調査情報部 前田昌宏、岡田岬
畜産需給部 需給業務課 課長代理 玉井明雄
【要約】豪州の生乳生産は、2001/02年度に1127万キロリットルを記録して以降、干ばつの影響などにより減少傾向で推移し、2009/10年度の生産量は902万3000キロリットルとなった。 集約化が進んだ反面、2度の大干ばつを経験したことにより、穀物への依存度が高くなるなど高コスト体質になっているため、酪農経営状況については楽観し難く、2013/14年度までの中期的な見通しも、920〜950万キロリットルと控えめなものとなっている。 この背景には、乳牛の急激な増頭が難しいことがある。乳牛頭数はピーク時の200万頭から160万頭にまで減少する中、まとまった収入が手早く確保できる生体輸出が増加している。 このほか、スーパーマーケットによる飲用乳値下げの問題も業界関係者の懸念材料となっており、今後の動向が注目される。 はじめに2011年上半期の乳製品国際価格は、2008年以来の高水準となった。この背景にある需給のひっ迫の要因の一つに、増加するアジアの需要に対して主要輸出国の供給力が追い付いていないことがある。 豪州も同様であり、2011/12年度(年度は7〜6月。以下同じ)は、豊富な降雨量などにより牧草の生育環境が良好なことなどから「good season」と期待されているものの、2001/02年度以降、たびたび発生した大干ばつの影響などで生乳生産量は減少傾向で推移してきた。 豪州は我が国への主要乳製品輸出国であり、輸出余力に影響を与える生乳生産の動向を把握することは有益である。このため、本稿では、現状を整理するとともに今後の増産に向けた課題について報告したい。 1.生乳生産の概要(1)生乳生産量の推移
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図1 生乳生産量の推移 |
資料:豪州農業資源経済科学局(以下「ABARES」。) 注:2011/12年度は予測値 |
生乳の減産に伴い、輸出に向けられる生乳は減少傾向で推移している。生乳生産量のうち輸出への仕向割合を見ると、2001/02年度には56%であったのに対し、2007/08年度以降は5割を切る水準で推移しており、2009/10年度は45%となっている。
一方、国内への仕向量は、500万キロリットル程度の水準で推移している。市場は成熟しているため、その増加率はほぼ人口増に沿った緩やかなものとなっており、今後もこの傾向に変化はないとみられる。こうしたことから、豪州の輸出余力は生乳生産の動向に大きく左右されることとなっている。
図2 仕向け先別生乳生産量の推移 |
資料:デイリー・オーストラリア(以下「DA」。) 注:2010/11年度は推定値 |
ここでは、2度の大干ばつを経た豪州の生乳生産構造の現状について整理したい。
豪州の生乳生産は、その大部分をVIC州が担う。2009/10年度で見ると、全国の生産量902万キロリットルのうち、VIC州は579万キロリットルと64.0%を占める。VIC州のなかでも、マレー・ダーリング川流域に位置するマレーデイリー(MD)、沿岸南西部に位置するウェストビクトリア(WV)および沿岸南東部に位置するジップスランド(GPS)の3地域が主要生産地域となっている。
次いでNSW州107万キロリットル(12.0%)、タスマニア(TAS)州67万キロリットル(7.5%)、南オーストラリア(SA)州61万キロリットル(6.7%)、クイーンズランド(QLD)州53万キロリットル(5.9%)、西オーストラリア(WA)州35万キロリットル(3.9%)となっている。
図3 生乳の主要生産地域 |
資料:DA |
2010/11年度の酪農家戸数は、前年度比1.2%減の7,416戸と見込まれ、2001/02年度と比較すると、約2/3にまで減少している。しかしながら大規模化は進むこととなり、一戸当たりの平均経産牛飼養頭数では2001/02年度比12.5%増の216頭となっている。このうち300頭超の酪農家が全体の35%、生乳生産量では約2/3を占めている。
酪農家の大規模化や干ばつによる牧草の調達難を経験したことで、飼料穀物(濃厚飼料を含む)の給餌量は増加傾向にあり、2010/11年度の経産牛1頭あたりの年間飼料穀物給餌量は、前年度比5.1%増の1.66トンとなった。
干ばつ時(上)と通常時(下)の牧草の様子 |
2010/11年度において、酪農家を1頭当たりの飼料穀物の年間給与量別に①飼料穀物をほぼ給餌せず(0.01トン未満)②飼料穀物0.01〜0.5トン③穀物飼料0.51〜1.5トン④飼料穀物1.5トン以上−の4タイプに分類し、酪農家戸数および生乳生産量に占める割合ならびに平均飼養頭数をみると、表1のとおりとなる。
