話題

地域特性に基づいた
『知産知消』

東北大学大学院農学研究科 教授 伊藤房雄


 はじめに、3月11日の大震災で被災された皆様方に心よりお見舞い申し上げます。そして、被災地の住民の一人として、全国各地の皆様方から寄せられた多くの励ましのお言葉と支援物資に心より感謝し厚く御礼申し上げます。

 3.11クライシス(大震災)から2カ月が経過した。津波で家を流されたり原発事故で自宅に戻れず未だ避難所生活を余儀なくさせられている方々が数多くいる一方で、着々と復旧が進み震災前の状態に回復しつつある方々も少なくない。被災地は今、日に日に復旧レベルの地域間格差が拡大している。

 そのような状況の中で、国や被災県の復興会議では、TPPの推進をチラつかせながら効率的で国際競争力のある大規模農業の実現や企業の農業参入といった勇ましい提言がみられるが、私は、国や地方自治体の為すべきことは農地や施設など生産基盤の復旧と再整備であり、経営の再建や創造は個々の経営者の判断に委ねるべきであろうと考えている。いずれにせよ、復旧に一定の目処がついた段階においても、効率性基準で現在の輸入農畜産物と対抗し得る生産部門を創出することはきわめて難しいと思われる。やはり、今日の日本の農畜産業および農村を活性化していくためには、6次産業化(=1次産業×2次産業×3次産業)の推進が大切である。そこで、以下では6次産業の推進に必要な視点を考えてみたい。

図 『飽食』の時代における消費者の分類
資料:(財)福岡都市科学研究所『平成15年福岡市民の食生活に関するアンケート結果の概要』

 わが国の食生活様式が大きく崩れ「飽食」の時代を迎えたと言われて久しいが、それはまた消費者ないしは生活者の価値観が多様化してきたことと無縁ではない。1972年と1981年の2度のオイルショックを契機に、わが国経済は高度成長から低成長へと大きくシフトした。それはまた、従前の「大きいことはいいことだ」という大量消費礼賛から「スモール・イズ・ビューティフル」という省エネルギー重視への価値観の転換でもあった。しかし、高度成長期にせよ低成長期にせよ、生産、加工、流通(市場)、小売の各段階における経済効率性重視の圧力は貫徹していたのであり、そのことが農林水産業における化学化と機械化を助長させ、フードマイレージ(フードチェーンの多段階化:迂回生産)を拡大しながら、生産者と消費者の「顔のみえる取引」を弱体化してきたことは多くの識者が指摘するとおりである。

 図は、今日の「飽食」の時代における消費者像がいびつに多様化していることを示している。「食料・農業・農村に対する理解度」が高く、かつ「飲食費を含めた『食』への支出負担力」も高い消費者(『親戚付き合い層』)は全体の5%足らずであり、その対極にある「食料は安価であればよい」とする『無関心層』は30%にも達している。食料自給率が40%しかないわが国において、このような『無関心層』をターゲットに農産物マーケティングを展開し、農産物の生産振興や農村の地域振興を図ることは決して得策ではあるまい。むしろ、『食』への支出負担力が高い『友達付き合い』層に対する「食料・農業・農村への理解」を促進させるとか、現時点では食料・農業・農村への関心は高いものの、年金生活や子供の養育などで『食』への支出負担力が低い『相対的貧困層』をつなぎとめていく戦略が、農産物マーケティングを展開する上では有効と思われる。

 そのような戦略を具現化する際に大切なことは、生産者と消費者が対等な関係で『新たな市場』を創造する、または『新たな消費者』を創造する視点である。詳しい解説は省略するが、それらはいずれも生産者と消費者が直接顔を突き合わせ、率直なコミュニケーションを図り、互いに共感を保ちながら『恊働』することで新たな価値を創造しようとする姿である。

 ところで、近年あちこちに(道の駅を含む)農産物直売所が林立し、なかには数億円から数十億円の売上を誇る直売所も出現するなど、新鮮で安価な生鮮野菜や安全で安心できる加工食品を買い求める消費者で賑わっている。そのように、地元でとれた農産物や特用林産物、地元で水揚げされた水産物、そしてそれらを原料とする数々の加工食品を地元で消費しようという『地産地消』の取り組みは、まさに先の『親戚付き合い層』を拡大する姿にほかならない。ただし、繰り返し直売所を利用する顧客の多くは、商品そのものではなく、それぞれの商品に込められた『作り手の想い』を購入しようとしていることに留意する必要がある。それは例えば、その商品ないしはその地域独自の伝統的調理方法であったり、作り手や売り手の想い=理念、すなわち商品を供給する人たちの生き方や暮らし方であったりする。言い換えるならば、リピーターの多くはその地域で作られた商品の購入を通して、その地域の『文化』や『知恵』を消費することに価値を見出しているのである。そして、その価値の継続的創造が『地域ブランド』を形成していくのである。

 その意味で、『地産地消』は『知産知消』であり、いかに多くのリピーターを創造できるのか、それぞれの地域特性に基づいた『知の創造』こそが、これからの地域活性化の成否を分つ重要な鍵となる。それはまた、いかに『知の創造』をけん引する人材を確保できるのか、育成できるのかという課題でもある。この点について、「とかくウチ(地元)には人材がいない」と嘆く声をよく耳にするが、その指摘は必ずしも的を得ていない。これまでいくつかの地域活性化を手伝ってきた経験からみて、たくさんのアイディアを持つ潜在能力の高い「ワカモノ」やけん引力に優れエネルギッシュな「バカモノ」、さらに地域資源を熟知している「キレモノ」は、必ずそれぞれの地域に一人や二人は存在する。問題は、地域活性化や6次産業化の構図と今後の展開の道筋を気づかせ、彼らの能力を開花させる「プロデューサー」がいないことである。日本の農畜産業が停滞し、農村の活力も急速に低下し始めているが、いまからでも決して遅くはない。関係機関が本気になって、「ワカモノ」「バカモノ」「キレモノ」と「プロデューサー」が融合できる『場』を形成することに期待したい。

伊藤房雄(いとう ふさお)

東北大学大学院農学研究科教授。

北海道大学農学部農業経済学科卒、同大学院農学研究科博士課程修了、日本学術振興会特別研究員、東北大学農学部助手、講師、助教授を経て現在に至る。

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