調査・報告  畜産の情報 2012年4月号

安定した経営は、経営者の意識と周囲の支援から!
〜新規肉用牛繁殖経営者の傾向〜

畜産経営対策部 交付業務課 係長 上村 照子、係長 青沼 悠平
           肉用子牛課 課長補佐  太田 昭二、平川 博美




【要約】

 経営者の高齢化等により農家戸数が減少している肉用牛の繁殖経営では、生産基盤を維持するため、既存農家の規模拡大のほか、新規経営者の参入が期待されている。このため独立行政法人農畜産業振興機構では、繁殖経営に新規参入する者を支援する新規参入円滑化対策事業を実施している。事業で提出される運営状況報告から、新規参入者の課題がみえてきた。これら課題は、周囲の的確な支援や経営者としての意識の向上により解決できるものと考えられる。

1. はじめに

 日本の肉用牛経営は、地域経済の活性化を担う重要な産業であるとともに、食料の安定的供給を維持するための基幹的部門として位置づけられている。しかし、その基盤となる肉用牛繁殖経営については、生産者の高齢化・後継者不足等により年々飼養戸数は減少してきている状況である。このような中、肉用牛の生産基盤の維持のためには、減少する農家の受け皿として既存の農家の規模拡大や新規繁殖経営の参入が必要となっている。

 独立行政法人農畜産業振興機構(以下「機構」という。)では、この対策の一環で繁殖経営への新規参入を促す事業として平成11年度から平成15年度まで新規就農円滑化モデル事業、平成16年度から現在まで新規参入円滑化対策事業を実施してきたところである(ただし、平成11年度から平成19年度までは社団法人中央畜産会が事業実施主体。平成20年度以降は機構が直接採択)。そこで、今回農林水産省の畜産統計による繁殖経営の動向と当該事業参加者の動向を比較し、肉用牛繁殖経営を始めるにあたっての課題と留意すべき点を明らかにすることとしたい。

2. 肉用牛繁殖経営の動向

 農林水産省の畜産統計によると肉用牛の繁殖めす牛(子取り用めす牛)の飼養頭数は、平成5年の744,700頭をピークに年々減少し、平成18年には最小の621,500頭となった。その後、国の増頭政策や子牛価格の上昇により平成21年の飼養頭数は、682,100頭まで増加した。これは平成18年に比べ、約1割(60,600頭)の増加となっている。また、平成22年には683,900頭となり、前年からほぼ横ばいで推移している(図1)。一方、繁殖めす牛の飼養戸数は年々減少しており、平成元年は194,400戸であったが、平成22年では63,900戸とおよそ1/3に減少している。

図1 子取り用めす牛飼養頭数及び戸数(H元〜H22)
資料)農林水産省「畜産統計 肉用牛調査(平成元〜平成22年)」
  ※H2,7,12年についてはセンサス年のため基本統計なし。

 また、図2により繁殖めす牛の飼養頭数を頭数規模別に平成元年と平成22年とで比較すると、いずれの年も10頭未満の小規模農家の占める割合が圧倒的に大きい。しかし、規模別の割合の変化を見てみると、最も割合が大きい1〜4頭規模では82.4%から49.8%、飼養戸数自体も160,200戸から31,800戸と、ともに大幅に減少している。一方、それより規模の大きい区分では、5〜9頭規模は13.0%から24.7%、10〜19頭規模は3.6%から14.3%、20〜49頭規模は0.9%から8.8%、50頭規模以上は0.2%から2.5%といずれも割合は増加した。特に大規模農家の飼養戸数では、20〜49頭で1,690戸が5,640戸(平成元年比3.4倍)、50頭以上で310戸が1,629戸(同比5.3倍)と増加している。これらは、小規模農家が離農により減少したため、中、大規模農家がその受け皿となり、飼養規模の拡大が進んだということであろう。