表1 穀物飼料使用量別に見た酪農家の割合(2010/11年度) |
資料:DA |
約9割の酪農家が穀物を1頭当たり0.5トン以上給餌しており、生産量では約95%を占めている。また、穀物を利用する割合が高い酪農家ほど1戸当たり飼養頭数も多くなっており、豪州の生乳生産の大部分を担っていることがわかる。なお、乾草やサイレージの自給率が約50%であるのに対し、飼料穀物は、ほぼ100%流通飼料である。
こうした飼養形態により、経産牛1頭当たりの生乳生産量は増加しているが、酪農経営が穀物価格の影響を受けやすくなったという一面も生じている。
生乳1リットル当たりの生産コストを見ると、2001/02年度の0.27豪ドル(約23.8円:1豪ドル=88円)から2009/10年度には0.36豪ドル(約31.7円)と34.6%の増加となっている。特に生産コストの約3割を占める飼料コストは、国際的な穀物価格の上昇などから増加幅が大きい。2009/10年度の飼料コストは、干ばつの影響を受けた前2年からは減少したものの、2001/02年度比では43.8%増となっている。
図4 生乳1リットル当たりの生産コストの推移 |
資料:ABARES 注:2010/11年度は暫定値 |
また、生産コストの1割程度を占める支払利子についても、同様に増加傾向になっている。2009/10年度の生乳1リットル当たりの支払利子は、2001/02年度比で約2倍となる0.039豪ドル(約3円)となった。2010/11年度はさらに増加し、0.045豪ドル(約4円)の見込みである。支払利子の増加は、大規模化に伴う設備投資や干ばつの影響などにより、借入金が増加しているためである。2009/10年度における酪農家1戸当たりの負債額は、66万8300豪ドル(約5900万円)と、2001/02年度から2.2倍になっている。豪州の地価は上昇を続けているため、酪農家の所有する農地の資産価値も増加しているものの、キャッシュフローで見れば、経営状況は楽観視できない状況である。
図5 豪州の地価と酪農家1戸当たりの負債額の推移 |
資料:ABARES |
2011/12年度の生乳生産量は、前年度から2.2%の増加が見込まれているものの、中期的な見通しについて関係者の見方は、「modest(穏やか)な増加」にとどまっている。この背景には、乳牛の急激な増頭が難しいことや、一部の州では酪農家の生産意欲が高まる環境にないといった課題が存在する。
経産牛飼養頭数は、2004/05年度までの200万頭をピークに減少傾向で推移している。この要因の一つは、干ばつによる自給飼料の調達難などを反映した小規模農家の離農や乳牛とう汰の進行である。特に最近は、生体での輸出が増加したことも影響している。
乳用牛の輸出頭数の推移は、飼養頭数とは反比例している。2010年3月〜11年2月における輸出頭数は、7万7千頭となり、ここ4年間で約8割の増加となった。これは、豪州の生体輸出の大部分を占める中国からの需要増によるものである。中国は国策として、1997年の「全国栄養改善計画」により酪農を重点産業と定め、2000年には「学生飲用乳制度」により飲用乳の拡大を図った。このため、生乳生産の増大を目的とした乳牛の輸入が活発化したとみられる。
また、2010年3月〜11年2月における1頭当たりの平均生体輸出価格は約2,000豪ドル(17万6000円)であった。この額を、2009/10年度の平均乳価で除すると、約5,400リットルと1頭当たりの平均乳量(豪州平均)にほぼ相当する。すなわち、1頭輸出することで、経産牛1頭の年間生乳生産量分の収入を得ることが出来ることになる。先に触れたように干ばつによって農家経営の資金繰りが悪化している中で、生体輸出は収入を手早く得る手段の一つとなっている。
現在の国内生体取引価格は、こうした生体輸出需要を反映し、高水準となっているとみられる。VIC州の酪農家への聞き取りによる実例を挙げると、干ばつ時には1頭当たり600豪ドル(5万2800円)であったものが、2011年6月時点では、同2,500豪ドル(25万円)の値がついているという。こうした乳牛価格の高騰が、酪農家が急激な増頭に対して慎重となる一因になっている。
図6 経産牛飼養頭数および乳牛輸出頭数の推移 |
資料:DA 注1:飼養頭数は6月末時点(年度は7〜翌6月)、輸出頭数の年度は、3〜翌2月の値である。 注2:2010/11年度の飼養頭数は予測値 |
