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デンマークにおける生体豚取引の活性化と 日本への影響

調査情報部 藤原琢也


  

【要約】

 デンマークは、EUにおいて豚肉生産の約7.2%、豚肉輸出の約16.6%を占める養豚大国である。

 近年、同国では生体豚(子豚、肥育豚)を隣国ドイツへ輸出する生体豚取引が活性化しており、その頭数は800万頭を超えている。この要因は環境規制、アニマルウェルフェア、生産コスト高などであり、これらを背景に2009年の豚肉生産量は減少した。

 こうした中、同国の豚肉業界は、豚肉処理施設の稼働率を上げるため、国内のと畜頭数を増やす方策を模索し、生産者からの肉豚引取価格の引き上げなど、生体豚の国外流出を回避しようとしている。

 日本への影響については、デンマーク産豚肉輸入量が減少傾向で推移する中、他国産へのシフトがさらに進む可能性もあるが、同国産豚肉は品質面での評価が高いこともあり、この傾向に歯止めがかかるのではとも考えられる。

1 はじめに

 デンマークは、人口約551万人とEU27カ国(約5億人)の約1%強を占めるにすぎず、国土面積も決して大きくない中、EUにおいて豚肉生産の約7.2%、豚肉輸出の約16.6%を占める養豚大国である。

 近年、同国では国内で繁殖・肥育・と畜を行う一貫体制に変化が生じ、生産コスト高や環境規制などの要因から、生体豚(子豚、肥育豚)を隣国ドイツへ輸出する生体豚取引が活性化している。

図1 EUにおける豚肉生産量の国別割合(2010年)
資料:欧州委員会

 一方、同国は日本にとって約2割のシェアを有する3番目の豚肉輸入相手国であり、その動向によっては、デンマークからの豚肉輸入が減少し他国からの輸入が増加するなど、豚肉輸入、ひいては需給構造に与える影響は小さくないと考えられる。

 本稿では、デンマークの豚肉生産構造の現状を紹介するとともに、同国の構造変化が日本の豚肉需給に与える影響を考察する。

図2 EUにおける豚肉輸出量の国別割合(2010年)
資料:欧州委員会

2.デンマークの養豚産業

 デンマークは平たんな土地が多く、国土面積に占める農用地面積は6割を超えている。古くからこの恵まれた土地を利用した穀物生産が盛んに行われていた。1800年代後半、米国、カナダ、豪州などが国際穀物市場に参入すると穀物価格は下落し、主力の穀物生産に代わる新たな産業育成を図る必要に迫られた。こうした中、同国の養豚産業は官民挙げての振興が図られ、基幹産業へと成長していく。経営の効率化や大規模化の進展により、1989年では養豚農家戸数が3万5千戸、1戸当たり飼養頭数が420頭程度であったものが、2009年には同5,200戸、同3,400頭となった。現在では自給率が500%を超え、EUにおける豚肉生産の約7.2%を占める世界でも有数の養豚国家としての地位を確立するに至っている。

 デンマークの養豚産業の優位性は、穀物価格の変動に大きく左右されることのない養豚経営が確立されていることにある。これは、政府が家畜の飼養許可の条件として、一定規模の農地を保有する義務を課していることが大きい。これにより、穀物生産が盛んであった地勢が活用され、農家単位で穀物生産を行うことが可能となり、飼料生産基盤が確保されている。

 豚肉生産量については、過去、増加傾向で推移していたが、直近10年程度においては世界的な不況、畜産物価格の低迷などの影響で増減を繰り返しており、2010年においては、母豚頭数が前年比6.4%減の126万頭と減少したものの、国内でと畜される頭数が増加したため、同3.2%増となる163万トンとなった。

 豚肉輸出量については、EU全体の16.6%を占め、主たる相手先はドイツ、ポーランド、英国、イタリアなど域内向けが約7割と大勢を占めている。残りの約3割は域外向けで、そのうち約4割が日本向け、残りがロシアなどである。日本向けはベリー、ロインといった部位を中心にほぼ全量が冷凍で輸出されており、ハム、ソーセージ、ベーコンなどの加工向け原料として利用されている。

図3 デンマークにおける豚肉生産量および母豚頭数の推移
資料:欧州委員会
  注:生産量は枝肉ベース、母豚頭数は年末の値

 なお、2010年においては、豚肉生産量の増加(前年比3.2%増)を反映し、同5.9%増の117万トンとなった。国別ではドイツ向けが同13.3%増、イタリア、日本もそれぞれ同7.5%増となっている。日本向け輸出の増加については、日本国内で口蹄疫が発生し豚肉生産量が減少した影響と思われる。ただし、この増加は2008年の水準まで回復することはなかった。これは、デンマークの通貨であるデンマーク・クローネの為替状況が、輸出競争国である米国のドル安と比較すると不利であったため、米国の輸出増加に押される形となったためと考えられる。