図2 子取り用めす牛飼養頭数規模別飼養戸数(全国)
(資料)農林水産省「畜産統計 肉用牛調査(平成元年、平成22年)」

 子牛1頭当たりの生産費を子牛価格が最も高かった平成18年度と直近の平成22年度とで比較すると(図3)、平成18年度では443,043円だったものが平成22年度では523,132円と19%の大幅な増加となった。平成元年度からの推移を見ても、現在の子牛生産費は最も高い水準にある。子牛生産費全体に占める割合が大きい費目を見ると、最も大きいものは労働費で、以下、飼料費、繁殖めす牛償却費、獣医師及び医薬品、種付け料などの順となっている。労働費、飼料費、繁殖めす牛償却費の主要3費目で全体の8割を占めている(平成22年度)。

 各費用の割合についてその変化を見ると、労働費が41.5%(平成18年度)から34.1%(平成22年度)と最も減少した。金額でも平成22年度は178,634円(18年度比97%)と5,107円の減少となっている。一方で、飼料費は29.1%(平成18年度)から33.7%(平成22年度)と最も増加している。金額でも128,829円から176,385円と47,556円増加した。繁殖めす牛償却費も9.8%が12.3%に増加した。特に飼料費は、最も割合が高い労働費と平成18年度では12.4%の差があったが、平成22年度では0.4%の差となり、子牛生産費全体に占める割合はほぼ同じとなっている。生産費全体(金額)の大幅な上昇は、平成18年度から始まった飼料価格の上昇によるところが大きい。

図3 子牛生産費全体に占める主な費用の比較(金額)
(資料)農林水産省「農業経営統計調査 肉用牛生産費(平成18、22年度)」
    子牛生産費

 今後も、高齢化とともに小規模農家の離農は続くと予想される。その受け皿を確保するため、飼養規模のさらなる拡大や繁殖経営への新規参入の必要性が増している。そこで、繁殖経営への新規参入に着目し、機構が実施する新規参入円滑化対策事業の事業結果から新規の肉用牛繁殖経営への参入者の傾向を分析することとする。

3. 新規参入円滑化対策事業と新規繁殖経営者の課題

(1)新規参入円滑化対策事業の概要

 本事業は、国産牛肉の安定供給に資することを目的に、新たに繁殖経営を行う者(以下「新規参入者」という。)へ畜舎や繁殖めす牛を貸し付ける農協等に対し機構が補助する事業である。補助対象となるのは、農協等が(1)畜舎等を整備するための経費、(2)繁殖めす牛の導入経費、(3)農地の借入れ経費の3つである。(1)及び(2)にあっては1/2以内(繁殖めす牛の導入は175千円、妊娠牛は274千円が上限)、(3)にあっては定額の補助を受けられる。畜舎等の整備や繁殖めす牛の導入に補助金が活用できるため、農協等はその補助残をもって新規参入者に対し複数年に渡って畜舎等を貸し付けることとなる。また、繁殖経営は最初の収入が上がるまで、母牛となる子牛の導入及びその育成、種付け、出産、産まれた子牛の育成を経て主産物となる子牛の販売という経過をたどるため時間がかかる。事業では、貸付元である農協等は事業主体として新規参入者を技術的、経営的に支援することとなっているため、結果として、新規参入者は本来多額にかかる初期投資費用を抑えることができ、かつ不安定な時期の技術・経営両面でのサポートを受けることができる。
図4 事業の概要

図5 平成11年度〜平成23年度道県別実績

 平成11年度のモデル事業から現在に至るまでに193件の新規参入者が本事業を活用して繁殖経営を開始した。道県別の事業実績を見ると、鹿児島県が32件と最も多く、次に北海道の30件、宮崎県の28件、長崎県の24件となっている(図5)。全国でも繁殖経営が多い九州地域と北海道の事業利用の割合が高い。さらに、モデル事業ではなくなった平成16年度から直近の平成23年度の事業参加者の飼養頭数規模について、事業後5年目の最終的な導入規模別(計画値)に区分すると、30〜39頭規模が最も多く38件(26.0%)、次いで50〜59頭が37件(25.3%)、20〜29頭が26件(17.8%)であり、この3区分で約7割となっている。(表1)。

