話題  畜産の情報 2011年12月号

日本及び世界の鶏肉事情

京都産業大学名誉教授 駒井亨


1.国産鶏肉と輸入鶏肉 ―需要部位のアンバランスと食品サービス産業の需要が輸入増を招く―

 2010年の国内産鶏肉(若どり:ブロイラー)の流通量(と体,中ぬき及び解体品の形態で流通する鶏肉製品の重量)は約112万トンであった。これに対して鶏肉の輸入量は、冷蔵品及び冷凍品が42万トン、調製品(凍結加熱調製品)が37万トンの併せて79万トンであった。この輸入量はEU27カ国の合計輸入量よりも多く世界最多である。

 今年は8月までで鶏肉約32万トン、調製品約27万トンで、いずれも昨年同期の117%である。

 このように日本の鶏肉輸入が異常に多い理由は,一に日本人のもも肉選好きがきわめて強く国内産の鶏もも肉だけでは間に合わないこと、二に鶏肉消費の6割近くが食品サービス産業(中食・外食)で価格の安い輸入鶏肉(その大部分はブラジル産もも肉)及び調製品(タイ52%、中国47%)を食材として多用するからである。

 しかし、冷凍鶏肉はともかく、冷凍加熱調製品(鶏肉冷凍食品)の40万トン以上(筆者による今年予測)は異常としか言いようがない。

 2010年の国内産の冷凍調理食品(米飯、めん、パン類以外のフライ類、ハンバーグ、シュウマイ、ギョウザ等)の総量が約55万トンであったことを考えると、鶏肉冷凍食品だけで40万トン以上というのはどう考えても異常だ。

2.苦戦する国内の地鶏肉 ―消費者の低価格志向と売れないむね肉―

 2010年の国内の肉用若鶏(ブロイラー)の生産重量(生体)は2年前(2008年)に比べて3%増えて183万トンとなったが、その他の肉用鶏(地鶏等)は16%減少して2.5万トンとなった。業界関係者に聞いても地鶏の販売は不振だと言う。

 円高不況で所得が伸び悩む中、高価格商品の販売不振は止むを得ないが、加えて地鶏の販売を困難にしているのは、むね肉が売れないこと(今に始まったことではないが)である。

 日本では欧米とは全く逆で、もも肉選好が強く、むね肉は売れない。今年上半期の卸売価格(日経・東京荷受相場)を見ても、ブロイラーのもも肉1キログラムあたり680円に対してむね肉は同270円と半値以下である。

 むね肉は小売店では売れないが、加工品原料としてはこれほど安くて良質の動物たん白食材は無いから、あらゆる加工調理食品に広く多用されて品薄状態でさえあると言う。

 ブロイラーの場合は上記の価格で何とか採算が取れているが、生産コストの高い地鶏のむね肉の余剰分がブロイラーのむね肉と同じ価格でしか売れないのでは大赤字だ。

 フランスの民間研究機関ITAVIのパスカル・マグデレイヌ(文献1)によると、家きん肉の家庭調理(内食)需要が59%を占めるフランスでも、欧州の不況や安価な輸入家きん肉を多用する加工食品・外食・中食の増加が高価格鶏肉(赤ラベル鶏等)には逆風になっていると言う。

 とはいえフランスの赤ラベル鶏の半分は丸どりで流通しているから特定部位の過不足は生じにくいし、また鶏肉消費の35%が輸入鶏肉になったと言っても国内鶏肉生産の38%をも輸出しているフランスは日本とは全く事情を異にする。

3.世界の鶏肉事情 ―飼料効率の良い鶏肉は新興国で増産―

 2010年の世界の鶏肉(ブロイラー)生産は約500億羽、R-T-C(中抜丸どり、頸及び可食内臓含む)重量で約7,000万トン、内アメリカ(24%)とブラジル(16%)で40%を占める。

 また同年の世界の鶏肉貿易(輸出)量は約682万トンで、内ブラジル(50%)とアメリカ(41%)で91%を占める。

 世界の食肉及び家きん産業の将来についてアメリカWATT社のギヤリー・ソーントン(文献2)は、世界最大の食肉企業JBS(ブラジル)がアメリカ最大のブロイラー会社ピルグリムス・プライド社を買収した(2009年)ことに関連して、今後世界の食肉企業は鶏肉(ブロイラー)に軸足を移さざるを得ない、今後ブロイラー産業はこれまで鶏肉消費の少なかった人口の多い新興国で発展するから世界の食肉企業はインド、インドネシア、中国などに進出せざるを得ない、国内企業に留まる食肉家きん企業は成長性のない経営環境に逼塞(ひっそく)せざるを得ない、鮮度や地域限定商品を求める国内需要もあるが、問題はその需要が全体の何%あるかだ、と指摘している。

 モルガン・スタンレーMUFGのロバート・フエルドマン(文献3)は、同社のグローバル経済レポート(2008年5月)の論文「チキンは“買い”だ」の中で、「2017年の世界の食肉需要は新興国の所得の増加で9.3%増加するが、それに見合う飼料原料の増産は期待できないから、飼料効率(Feed Conversion Ratio)の悪い牛肉や豚肉の代りに飼料効率の良い鶏肉を増産するしかない。理論的には2017年の各種食肉の割合を牛肉17.7%、豚肉25.2%、鶏肉57.2%にすれば世界の食肉需要を満足する生産が出来る。鶏は牛豚に比べて環境負荷が少ないから環境保全の見地からもチキンへのシフトが望ましい」と分析している。

 アメリカのアグリビジネス・エコノミスト、ポール・エイホー(文献4)は、「2010年アメリカは1,385億ガロンの自動車用燃料を消費したが、そのうち9.2%がトウモロコシから製造したエタノールだ。しかしエタノールはガソリンよりエネルギーが低くて不経済だ。

 世界がエタノール生産を止めてそのためのトウモロコシを全部ブロイラーの飼料にすれば世界の鶏肉生産は今より90%増える」と言う。

 「全世界人口の90%は自動車を所有せず、40%は自動車に乗ったこともない。この大多数の人々に安い鶏肉を食べさせないで、少数者の便利のためにエタノールを製造して自動車を走らせるのは不条理ではないか」と言うのである。

文 献

1.「2025年のフランスの家きん肉生産の予測」、「畜産の研究」、2011年8月号。

2.「食肉及び家きん産業の将来」、「畜産の研究」、2011年2月号。

3.「チキンは買いだ−鶏肉の時代来たる」、「鶏の研究」、2011年9〜11月号。

4.「The effect of corn -ethanol on chicken versus fuel」、Poultry USA, August, 2011

略 歴
1959年 京都大学大学院農学研究科修了 農学博士

    広島大学水畜産学部、神戸大学農学部等の非常勤講師を経て、
1983年 京都産業大学教養部教授
1986年 同・経営学部教授
1992年 同・大学院経済研究科教授
2002年 同・名誉教授

 ブロイラー、養鶏、アグリビジネス、食品産業、飼料産業等関係論文、著書多数。

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