調査・報告

学校給食用牛乳の可能性
―東毛酪農協の挑戦―

日本大学生物資源科学部 教授 小林信一
日本大学大学院 徐 美朗



【要約】

 飲用牛乳の消費量が年々減少傾向にある中、学校給食用牛乳を「みんなの給食牛乳」としてブランド化し、子供たちに馴染みのある牛乳として量販店など市販用としても供給することで、牛乳の消費拡大を図る東毛酪農業協同組合の取り組みについて報告する。

1 東毛酪農協と学乳

 東毛酪農業協同組合(代表理事組会長 大久保克美氏、以下、東毛酪農協という)は、昭和27年(1952年)に群馬県大田市を中心とする3市4郡の酪農家30名によって設立された。太田市農協の一室を借りてのスタートだった。初代組合長は、その後全酪連副会長理事などを歴任し、「乳価闘争」なども指導した、酪農界のリーダーとなる根岸孝氏であった。設立発起の目的は、「生産者による東京への市乳原料の直送販売と一大酪農生産地の実現」ということだった。この背景には当時の「地場取引における乳価の低さと不安定性」があり、酪農民が団結することで、東京から80キロメートルという立地を活かして、そこから脱却しようという試みだった。そのため、自前の牛乳冷却施設を440万円で開設し、東京の第一牛乳株式会社、その後雪印牛乳株式会社(雪印乳業と第一牛乳による新会社)と販売契約を結んで、原乳を東京に直送した。設立6年後の昭和33年6月には、出資金101万4千円、組合員数470名で出資法人として県の認可を受けている(注1)

 昭和49年には原料乳を納入していた太田市農協が牛乳工場を閉鎖したのを機に、それを引き継ぐ形で、翌50年11月に牛乳工場を新設している。学校給食用牛乳(以下、学乳という)との関わりは、太田市農協が昭和37年から取り扱っていたが、東毛酪農協としてはこの工場新設によってであり、昭和51年1月から地元の小学校16校、中学校11校、定時制高校3校、特殊学校1校に供給を開始した。翌52年度からは地元父兄や酪農家の熱心な要請によって、東毛酪農協管内すべての学校に東毛酪農協の牛乳を提供できるようになった。

 平成22年9月現在の酪農家戸数は32戸、飼育頭数は約1,000頭で、生産乳量は年間6,743トン(1日18トン)である。牛乳・乳製品の製品構成(平成19年度)は、学乳21.8%、UHT牛乳(ultra-heat-treated:超高温殺菌、2秒間セ氏120度前後の高温で殺菌)47.6%、低温殺菌牛乳24.9%、乳飲料4.7%、チーズその他1.0%となっているが、A酪連の工場閉鎖に伴って21年4月以降はその分のUHT牛乳を一日当たり約5,000本生産しているため、UHT牛乳の割合が半分を超えているとのことであった。しかし、学乳の割合は2割を占めており、東毛酪農協にとって非常に重要な位置にある。

 現在地元の学校119校・施設(小学校69校、中学校36校、高校2校、養護学校4校、および給食センター8施設)に一日当たり48,359本を供給している。また、平成19年からは、東京の小平市と国立市の40校・施設(小平市:小学校19校、中学校8校、給食センター1施設、国立市小学校8校、中学校3校、給食センター1施設)にも一日当たり5,000本を供給するようになっている。

2 学校給食・学乳の歴史

 日本で初めて学校給食が実施されたのは、明治22年(1889年)の山形県鶴岡町(現鶴岡市)の大督寺内私立忠愛小学校でのこととされる。大正8年(1919年)には東京府直轄の小学校でパンによる学校給食が実施され、大正12年には文部次官通牒が出され、学校給食が奨励されている。昭和7年(1932年)に国庫補助による貧困児童救済のための学校給食が実施され、昭和15年に文部省訓令で対象がさらに広がった。昭和19年には6大都市で特別配給物資による学校給食が実施された。翌年にはミルク(脱脂粉乳)とみそ汁の給食が行われている。

 戦後になって、昭和22年にララ物資(LARA:Licensed Agencies for Relief in Asia、アジア救援公認団体が提供していた日本向けの援助物資)、24年にはユニセフなど海外からの援助によって学校給食が再開され、25年には8大都市で「コッペパン、ミルク(脱脂粉乳)、ポタージュスープ、コロッケ、せんキャベツ、マーガリン」の完全給食が実施された。26年にはガリオア資金(GARIOA:Government Appropriation for Relief in Occupied Area 、占領地域救済政府資金)の打ち切りにより学校給食が存続の危機に陥ったが、29年に「学校給食法」が制定され、31年には中学校・夜間高校についても法律による給食の対象になり、翌年には養護学校等も含まれるようになった。