表1 平成16年度〜23年度繁殖めす牛飼養頭数規模割合

(2)事業参加者の状況から見る新規繁殖経営者の傾向 

新規参入円滑化対策事業では事業実施の翌年度から5年間、年に1回運営状況報告書の提出が義務付けられている。この報告書には、毎年の繁殖めす牛の頭数、生産子牛頭数、販売子牛頭数のほか、収入と支出が項目ごとに記載され、新規参入者の経営状態が報告されるようになっている。また、経営に対しての農協等の支援実績も報告することとなっており、ここから新規に繁殖経営を始めた者の傾向を見ることができる。

 そこで、ここでは子牛の販売が本格化する事業参入後3年目から5年目の者の平成22年度報告と全国平均として平成22年度畜産物生産費の肉用牛生産費の平均値とを比較して、新規に繁殖経営を始めた者の傾向を見てみる。比較するのは平成22年度における繁殖めす牛の飼養頭数規模別の(1)母牛1頭当たりの販売子牛頭数(子牛の販売割合)、(2)子牛1頭当たりの飼料費割合である。販売子牛頭数は、繁殖経営の主収入に直接結び付く項目であり、母牛1頭当たりの販売頭数が大きくなるほど効率的に販売していることを意味する(仮に1年1産が達成されており、事故等なく全ての子牛を育成し販売したら、販売割合は1となる。)。

 表2から、子牛の販売割合は、20頭未満では全国平均を上回り、20頭以上では下回っていることが分かる。しかし、50頭未満では全国平均と新規参入者の間に大きな差はないものの、50頭以上では全国平均0.81、新規参入者0.71と事業参加者の方が低い傾向にある。50頭以上の新規参入者をさらに区分すると、50〜59頭では0.76、60頭以上では0.66となり、規模が拡大するほど販売割合は低下する傾向にある。子牛の販売割合には出産時の事故率や子牛育成時期の病気等による子牛の生産率・育成率が関与する。飼養規模が大きくなると子牛販売率が低下するということは、規模に見合った労働力が確保できず、子牛の出産・育成に管理が及んでいない等の理由が推測される。

表2 新規参入円滑化対策事業の結果から見た新規繁殖経営者の傾向
注1)ここでいう飼養頭数規模は、平成22年(度)の実績値により分類。(表1)の飼養頭数規模と異なる。
(注2)運営状況報告書の結果からは、繁殖-肥育の一貫経営の3件と平成22年度口蹄疫の影響を大きく受けた1件は除いた。

 次に、子牛1頭当たりの費用全体に占める飼料費割合を比較すると、どの規模も全国平均よりも新規参入者の方がその割合は高い。ただし、これも販売割合同様50頭未満では、全国平均と新規参入者の間に大きな差はないものの、50頭以上では全国平均37.6%、新規参入者41.5%とその差は他よりも大きくなる。さらに新規参入者の50頭以上規模を50〜59頭、60頭以上に区分すると、前者では39.8%。後者で45.2%と規模が大きくなるほど飼料費の割合は高くなっていることが分かる。平成18年以降の飼料価格の上昇を受け飼料費については以前に比べ自給飼料の割合が鍵を握るようになった。頭数が多ければ、その分自給飼料の確保も多くなることが望まれるが、土地の確保は一朝一夕にできるものではない。大規模層で飼料費の割合が高いということは、主に自給飼料とそれをまかなえる土地を頭数分確保できていない等の要因が考えられる。

(3)新規繁殖経営者の課題

 運営状況報告書と現地調査から、新規に繁殖経営を始めた者は、2つの共通の課題に直面していることが分かった。

 第一は技術的課題である。繁殖経営は、子牛の出荷に至るまでに発情の見分け、種付け、産まれた子牛の哺育育成(下痢や増体等)といくつかの関門があると言える。事業の運営状況報告書を見ると、子牛販売割合の平均は0.73頭(49頭以下0.76、50頭以上0.71)となっている。計画時には分娩間隔をおおむね12ヵ月〜13ヵ月と想定し計画を立てているため、母牛1頭当たりの子牛の販売頭数は0.9頭前後となっており、ここから現実は計画どおりに生産できていないということが分かる。現地調査でその原因を聞くと、出産時の事故という回答が多かった。子牛販売割合が全国平均より大幅に低いということではないが、当初計画ではそれより高い技術を要求しているということであり、計画で想定された技術を新規参入者が持つか、全国平均並みの計画を立てるかいずれかを選択する必要がある。