もう一つの課題は、酪農家の生産意欲の低下である。特に2011年に入って豪州乳製品業界を騒がせている大手スーパーマーケットによるプライベートブランド(以下「PB」。)飲用乳の大幅値下げ問題「Milk Price War」は、生産意欲に少なからず影響を与えているとみられる。
スーパーマーケットは、乳製品の国内販売において大きな割合を占めている。デイリー・オーストラリア(以下「DA」。)によれば、飲用乳、チーズ、デイリースプレッド、ヨーグルトの主要乳製品について、2009/10年度における国内販売のうちスーパーマーケットの占める割合は、販売量ベースで49%、卸売金額ベースで61%とみられる。なお、販売量ベースで種類別に見ると、飲用乳51%、チーズ47%、デイリースプレッド46%、ヨーグルト95%となっている。
また、スーパーマーケットの市場シェアの約3/4を占めるのが、Woolworth、Colesの2大スーパーである。飲用乳の場合、2009/10年度のシェアはWoolworthが約20%、Colesが約17%とみられ、これは生乳生産量の約1割に相当する。
①「Milk Price War」の概要
〜PB飲用乳を大幅値下げ、業界は懸念〜
「Milk price war」は1月26日、Colesが、PBの飲用乳を2リットル当たり2豪ドル(176円)で販売し始めたことに端を発する。この値下げは、全乳(Full milk)だけでなく、低脂肪乳(Low fat milk)など調整乳についても対象とされ、全乳は約4%、低脂肪乳は25〜33%の大幅な値下げとなった。その後Woolworthも追随し、PB飲用乳を同価格で販売することとした。
この値下げのインパクトは、消費者物価指数(Consumer Price Index、以下「CPI」。)を見ると一目瞭然である。食料品のCPIは、2011年第1四半期(1〜3月)は、前期比2.9%上昇、第2四半期(4〜6月)は同1.4%上昇と上昇基調で推移している。これに対し、飲用乳の小売価格は表2に例示したとおり下落し、飲用乳のCPIも第1四半期が同6.2%下落、第2四半期が同4.6%下落と大きく低下することとなった。
表2 主要3都市における飲用乳(全乳)の小売価格の推移 |
(単位:セント/2リットル) |
資料:Australian Bureau of Statistics(豪州統計局) |
大幅な値下げを受け、業界関係者からは、「乳価が下落し、ひいては酪農産業全体に悪影響が出るのではないか」といった声が上がった。これに対してColesは、「今回の値下げは自社の利幅を減らして実現しており、1月中旬に飲用乳メーカーと交わしたPB委託契約では、契約単価を前回から値上げしており、乳価の下落に結びつくとは考えられない。」と酪農産業への影響を否定した。
このような状況の下、議会上院の経済委員会(Economics References Committee)が、この飲用乳値下げが酪農産業与える影響について調査を行うこととなった。5月9日に公表された中間報告では、今回の値下げは消費者の利益にかなう、と認めた上で、「この値下げ措置がいつまで継続されるかは不明であることに加え、酪農家への影響について論じるには、今後の生産者乳価の動向を見極める必要がある。」とされ、最終的な結論は10月1日まで持ち越しとなった。なお、Colesと飲用乳メーカー間のPB委託契約については、上院の調書の中でもその内容の詳細は明らかにされていない。
また、この大幅な値下げは独占禁止法に抵触するのではないか、との意見もあったが、豪州競争・消費者委員会(Australian Competition and Consumer Commission)は7月22日、「抵触しない」との見解を公表している。
②「Milk Price War」の影響
ア.PB製品のシェア拡大
〜低脂肪乳のシェア拡大が顕著〜
「Milk Price War」による影響について、まず挙げられるのは、前述したように食料品価格が上昇する中、飲用乳の小売価格が下落したことである。
こうした価格低下を受け、飲用乳の販売量は、4月までの3カ月間で前年同期比3.1%増となった。しかしながら、豪州の1人当たり飲用乳の消費量は既に高い水準(2008/09年度を例に挙げれば、豪州102リットルに対して、米国83リットル、フランス87リットル、カナダ92リットルとなっている)にあるため、これ以上の増加は見込み難いとみられる。
一方で、スーパーマーケットの飲用乳販売におけるPB製品のシェアが拡大することとなった。特に値下げ幅の大きかった低脂肪乳はその拡大幅が大きく、5月初旬で、1月下旬比10ポイント増加の53%に拡大した。また、全乳についても同5%ポイント増の73%となっている。
イ.酪農家の生産意欲
〜酪農家の生産意欲が、NSW、QLD州で大幅に低下〜
