日本の食肉事情を考える |
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日本食肉輸出入協会 会長 新井紀男 |
過去10年間の食肉需給の推移(1)牛肉 減少傾向にある生産量、伸びる北米輸入量国内生産量(部分肉ベース)は、1990年代前半は40万トン前半で推移したが、2001年9月に国内で発生したBSEにより減少し、以降、34−36万トンで安定推移した。2010年は宮崎県で口蹄疫が発生したものの35万8千トンに踏みとどまっている(表1)。原発事故による影響等、先行き不透明感が広がる中、国産肉用牛、乳用牛(交雑牛含む)の今後の生産動向が懸念される。
一方、輸入量は牛肉自由化後、1990年台後半の第1次焼肉ブームの到来により、2000年度は73万8千トンと記録を更新した。その後、2001年の国内におけるBSE発生により牛肉消費は減退し、国産牛のみならず、輸入牛も大幅に落ち込み、さらに北米でのBSE発生で、2003年12月から2年間、北米産牛肉の輸入は停止された。 日本経済の回復兆候が見えないデフレ環境の下、消費者はより安価な豚肉、鶏肉を選択するようになっていく。その後、北米産牛肉は、20カ月齢以下という輸入条件の下で2005年12月に解禁され、十分な数量確保が困難なことから2004年から2009年にかけて、豪州産を中心とし45−47万トンの輸入量で推移した。北米産は、輸入解禁から5年経過し、現地では20カ月齢以下の生体牛集荷スキームに慣れた事もあり、日本向け輸出量は年々増加した。一方、豪州産牛肉は豪州ドル高、生体高もあり、競争力を失いつつある。米ドル安の追い風もあり、米国産牛肉は、2010年度米国産牛肉輸入量は9万9千トンと10万トンに迫り、輸入量全体でも51万1千トンと7年ぶりに50万トン台に乗った。 震災復興、原発事故解決が最優先課題であるため、米国産牛肉の日米政府間交渉は未だ進展はないが、TPP等の国際間交渉の一貫として、牛肉の輸入条件緩和が進むことになれば、輸入量の増加など牛肉需給は大きく変化することが予想される。少子高齢化が進んでおり、以前のような年間100万トンを越える需要を見出すことは難しいが、30カ月齢以下あるいは月齢条件撤廃等の米国産牛肉の輸入条件の変更があれば安価な輸入品は増加し、牛肉消費が90−95万トンに復活することはあり得る。 (2)豚肉 牛鶏肉消費に大きく影響を受ける国内生産(部分肉ベース)は、1993年度を最後に、100万トンを越える生産量には戻っていない。2009年度は衛生対策効果もあり、90万トンの大台を越えたものの、2010年度は89万トン台に戻った。過去10年間で80万トン台後半で安定推移している(表2)。
一方輸入量は、1990年代前半には40万トン台、1990年代後半は50万トン、2001年度は70万トン台に突入し、値頃感のある輸入豚肉のシェアは大きく伸張した。2001年から2004年までの4年間、セーフ・ガード(SG)が発動されたが、牛肉では2001年の国内でのBSE発生、2003年12月の米国のBSE発生、および2005年12月までの米国産牛肉輸入禁止、鶏肉では2004年の国内外での高病原性鳥インフルエンザ(以下、HPAIという)等の影響で、牛肉・鶏肉の代替需要が生まれ、2005年度は87万9千トンと輸入量は過去最高となった。しかしながら、2008年リーマン・ショックによる景気後退で需要が減少したこと、国産豚の増産により2009年度の豚肉輸入量は69万1千トンとなった。 2010年度は76万8千トンの回復にとどまったことを考えると、米国BSEおよびHPAIの代替バブルは一巡した。 1997年台湾、2000年韓国の口蹄疫で両国から豚肉輸入停止は依然継続しているが、豚肉においては2001年以降10年間は、牛肉・鶏肉のような主要供給国からの禁輸措置がなく、国内豚肉生産が増加しなかったことで、安価な輸入豚肉需要が大幅に増える形となった。一方で、米国産牛肉も徐々に輸入拡大し、需要が確実に回復してきているため、豚肉消費が今までの様な成長曲線を描いていくことは難しくなると思われる。