 第二は経営的課題である。事業実施後5年目の事業参加者の繁殖めす牛1頭当たりの所得は、事業計画時新規参入者の平均で134.5千円であるが、実績値を見ると18.1千円と大幅に減少している。事業実施年である平成17年は子牛価格が高く、飼料費も現在より安価な時期であり、そのような時期であれば、生産者は子牛の事故を減らす、発情を的確に見分ける等の技術的な課題に重点を置けば収益が上がることが多かった。しかし、経済情勢の変化により子牛価格が低下、又は費用が上昇する時期であれば、経営的な課題に、より積極的に取り組まなくてはならなくなる。例えば、繁殖経営の生産費に大きな影響を及ぼした平成18年以降の飼料価格の高騰は、一経営者の努力の範囲を超えるものであった。そのような状況では、一経営者である生産者は所得を確保するためには自身の経営に何らかの工夫を施す必要がある。しかし、その工夫はただ成功している人の工夫と同じことをすれば良いわけではない。なぜなら、数値も状況も全く同じ経営というものはあり得ないからである。まず、自身の経営の数字を把握することが重要である。数字を把握していれば、経営のどこを工夫すれば良いかの判断ができる。自身の経営にあった工夫であるかの判断ができるか否かは経営の課題を克服する重要な事項である。計画どおりに収支が上がっていない者(特に赤字経営者)では、本人が経営数字を押さえていないという傾向が多く見られた(例えば、直近で売れた子牛の価格が分からない、飼料費がどのくらいかかっているか気にしていない、雑費の中身が分からない、農協の営農貸越を借金と思っていない等)。繁殖経営は子牛をいくらで売り、生産費をそれに合わせどれだけ抑えられるかで収支が決まるわけであるので、経営の数字を押さえていなければ、自身の経営のどこを工夫すれば良いかの判断はできない。現地調査では、計画どおり進んでいる者とそうでない者ではこの点で大きく差を感じる。

 これら2つの課題は、経営者のみのものではない。この技術的・経営的課題の克服には事業主体である農協等始め周囲の支援が欠かせないことは言うまでもない。また、経営数字を押さえている者は、周囲の支援・助言(=情報)を主体的に判断・取捨選択し経営に活かしているように見受けられた。

図6 課題のフロー図

(4)事業実施主体の役割

 これまで述べてきたように課題の克服は、経営者のみでできるものではなく、事業主体である農協等の支援は重要である。経営者として1人立ちさせるまでが事業主体の役割である。それには、以下のようなことが事業主体には求められる。

(1) 精度の高い計画の立案(新規参入者と作成すること)

(2)新規参入者へ事業の目的を継続的に説明

(3) 新規参入者の経営を責任を持って指導できる人員の配置

(4)周囲の関係機関と連携した支援体制の構築

 現地調査を行うと、事業採択後は新規参入者の経営に任せたままで、運営状況報告において計画どおり進んでいないことについて、事業主体も経営者も問題視していないという状況が見られた。これは、事業主体と新規参入者が共に事業の主旨を理解していないことに要因があると考えられ、事業主体が事業の主旨を理解するのは当然で、さらに、(1)や(2)のように新規参入者とともに事業の立案を行う、その内容を説明する必要がある。説明なしでは、新規参入者が経営に対し何が不足していて何をする必要があるのかを考えるに当たり、方向性を誤ってしまうことになりかねない。

 また、新規参入者の技術・経営内容等を熟知しており、的確な指導を行える担当者を配置することも重要である。他に、農協等事業主体以外にも家畜保健衛生所、振興局等地域の関係機関が指導に携わる場合はそれら関係者の連携も行う必要がある。ある調査先では、新規参入者に対し農協以外に諸々の指導機関が手厚く存在しているものの、その連携がとれていないため、新規参入者には断片的な指導になってしまっている事例もあった。

