海外駐在員レポート  
 

米国食肉パッカーの最近の情勢
〜寡占化の推移と家畜取引に関する規則案の影響〜

ワシントン駐在員事務所 上田 泰史、中野 貴史


    

【要約】

 米国の食肉パッカーは1980年代より寡占化を進め、牛肉パッカー、豚肉パッカーは上位4社で市場シェアの約7割、約6割を占めるに至っている。巨大化した食肉パッカーに対して、米国農務省は昨年6月、新たな取引規制案を提示した。同規制案は、これまでの食肉パッカーと生産者の家畜取引に大きな変化をもたらす内容となっており、食肉パッカーに対する新たな訴訟を引き起こす可能性を含んでいる。また、同規制案は米国の現地価格の上げ要素にもなり得ることから、米国から大量の牛肉、豚肉を輸入している我が国への影響も心配される。主要食肉団体は同規制案に強い反発を示しており、最終的にどのような内容で決着するのか注目されるところである。

1 はじめに

 米国と我が国の食肉産業を比較した場合、単純に生産量の違いに圧倒される。具体的な数値を挙げれば、米国の牛肉年間生産量(2009年)は1178万トンと我が国の約23倍、豚肉年間生産量は1043万トンと我が国の8倍となっている。このような大量かつ高品質な食肉を安定的に供給するために、米国の食肉産業はここ数十年で大きな構造変化を成し遂げ、効率的な生産・加工・流通システムを構築するに至っている。

 米国において、食肉の生産から加工、流通、消費に至るサプライチェーンの中心に位置するのが食肉パッカー(食肉処理業者)である。米国の食肉パッカーは生体を買い付け、自己の処理場で枝肉生産から部分肉の処理・加工を行った後、流通業者や最終需要者である小売・外食事業者に販売するのが一般的であり、枝肉生産が中心の我が国の食肉処理業者とは性質が大きく異なる。また、食肉パッカーはこれまでに活発な吸収合併を繰り返し、米国の食肉産業の中で最も寡占化が進展した構造を有していることも、特徴の一つである。

 本稿では、我が国が米国から大量の牛肉および豚肉を輸入していることを踏まえ、米国の牛肉、豚肉の供給に大きな影響力を持つ食肉パッカーについて、最近の構造変化などの動向を述べるほか、米国農務省(USDA)が昨年6月に提案した家畜および食鳥取引に係る新たな規則案が食肉パッカーの取引に今後どのような影響を及ぼすのかなどについて報告したい。

2 食肉パッカーの構造変化

(1)寡占化の歴史

 食肉パッカーの寡占化はここ30年で急速に進展している。その指標の一つにと畜頭数をベースに計算した「上位4企業の市場シェア」があり、1960年代から現在までの推移を図1に示している。

 牛肉パッカーの同シェアについては、1963年から1977年にかけては横ばいで推移したが、その後1992年にかけて25%から71%に増加している。また、豚肉パッカーについては、1963年から1987年までは横ばいで推移したが、その後2002年にかけて30%から57%に増加し、最近も上昇傾向で推移している。

 寡占化が進展した理由としては、1980年以降、製品の多様化や低コスト生産を実現するために規模拡大が追求されたことや、メキシコや東南アジアからの移民労働者の増加による賃金の低下や労働組合の弱体化のため、賃金値上げを伴わない規模拡大が可能となったことなどが挙げられる。(それまでは、大規模の食肉パッカーはより高い賃金を支払う傾向にあった。)

 また、牛肉パッカーの寡占化は豚肉パッカーと比べて高い水準を維持しているが、これは、牛肉需要が豚肉と比べ低調で価格競争が厳しくなったため、コスト競争についていけない牛肉パッカーが市場から撤退したことや、生産の伸びが豚肉と比べ緩やかであることなどが理由として挙げられる。

図1 牛肉、豚肉パッカー上位4社の寡占化の推移
資料:USDA, Cattle Buyers Weekly
 注:と畜頭数シェア

(2)寡占化の状況:牛肉

 米国における子牛は全国に散らばる繁殖経営において生産されている。これらの経営で生産された子牛は、自家保留される後継繁殖雌牛を除き、6〜12カ月齢で主に育成業者、肥育業者に販売される。肉牛飼養農家戸数はここ数十年で大幅に減少してきているが、繁殖経営については、肉用雌牛100頭以下の経営が全米の子牛の半分程度を生産している状況にあり、牛肉生産において最も集約化が遅れている。子牛は離乳まで母牛とともに放牧されることが一般的であり、広大な放牧地が必要であることなどが集約化の制約要因とされている。一方、繁殖経営と比較すれば肥育経営は集約化が進んでいる。表1で繁殖経営、肥育経営、牛肉パッカーの市場シェアの状況を比較しているが、上位10社のシェアでは、牛肉パッカーが86.6%、肥育経営が19.3%、繁殖経営が0.4%となっており、繁殖経営の集約化が最も遅れ、パッカーが最も進んでいることが分かる。

表1 牛肉産業における市場シェア(2009年)
資料:USDA, Cattle Buyers Weekly, National Cattlemen<br>
 注:繁殖経営のシェアは繁殖雌牛頭数の比率。肥育経営のシェアは収容能力頭数の比率。パッカーのシェア  はと畜頭数の比率。

 図2に全米におけるフィードロット(肥育経営)と牛飼養頭数の分布を示している。フィードロットに収容される肥育牛は全米の中心部にある5つの州(カンザス州、ネブラスカ州、テキサス州、オクラホマ州およびコロラド州)に75%が集中している。また、飼養頭数についても中心部に集中していることが分かるが、東はケンタッキー州、テネシー州まで、北はカナダ国境近く、南はメキシコ国境近くまで伸びており、肥育経営に比べて分散していることが分かる。

