話題

牛乳・乳製品の摂取と
メタボリックシンドローム予防研究の最前線

共立女子大学大学院 教授 川上浩


はじめに

 高齢化が深刻な社会問題となる中、厚生労働省は2008年度から40歳以上の健康保険加入者の健康診断で、メタボリックシンドロームの診断基準適応を義務づけた。厚生労働省が2004年に実施した国民健康・栄養調査結果によると、日本国内のメタボリックシンドローム該当者は、予備軍を合わせると合計約1,900万人に達すると推定されている。このような状況の中で、国民の関心が冠状動脈硬化性心疾患(CHD)に繋がるメタボリックシンドローム対策に向けられ、「牛乳・乳製品」に対する漠然としたマイナスイメージが、増長される可能性が危惧されている。

 しかしながら近年、国内外で発表された疫学研究の多くは、牛乳・乳製品の摂取がメタボリックシンドロームの発症を抑制する方向に寄与するという結論を導いている。海外では、複数の疫学研究結果が総合的に解析され、牛乳・乳製品の日常的な摂取量とCHD発症には明確な因果関係はなく、むしろ乳製品の摂取量の多いグループで、収縮期血圧や血清LDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)などが低下するだけでなく、脳卒中や心臓疾患の発症率も低かったと報告されている。また、 2008年に発表された厚生労働省研究班による大規模追跡調査(40〜59歳の男女41,526名)では、牛乳・乳製品由来のカルシウムの摂取により、脳卒中の発症リスクが50〜60%程度にまで低下することが、日本人においても明らかとなった。

図 乳製品からのカルシウム摂取量と脳卒中死亡リスクとの関係
出典:JACC Study「カルシウム摂取と循環器死亡─JACC Studyからの検討─梅澤光政」
http://www.aichi-med-u.ac.jp/jacc/reports/umesawa1/index.html/

 そこで本稿では、こうした疫学研究をサポートする最新のヒト介入試験や動物実験の成果について、その一部を紹介したい。

発酵乳の有用性

 タンパク質分解活性をもつ乳酸菌を用いた発酵乳は、血圧上昇をもたらすアンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害するトリペプチドを多く含み、降圧作用を示すというヒト試験の結果が、複数の研究グループから報告されている。また、プロバイオティクス乳酸菌(胃酸で死滅することなく腸管に到達し定着する有用な乳酸菌)を用いた発酵乳では、血清コレステロールや内臓脂肪の低減作用も報告されている。筆者らは、内臓脂肪組織の量や脂肪細胞の大きさに及ぼす発酵乳摂取の影響について、肥満モデルラットを用いて調べた。その結果、発酵乳添加飼料を摂取させたラットの腸間膜白色脂肪細胞の平均直径が、統計学的有意に低下することが明らかとなった。また、脂肪組織で産生され、エネルギーの取り込みと消費に重要な役割をもつレプチンの血清中濃度は脂肪細胞の大きさに依存し、メタボリックシンドロームに悪影響を及ぼす炎症性免疫反応にも関与することが知られている。そこで、血清中のレプチン濃度を測定したところ、発酵乳添加飼料を摂取したラットの血清レプチン濃度が、有意に低下することが明らかとなった。

チーズの有用性

 チーズの摂取とCHD発症リスクとの相関を調べたヒト試験の中で、最近行われた3例の介入試験では、同等の脂肪含量の食材をチーズの形態で摂取した場合には、血清コレステロール濃度が上昇しないという結果が導かれている。また、飽和脂肪酸やコレステロールの摂取量が多い集団においては、チーズや発酵乳の摂取とCHD発症リスクとの間に、相関はみられないという報告もある。チーズ摂取量の多い女性では、内臓脂肪型肥満の指標であるプラスミノーゲンアクチベーターインヒビターT(血液凝固を促進)の血中濃度が低いことも報告されている。また、肥満時には脂肪細胞からのアディポネクチン(動脈硬化を抑制)産生量が減り、メタボリックシンドロームのリスクが高まるといわれている。そこで筆者らは、チーズの摂取が、血中アディポネクチン濃度や内臓脂肪の蓄積に及ぼす影響をラットで調べた。120%高カロリー試験食をチーズで調製し、カゼイン、バターオイル、リン酸カルシウムなどで、対照食の栄養成分量(カロリー、タンパク質、脂肪、カルシウム)も試験食と同等にした。血清中に粒子径の大きいVLDL(中性脂肪を運搬し、血中でLDLに変化)や粒子径の小さいHDLが多いと、CHD発症リスクが十数倍になることが報告されていることから、リポタンパク質を粒子の大きさで分画・解析した結果、両者の量がチーズ摂取群で有意に低下した。また、血中アディポネクチン濃度が、対照群で有意に低下したのに対し、チーズ摂取群ではその濃度が一定に維持され、内臓脂肪量も対照群に比べて有意に減少した。

示唆される関与成分

 乳タンパク質は、様々な生理活性をもつペプチドの重要な源である。Lactobacillus helveticusのような乳酸菌種はタンパク質分解活性が高く、乳製品の加工過程において、こうした微生物の作用により多様な生理活性ペプチドが生産される。例えば、カゼイン由来のACE阻害活性ペプチドが、ヨーグルトやチーズなどの発酵乳製品に広く存在する。それらは腸管の消化酵素で分解されず、直接吸収されて大動脈内でACEを阻害する可能性が示唆されており、このACE阻害活性が発酵乳の血圧調節作用の一部に関与すると考えられている。また、脂質代謝や炎症性免疫反応に関与する抗酸化活性をもつペプチドが、様々なチーズに含まれていることが報告されている。筆者らは、ラット脂肪細胞のアディポネクチン産生に影響を及ぼす抗酸化ペプチドを、いくつかのチーズから見出している。

 疫学研究やヒト介入試験にみられる降圧作用や体脂肪低減作用は、牛乳・乳製品の摂取によるカルシウム強化に起因するともいわれている。その作用メカニズムは、便中への脂肪排泄の促進、胆汁酸再吸収の阻害、コレステロールの胆汁酸への変換促進などが考えられている。また、食事性カルシウムの増加によって、副甲状腺ホルモンの分泌や活性型ビタミンDの生成が抑制され、その結果として脂肪分解促進と脂肪合成阻害が起こり、体重が減少するともいわれている。さらに、栄養素のエネルギーを熱に変える脱共役タンパク質(UCP)の発現が高まり、体温上昇や代謝が促進される結果、エネルギーの消費が増える可能性も考えられている。

おわりに

 最新の疫学研究の結果は、牛乳・乳製品の摂取が、メタボリックシンドロームの予防に寄与する可能性を示唆している。一連のヒト試験の結果を集約すると、日常的な食生活での牛乳・乳製品の摂取レベルが、循環器系疾患の発症リスクを高めるという強い証拠はない。特に、乳酸菌などで発酵させた乳製品は、生理活性ペプチドやカルシウムなどの作用によって、メタボリックシンドロームの予防に寄与できる可能性がある。

川上浩

【略歴】
1982年 東京大学農学部農芸化学科 卒業
1988〜1990年 米国カリフォルニア大学
   デイビス校栄養学部
1993年 博士(農学) 東京大学
2005年 雪印乳業株式会社技術研究所 主幹
2007年 共立女子大学 准教授
2009年 共立女子大学大学院 教授
  東京大学大学院 講師(現在に至る)

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