2010年宮崎口蹄疫、バイオエタノール需要によるコーン価格の上昇、韓国での口蹄疫による豚バラ肉6万トン無税枠設定など、輸入豚肉を取り巻く環境は日々変化しており、より正確な情報分析力、市場動向を見極めるセンスが問われている。 (3)鶏肉 景気低迷の中根強い人気で増加傾向国内生産(骨付き肉ベース)は、2001年度に121万6千トンとなり、以降、増加傾向にある。2004年1月タイ、中国で発生したHPAIの影響で一時消費が減退したものの、テーブルミートとして国産志向は根強い。2008年のリーマン・ショック後、3畜種の中で比較的安価な鶏肉に需要がシフトし、2009年度は140万トンと過去最高となった。しかし、2010年度は国内でのHPAI発生もあり、139万トンと減少した。2011年3月の東北地方の養鶏産地を襲った東日本大震災などの影響も、国内生産に影響を及ぼしている(表3)。
一方輸入量は、タイ、中国、米国、ブラジルの4国が比較的バランスよく輸入されている時期がしばらく続いたが、2004年にタイ、中国でのHPAI発生により鶏肉が輸入停止、ブラジル産への輸入比率が急激に高まった(表4)。2010年度のブラジルからの輸入量は38万9千トンであり、ブラジル産が輸入量全体の90%を占め一極集中の状態にある。BRICsの一角で、好調な経済を反映し、レアル高、パッカーの労働力不足、賃金高と輸出環境は悪化しているが、代替できる国がない為、ブラジル一国が寡占化した状態は当面継続するであろう。
2004年以降、タイ、中国両国は、鶏肉から加熱調製品生産に切り替え、日本向け輸出を伸ばしてきた。2006年度は、鶏肉調製品の輸入量は34万6千トンを記録し、鶏肉の輸入量34万トンを抜いて逆転した。2008年1月の中国産冷凍ギョーザ事件が引き金となり、国産回帰、タイ産などへのシフトにより中国産数量は減少した。現在は穀物高によりコストの高い国産から、安価な中国産調製品を業務用に使用するケースが増えている。2010年度の鶏肉調製品輸入量は38万7千トンと過去最高を記録した(表5)。日本経済停滞とデフレ長期化の中、3畜種のなかで比較的安価な鶏肉(鶏肉調製品含む)は、今後も安定した需要が見込まれるであろう。
安心・安全な食肉を安定価格で提供していくために食肉消費動向を左右する原因は、海外における口蹄疫、BSE、HPAI等の家畜伝染病の発生、国内経済の長期低迷、穀物高による生産コスト上昇など「構造的要因」、これらに対して、O-157等の食中毒事件、食肉偽装問題など食品の安心安全を脅かし、消費者心理に大きな影響を与える「一過性要因」に大別できる。前者はその予測は難しいが、大幅に輸入量が増減するため、需給構造そのものに影響を及ぼしかねない。後者も同様に予測はできないが、信用回復するまでの一定期間は需要が低迷し、相場へ与える影響も小さくない。今回の原発事故による問題も長期化していく可能性をはらんでいる。 仮にTPPで日本政府が参加することが決定された場合、北米産牛肉の輸入条件緩和だけでなく、豚肉差額関税制度の撤廃も考えられる。特に、ハム、ソーセージ等加工品仕向け冷凍豚肉原料において、大きな変革が到来することになる。その場合、安定供給産地選定やアイテム選定など柔軟な対応力が求められることになる。 東日本大震災等、困難な問題が山積し、消費面の先行きが不透明で、畜種間の需要シフトが複雑に絡みあう中で、どの畜肉のどのアイテムが今後市場をリードしていくのか予想することは容易ではない。一方、日本から海外への食肉輸出においても、原発問題が収束し、日本の食材に対して世界の人々から安心感を得ることは必要条件である。未曾有の大災害により混沌とした状況の中においても、安心・安全な食肉をより安定した価格で提供していくことは原則であるが、国産品・輸入品において畜種を問わず、食肉の安定確保が極めて難しい時代に入ってきている事は間違いない。
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