図2 フィードロット(肥育経営)と牛飼養頭数の分布(2004年)
資料:Informa Economics

 寡占化が進んでいる牛肉パッカーについて、表2に最近8年の上位4社の市場シェアの推移を示している。上位4社でシェアの73.3%を占めるなど、肥育経営と比較しても寡占化の進展度合が著しく大きいことが分かる。トップのタイソン社は首位の座を維持しているものの、シェアが一時期に比べやや低下し、代わりにカーギル社、JBS社、ナショナルビーフ社のシェアが上昇している。また、JBSは、2007年にスイフト社およびスミスフィールド・ビーフ社を相次ぎ買収した後もシェアを伸ばし、2009年時点では2位のカーギル社に肉薄している。牛肉生産がほぼ横ばいで推移する中、パッカーがシェアを奪い合っていることも興味深い点であろう。

表2 牛肉パッカー上位4社の市場シェアの推移
(単位:%、100万ポンド)
資料:Cattle Buyers Weekly
注1:全米と畜頭数に占める各パッカーのシェア。
 2:JBSの2006年以前はスイフトの数値。
 3:牛肉生産量は枝肉ベース。
図3 牛肉パッカー施設と牛飼養頭数の分布
資料:Informa Economics

(3)寡占化の状況:豚肉

 豚肉生産は、生産者間の生産契約が進んだ結果、主要な大規模養豚経営(オーナー)と繁殖、育成、肥育などに分業化された何百もの養豚生産者から構成されている。生産契約とは、生産者とオーナーとの間で交わされる委託契約のことであり、オーナーは生産者に対して、肥育素豚、飼料を支給し、燃料代、獣医師費用などを負担する代わりに、生産者は労働力と機械、施設を提供することになっている。特に、養豚価格が低迷した1990年代に、小規模養豚農家の多くが離農することになり、生産段階での集約化に拍車がかかることとなった。最近の動きを表3に示しているが、2005年には上位4社で全米繁殖雌豚の25%を超えるシェアを占めるに至っている。それ以降は、スミスフィールド社がプレミアムスタンダードファーム社を買収したほか、トライアンフ・フーズ社が生産規模を拡大するなど業界勢力図に変化はあったものの、2009年の上位4社のシェアは28%と2005年から大きな変化は認められていない。

 図4は豚飼養頭数の地域的分布であるが、肉用牛と比べ、養豚経営はトウモロコシが豊富に収穫されるアイオワ州を中心とする中西部に集中していることが分かる。中西部以外の地域ではスミスフィールド社があるノースカロライナ州において飼養頭数が多い。これは、生産契約などによって伝統的地域以外にも大規模な養豚飼養が進展したことを示している。豚の生産段階での集約化が肉用牛と比べて進んでいるのは、豚は1頭当たり分娩頭数が多く、離乳までに広大な放牧地を必要としないなどの理由が挙げられるであろう。

表3 大手養豚経営上位4社の市場シェアの推移
(単位:%)
注1:全米繁殖雌豚飼養頭数に占める各経営のシェア。
  2:トライアンフ・フーズ社の2002−2004年およびシーボード社の2005、06年はいずれもプレミアムスタンダー ド社の数値。
アイオワ・セレクトファーム社の2002、03年はプレステージ社、2004年はクリステンセンファーム社、2005、06年はシーボード社の数値。
図4 豚の分布状況
資料:Informa Economics

 豚肉業界においても、生産段階よりパッカーの方が寡占化が進んでおり、上位4社でシェアの64.0%を占めるなど、養豚生産段階と比較して寡占化の進展度合は2倍以上となっている(表4)。最近の動きとしては、トップであるスミスフィールド社のシェアが拡大傾向にある。スミスフィールド社は、1988年から首位の座を維持しており、最近では2007年に、当時の業界6位であったプレミアムスタンダードファーム社を買収するなど、規模拡大を積極的に推進している。また、スミスフィールド社は、シェアで2位以下を大きく引き離している上、養豚生産においても全米1位のシェアを維持しているなど、牛肉部門に比べ生産から加工まで垂直統合が大きく進展していることが特徴として挙げられるであろう。また、生産が頭打ちである牛肉部門とは異なり、豚肉業界は、生産を順調に増やしつつ、パッカーの寡占化が進展していることも特徴である。なお、豚肉パッカー施設は、豚の分布と同様、中西部に集中している(図5)。

表4 豚肉パッカー上位4社の市場シェアの推移
(単位:%、100万ポンド)
資料:Cattle Buyers Weekly
注1:全米と畜頭数に占める各パッカーのシェア。
 2:タイソン社の2002年はIBP社の数値。JBS社の2002-2006年はスイフト社の数値。
 3:豚肉生産量は枝肉ベース。
図5 米国における豚肉パッカー施設の分布状況


3 食肉パッカーの現状

(1)施設規模とコストの関係

 寡占化が進んでいる食肉パッカーについて、一施設当たりのと畜処理能力の推移を見てみたい。牛肉パッカー、豚肉パッカーともに施設の処理能力が緩やかではあるが増加傾向にあることが分かる(図6、7)。また、上位4社と上位5〜20社では、処理頭数に大きな差があり、その差は徐々に拡大していることが見て取れる。牛肉パッカーにおいては、1999年時点では、上位4社と5〜20社の1日当たり処理能力に2.64倍の差があったが、2010年時点では2.87倍に拡大している。豚肉パッカーについては、1999年時点で上位4社と5〜20社の差は2.05倍であったが、2009年時点では2.70倍に拡大している。このように、上位4社は豊富な資金力を活用して施設の規模拡大などを着実に行っていることが推測される。

図6 1日当たり処理頭数(牛)
資料:Cattle Buyers Weekly
 注:1施設当たり。
図7 1日当たり処理頭数(豚)
資料:Informa Economics

 図8に豚肉パッカーにおけると畜処理能力と処理コストの関係を示している。当然ながら、と畜処理能力が低下するにつれて処理コストは増大しており、1日当たりと畜処理能力が2万頭規模の施設と2千頭以下とを比較した場合、コストは33%増加するとの試算もある。なお、1万頭を超えている施設については、2シフト体制の操業を行っていると推測される。