 学乳については、昭和32年に農林省が牛乳需給事情の悪化を改善するために牛乳を供給したのが、生乳から生産された牛乳が給食に提供された始まりとされる。翌33年には牛乳需給の季節調整のための補助経費が予算化された。34年には酪農振興法が制定され、学校給食に国産牛乳が法律に基づいて供給されるようになった。40年には酪農振興法の一部改正によって、国産牛乳の供給を円滑にするための制度整備や援助措置が整えられ、輸入脱脂粉乳から国産牛乳へ逐次切り替えられていった。さらに41年には高度へき地学校に対してパン・ミルクの無償給食が実施された。また46年から米類の利用実験が開始される一方、1人1日当たりの牛乳提供量が小学生は180ミリリットルから200ミリリットルへ、中学生は270ミリリットルから300ミリリットルへと増量された(注2)

3 学校給食・学乳の現況

 学校給食は、完全給食(ご飯、おかず、牛乳)、補完給食(おかず、牛乳)及びミルク給食(牛乳のみ)の3形態に分類される。平成21年度現在、文部科学省「学校給食実施状況調査」によれば、給食実施校の割合は、小学校99.2%、中学校85.5%、夜間高校86.9%、特別支援学校87.8%で、全体では94.3%である(表1)。そのうちで完全給食は90.3%、補完給食0.9%、ミルク給食3.2%となっている。この数年の推移を見ると、夜間定時制高校が減少する一方で特別支援学級では微増を見せているが、実施校のほとんどを占める小中学校では、ほぼ横ばい傾向である。しかし、小学校ではほぼ100%であるのに、中学校では90%を前に足踏み状況にある。学校給食実施校割合は表2に見るように、小学校では国、公立ではほぼ100%であるのに対して私立校では43.1%と低く、また中学校ではやはり私立校が15.4%と極端に低いものの、国立で60.8%、公立でも90.8%である。さらに都道府県別に見ると、公立中学校でも大阪府(15.3%)が非常に低く、また実施率低位10府県中10位の広島県は95.5%であり、9位の兵庫県(81.7%)と10ポイント以上の差がある(表3)。つまり、公立中学校の学校給食実施率を低めているのはこの9府県であると言える。しかし神奈川県のように、実施率が64.4%と低い上に、完全給食の割合が16.6%と非常に低い県も存在する。完全給食の実施率が9割未満の府県は17に及ぶ。これらの県は神奈川県ほどではないが、ミルク給食の割合が相対的に高くなっている。

表1 学校種類別給食実施割合の推移
単位:%
出所:文部科学省:「学校給食実施状況調査」
表2 国公私立別学校給食実施状況
平成21年5月1日現在
出所:文部科学省:「学校給食実施状況調査」
表3 都道府県別学校給食実施状況(低位10府県:公立中学校数)
平成21年5月1日現在
出所:文部科学省:「学校給食実施状況調査」

 「学乳未実施校に関する全国調査」((社)日本酪農乳業協会、平成22年3月)によると、学校給食を導入しない理由として、私立小学校では、「給食設備の経費負担増加、スペース」(50.0%)が最も多く、次に「弁当持参を奨励しているから」(40.0%)で、私立中学校では「給食設備の経費負担増加、スペース」が56.2%で、2位の「食堂、カフェテリア、購買がある」(22.4%)などに比較して多かった。一方、公立中学校では、「行政上の理由で導入できない」が77.3%と圧倒的に多い結果であった。行政上の理由については、私立校と同様に弁当持参奨励などの理由もあるが、予算面の制約が大きいと思われる。大阪府の調査では、未実施市町村35のうち「家庭弁当持参原則・推奨又は家庭弁当に教育的価値を見出している」としたのは10市町で、23市町は財政的な理由を挙げている(注3)