 また、デンマークの豚肉産業での特徴的なこととしては、子豚の繁殖経営に力を注ぎ、一定量の豚肉生産に係る国内肥育分を確保すると同時に、増産した子豚について生体のままドイツなど近隣国に輸出していることが挙げられる。これにより、豚舎の回転を早めることで経営の効率化が図られ、かつ、豚肉生産のみならず、域内における良質な肥育豚の生産に向けた拠点としての位置付けが加速化していると言える。子豚輸出が盛んに行われていることは、図3において豚肉生産量と母豚頭数がリンクしていない点からも読み取ることができるが、その要因などについては次章にて解説する。

図4 デンマークの国別豚肉輸出量
資料:欧州委員会
注1:部分肉ベース
  2:2006年、2007年の「その他非EU加盟国」にはロシアを含む

3 生体取引の動向

 デンマーク農業理事会の資料によれば、同国の生体豚の輸出動向(重量ベース)は、1988年では763トン足らずであったものが、10年後の1998年には約8万4千トン、さらに2008年は23万3千トン、2009年は25万7千トンと大きく伸びている。

 次の図5および表1、2は、欧州委員会が公表したEU豚肉生産国における子豚(50キログラム未満)および肥育豚(50キログラム以上)の生体取引動向を示したものである。

図5 EU主要国における生体取引の動向(2008年)
子豚(50kg未満)の輸出動向
肥育豚(50kg以上)の輸出動向
資料:欧州委員会
注1:矢印の幅は輸出量に比例している
注2:DKデンマーク、DEドイツ、NLオランダ、ATオーストリア、ESスペイン、ITイタリア、PLポーランド、ROルーマニア、 HUハンガリー
表1 主要豚肉生産国における子豚(50kg未満)の域内輸出量(2008年)
単位:トン
資料:欧州委員会
表2 主要豚肉生産国における肥育豚(50kg以上)の域内輸出量(2008年)
単位:トン
資料:欧州委員会

 子豚の取引について見ると、輸出側はデンマークが約59%を占めて第1位となっており、オランダが約35%と、2カ国で全体の9割以上を占めている。一方、輸入側の約8割がドイツであり、両国からドイツへ向けて子豚輸出が盛んに行われていることが分かる。

 なお、全体の取引数量は約21万トンであるが、欧州委員会は重量ベースの統計数値しか公表しておらず、子豚の平均体重を25キログラムと仮定した場合、約850万頭もの大量の子豚が取引されていることになる。

 次に肥育豚の取引について見ると、輸出側はオランダが約67%を占め第1位、続いてデンマークが約14%、ドイツが約11%となっている。輸入側国としては子豚の場合と同様ドイツが最も多く、約42%を占めている。全体の取引数量は約59万トンであり、同じく平均体重を100キログラムと仮定した場合、約590万頭が国境を超えて取引されている。

 また、ドイツに輸出された子豚は、ドイツ国内で一定期間肥育された後にと畜されるが、一部の肥育豚はポーランドやオーストリアなどに再輸出されていると見られており、デンマークの生体豚は広く域内で流通している可能性もある。

 それでは、デンマークの生体豚取引拡大の背景には何があるのだろうか。EUの養豚産業は、繁殖から肥育・と畜までの一貫体制により経営の効率化、コスト削減を図り国際競争力を高めてきた。しかし、集約化により過密飼養が進んだ結果、環境上の懸念が高まり、環境規制やアニマルウェルフェアの強化が推し進められることとなった。これらの規則を順守しながら生産規模を維持するためにはさらなる設備投資、コストが必要となるため、加盟国の多くは経営規模を縮小せざるを得ない状況に追い込まれている。こうした中、デンマークは、規則を順守しつつ、経営規模を持続させる方策を見出した。その動向、要因について、以下のとおりと考えられる。

(1)環境規制

 豚飼養頭数の過密化、集約化が進むと、単位面積当たりの糞尿処理量が増大することになり、敷地内の環境上の懸念が高まる。よって、EU加盟国においては、規則により農地1ヘクタール当たりの豚飼養頭数が定められている。

 このため、養豚農家は飼養頭数を制限せざるを得ないが、デンマークでは他国へ生体豚を輸出することで、飼養頭数および出生頭数の維持を図り、経営規模の縮小を避けることに成功している。

 なお、生体豚の主たる受入先であるドイツでは、畜産廃棄物を発電や肥料に利用するためのバイオガスプラントの設置が進み(補助事業により、国を挙げて推進されている)、畜産廃棄物処理能力が相当程度増加したことから、国外から生体豚を受け入れることを可能となっている。

図6 ドイツにおける母豚、と畜頭数の推移
資料:欧州委員会
  注:母豚頭数は年末の数値

(2)アニマルウェルフェア

 EUでは「飼養を目的とする動物の保護に関する理事会指令」(98/58/EC)などにおいて、飼養管理に係る基準として飼養密度や豚舎の構造などに係る基準が定められている。これら規則の中で、未経産豚と分娩豚に係る1頭当たりの床面積、雌豚のつなぎ飼いの禁止、各肥育ステージにおける飼養密度、照明時間・照度、騒音基準、給餌方法などが細かく規定されている。