図8 北米1日当たり処理頭数(豚)と処理コストの比較
資料:Informa Economics

(2)稼働率の推移

 と畜処理能力を増大しても、稼働率が低ければかえってコストの増大を招く。このため、規模拡大したパッカーにとっては、施設の稼働率を高い水準で維持し、収益性を確保することが重要である。USDAによれば、牛肉パッカーにおいて、施設の稼働率を95%に維持した場合、中程度に維持した施設よりも6%、低程度にしか稼働できなかった施設の14%もコスト効率が良いとの調査結果が出されている。

 食肉パッカーにおける稼働率と収益性の関係を見ると、おおむね連動して推移していることが分かる(図9、10)。特に、豚肉パッカーにおいてその傾向が強いことが興味深い。

図9 牛肉パッカーにおける稼働率と収益性の関係
資料:Cattle Buyers Weekly他
図10 豚肉パッカーにおける稼働率と収益性の関係
資料:Cattle Buyers Weekly他

 なお、ここで用いている収益性は、食肉パッカーの処理経費を考慮した実際の収益性ではなく、カットアウトバリュー(各部分肉の卸売価格などを1頭分の枝肉に再構成した卸売指標価格)に副産物価格を加味した価格から家畜購入価格を控除する方式で算出されている、指標的な収益性であることに留意する必要がある。このため、稼働率上昇の結果収益性が上がったと判断するよりは、収益性が高いと判断される時(カットアウトバリューが高い時や肥育牛、養豚生体価格に値ごろ感がでた時)に、パッカーがと畜を増加させたと見る方が自然であろう。また、このことは、収益性が高いと見込まれる時にどれだけの家畜を調達できるかが、パッカーの収益性を左右する大きなポイントとなることを示唆している。

 牛肉パッカー上位4社と5〜20社の稼働率を比較すると、両者の差は大きく開いており、大手パッカーの家畜調達能力の高さを証明する結果となっている(図11)。大手パッカーにおいては、このように稼働率を高い水準に維持させることにより、低コスト生産体制を実現するとともに、収益性が見込まれるタイミングで効果的なと畜を行っているものと推測される。なお、2008年においてのみ、上位4社の稼働率が上位5〜20社と同程度の水準まで落ち込んでいるが、これは、2008年の金融危機の際に牛肉価格が大幅に値下がりしたため、大手牛肉パッカーがあえてと畜を抑えたことが影響しているものと推測される。

図11 牛肉パッカー上位4社と5−20社の稼働率の比較
資料:Cattle Buyers Weekly

(3)家畜の購入方法

 食肉パッカーが一定の生産効率を維持するためには稼働率を高水準で維持することが必要であるが、適正な価格で家畜を購入することも、収益性を左右する重要な要素である。食肉パッカーがどのような手法を用いて家畜を購入しているのかを見ていきたい。

 USDA の調査結果(表5)によれば、牛肉パッカーについては、現物取引が61.7%、代替的取引が33.8%(内訳、事前予約出荷4.5%、長期出荷契約28.8%、パッカーの自己所有0.5%)となっており、現物取引への依存度が高い結果が出ている。また、パッカーは代替的取引について、高品質の肥育牛が入手できる、牛肉の供給管理が改善される、牛肉の高付加価値化を実現できるなどのメリットを挙げ、その有効性を高く評価している。

表5 牛肉パッカーの家畜購入方法(2002年10月〜2005年3月)
(単位:%)
資料:USDA
注1:小規模パッカーとは週当たり処理頭数が2万頭未満、大規模とは2万頭以上と定義。
  2:Dは非公表。
  3:現物取引とは、と畜後2週間以内の、市場、ディーラー、相対取引などを通じた家畜購入方法。
  4:事前予約出荷とは、と畜後2週間以上前の、口頭もしくは書面による家畜取引契約。
  5:長期出荷契約とは、口頭もしくは書面による、特定の条件を付した長期の家畜取引契約。

 家畜購入方法の多様性については、大規模パッカーは、相対取引による家畜購入のシェアが61%と最も高いのに対して、小規模パッカーの同シェアは46%と低く、市場での購入が12.7%と高い数値を示している。

 また、大規模パッカーにおいて現物取引のみを肥育牛購入手法としている割合が1割であることに対して、小規模牛肉パッカーの同割合が8割程度となっており、大規模パッカーがより幅広い家畜購入手法を採用している。

 このような小規模牛肉パッカーの家畜購入における高い不安定性が、図11で示した大規模牛肉パッカーとの稼働率の差となって表れているものと推測される。また、市場取引による家畜購入価格は代替的取引より高い傾向にあることから、小規模牛肉パッカーは大規模パッカーと比べて家畜購入の負担が大きいものと考えられる。

 一方、豚肉パッカーの肉豚購入方法については、現物取引が11.0%、代替的取引が77.4%(内訳: 事前値決め出荷29.0%、事前予約出荷12.1%、長期出荷契約16.7%、パッカー自己所有19.6%)と、牛肉パッカーと比べ、代替的取引への依存度が高い結果となっている。このような特徴は、牛肉業界と比べて、パッカーが自ら養豚場を所有するなどの「垂直統合」が進んでいることや、近年、出荷頭数、出荷体重、出荷場所、出荷時期、価格の設定方法などをあらかじめ定める「販売契約」が主体となっていることによるであろう。豚肉は牛肉と比べ、生産段階における土地の制約要因が少ない上、種付けから豚肉生産までの期間が1年未満と短いため、マネジメントが容易である。このような豚肉の性質が、生産段階と加工処理段階の強い結びつきをもたらしているといえよう。また、豚肉生産の垂直的な結びつきの強さは、豚肉の均一性、品質の確保などにも貢献している。

