話題

口蹄疫の教訓
〜伝染病に負けない畜産を目指して〜

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構

動物衛生研究所 企画管理部長 津田知幸


口蹄疫の被害(口蹄疫が残したもの)

 2010年4月20日に宮崎県で確認された口蹄疫は、7月5日の終息までに発生農場292戸で患畜・疑似患畜合計が約21万頭に及ぶ大流行となった。発生は国内でも有数の畜産密集地帯で起こり、国内では初めて養豚場においても感染が認められたことから、摘発淘汰のみでは感染拡大を防ぐことができず、感染拡大阻止を図るために緊急ワクチン接種も採用された。殺処分を前提としたワクチン接種はそれまで規定されていなかったことから、急遽制定された口蹄疫対策特別措置法にもとづき12万頭に及ぶ偶蹄類動物へのワクチン接種が実施された。最終的に、患畜・疑似患畜にワクチン接種動物も加えた殺処分総数は1,304農場で約29万頭に及んだ。

 口蹄疫は10年前にも宮崎県と北海道で発生しているが、この時の被害は4農場で計740頭の処分にとどまっている。この被害の差については、10年前はウイルスの病原性が低かったことや豚への感染がなかったなどの要因が指摘されているが、初動防疫措置が効果的に実施されたことも大きい。今回の発生は、わが国の近代畜産が初めて経験した典型的な口蹄疫であり、数百〜千頭規模の農場での発生や移動制限区域外の遠隔地で散発的な発生が起こったことから、埋却や消毒等の一連の口蹄疫の封じ込め作業には国や自治体職員、関係団体職員に加えて警察官や自衛隊員など延べ約16万人が動員された。

引き続く口蹄疫の脅威
(東アジアでの発生状況)

 日本の口蹄疫は宮崎県川南町をはじめ5市6町で終息し、2011年2月には国際獣疫事務局において口蹄疫清浄国への復帰が認定された。一方、韓国では2010年11月に同年3回目となる口蹄疫の発生が起こり、摘発淘汰を主体とした懸命の防疫を実施し、約340万頭に及ぶ家畜を処分したものの感染拡大は止まらず全国的なワクチン接種を余儀なくされた。台湾でも1997年の発生以来、ワクチン接種が続けられているが未だに散発的な発生が続いている。また、中国でもワクチン接種による口蹄疫対策が実施されているが、ほぼ全土で発生報告が相次いでいる。さらに、モンゴルや極東ロシアでは2010年以降も相次いで口蹄疫の発生が報告されるなど、東アジアの近隣諸国では依然口蹄疫が猛威をふるっており、ウイルスの血清型もO、AおよびAsia1と様々なタイプが流行するなど、対策が困難な状況が続いている。

口蹄疫対策検証委員会報告
(反省と対策)

 宮崎県における口蹄疫の発生とその防疫対応についての検証と法改正を含めた改善策を検討するために、口蹄疫対策検証委員会が7月27日に設置され11月24日に報告書がまとめられた。報告書では、防疫対応について国や県、市町村との連携不足や早期発見の遅れ、殺処分・埋却等の防疫作業の遅滞、ワクチン接種時期等の防疫対応の問題点を指摘している。その上で、今後の改善方向として国と県の役割分担をはじめ防疫方針、侵入防止措置、発生に備えた準備、早期発見と通報体制の整備、初動防疫のあり方など防疫対応全般に対してより実際的に見直すよう求めている。報告書ではさらに、入国管理などの国の対策に加えて畜産農家における口蹄疫侵入防止措置や早期発見と通報などにも言及し、畜産の在り方については、規模拡大や生産性の向上といった観点だけでなく、防疫対応が的確に行えるかという観点からも見直すべきとしている。そのうえで、これまでの飼養衛生管理基準の内容が緊張感や具体性に欠けていたとして、その内容の具体化と畜産農家による遵守状況の確認を求めている。また、早期発見については一定の症状の提示をした上で通報ルールを策定し、通報が遅れた場合にはペナルティを課すべきとしている。

 口蹄疫対策検証委員会報告書で畜産農場における防疫についても言及されている背景には、口蹄疫疫学調査中間取りまとめにおいて、宮崎県で発生した口蹄疫ウイルスがアジア地域から侵入し、周囲に伝播したと推定されることがあげられる。ウイルスは4月に口蹄疫が確認された時点ですでに10農場以上に侵入していたと推定され、これらの確認の遅れがその後の感染拡大につながったとも指摘されている。さらに、近隣への伝播は人や車両の動きが関与したと考えられ、農場のバイオセキュリティが不十分で病原体の侵入防止が十分図られていなかったことに加え、消毒が不十分であるなど衛生上の配慮不足も指摘されている。

病気に強い畜産を目指して
(今現場でできることは)

 口蹄疫対策検証委員会報告を受けて、2011年4月には家畜伝染病予防法が改正され、関連規則の改正も進行中である。法改正のポイントは口蹄疫をはじめとする病気の予防、通報及び初動防疫の強化であり、家畜衛生関係者だけでなく農家や畜産関係者においてもその内容を理解しておくことが重要である。飼養衛生管理基準の改正によって、農場における病気の予防対策として畜種や農場規模ごとに侵入と蔓延防止策を具体的に示すこととなり、これまで示されていた基準より管理点がより明確になるものと思われる。

 口蹄疫対策検証委員会報告書や口蹄疫疫学調査中間取りまとめで指摘されたことを踏まえると、まず家畜飼養区域を明確にして、人や物を介した病原体の侵入と蔓延を防ぎ、その出入り状況を記録することで実効性を高める必要がある。また、使用器具の専用化や交換、出入時の消毒は病気の侵入と蔓延防止に極めて有効であり、見えない病原体の侵入を防止するには必須であるといえる。口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザのような家畜伝染病がいったん発生した場合の被害の大きさを考えると、個々の家畜の健康管理を中心としたこれまでのやり方から家畜集団の衛生管理に重点を移すことは必然の流れであり、今後制定が予定される規則の趣旨を良く理解して積極的に取り組んでいただきたい。

津田知幸(つだともゆき)

1956年生まれ

宮崎大学農学部獣医学科卒業、同大学大学院農学研究科修士課程終了。

80年、農林水産省家畜衛生試験場入省、2001年、独立行政法人化により動物衛生研究所に改組。2010年より現職

専門は動物ウイルス学

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