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豪州家畜市場における
インターネットを通じた肉牛取引について

企画調整部 企画評価課 竹下潔


  

【要約】

 豪州では、インターネットオークションによる牛の取引が行われている。豪州での肉牛のインターネットオークション普及の最大の要因は、アニマルウェルフェアの観点もさることながら、広大な国土を背景とした輸送コストにあり、言い換えれば、豪州は「薄利多売」、我が国は「少量厳選」が背景にあげられる。

1 はじめに

 日本の牛肉輸入量の76%を占める豪州では、日本の20倍もの広い国土に点在する肉牛生産農家から集められた牛が家畜市場で取引された後、と畜・加工を経て、食肉が提供されるケースが多い。このうち、家畜取引については、近年、輸送距離(時間)、輸送コストの問題から、インターネットによるオークション(家畜取引)が盛んになっている。

 昨年11月から1カ月間、豪州肉牛農家への滞在、家畜市場の訪問を通じ、インターネットオークションによる家畜取引の実態を出荷側と集荷側の両面から調査することができた。これを踏まえ、豪州の肉牛取引実態について、その概要を報告する。

2 日豪の家畜取引

 我が国における家畜取引は、都道府県知事の行う登録を受けた者が家畜市場を開設・運営し、せり又は入札の方法による売買を基本としている。市場は一定のエリアごとに全国104カ所(平成22年2月現在)で定期的に開催されている。ここでは、獣医師が常駐し、一頭ごとの健康状態を管理するとともに、トレーサビリティ制度により、生産履歴や種類などの情報が公開される中で取引が行われる。

 一方、豪州における家畜取引は、我が国と同様せり方式によって現物取引を行うものとインターネットオークションによって取引を行うものの2つに大別される。

 せり方式により取引を行う家畜市場は、豪州国内に117カ所あり、大半が東部の州(ニューサウスウェールズ(NSW)、ビクトリア(VIC)、クイーンズランド(QLD))に位置する(図1参照)。これらの家畜市場はいずれも州の法律や規則に基づき設置され、地方自治体、株式会社または個人により運営されている。

 日本では、家畜市場の取引が個体ごとであるのに対し、ここでは、数頭から十数頭の群単位で取引が行われている。

 本稿では、NSW州にある家畜市場の取引状況を紹介する。

図1 豪州における家畜市場数
出典:Australian Livestock Markets Association

3 豪州の家畜取引の状況

(1)家畜市場

 NSW州は、豪州最大の都市であるシドニーなどの主要マーケットを抱え、古くから肉牛生産が盛んであり、QLD州に次ぐ牛肉生産量を誇る。また、州内の家畜市場は61カ所と、豪州全体の52%を占めている。

 今回訪問した市場は、NSW州の肉牛生産地帯の中央に位置するCASINOにあり、市場開催日は年間35日、年間の家畜(肉牛)取引頭数は2万6千頭と、豪州の家畜市場の平均的な規模である。

 ここでは、柵により囲われた140のペン(区画)に大きさごとに10頭程度の牛がまとめられ、せり人・バイヤーがそのペンを順に巡りながらせりが行わる(写真1)。

写真1 活発なせりの様子
NSW州CASINO家畜市場の位置図
(NSW州最大の都市シドニーから車で10時間、隣州QLD州最大の都市ブリスベーンの南方に位置する。ブリスベーンから車で4時間ほど。)

 豪州では、家畜伝染病や残留農薬問題が発生したときの影響を最小限に抑えることを主な目的として、全国家畜識別制度(National Livestock Identification System : NLIS)により、取引される牛のすべてにマイクロチップが埋め込まれた耳標を装着することが義務化された。これにより、生産現場からと畜場までの移動履歴や病歴などが、電磁的に管理されている。

 CASINO家畜市場においても、取引後、NLIS個体番号ごとに個体重量、セリ値のほか購入先が記録されていた。なお、後述するインターネットオークションによる牛の取引の場合は、牛の購入者が取引について登録する義務を負うこととされている。

 CASINO家畜市場では、繁殖農家から市場までトラックで肉牛を搬入し、取引を終えた後、肥育農家へ輸送されることが一般的である。豪州の国土は我が国の20倍と広大であり、各地に点在する農家から市場への輸送時間も長い。この市場でも、NSW州全域から肉牛を集め3〜4時間をかけて搬入し、取引後は隣州のVIC州やQLD州の農家へ10時間ほど輸送されることも多い。このため、近年は、アニマルウェルフェアの観点からも家畜輸送の問題が取り上げられており、細心の注意を払い輸送を行ったとしても、輸送時における家畜へのストレスが課題とされている。