 次に、近年の豚肉パッカーの肉豚購入に係る価格算定手法の推移を見ていきたい(表7)。USDAの分類によると、肉豚のスポット市場や豚肉価格などに連動する値決め(肉豚、豚肉市況公式)が41.2%(2009年)とトップを占めているが、近年やや低下傾向となっている。これに対して、豚肉パッカーが所有する肉豚を購入する割合が近年では増加傾向にあり、2002年の16.4%から2009年には25.7%となっている。また、豚肉パッカー間においても肉豚の売買が行われている。これは豚肉パッカーのと畜処理施設と生産農場の距離が離れているため、他社に肉豚を販売するなどのケースであり、近年は増加傾向にある。2002年時点では2.1%であったシェアが2009年では5.6%に上昇している。

 前述の図10において、豚肉パッカーにおける収益性と稼働率の相関性は、牛肉パッカーより高いことが示されていた。言い換えれば、豚肉パッカーは収益性の動きにあわせてと畜頭数を変動させる能力が牛肉パッカーより高いということを意味しているが、これは、豚肉パッカーが豚の自己所有割合を増加させることにより、家畜購入の安定性、柔軟性を高めた結果とも言えるであろう。

表6 豚肉パッカーの家畜購入方法(2002年10月〜2005年3月)(取引形態別シェア)
資料:USDA
注1:現物取引とは、と畜後2週間以内の、市場、ディーラー、相対取引などを通じた家畜購入方法。
  2:事前値決め出荷とは、予め取引価格を定めた家畜取引契約。
  3:事前予約出荷とは、と畜後2週間以上前の、口頭もしくは書面による家畜取引契約。
  4:長期出荷契約とは、口頭もしくは書面により、特定の条件を付した長期の家畜取引契約。
表7 豚肉パッカーの家畜購入方法(価格設定手法別シェア)
(単位:%)
資料:USDA
注1:肉豚、豚肉市況公式とは、肉豚、豚肉の市場価格を基に値決めする契約。
  2:その他市況公式とは、肉豚、豚肉以外の市場価格を基に値決めする契約。
  3:その他購入契約とは、長期契約、コスト公式(飼料費連動)、ウインドウ方式(価格帯を定め市場価格と連動)などを含む契約。
  4:パッカーからの購入とは、他のパッカーが2週間以上保有した家畜を購入するケース。
  5:パッカー自己所有とは、2週間以上保有した家畜をと畜するケース。
  6:スポット取引とは、生産者からと畜2週間以内前に家畜を購入したケース。

(4)収益性の動向

 食肉パッカーの収益性は、牛肉、豚肉ともに緩やかに右肩上がりで推移している(図12、13)。ここで用いている収益性もカットアウトバリューと家畜購入価格から算出されていることから、施設を効率化させた食肉パッカーにおいては、さらなる収益性の向上を実現しているものとみられる。

 また、カットアウトバリューとコストがきれいに平行移動していることに注目すべきであろう。このような傾向は、①カットアウトバリューが購入家畜の価格形成に影響力を有している(カットアウトバリューを基に家畜購入額を決定する手法が一定の割合を占めている)、②大手食肉パッカーの市場シェアは6〜7割近くを占めているため小売業および生産者に対する価格交渉力が強いなどの理由から説明可能であるが、このほかに、③食肉パッカーはカットアウトバリューの値動きなどを見ながらと畜頭数を増減させるなどきめ細かい需給調整を行い一定の収益性を確保するよう努めているという事実を理由の一つとして挙げたい。

図12 牛肉パッカーの収益性の推移
資料:Informa Economimcs
図13 豚肉パッカーの収益性の推移
資料:Informa Economimcs

 筆者がある食肉パッカーを土曜日に訪問しようと連絡した際、土曜日については、直前の価格や家畜の調達などを見ながら稼働するかどうかを決めるので即答できないと回答された経験がある。つまり、米国の食肉パッカーは、需給状況にあわせて供給を増減させており、土曜日の施設稼働を調整弁の一つとして用いているということである。

 日本の場合、枝肉卸売価格の動向を見つつ出荷(供給)を調整する役割は主に個々の生産者に委ねられているが、米国では食肉パッカーにも委ねられているということは興味深い。図14に週ごとの牛のと畜頭数、牛肉のカットアウトバリューの推移を示しているが、カットアウトバリューの値動きとと畜頭数の増減が連動している。食肉産業の中でパッカーは最も寡占化が進んでいることから、と畜頭数の増減に係るパッカーの意志決定が米国全体の需給調整に与える影響は非常に大きいものと考えられる。例えば、市場シェアの6〜7割を占める上位4社のパッカーが、カットアウトバリューの低調を理由にと畜頭数を減らすことをそれぞれ自発的に決定したとすると、米国全体の食肉需給が締まることととなり、価格形成に与える影響は甚大なものがあるであろう。言うまでもないが、米国には大規模生産者も多数存在しているので、それらも需給調整に大きな影響力を有している。

 また、食肉パッカーは、食肉の「量」のみならず、「質」の面においても重要な役割を担っていることを忘れてはいけない。具体例としては、食肉パッカーは生産者と協力して、アンガスビーフ、ナチュラルビーフ、ホルモンフリービーフ、月齢証明畜産物など、国内外の消費者ニーズに見合ったプレミアム、カスタマイズ製品を企画、提供している。なお、これらの製品には生産段階からの厳格な飼養管理が必要とされるため、パッカー直営農場で生産するか、もしくは代替的取引を通じた生産者との契約の下での生産が不可欠であることに留意すべきである。

図14 牛肉パッカーにおけると畜頭数とカットアウトバリューの推移
資料:USDA

4 食肉パッカーに対する規制

(1)パッカーストックヤード法

 食肉パッカーが寡占化を進め順調に発展してきた一方、巨大化した食肉パッカーの価格交渉力の増大が問題として浮上してきた。米国では、1800年代後半から1900年代前半にかけて、食肉パッカーをはじめとする企業の寡占化に伴い、生産者の間で不当に不利な家畜取引を強いられるという懸念が高まったことから、取引制限行為の禁止や差別的な価格設定の禁止を規定した反トラスト法(注)が相次いで制定され、規制強化が行われた。しかし、食肉パッカーに関しては、不公平な取引が改善されていないと判断されたため、1921年に「パッカーストックヤード法」が新たに制定され、USDA/GIPSA(穀物検査・肉畜取引管理局)において所管されることになった。同法において、競争を阻害する不公平な家畜取引などが禁止されているほか、生産者への迅速な支払いなどが義務づけられている。