飲用乳の値下げは、生乳の飲用乳仕向け割合が高い生産地(NSW州、QLD州およびWA州など)の生産意欲に少なからず影響を与えているとみられる。
州ごとの生乳の仕向割合を見ると、VIC州ではそのほとんどが輸出および加工向けとなっている一方、NSW州およびWA州は約7割、QLD州においては約9割が飲用乳向けとなっている。
図7 州別の生乳仕向割合 |
資料:DA |
毎年DAが酪農家に対して行っている今後の見通しに関する調査結果によると、今後の農家経営について「前向き」と回答した割合は、2011年には豪州全体では69%と前年から4ポイントの増加となった。しかしながら州ごとの結果は明暗が分かれた。
輸出向けが大部分を占めるVIC州は、乳製品の国際価格が堅調なことから、MD地域は21.3ポイント増の74%、GPS地域は23.1ポイント増の80%、WV地域は2.8%ポイント増の74%、Bega地域(WV、GPS間沿岸)は28.6ポイント増の81%といずれも増加した。
一方、NSW州における同割合は、30.3ポイント減の46%と大幅な減少となった。QLD州も、FNQ地域(北東部沿岸)は47.6ポイント減の33%、SEQ地域(南東部沿岸)は29.6ポイント減の50%と生産意欲の大幅な減退が生じている。また、2011年も干ばつとなったWA州では「前向き」としたのが47%と低水準となっただけでなく、2013年までに廃業を予定すると答えた酪農家も8%に上るなど深刻な事態となっている。
図8 今後の見通しについて「前向き」と回答した酪農家の割合 |
資料:DA |
ウ.生産者乳価
〜初期乳価に影響は見られず〜
一方、関係者が懸念している乳価については、この値下げによる影響は限定的である。
2011/12年度の初期乳価(乳固形分ベース)を見ると、マレーゴールバン社およびワーナンブールチーズ&バター社はいずれも1キログラム当たり4.90豪ドル(431円)、ベガチーズ・タチウラミルク社同4.82豪ドル(424円)、ブラフーズ社同4.70豪ドル(414円)、フォンテラ社の豪州(TAS、VIC州)向けも、過去3番目の高値である同4.65豪ドル(409円)と、乳製品国際価格が堅調であることを受けて、各社とも軒並み前年度を上回る乳価を提示した。これは、豪州の乳価や国内向けの乳製品卸売価格は、生乳生産量に占める輸出向けの割合が高いため、国際市況によるところが大きいためである。
しかしながら2011/12年度の最終的な平均値は、世界経済の先行き不透明感や、豪ドル高などの懸念から、各社とも同5.10〜5.50豪ドル(449〜484円)と前年度並みに落ち着くと見込んでおり、今後の動向が注目される。
表3 主要牛乳メーカーの初期乳価 |
(豪ドル/kg) |
資料:各種公表資料から機構作成 |
増産に向けた課題について、乳牛の増頭および生産意欲の向上という2点に着目した。増頭については、穀物を利用する農家の割合が高く、高コスト体質になっていることに加え、借入金が増加しているなど、酪農家がこれまで干ばつに苦しめられてきた影響が確認された。このような中で、乳牛を急激に増頭することは、生体の輸出需要増や経産牛取引価格の上昇などもあって非常に厳しい状況である。
こうしたことから、豪州の生乳生産は今後も急激に増加することは見込みにくい。事実、DAが5月に公表した生乳生産量の中期的な見通しは、2013/14年度までに920〜950万キロリットルと控えめなものにとどまっている。
また、飲用乳価格の値下げについては、当初6カ月程度の期間限定と言われていたが、8月8日現在でも継続中となっている。現地報道などによれば、酪農家の生産意欲向上を阻害しかねないとする業界関係者の懸念は依然として解消されていない。今後の動向を引き続き注視していきたい。
・デイリー・オーストラリア(DA):「Dairy 2011 situation and Outlook」、「Australian Dairy Industry Focus」、「2011 Dairy Feeding Update」
・豪州農業資源経済科学局(ABARES):「Australian dairy Financial performance of dairy producing farms」
・豪州統計局(ABS):各種統計
・議会上院経済委員会:「The impacts of supermarket price decisions on the dairy industry Second Interim Report」
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