に見たが、1年という空白の時間は長い。牛はこんなに大きかったかなと驚いた。昔の感覚を呼び起こしたい。」と語り、防疫については、「そこまでやるのかというくらいやらないといけない。」と強調する。さらに「防疫は続けていくことに意義がある。」とも語った。

 今後は、飼養頭数を口蹄疫発生前の水準に戻していくとともに、防疫の徹底を心掛け、精神的に辛くなる心を奮い立たせる。「もう一度、グランドチャンピオンをとって、県のトップに立つ」という強い思いで前向きに取り組んでいきたいとしている。

牧場入口そばの車両用消毒ゲート
対人用の自作消毒ゲート

(4)株式会社フレッシュ・ワン 

 口蹄疫発生前から積極的に6次産業化に取り組んできた、株式会社フレッシュ・ワンを経営する山道義孝氏は、昭和44年に母豚7頭規模から養豚経営を開始し、昭和47年に有限会社宮崎第一ファームを設立した。「あじ豚」の開発にも着手し、平成元年には加工・販売部門を担う株式会社フレッシュ・ワンを設立し、18年には直営店のレストラン「ゲシュマック」をオープンした。あじ豚とは、飼料をマイロや麦、キャッサバを主原料とした独自の飼料を用いて仕上げた、おいしく健康な銘柄豚である。21年にはこれまでの取り組みが評価され、天皇杯を受賞している。

経営するレストラン「ゲシュマック」

再開に向けての道のり

 口蹄疫発生以降、川南から豚は姿を消した。販売先のバイヤーへは商品の提供が出来ず、謝罪の日々が続いたという。

 後継者である長男は海外で養豚経営を学び、「よしこれからだ、頑張ろう」と意欲的になっていた時に、口蹄疫は発生した。自社の養豚経営は大きな影響を受けることとなった。

 ただ、同社は既に6次産業化を図るなど多角経営に乗り出していたため、販路は豊富だった。さらに、加工、販売も手掛け、販路を自社で確保していたことは強みだった。このため、養豚経営を早くから再開することが可能となった。

 山道氏は、「従業員は宝であり、1人も解雇を出すことはしたくない」と、従業員への強い思いも会社をより強くし養豚経営の再開にプラスに影響したと考えている。

 口蹄疫の影響としては、経営感覚をにぶらせたことと言う。

 「数カ月とはいえ、経営に空白期間が生じたことから、再開当初は、人工授精用の精液を使用しても受胎率が低かったことや、飼料効率が今までのマニュアル通りにいかないなど、養豚経営感覚が元に戻らず苦慮した」と言う。

 しかしながら、メリットもあった。地域の衛生への意識が強まったともいう。町内4カ所にある仲間の農場全てでHACCPを取得するため、グループ全員で講習会を開催するなど衛生面での意欲的な取り組みに挑んでいる。

 山道氏は、「豚がまだそこにいるようで、導入をちゅうちょしていた。」と語り、口蹄疫の影響の大きさが今も脳裏に残っていると語るが、川南町の養豚再生への想いは強く、再生に向けて取り組んでいる真しな姿が印象的であった。

山道義孝代表取締役

4.輸出と販売促進に向けて〜ミヤチクの取り組み〜

 株式会社ミヤチクは平成2年、対米食肉輸出工場として認定を受けたのを皮切りに、現在、香港、タイ、マカオおよびカナダ向けの食肉輸出認定施設となっている。

 これまで、生産者が自信と誇りを持って育て上げた「宮崎牛」を全国区にするため、県と協力して宮崎牛のブランド化の推進を図ってきた。その結果、国内販売だけにとどまらず海外への輸出も展開されるようになったが、順調に規模を拡大した矢先、今回の口蹄疫により輸出停止という事態に追い込まれた。

 同社は終息宣言を受けて、牛および豚の処理や販売を再開し、22年度の処理頭数は、牛は2万4千頭(前年度比22%減)、豚は26万頭(同38%減)となった。23年度は、牛は2万7千頭(同13%増)、豚は28万7千頭(同10%増)と、見込んでいる。

本社敷地内にある直売所

 23年度の処理頭数については口蹄疫の影響を受けることから、発生前の水準には及ばないと見ている。

 輸出については、「宮崎牛」のブランドを武器に、明るい見通しを持っている。

 牛肉輸出の実績を見ると、19年度は28トンと、米国および香港向けに輸出された。20年度は29トン、21年度は40トン、22年度は50トンと毎年前年を上回る伸びを見せており、口蹄疫の影響は小さかった。23年度は、55トンを目標としており、現在輸出停止中の米国やカナダへの輸出再開への期待とともに、フィリピンやシンガポールなどの新たな海外市場拡大にも力を入れ、高級部位の販路拡大につなげたいとしている。

店内で販売される「宮崎牛」と、甘しょを与えて育てた「おいも豚」

 同社は口蹄疫の影響を受けた国内販売に乗り出す。国内での販売促進に向けた取り組みとして、「フードアドバイザー」を活用した売り方の工夫、消費者向けのレシピの考案、量販店および外食レストランなどでの販売機会を増やすなど、販売面でも「売る努力」を重ねている。と畜が伸び悩む中で販売を拡大させるための取り組みを強化している。

 ミヤチクは系統の食肉処理業者として、「生産者に利益を還元するためにも販売を促進し、社員一丸となって取り組む」と意欲的に語る。

5.終わりに

 口蹄疫で家畜を失う苦しみを経験した畜産農家は、今でも殺処分の日には埋却地や畜魂碑に花を手向ける。現地取材中に、東日本大震災に伴い休業や廃業に追い込まれた東北地方の農家から被災した牛たちを宮崎で育てようと、JA尾鈴は率先して8頭を受け入れた。

 口蹄疫からの復興がスタートしたばかりで、傷はまだ癒えていないにもかかわらず、「困っている時にこそ助けあう」「宮崎で大事に育て上げる」と、人々の温かな心に触れることが出来た。

 口蹄疫は一度発生すると、農業・畜産業への影響に留まらず、その他観光・商工業など経済全般に与える影響が甚大である。県のみならず、国や関係市町村、さらには県民、関係団体および生産者が一体となって、復興に向けて取り組むことが重要である。

 近隣国での口蹄疫の発生、TPPなどのさまざまな外的要因もあるが、県民が一体となり、発生前に比べ、より強い畜産経営を目指し、発生後からこれまでに受けた県内外からの支援物資や応援メッセージへの感謝の気持ちを胸に、着実に復興へ向けて歩み始めていることに希望を見た。訪問した行政および生産者は、いずれも口蹄疫後から防疫への意識がより強くなっている。

 今後は、二度とこのような事態を繰り返さないよう宮崎県だけではなく、日本全体で防疫意識を高めていくことが強く求められると感じた。

 最後に、取材に当たり協力してくださった皆様に感謝したい。


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