(注)米国における独占禁止法

2008年農業法における食肉パッカー規制に関する議論

 パッカーストックヤード法が制定された以降も、食肉パッカーの規制に関する議論は継続して行われている。2008年農業法の審議の中では、食肉パッカーの家畜所有を禁止する規定が議論され、実際に上院通過農業法にはパッカーの2週間以上の家畜所有を禁止する規定が盛り込まれた。この規定は、両院協議会での賛同が得られず最終的には削除されたが、2002年農業法でも同様の議論が見なされたことを踏まえれば、一部議員に食肉パッカーの家畜所有に対する根強い反対意見があることは明らかであろう。また、2008年農業法は、農務長官に対して、同法制定後2年以内にパッカーストックヤード法の違反行為とみなされる基準を新たに策定することを求めている。

(2)畜産物取引価格の報告義務

 一定規模以上の食肉パッカーは、取引価格を政府(USDA)へ報告することが義務づけられている。これは、家畜の市場取引の減少により指標価格の形成が困難となる中、食肉パッカーの優位性が増加傾向にあるとの批判を受けて、1999年畜産物義務報告法(Livestock Mandatory Reporting Act of 1999)により1946年農業マーケティング法の中で規定され、2001年4月に開始された制度である。同報告義務は、2006年10月に延長されており、さらに、2010年9月、2010年価格報告義務法(Mandatory Price Reporting Act of 2010 )の制定によりさらに5年間延長されることになった。

 また、延長に伴い、生体では牛、豚、子羊の取引価格、食肉では牛肉、ラム肉の卸売価格に加え、新たな報告義務の対象として、豚肉(輸出用を含む。)を追加することが決定された。

 今回の法案成立について、豚肉生産者により構成されている全国肉豚生産者協議会(NPPC)は、「豚肉を新たに報告義務の対象に追加したことによって、市場の状況をより正確に反映した価格形成が可能になる」と歓迎している。

食肉パッカーの企業買収が米国政府により阻止された事例

 米国は、大規模な買収により市場の寡占度が上がる場合、司法省が反トラスト法による審議を行い、これを差し止めることがある。最近では、2008年3月に合意された米国牛肉業界第3位のJBSスイフト社による同第4位のナショナル・ビーフ社の買収(平成20年3月10日海外駐在員情報参照)について、司法省が反トラスト法に反するとして異議申し立てを行った。

 JBS社はブラジルに本社を置く世界最大の食肉企業であり、米国においても、2007年にスイフト社を買収し業界第3位になるなど順調に市場シェアを高めてきたところである。同社は次なる買収先として、業界第4位のナショナル・ビーフ社と同第5位のスミスフィールド・ビーフ社に狙いを定め、2008年2月、3月、買収合意にこぎ着けたのであるが、2008年10月、寡占化を懸念する司法省および13の州から、ナショナル・ビーフ社の買収に対して提訴されることになった。

 提訴の理由としては、この買収が成立すれば、JBS社は米国の3分の1以上の牛と畜処理能力を有するようになること、また、米国の牛肉処理量の80%以上が同社、タイソンフーズ社、カーギル・ミート・ソリューションズ社の上位3社に占められ、寡占度合が進むことにより自由競争が失われ、牛肉の消費者価格の上昇や生産者価格の低下につながる可能性が高いと判断されたことが挙げられている。

 その後JBS社と司法省の間で協議が行われたが、2009年2月、同社はナショナル・ビーフの獲得を断念することを決定した。なお、JBS社とスミスフィールド・ビーフ社の買収については、司法省が提訴を見送ったため成立している。この結果、JBS社は、ウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルバニア州およびアリゾナ州にあるスミスフィールド・ビーフ社の4カ所のと畜処理施設に加え、米国最大のフィードロットであるファイブ・リバース社を取得することになった。

5 新たな取引規則の動き

(1)GIPSAの新たな取引規則の提案

 USDA/GIPSAは2010年6月22日、先に説明した2008年農業法の規定に基づき家畜および食鳥取引の公正性を改善するため 、パッカーストックヤード法の施行規則(9 CFR Part 201)改正案(以下、「GIPSAルール」という。)を公表USDA/GIPSAは2010年6月22日、先に説明した2008年農業法の規定に基づき家畜および食鳥取引の公正性を改善するためした。USDAは、同規則の改正を通じて不公正な家畜および食鳥取引を是正し、生産者の利益を確保することを狙いとしているが、GIPSAルールは、「同法が1921年に制定されて以来最も革新的な内容」と言われるほど、これまでになく商取引に強く干渉する内容を含んでおり、公表と同時に食肉関係者に大きな衝撃を与えることになった。

GIPSAルールの主な内容
  GIPSAルールには、大規模生産者に対して不当なプレミアムが支払われるなどの取引を不当な優位性と定義することや、生産者が不公正な取引について提訴する際に、これまで必要とされていた市場競争の阻害などの証明を義務付けない、などの内容が含まれている。そのほか、食肉パッカーに大きな影響を与えるポイントとして、恣意的な価格操作を防ぐために、食肉パッカー間における家畜取引、価格情報伝達の禁止や、食肉パッカー専属バイヤーによるほかのパッカーへの売却を目的とする家畜購入の禁止などの案が提示されている。また、主に食鳥取引に関して、食肉パッカーとの取引に当たって、生産者が高度な鶏舎整備などを必要とする場合、同資本の80%が回収されるような契約とすることや、生産者に対するひなの供給を停止する際には、遅くとも90日前までに書面をもって通知する、などの案も提示されている。