4 東毛酪農協の特長と挑戦

 東毛酪農協は組合の牛乳の特長を、①生産地が近いことで新鮮な牛乳である。②生産者の顔が見えることで安全である。③低温殺菌牛乳であり、美味である。とまとめている。

 東毛酪農協は昭和58年1月から低温殺菌牛乳の生産を開始した。その契機は、前年の7月に小寺とき氏をリーダーとする東京の消費者グループ「青空グループ」が組合を訪問し、低温殺菌牛乳製造を打診したことである。同グループからは、「子供たちに母乳に近い(加熱せずに飲める)牛乳を飲ませたいとして、①原料乳は安全な飼料を食べている健康な乳牛からの生乳とすること、②搾りたての生乳にできるだけ手を加えず、牛乳本来の風味・質などを保つため、低温殺菌のノンホモゲナイズとすること、③リサイクルを考え、ビン容器とすることーという3つの要望が提示された」(注4)。生産者として生乳の衛生管理や労働負担の問題などの不安があったが、根岸組合長の「これからの酪農の進むべき道は消費者と組んで探っていこう」という考えの下、消費者、生産者、組合の三者による勉強会を重ねながら低温殺菌乳の生産に取り組むこととなった。この出会いと決断が、東毛酪農協の際立った特長を作り出した。

 東京の消費者グループには、63度30分殺菌のノンホモ、ビン牛乳200ミリリットルと720ミリリットルを届けている。Q熱(人獣共通感染症、63度30分では病原性は失わない)の問題が発生したときに、他の低温殺菌工場が65度に殺菌温度を上げる中で、63度であればできるクリームラインにこだわり、50分かけて徐々に温度を上げて殺菌することで63度殺菌を通した。クリームラインがあれば、間違いなく低温殺菌であることがわかるということを大切にするこだわりである。このことが本物の証明であり、消費者との信頼関係の証と考えているようだ。

 学乳事業は、前述したように東毛酪農協が昭和50年11月に工場を設立した時から行っていたが、当時は120度殺菌の紙パックだった。消費者グループから、「地元にもおいしい低温殺菌牛乳を」との意見をもらい、平成4年度からは85度殺菌の牛乳を学校に提供し始めた。85度殺菌で行った理由としては、①超高温殺菌から低温殺菌に一足飛びに変えるとことは衝撃がありすぎる、②殺菌機の容量の問題、の二点を組合ではあげている。実際に21年10月からは、75度15秒殺菌の200ミリリットル紙パックに全面的に変えている。

 平成17年からは、この低温殺菌牛乳の「みんなの給食牛乳」を、小平市と国立市の40校に1日約2万本、ビンで供給するようになった。これは両市の保護者がリサイクルの観点などからビン牛乳にこだわり、供給から手を引いた大手メーカーに代わる供給業者を探していたための出会いであった。学乳の提供業者はブロックごとに競争入札などで決められるが、両市の保護者のこだわりが実を結んだ形となった。ビンは60回リサイクルして使い、回収率は98%以上である。学乳全体でのビン入り牛乳割合は徐々に低下しており、平成17年に30.0%であったが、21年には26.1%にまで低下している。ビン入り牛乳は紙パックより「おいしい」という声がある他、前述したように回収率が高ければ繰り返し使えるという利点がある。しかし、紙よりも重量であるための輸送経費の増高や作業員の労働負担などの課題もある。こうした問題をクリアするため、ビン入り牛乳にこだわる生活クラブ生協などは、より薄く軽いビン容器の開発と、容量を1リットルから900ミリリットルに変更している。東毛酪農協の低温殺菌牛乳構成比は、720ミリリットルビン牛乳10.8%、200ミリリットルビン牛乳33.3%、1リットル紙容器5.7%、200ミリリットル紙容器50.2%と、紙パック、ビン入りがほぼ半々である。需要動向による現実的な対応を採っている、あるいは採らざるを得ないということであろう。

 平成21年には、75℃・15秒の低温殺菌牛乳である「みんなの給食牛乳」をスーパーで販売する試みを開始した。保護者も子どもが学校で飲んでいる牛乳を、家庭でも飲めるようにするためである。また子どもたちも学校だけではなく家族と一緒に家庭で飲むようになるための取り組みである。販売価格は1リットル入りで220円と通常の超高温殺菌乳の168円に比べ割高であるが、一定の需要をつかんでいるという。これも東毛酪農協の新たな、そしてユニークな挑戦と言えるだろう。

