話題

大震災を乗り越えて
〜飼料用米に期待すること〜

東京農業大学農学部 准教授 信岡誠治


東日本太平洋岸の飼料供給基地が被災、畜産に大打撃

 3月11日の東日本大震災で、畜産も未曾有の被害を被った。大混乱していたライフラインは徐々に復旧してきているものの、配合飼料や燃料供給の中断、停電、断水などの影響は現在も尾を引き、東北地方の畜産生産は急減したままで、厳しい状況が続いている。地震や津波による畜舎や飼料工場の被災などの直接的被害も大きかったが、とくに畜産において間接的被害として大きいのは配合飼料の供給ストップである。

 東日本太平洋岸の青森県八戸港、岩手県釜石港、宮城県石巻港、宮城県仙台塩釜港、茨城県鹿島港の各港湾施設が地震や津波の被害によりパナマックス船(大型穀物輸送船)からの荷受けできず、港周辺の飼料コンビナートに立地する各飼料工場は操業停止。停電、断水も加わって配合飼料の供給はまだ以前の状態には復旧していない。とくに壊滅的被害を受けたのは宮城県石巻の飼料コンビナートで復旧に全力を挙げているところであるが、完全復旧のめどはまだ明らかとなっていない。

 業界筋によると東北6県と関東の茨城、千葉県では、飼料供給ストップや福島第一原子力発電所事故の避難区域の設定により餓死した家畜は、採卵鶏で400〜500万羽、ブロイラーは300〜400万羽前後が死んだとみられている。死なないまでも東北一帯の採卵鶏の2〜3割が飼料不足で強制換羽になっていると推測されている。もちろん飼料不足は養豚、肉用牛、酪農の生産にも大きな打撃を与えている。

他地域から東北地方へ配合飼料を輸送

 深刻な飼料不足に対応するため、農林水産省は直ちに、飼料関係団体を通じて、九州や北海道からの飼料輸送(船舶、トラック)を要請するとともに、飼料運搬車についても緊急通行車両の指定を行い、飼料供給に努めている。また、備蓄飼料穀物(最大40万t)の無償無担保での貸し付けを行っている。この結果、他地域からの東北地方への飼料の供給は軌道に乗りつつあるのが現状である。東北地方での配合飼料需要量は、月間で30万t強、日量では1万t強であるから、毎日10t車で1,000台強が必要である。大震災後、約10日間、東北地方では飼料供給がストップしたが、現状では日量で約6,000tが他地域から運び込まれている。

 大震災前のような飼料供給体制が整うには、配合飼料工場の復旧が鍵となっているが、大きな被害を受けた釜石、石巻、仙台地区の飼料工場の復旧にはさらに数ヵ月かかると見られている。

「飼料用米で助かった」という声も

 こうした畜産の間接的被害はほとんどマスコミに報じられることはなかったが、地方紙の岩手日報の4月4日付け記事では「震災の影響で、ブロイラーの被害が拡大している。飼料供給の拠点である八戸市や宮城県石巻市の大規模飼料工場が津波で被災し、餌の供給が一時ストップ。停電や燃料不足で暖房が使えなかったことなども重なり、大手養鶏業者ではブロイラーが140万羽以上死ぬ被害も出ている。一方、物流機能が麻痺するなか、国産飼料の備蓄を被害軽減につなげた業者もあり、今後は輸入飼料に頼る現状の再考も必要となりそうだ」と報じている。

 同記事の中では、岩手県九戸郡洋野町の劾ファームのケースについて同社は大震災後10日間ほど青森県八戸からの飼料供給がストップした。だが、地元農家と連携して飼料用米を導入しており、備蓄米で乗り切ることができた。同社の社長は「輸入穀物に頼っていては、途端に飼料が無くなることを思い知らされた。飼料米がこんなに早く戦略物資になるとは」と胸をなで下ろしている。

 同社は常時20万羽のブロイラーを飼養しているが、2009年から岩手県軽米町の稲作農家、JA新岩手、飼料会社と共同で日量約12t出る鶏糞をJA新岩手経由で軽米町の稲作農家に販売、飼料用米を生産してもらい“鶏糞を活用した循環型農畜産業”構築への取り組みを進めている。大震災直後から飼料の供給がストップしたが、200tほどあった飼料用米の在庫でピンチを切り抜けたのである。

 筆者のところにも、大震災の翌日頃から青森県や秋田県の養豚農場、茨城県の牧場(酪農と肉牛)などから飼料用米の給与について相談が相次いだ。「飼料が止まった。飼料用米の給与で急場をしのぎたいが、どの程度与えても大丈夫か」「給与の形態(粉砕の粒度の度合い)はどのくらいがよいか」など技術的な相談が多かったが、飼料原料が手元にあるのは強いもので、何とかピンチを脱することができた。

飼料用米はこれからの戦略物資

 思わぬところで飼料用米が大活躍したが、昨年産の飼料用米の生産量は8万t程度にすぎない。絶対量はまだ少ないが遊休水田をフル活用していけば飼料用米の増産の余地は大きい。40万ha規模で生産すれば、現在の反収水準でも200万t以上は生産可能だ。

 今回の大震災は輸入飼料穀物に頼ることの危うさ、物流の危うさがわが国畜産のアキレス腱であることを改めて認識させてくれた。折しもニュースとなってはほとんど報じられていないが、シカゴの穀物相場が再度高騰し、3年前の高値水準に近づいてきている。今や原油価格と穀物価格は連動しており、輸入穀物に依存したわが国の畜産ビジネスモデルは崩壊の危機に瀕しているといっても過言ではない。

 その救世主となるのは飼料用米である。飼料用米は単に家畜の飼料としてトウモロコシに代替できるだけでなく、新たなエネルギー資源の作物としても利用できる戦略物資でもある。筆者のところでは、飼料用米の生産に伴って発生するイナワラからエタノール製造の試験研究に取り組んでいるが、イナワラからエタノールが生産できるだけでなくエタノール蒸留残渣は新たな飼料資源として利用可能と考えている。残渣には菌体酵母が残っているので、高タンパクの飼料資源としての利用が期待できる。サイレージ生産と同様に液体発酵法ではなく固体発酵法で生産するので、乾燥コストもかからない。さらに飼料用米の新たな活用法として考えているのは、原発事故で放出された放射能で汚染された水田土壌の浄化作物としての利用である。超多収の飼料用米は土壌養分吸収力が食用米に比べて2倍以上と高いことから、半減期が30年といわれているセシウム汚染土壌の浄化にも役立つのではないかと考えられ、今後の重要な研究課題になるであろう。もちろん、セシウムを吸わせた飼料用米が暫定基準値を超えていれば飼料用米として給与することはできません。

 大震災で被災にあった畜産農家の皆さんの苦悩は、想像を絶するものがあるが、一日も早い復興を願い、次世代の畜産の構築に向けて新たなスタートを切りましょう。

参考:放射性核種(セシウム)の土壌−作物(特に水稲)系での動きに関する基礎的知見(社団法人日本土壌肥料学会:土壌・農作物等への原発事故影響WG)

信岡誠治(のぶおか せいじ)

1952年生まれ。

日本獣医生命科学大学畜産学科卒業、岐阜大学大学院農学研究科修士課程修了。

全国農業会議所を経て2006年より現職。

主な研究成果:
「遊休農地の畜産的土地利用に関する研究」(岐阜大学大学院連合農学研究科 2003年)、主な著書:「資源循環型畜産の展開条件」(農林統計協会 2006年 共編著)等。

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