 公表に当たりヴィルサック農務長官は、「家畜や食鳥の取引に係る公正性の問題は長い間放置されてきた。今回の規則は、不公正な取引に対する追加的な防衛策を提供するととともに、従来の規則では対応できない新たな市場環境を構築することによって、生産者に対する公平な競争の場を確保するものである。」と、これまでの取引環境が不公正であり改善が必要であるとの認識を示すコメントを出している。

GIPSAルールの主な内容

・事前予約出荷、長期出荷契約、生産契約、競争の阻害および阻害する可能性などの定義を明らかにする。

・食肉パッカーに対して、通常の取引と異なる値決めや契約を行った場合は、その公正性を証明するため、関連書類の保存を義務付ける。

・不公正、不当に差別的とみなされる取引事例を提供することにより、パッカーストックヤード法の執行のさらなる透明化、改善を図る。(USDAは、不公正な取引の証明には市場における競争阻害の事実が必要であるという、これまでの判例に対して、同取引は競争阻害の事実がない場合でも立証され得るものと考えており、今回の規則改正で具体的事例を提示すれば同種の裁判に活かされるとの考え)

・不当な優遇的取引、差別的取引を判断するに当たって参考となる基準を策定する。
  (例えば、パッカーが、同質同量の家畜を提供できるにもかかわらず、生産者グループより個人の生産者を価格面で優遇することなどは、不当な優遇的取引とみなされる。)

・食肉パッカー間における家畜取引、価格情報伝達を禁止する。また、食肉パッカー専属バイヤーにおいては、ほかのパッカーへの売却を目的とする家畜購入を禁止する。

・食肉パッカーに対して、契約書のサンプルを10営業日以内の提出を義務づける、また、それらのサンプルはUSDAのサイトで閲覧される。なお、商売上の機密事項は除外される。

・主に食鳥取引に関して、食肉パッカーとの取引に当たって、生産者が高度な鶏舎整備などを必要とする場合、同資本の80%が回収されるような契約とすること、および生産者に対するひなの供給を停止する際には、遅くとも90日前までの書面による通知を義務づける。

(2)団体の反応:主要な畜産団体はGIPSAルールに強い反発

 GIPSAルールに対する関係者の反応については、小規模な生産者で構成されている団体は、これまでのパッカー主導の不公正な商取引を是正するなどと賛同する一方で、食肉パッカー団体や食肉パッカーを会員とする生産者団体は、パッカーと生産者が取り組んできた消費者ニーズを踏まえた食肉生産を損なう内容であるなどと反対を示す構図となっている。GIPSAルールのパブリックコメントの締め切りは、当初2010年8月23日であったが、団体からの要請を受けて、同年11月22日まで延長された。賛成派、反対派のコメントは以下の通りである。

賛成派
R-CALF USA
(米国牧場主・肉用牛生産者行動法律基金)

 今回のGIPSAルールは、牛肉産業がパッカーストックヤード法を遵守するための条件を明らかにし、公正な市場を約束するものであるほか、牛肉パッカーの違法な市場支配を防ぐ第一歩になるものである。具体的には、①市場における競争の阻害の立証なしで食肉パッカーの不公正取引の証明を可能とすることは、食肉パッカーの不公正取引の防止につながること、②食肉パッカーが特定の肥育業者に対して不当に優遇的な取引を行うことは、牛肉業界の垂直統合を防ぐ上で効果的な措置となること、③食肉パッカーの契約サンプルのGIPSAへの報告、公開は、パッカーが生産者に求めている条件が明らかにされることにより、生産者とパッカーのマッチングが円滑に進むこと、④食肉パッカーはパッカー間の家畜取引を利用して肥育牛価格を低下傾向に誘導する場合があるので、そうした取引の禁止は、不当な値下げ圧力の防止につながること、などから同ルールは全ての肉用牛生産者にとって好ましいものである。

反対派
AMI(米国食肉協会)

 不公正な取引に関する訴訟においては、市場における競争の阻害を立証することが必要とされてきた。今回のGIPSAルールはその解釈に真っ向から対立している。事前予約出荷、販売契約など現物取引以外の代替的取引については、高品質な食肉を生産するなどの観点から、その有効性が認められてきたところである。GIPSAルールが成立すれば、食肉パッカーは訴訟を恐れ、リスクの高い代替的取引を行わなくなり、その結果、生産者、パッカー、消費者に多大な経済的損失を与えることになる。また、代替的取引を通じて、ホルモンフリーの牛肉や月齢証明の牛肉などを輸出してきたが、GIPSAルールの成立は、それらの生産に悪影響を与える可能性がある。これらのことを踏まえて、GIPSAルールの取り下げを求める。

NCBA(全国肉用牛生産者・牛肉協会)

 GIPSAは2008年農業法により規則作成のための限定的な権限を与えられたに過ぎず、これまでの反トラスト法に基づいた裁判所の解釈を覆すような権限はない。また、事前予約出荷、生産契約などスポット取引以外の代替的取引を通じて、生産者は消費者ニーズを満たすような家畜改良を行い、プレミアムを受け取っている。これら取引の縛りを厳格にすれば、食肉パッカーは訴訟を避けるため、プレミアムを廃止、縮小せざるを得なくなり、その結果、生産者の手取りが減り、消費者も良質な畜産物を入手できなくなる。また、取引の記録保持は食肉パッカーのコストを増加させ、GIPSAへの契約書サンプル提出は生産者の個人情報の公開につながる。以上のことを踏まえて、同ルールにおいて①不公正な取引に関する訴訟を行う際に競争の阻害の立証を不要とすること、②不当に優遇的な取引の基準を定めること、③食肉パッカー間の家畜取引を禁止すること、④契約の記録保持の義務、契約書サンプルの公表について、削除を求める。

NPPC(全国肉豚生産者協議会)