 また、2004年には、輸送中の豚の保護に係る規則が新たに承認されたことにより、8時間を超える輸送に関する規則(一定の休憩を与えなければならない)、輸送用車両に係る衛生基準の強化などが定められた。

 デンマークから輸出される生体豚を受け入れるには、これら諸条件をクリア出来る態勢を整えておく必要がある。生産コストだけを考えれば新規加盟国(旧東欧諸国)の方が優位にあるはずであるが、両国から地理的に近く、かつ、養豚先進国でもあるドイツが主たる受け入れ先となっているのはこの影響によるところが大きい。

(3)生産コスト

 デンマークは国土面積が狭いこともあり、地価がEU域内でも高水準となっている。このため、養豚農家が環境規制などに対応するため農地面積を拡大を図ろうとしてもコスト的に難しい。また、労働者賃金、生産資材価格、税金などが他国より相対的に高い。よって、自国内で生産・加工を行う施設や労働力を確保するよりも、生産コストの低い他国へ生体輸出を行った方が、生産者の利益が高くなる状況となっている。

(4)技術的要因

 デンマークにおいては、家畜改良が進んだ結果、母豚1頭当たりの出生頭数が他国より多い。よって、恒常的に子豚の輸出余力があると考えられる。一方、ドイツにおいては、家畜改良や規模拡大を通じて繁殖部門を強化するよりも、余力のあるデンマークなどから子豚を導入する方が効率的であるという考えの下、政府は肥育農家に対する経営支援を実施している。このように、ドイツが子豚の受け入れ先として確保できているという点も、生体豚取引を活性化させている一因と言える。

図7 母豚1頭当たりの年間出生頭数
資料:INTERPIG

4 日本への影響

 それでは、これらの動向が日本へどの程度影響すると考えられるのだろうか。日本は主にデンマークから冷凍豚肉を輸入し、ハム、ソーセージ、ベーコンなどの加工向け原料として利用している。また、差額関税制度により、高級部位(主にロイン。脂身が少ない)と低価格部位(主にベリー。脂身が多い)が組み合わせて輸入されている。中でもベリーは、EU域内ではあまり好まれないこともあり、日本のユーザーは恒常的に一定量を確保出来る状態にある。

 デンマークの業界は長年にわたる日本企業とのビジネスを通じ、日本サイドの嗜好に合わせた品種改良や厳しい品質管理に対応できる施設整備などを行ってきた。よって、スポット的に他国の需要が増加し、一時的に日本向けの輸出量が減少したとしても、これまでの投資コストを勘案すれば、日本向けの供給については今後とも一定量を確保したいはずである。

 日本におけるデンマーク産豚肉の輸入量は、国産豚肉の増産により輸入量全体が減少していることに加え、米国、カナダからの安価な冷凍豚肉との競合が強まったことから年々シェアが低下している。しかし、デンマーク産豚肉に対する品質面での評価は高く、デンマーク農業理事会は「Danishロゴキャンペーン」により認知度の向上に取り組むなど、日本市場での消費拡大が推進されているところである。

 また、デンマークで国内食肉処理シェア9割を誇り、食肉の生産、処理、加工を行っているDanish Crownは、と畜頭数の減少および人件費の増嵩による経営の圧迫を受け、複数の豚肉加工施設を閉鎖し、既存施設への集約化を行ってきた。しかし、施設の稼働率の低下懸念は払しょくできず、他国への過剰な生体豚輸出に危機感を抱いている現状にある。同社は、生産者に適正な対価を支払い、国内でのと畜にインセンティブを与えることにより生体豚の国外流出回避に取り組んでいる。これに加え、2010年10月にはドイツのと畜業者D&S Fleischを買収し、ドイツ市場に進出した。これにより、ドイツ国内で得られた利益のグループ内還元を図っている。こうした企業の取り組みが、2010年の国内生産量の回復につながったのではとも考えられる。

図8 日本の国別豚肉輸入割合(平成22年度)
資料:財務省「貿易統計」
図9 日本の豚肉輸入量の推移
資料:財務省「貿易統計」
  注:部分肉ベース

5 終わりに

 デンマークにおける生体豚取引がさらに進展すれば、同国の豚肉生産量が減少することはもとより、日本の輸入相手国としても、米国やカナダに加え、ドイツやオランダ、ポーランドといった他の加盟国との競合も視野に入ってくるなど、同国を取り巻く状況は予断を許さない。しかし、日本のデンマーク産豚肉対する評価は高く、Danish Crownも国内でのと畜にインセンティブを払い、生体豚の国外流出回避に取り組んでいるため、生体豚取引の拡大は一服するのではと推測され、日本のデンマーク産豚肉輸入量の減少傾向が今後も継続するとは考えにくい状況と思われる。

 今回の報告では、ドイツから再輸出された生体豚の取引状況などに対する疑問が残った。今後、養豚関係者をはじめとする生産者の意見、現場レベルでの具体的な対応状況などについて、現地調査に基づく検証を試みたいと考えている次第であり、デンマークの豚肉需給動向について注視するとともに、随時報告して参りたい。


 
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