1.改正の経緯我が国において、家畜防疫は、畜産の振興及び畜産物の安定供給を図る上で重要な役割を担っていますが、近年、アジア諸国において口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザが続発しており、その重要性はますます高まっています。 こうした中で、昨年4月に宮崎県で発生が確認された口蹄疫は、約30万頭に及ぶ牛・豚の殺処分を行うなど、地域経済・社会に大きな影響を与えました。この口蹄疫対策を検証するため、第三者から成る口蹄疫対策検証委員会を農林水産省に設置し、昨年11月に報告書が取りまとめられました。この報告書の中では特に「発生の予防」、「早期の発見・通報」、「迅速な初動対応」が最も重要とされたところです。加えて、我が国においては、昨年11月以来、高病原性鳥インフルエンザの発生が各地でみられたところです。 このような状況を踏まえ、迅速・的確に対応できる防疫体制を構築し、昨年の口蹄疫のような事態が今後起こらないようにするため、我が国における家畜防疫に関する基本法である家畜伝染病予防法が改正されることになり、本年4月、家畜伝染病予防法の一部を改正する法律(平成23年法律第16号)が第177回国会において成立し、公布されました。 2.改正の主な概要今回の家畜伝染病予防法の改正の主な内容について、項目ごとに簡単にご紹介します。 (1)国と都道府県・市町村との役割分担昨年の宮崎県における口蹄疫への対応をめぐっては、口蹄疫対策検証委員会の報告書においても、「国と宮崎県・市町村との役割分担が明確でなく、連携が不足しており、防疫体制が十分に機能しなかった」と指摘されているところです。このため、国と都道府県・市町村との役割分担を明確化する観点から、家畜防疫のための方針の策定及び改定は国が責任を持って行い、それに基づく具体的措置は都道府県が中心となって行うこととされました。具体的には、 ① 農林水産大臣は、口蹄疫等の伝播力が特に強い家畜伝染病について、発生の予防、発生時の初動措置等に関する具体的かつ技術的な指針である防疫指針を作成するとともに、最新の科学的知見・国際的動向を踏まえ、少なくとも3年ごとに防疫指針に再検討を加える ② 都道府県知事・市町村長は、防疫指針に基づき、家畜伝染病の発生の予防・まん延の防止のための措置を実施する ③ 農林水産大臣は、都道府県知事・市町村長に対し、②の措置の実施に関し援助を行う (2)畜産農家における飼養衛生管理の強化家畜の伝染性疾病の発生を予防するためには、日頃からの畜産農家における家畜の伝染性疾病の病原体の侵入防止措置が最も重要です。 このため、「家畜の所有者は、家畜の伝染性疾病の発生の予防・まん延の防止について重要な責任を有していることを自覚し、消毒その他の措置を適切に実施するように努めなければならない」旨の規定が新たに設けられるとともに、家畜の所有者が行うべき事項として以下の改正が行われました。 ① 消毒設備の設置及び消毒設備を利用した消毒の義務 家畜の所有者は、畜舎等の施設及びその敷地の出入口付近に消毒設備(踏込消毒槽等)を設置し、当該畜舎等に出入りする者は、あらかじめ、当該消毒設備を利用して身体・車両・物品を消毒しなければならないこととされました。 ② 飼養衛生管理基準の強化 口蹄疫対策検証委員会の報告書において「飼養衛生管理基準の内容をより具体的なものとすることが必要」との指摘があったことを踏まえ、家畜の所有者が遵守すべき基準である飼養衛生管理基準について、患畜・疑似患畜の焼却・埋却が必要となる場合に備えた土地の確保についてもその内容に含めるとともに(後述)、家畜の飼養規模の区分に応じた基準を定めることとされました。 なお、飼養衛生管理基準の具体的な内容については、畜種別に細分化した上で、その内容を充実させる方向で検討を進めているところです。 ③ 家畜の飼養の衛生管理の状況等に関する定期報告義務 畜産農家における飼養衛生管理基準の遵守意識を高めるとともに、都道府県知事が的確な指導・助言を行う前提として各畜産農家における家畜の飼養の衛生管理の状況について正確に把握できるようにするため、家畜の所有者は、毎年、家畜の飼養状況・衛生管理の状況に関し、都道府県知事に報告しなければならないこととされました。 さらに、これらの措置に基づいた家畜の飼養の衛生管理が適正に行われることを確保するため、基準が適切に守られていない場合、都道府県知事は、家畜の所有者に対し、必要な指導・助言・勧告・命令をすることができることとされました。 (3)家畜の伝染性疾病の発生時に備えた準備家畜の伝染性疾病の発生の予防を図るとともに、いつ、国内で家畜の伝染性疾病が発生しても、迅速かつ的確な対応が講じられるよう、万全の備えをしておくため、 ① 農林水産大臣は、海外における伝染病の発生状況など、家畜の伝染性疾病の発生の予防・まん延の防止のために必要な情報等を積極的に公表するものとする ② 都道府県知事は、必要な員数の家畜防疫員を確保するよう努めなければならない こととされました。 また、家畜伝染病の発生後早期にそのまん延の防止を図るためには、あらかじめ、埋却地の確保、焼却施設の確保といった措置を講じておくことが極めて重要です。 このため、一義的な焼却・埋却義務については、引き続き現行法どおり家畜の所有者にあるものとしつつ、都道府県が発生時に備えて補完的な土地の準備等を行うこととされました。具体的には、 ① 埋却に備えた土地の確保についても飼養衛生管理基準の項目に含めることとし、都道府県知事は、家畜の所有者に対し、必要な指導・助言・勧告・命令をすることができることとしつつ、 ② 都道府県知事は、患畜等の死体の焼却・埋却が的確かつ迅速に実施されるようにするため、焼却・埋却が必要となる場合に備えた土地の確保その他の措置に関する情報の提供、助言、指導、補完的に提供する土地の準備その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない こととされました。 (4)患畜・疑似患畜の早期の発見・ 通報の徹底家畜伝染病の発生をできる限り早期に発見し、被害を最小限のものとするため、口蹄疫と高病原性鳥インフルエンザの2疾病については、症状等の具体的な要件を法令に規定し、こうした要件を満たす場合には、これらの疾病を疑っていない場合であっても通報することが義務づけられました。具体的には、 ① 農林水産大臣が定める一定の症状を呈している家畜を発見した獣医師・家畜の所有者は、遅滞なく、都道府県知事にその旨を届け出なければならない ② 都道府県知事は、①による届出があったときは、遅滞なく、農林水産大臣にその旨を報告しなければならない こととされました。 (5)国の財政支援の拡充患畜・疑似患畜の殺処分を行った家畜の所有者に対して交付する手当金は、畜産経営の継続を支援するための支援金としての性格を有しています。しかしながら、特に伝播力・病原性が強く、命令を待たずに直ちに殺処分を行うこととしている口蹄疫、高病原性鳥インフルエンザ等の家畜伝染病については、農場内の家畜の一部が当該疾病にかかってしまうと、当該農場内の全ての家畜をと殺しなければならず、その結果、畜産農家の経営の継続が困難となってしまうものと考えられます。 このため、防疫措置の円滑な実施を図る観点から、国は、口蹄疫、高病原性鳥インフルエンザ等の患畜・疑似患畜の所有者に対し、特別手当金を交付することにより、通常の手当金と合わせて当該家畜の評価額全額の交付を行うこととされました。 ただし、必要な防疫措置を十分に講じなかった家畜の所有者に対しては、手当金・特別手当金を全額交付すべきでないと考えられることから、手当金・特別手当金の全部又は一部を交付せず、又は返還させることとされました。手当金・特別手当金の減額・返還の割合は、手当金・特別手当金の交付対象者における①家畜の飼養の衛生管理の状況、②早期通報の実施状況、③家畜伝染病のまん延防止措置への協力状況等を総合的に勘案して、有識者の意見を聴いた上で、農林水産大臣が決定することとなります。 さらに、防疫措置の円滑な実施を図る観点から、家畜伝染病の発生に伴う移動制限等に起因する売上げの減少や飼料費の増加額等の経済的損失に対する支援を拡充するため、その対象となる家畜を従来から規定されていた鶏から、牛や豚も含めた家畜全般とするとともに、家畜市場等の催物の開催の停止、放牧の制限等による損失についても支援の対象に追加することとされました。 (6)口蹄疫のまん延時における患畜・疑似患畜以外の家畜の殺処分(予防的殺処分)口蹄疫対策検証委員会の報告書においては、「経済的補償も含めて、予防的殺処分を家畜伝染病予防法に明確に位置付けておくべき」と提言されている一方で、患畜・疑似患畜以外の家畜の殺処分(予防的殺処分)は、他に手段がない場合のやむを得ない措置であり、その対象については慎重に検討する必要があります。このため、伝播力が極めて強い口蹄疫に限って、急速かつ広範囲なまん延を防止するためやむを得ないときは、予防的殺処分を行うことができることとするとともに、国は、予防的殺処分により損失を受けた者に対し、対象家畜の評価額全額を補償しなければならないこととされました。 (7)その他上記のほか、 ① 野鳥等の家畜以外の動物が高病原性鳥インフルエンザ等の疾病にかかっていることが発見され、家畜に伝染するおそれが高いときは、都道府県知事は、消毒や通行の制限・遮断を行うことができる ② 都道府県知事は、家畜伝染病の急速かつ広範囲なまん延を防止するため、消毒ポイントを設置することができ、その場所を通行する車両等は消毒を受けなければならない ③ 海外から我が国への家畜の伝染性疾病の病原体の侵入防止を徹底するため、国(動物検疫所)の家畜防疫官は、海外からの入国者に対し、その携帯品につき、必要な質問・検査を行うとともに、検査の結果、消毒が必要な物品が含まれていたときは、これを消毒することができることとし、動物検疫所長は、航空会社・空港等に対し、必要な協力を求めることができることとするとともに、航空会社・空港等は、その求めに応ずるよう努めなければならない ④ 家畜伝染病の病原体を所持しようとする者は、農林水産大臣の許可を受けなければならない 等の措置を講ずることとされました。 3.おわりに改正された家畜伝染病予防法は、本年10月までに段階的に施行されており、飼養衛生管理基準の内容の見直し、都道府県知事への定期報告義務や早期通報の対象となる一定の症状の報告義務については、本年10月1日から施行されます。それに向けて、飼養衛生管理基準の内容、都道府県知事への定期報告の内容や早期通報の対象となる一定の症状の内容について食料・農業・農村政策審議会や都道府県等の関係者の意見を伺いながら、検討が進められてきたところです。また、口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザの具体的な防疫方針を定めた特定家畜伝染病防疫指針についても、10月までに改正することとして、専門家の意見を聞くなどの作業が進められてきたところです。 こうした改正は、口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザの発生を踏まえて、将来起こりうる次の発生に備え、より早く、より確実に、疾病の清浄化を図るためのものです。一方で、これらのルールが実際に機能するかは、行政、獣医師や生産者などの関係者が、こうしたルールをいかに活用し、具体的に対応していくかにかかっていると言えます。今はまだ、関係者の間に発生時の記憶も鮮明ですが、今後何年たっても、今回の経験を踏まえた対応ができるよう、今回の改正に込められた考え方や、各条文の改正に至った背景なども伝えていくことが重要だろうと考えています。 |
元のページに戻る