みんなの給食牛乳
(紙パックとビン入り)
スーパーで売られている
「みんなの給食牛乳」
学校給食のメニュー

5 学乳の課題と展望

 学校給食は、昭和29年(平成20年6月改定)に制定された学校給食法において、教育の一環として位置付けられた。この学校給食法の改定をも意図して平成20年1月に公表された中央教育審議会答申では、「食育を推進する上で、学校の教育活動全体を通じて、学校給食の教育的機能を最大限に発揮させることができるような取り組みが求められる」として、さらなる教育的な意義が強調されている。具体的には、「地場産物を活用したり、地域の郷土食や行事食を提供することを通じ、地域の文化や伝統に対する理解と関心を深め、食に関する感謝の念をはぐくむこと」や、「給食の時間のほか、各教科や道徳、特別活動、総合的な学習の時間等における食に関連する学習内容相互の緊密な連携を図る」ことを求めている。

 食育の推進については、酪農生産者団体や乳業メーカーなどが一体となって行っている「わくわくモーモースクール」は、校庭に乳牛を連れて行き、一日学校で酪農や牛乳乳製品の勉強を行うという他では類を見ないユニークな食育となっているが、学校給食を軸としてのさらなる取り組みが求められているだろう。

 食育基本法(平成17年)に基づき制定された食育推進基本計画では、学校給食における地場産物の活用を促進するため、当該都道府県の地場産使用割合を平成16年の21%を22年までに30%以上とする目標を掲げている。しかし、21年度の実績は26%にとどまっている。意気込みは良いが、それを現実化させる手立ては十分とは言えない。隣国韓国では、給食の重要性にかんがみ、貧困世帯の児童生徒のみではなく、全児童生徒の給食無料化の方向を打ち出している。全員無料化に関しては韓国でも賛否両論あるようだが、教育の一環として給食をとらえるならば、その予算を厚くすることは否定されるべきではないだろう。

みんな大好き「みんなの給食牛乳」
(太田市立宝泉南小学校)

 学乳については、助成金削減の問題とともに、若者の牛乳離れが問題となっている。しかしカルシウム摂取量は、目標値に比べ給食のある日でも、小学生で男子97%、女子92%に対し、ない日ではそれぞれ66%、63%に過ぎない。中学生でも約70%にとどまる(注5)。米飯給食を薦める方面からは、「ご飯と牛乳が合わない」としてカルシウムなども小魚などから摂取すべきとの意見もあるようだが(注6)、現場の栄養士さんにとっては、給食の規定である1日のカルシウム必要量の半分を給食から摂取するようにするには、手軽でカルシウム吸収力にも優れ、しかも安価な牛乳を外せないという声を聞く。もちろん、チーズやヨーグルトなど牛乳以外の乳製品を積極的に給食に提供することも進めるべきだろう。米飯に合わないということであるならば(筆者は必ずしもそうとは思わないが)、韓国のように10時の休憩時間に牛乳のみを提供するという飲み方も考えられる。こうした飲み方は実は世界的に見た場合は一般的であるようだし、朝食欠食児童への対応にもなるだろう。

 ほぼ全員の小学生が、完全給食を食べられる日本の給食制度は、世界に誇れる財産である。実際に世界の中で日本のような完全給食を提供している国は、北欧諸国や韓国など少数にすぎない。しかし、団塊の世代は給食の脱脂粉乳がいかにまずかったかで盛り上がるが、今の子供たちが大人になった時には、給食がいかにおいしかったかで盛り上がってほしいものだ。よりおいしく新鮮な牛乳を子ども達にも、その家族にも届ける努力を行っている東毛酪農協の挑戦は、成功してほしい試みである。

注1)「東毛酪農30年の歩み」東毛酪農協 昭和57年

 2)戦後の学乳の歴史に関しては、日本酪農協業協会ホームページに多くを依る。

 3)「大阪府公立中学校スクールランチ等協議会最終報告書」大阪府 平成20年
大阪府では平成20年8月に『大阪府公立中学校スクールランチ等推進協議会』を設置し、平成21年度から、中学校給食の実施状況を課題としている大阪府食育推進計画(平成19年3月策定)の計画期間終期に当たる平成23年度までの向こう3年間において、公立中学校における学校給食又は学校給食に極めて近いスクールランチの導入支援を目指すための財政支援を行っている。

 4)「消費者と生産者が育てた低温殺菌牛乳」谷口清、石丸雄一郎著、『畜産の情報』
   (独)農畜産業振興機構 平成20年2月号

 5)「平成19年度児童・生徒の食事状況等調査報告書」(食生活調査編)平成20年
   (独)日本スポーツ振興センター

 6)例えば、「学校給食と子どもの健康を考える会」ホームページ

 


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