 GIPSAルールにおいては、競争阻害を伴わない不公正な取引をパッカーストックヤード法上の違反とみなすことができるとしている。しかし、これまでの判例では、個人に被害を及ぼすような不公正な取引であったとしても、市場における競争阻害を伴わない事例は違法とみなしていない。さらに、競争阻害を伴わない不公正な取引を違法とみなすことについては、2008年農業法の議論の過程において否定された経緯がある。今回のGIPSAルールは、2008年農業法を越える部分について新たに規制をかけようとしている。食肉パッカー間の価格情報伝達を禁止するため、食肉パッカー間の家畜購入を禁止しているが、豚肉パッカーの場合は、既にパッカー間の家畜売買をGIPSAに毎日報告し、公表されている。従って、豚肉パッカー間の家畜売買を禁止する妥当性はない。

その他

 その他の反対意見として、食肉パッカー間における家畜取引の禁止に関するものがある。食肉パッカーの加工処理施設と生産農場が離れているケースでは、コストをかけて加工処理施設まで運ぶより近隣の他のパッカーと家畜取引を行うことがあるが、GIPSAルールが成立すれば、そのような取引が禁止され、生産農場からコストをかけて処理施設まで家畜を運搬することが必要になってくる。このため、今回のルールについては「業界の効率性の低下につながる」との批判がある。

GIPSAルールの経済分析

 GIPSAは、同ルールが経済に与える影響評価について、規則の評価手法などを規定している「Executive Order 12866(以下、「EO」という。)」に基づいて条項ごとにコスト分析を行っている。しかし、影響額を明確に示していない上に、地域の雇用経済への影響などを含めた包括的な分析を行っていない。EOでは年間1億ドル(83億円:1ドル=83円)のコストを発生させたり経済に大きな影響を与える規則など(Significant regulatory action )を作成する際には、包括的経済分析を行うことが求めているが、GIPSAは同ルールを「Significant regulatory action」にみなしていないからか、条項ごとの直接的な影響評価にとどめている。

 反対派としては、GIPSAルールが「Significant regulatory action」に該当することは明らかだとして、今回のGIPSAの経済分析は不適切であると主張し、コメントと併せて自らの経済分析をGIPSAに提出するとともに、市場全体への影響を把握するための包括的な経済分析を行うよう要請している。また、下院115名の議員は2010年10月1日、これら団体の動きに呼応する形で、ヴィルサック農務長官に対してGIPSAルールの経済分析を要請するレターを連名で発出した。これに対して長官は、「GIPSAルールは経済分析を既に済ませ大きな影響はないと判断した上で提案されているものであり、今後は提出されるパブリックコメントを吟味し、同ルールの内容を検討することが重要である。」と真剣に取り合わない回答をしたため、団体・関係議員とUSDAの対立はさらに深まることになった。その後も、ジョハンズ議員(共、ネブラスカ)ら12名の上院議員が連名により、12月21日付けでヴィルサック農務長官宛に同ルールの包括的経済分析を求める書簡を発出するなど、GIPSAルールを取り巻く状況はますます厳しくなっている。

 関係団体がパブリックコメントと併せて提出した経済分析は以下の通りである。

AMIの経済分析

 代替的取引の減少に伴う食肉パッカーの効率性低下が小売価格に転嫁される結果、食肉小売価格は3.33%上昇し、食肉需要は1.68%低下する。産業全体では、雇用喪失数が104,112となり、GDPの損失が140億ドル(1兆1620億円)、税収低下が13.6億ドル(1129億円)と試算される。

NCBA,NPPCの経済分析

 GIPSAルール実施のための直接費用として、牛肉産業で年間62百万ドル(51億円)、豚肉産業で74百万ドル(61億円)、鶏肉産業で33百万ドル(27億円)が発生する。また、同ルール実施により訴訟を恐れる食肉パッカーが代替的取引を減少させるため、これまで得られていたプレミアム減少や効率性の低下などによる間接損失額として、牛肉産業で年間780百万ドル(647億円)、豚肉産業で259百万ドル(215)億円、鶏肉産業で302百万ドル(251億円)が発生する。特に、代替的取引を通じたプレミアムのやり取りが多い牛肉産業において損失が大きいことが特徴である。これらのコスト増加は産業全体の産出額を減らすことになり、最終的には、GDP年間損失額が15.6億ドル(1295億円)、税収年間減少額が3.59億ドル(298億円)となる。また、同ルールではバイヤーが複数のパッカーから請け負って家畜を購入することが禁じられるため、人気のない地方市場は廃業に追い込まれ、その結果、地域の小規模肉牛農家などは遠くの市場まで牛を運ばざるを得なくなる。

(3)我が国への影響

 GIPSAルールは、小規模生産者が賛成し、食肉パッカーが反対していることからみても明らかなように、生産者には都合が良く、食肉パッカーには不都合なルールと言えよう。生産者に好都合ということは、「生産者の手取り増加=食肉パッカーの支出増加」を意味しており、最終的には、食肉パッカーのコスト増は小売価格に転嫁される可能性が高い。そのような事態になれば、米国産食肉の現地価格も上昇し、我が国の輸入にも影響が出てくるであろう。GIPSAルールが現実のものとなれば、食肉パッカーは生産者にプレミアムを支払っているような代替的取引について裁判を見据えた理論武装の構築が必要となってくる。このため、訴訟を恐れる食肉パッカーは、プレミアム畜産物の生産を減少させ、と畜後2週間以内の現物取引の増加を余儀なくされることが想定される。その結果、食肉パッカーは、プレミアム減少による販売収入の減少、現物取引の増加による家畜購入価格の上昇および施設稼働率の低下などによるコスト増の影響を受ける可能性がある。AMIの経済分析では、このような事態を想定して小売価格が3.33%上昇すると予測しており、大量の食肉を米国から輸入している我が国にとっても好ましくないシナリオと言える。AMIは反対派なので、この数値にどれほどの信ぴょう性があるかは不明確であるが、米国の食肉価格の上昇要因になる可能性は十分にあるであろう。