(2)肉牛繁殖農家

 豪州の肉牛生産は、放牧が主体の北部では、繁殖農家から肥育までの一貫経営(いわゆる自然放牧)を行う農家が多いが、アンガスやヘレフォード種など肉質を重視した肉牛生産が盛んな東部各州では、繁殖農家から家畜市場を経由し、肥育業者に出荷されるケースも多い。今回滞在した農家は、NSW州内陸部に位置し、年間400頭の子牛を出荷する中規模程度の繁殖農家である(写真2)。

写真2 肉牛繁殖農家における放牧風景

 この農家では、以前は近郊の家畜市場に定期的に肉牛を出荷していたが、輸送距離が長く、ガソリン価格の上昇などにより市場への輸送費が家畜の販売収入を上回ることが多くなったことから、2年ほど前から、輸送コストを節減するためインターネットオークションへと徐々に切り替え始めた。また、輸送コスト面に加え、市場までの輸送時間、騒音、ほこりなどアニマルウェルフェアの観点からもインターネットオークションが好ましいとしている。

 この農家が実際に利用しているインターネットオークション取引の概要は以下のとおりである(写真3)。

写真3 AuctionsPlus livestockの取引の様子

●運営会社:AUCTIONSPLUS PTY LTD(牛や羊を対象とした電子商取引サービスの提供を目的として1980年代半ばに設立)

●生産者も購買者も利用には事前登録が必要

●日本におけるヤフーや楽天などによるオークションと同様に、売り手(生産者)が希望する価格を入力し、最高値を入れた買い手(購買者)が落札する方式

●生産者は、出品時に、家畜の品種(アンガス種など)、月齢、耳標番号を掲載することが義務づけられている。

●家畜は群単位で取引され、輸送費は購買者の負担とされている。

 生産農家は、頭数、希望価格を入力し、落札を待つ。有利に販売するため、家畜の健康状態を示す口腔内の写真を掲載するケースもある。

 なお、AuctionsPlus livestockにおける販売手数料(カタログへの掲載料・書類作成料等を含む)は、生産者負担となっており、その額は以下のとおりである。

出典:AuctionsPlus livestock
  注:1頭当たりの販売または予約に係る掲載料。この額にGST(消費税)が10%付加される。

 参考までに2011年4月8日におけるオークション結果を示す。

出典:AuctionsPlus livestock

 これによると、このオークションの取引価格は1頭当たり650〜1,665豪ドルであり、取引単位である1ロットには10〜35頭、平均重量は1頭あたり227.7〜650キログラムであった。1豪ドル=90円として換算すると、1頭当たりの取引価格は58,500〜149,850円である。価格の差は、平均生体重に加え、品種、月齢を加味した結果のようである。

 現物市場とインターネットオークションとの関係を整理すると、以下のとおりとなる。

出典:AuctionsPlus livestock、家畜取引法などから筆者取りまとめ。

4 おわりに

 農家への滞在を通し、インターネットオークション普及の最大の要因は、アニマルウェルフェアの観点もさることながら、広大な国土を背景とした輸送コストであると実感した。生産者は常にマーケットを意識しコスト意識を持つなど、経営者として存在し、行動している姿が目についた。

 豪州の家畜市場で取引される家畜の多くは1頭1頭の血統をそれほど重視しない肥育仕向けとなっていることから、群せりが一般的である。

 一方、我が国においては、個体ごとの血統能力を重視し、個体1頭ごとの資質・健康状態を見極めた上で、取引を行うことが必須となっており、特に黒毛和種においてこの傾向が強い。極論すれば、豪州は「薄利多売」、我が国は「少量厳選」と言える。豪州での肉牛のインターネットオークションが盛んになってきた背景として、前述の様に国土の広大さに由来する輸送コストの問題に加え、このような取引慣行の違いを指摘されよう。

 また、滞在した農家を通して得た印象としては、アニマルウェルフェアの観点も普及の要因と言えよう。生産者は、常にマーケットを意識しコスト意識を持つなど、経営者として行動している姿が目についた。

 現在、我が国ではインターネットによる家畜取引は行われていない。我が国の家畜流通と豪州のそれとは構造が大きく異なるが、本稿で紹介した豪州の事例が流通コスト合理化の参考となれば幸いである。

【参考資料】

・AuctionsPlusホームページ

(http://www.auctionsplus.com.au/)

・独立行政法人農畜産業振興機構「畜産の情報(海外編)」豪州における牛肉生産見通しについて〜干ばつ被害から立ち直り増産へ〜(2009年3月号)

(http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2009/may/spe-01.htm)

・独立行政法人農畜産業振興機構HP:各種海外駐在員情報

(http://lin.alic.go.jp/alic/week/week.htm)


 
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