 また、我が国は米国から特殊な衛生条件の下、牛肉を輸入していることにも留意すべきであろう。現在、米国から我が国へ輸入されている牛肉はBSEの関係で20カ月齢以下という条件が付けられている。これを担保するためには、A40以下(20カ月齢以下と判断される枝肉の生理学的成熟度)、もしくは20カ月齢以下であることを証明する書類(月齢証明書)を添付する必要がある。正確な統計データは無いが、関係者からの聞き取りによれば、近年、日本に輸出される牛肉については、月齢証明書が添付される割合が増加しているという。特にテーブルミートなどは、A40以下ではそれほど熟成が進まないため、大半が月齢証明によるものと聞いている。これらの月齢証明については、食肉パッカーが生産農家にプレミアムを支払う契約、つまり、今回のGIPSAルールの対象となる代替的取引を通じて対応している場合が一般的である。プレミアムは、食肉パッカーによってばらつきがあるものの、一部地域では肥育牛100ポンド当たり2〜3ドル(166〜249円)とも言われている。月齢証明に関するプレミアムについては、「月齢」という客観的データによる証明が可能であるため、GIPSAルールの成立後も訴訟の対象にはなりにくいものと思われる。しかし、GIPSAルールが実行されれば、各パッカーの月齢証明に係る契約書のサンプルは公表される可能性が高いであろう。現段階では、契約書のどの部分が公表されるのか明らかになっていないので、影響を正確に把握することは困難であるが、これまでのパッカーと生産者の関係に何らかの変化が生じることも想定される。

(4)今後の展開:共和党勢力が増した議会においての議論の行方

 ヴィルサック農務長官はこれまで、GIPSAルールの見直し・取り下げ要請に対して強硬な姿勢を取り続けてきたが、最近になってやや変化の兆しがみられている。長官は昨年12月13日、GIPSAルールに関する関係者へのブリーフィングの中で、USDAはさらにコスト分析を行った後同ルールを見直すつもりであると発言した。規則制定過程にこのようなブリーフィングが行われること自体が異例であるため、関係者からは、最終的な規則はより限定的になるのではないかと期待する声も出てきている。

 同長官のやや軟化した姿勢については、共和党が昨年11月の中間選挙に大勝した影響があるのではないかと言われている。本年1月からの議会においては、共和党議員が下院において多数派となり、下院の委員会委員長の多くを共和党議員が占めるほか、上院においても共和党が新たな議席を獲得するなど、共和党の発言力が大きくなっている。政府の過度な関与を嫌う共和党勢力の増加は、規制的施策への風当たりが強くなることを意味しており、共和党は、オバマ政権が行ってきたこれまでの政策について、時間をかけて公聴会を行うと宣言している。下院農業委員会委員長を民主党のピーターソン議員(ミネソタ)から受け継ぐ共和党のルーカス議員(オクラホマ)もその一人であり、環境保護庁の環境規制関連施策とこのGIPSAルールが主なターゲットとなっている。ルーカス議員は昨年12月のNCBAの会合において、「GIPSAルールは畜産業に壊滅的な被害をもたらすものと考えている。また、同ルールは農業法で否決された内容を含んでいるが、我々はUSDAにそのような権限を与えるつもりはない。同ルールは議会の意図、過去の判例に明らかに反している」と発言している。本年1月から始まった112議会においてUSDAに対する圧力が高まることは必至であり、USDAとしては、議員から強い要請があった経済分析については既に対応済みと位置づけ、少しでも圧力を和らげたいという思惑があるのかもしれない。

 GIPSAルールには60,700のパブリックコメントが寄せられたため、GIPSAはチームを編成し検討するとしており、その処理だけでも数カ月を要すると見込まれている。このような不確定要素もあり、ヴィルサック農務長官は現時点でGIPSAルールの最終決定時期について明らかにせず、今後の進め方については、①コメントをチェックし追加すべき事項の有無を確認する、②グラウバー首席エコノミストを加え、コスト分析を行う、③得られた経済分析の結果およびコメントを基に、ルールの見直しを行う、④予算管理事務局の評価を受ける、⑤最終ルールを公表する、と説明している。

6 終わりに

 食肉パッカーと生産者間の家畜取引は、その時々の需給状況によって両者の優位性が変化するため、食肉パッカーが有利で生産者が不利と一概に断定することはできない。しかし、食肉パッカーが巨大化する中で、家畜取引などの面で不満を持つ生産者が存在していることは事実であろう。そのような生産者側の不満の高まりが、今回のGIPSAルールのような革新的な食肉パッカー規制案につながったものと推測される。GIPSAルールが実現すれば、生産者の短期的な利益につながることが予想されるが、パッカーの収益性を大きく損なうようなことになれば、最終的には生産者に悪影響を及ぼす可能性があることにも留意すべきである。

 米国の食肉産業においてパッカーが担う役割は重要である。パッカーの効率性、マーケティング力は米国食肉産業の特徴の一つであり、国際競争における強みである。その強みが薄まるようなことになれば、今後激化する他国との競争の中で米国の食肉産業が埋没する危険性も出てくるであろう。

 これまで順調に発展してきた米国の食肉産業であるが、今回のルールをきっかけに、時計の針を逆に戻すような規制が行われるのか、それとも米国食肉産業の長期的な利益を見据えて、バランスのとれたルールに見直されるのか、USDAの対応を注目すべきところである。

参考資料

○GIPSA Livestock and Meat Marketing Study January 2007

http://archive.gipsa.usda.gov/psp/issues/livemarketstudy/LMMS_Vol_3.pdf

○Livestock Marketing and Competition Issues CRS Report January 30, 2009

http://www.nationalaglawcenter.org/assets/crs/RL33325.pdf

○「畜産の情報 2009年1、2月号 北米における肉用牛繁殖経営の現状と課題」

 (1月号:http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2009/jan/gravure.htm

 (2月号:http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2009/feb/gravure.htm

○「平成20年3月10日海外駐在員情報:JBS社の相次ぐ企業買収で米国牛肉業界に生じる構造変化」(http://lin.alic.go.jp/alic/week/2008/us/us20080310.htm


 
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