〜事例紹介 粗飼料多給型子牛の生産により購入飼料費を圧縮〜

 兵庫県豊岡市の綿田謙さん(44歳)は、新規参入円滑化対策事業を利用し、たじま農業協同組合から55頭規模の牛舎、堆肥舎及び10頭の繁殖めす牛を借り受けて平成19年度に繁殖経営を始めた。経営を始めてから3年経った平成22年度末時点では、繁殖めす牛も45頭規模となり、さらに計画である5年目の55頭を目指しているところである。

 綿田さんの経営の特徴は、購入飼料費が少ないこと。そのため、飼料代が高止まりの中、経営は当初計画より順調に推移している。購入飼料が少ない原因は、但馬家畜市場、関係農協、和田山家畜保健衛生所を始めとする関係機関が協議を重ねて飼養管理マニュアルを作成した粗飼料多給型子牛「すくすく草育ち」の生産により濃厚飼料の購入が少ないことにある。また、粗飼料については、転作田でのWCS(ホールクロップサイレージ)と河川敷での野草等でほぼ自給できることもある。ただし、肥育段階での食い込みを良くするため、輸入のチモシーも使用している。つまり、平成18年以降飼料費が上がる中、自給飼料の確保が確実にできたことが子牛生産費用を低く抑えられる結果となった。図は、綿田さんの子牛生産費に占める飼料費の割合を全国平均と比較したものである。20〜50頭規模の飼料費割合では、全国平均が39.0%に対し、綿田さんの場合は20.0%であり、その割合の低さが一目瞭然である。

 (資料) 農林水産省「畜産物生産費 平成22年度肉用牛生産費」
      子牛生産費20〜50頭規模

 「すくすく草育ち」の牛は、粗飼料を多く食べさせることから、丈夫な胃の子牛が育ち、肥育期間において飼料摂取量が多い、粗飼料の食い込みが良いなど肥育農家からの評判が良いというメリットがあり、市場名簿にマークを付けるなどして地域のブランド化を進めている。半面、育成マニュアルにより発育、給与飼料、飼料摂取状況等認証を受けるための基準が定められており、技術的な“手間”を必要とする。つまり、綿田さんは通常の飼養とするか、それとも粗飼料多給型とするかの選択があった。結果、粗飼料多給型にしたことが費用の削減につながったわけであるが、綿田さんはその選択をできるだけの数値を把握しており、またその重要性を認識していたとも言える。以前、繁殖経営を行っていた父親が綿田さんを技術的・経営的にバックアップしているものの、父親に頼りきりではない。経理は父親がしているが、その数字を経営者である綿田さんは把握している。例えば、直近の子牛価格、雑費の中身、衛生費が上がった要因、減価償却費の内訳等の質問にはその場ですぐ回答可能であった。経営の数字を押さえているということは、現在の自身の経営では何が不足で、何ができるのかを判断する上で、畜産経営にかかわらず重要なことである。

 綿田さんの経営選択の別の例として、全農預託牛制度の利用がある。この制度の利用は、農協の飼料を購入していることが前提となるため、飼料価格が決まってしまう。飼料の購入先が縛られてしまうことにより、より安価な飼料を求めたい時はデメリットにもなるが、その反面預託補助金を受けることができるというメリットもある。綿田さんは経営トータルとしてメリットとデメリットを比較し、制度の利用を選択した。これもまた、経営の数字を把握しているからこそできる選択であると言えよう。

 さらに、経営を計画どおり進めるには、経営者本人の努力に加え、事業主体であるたじま農協や家畜保健衛生所など地域の関係機関の技術・経営的支援は欠かせない。綿田さんの飼養・経営管理には、農協、家畜保健衛生所、普及センターがそれぞれ毎月指導に訪問している。「すくすく草育ち」の管理の補助も兼ねた訪問の結果、下痢・発育不良の改善や受胎率の向上、粗飼料費の削減という効果を上げている。

 綿田さんは、「早く赤字をなくし、利益を出したい。事業のお陰で、経営の基盤を気づくことができ、これからは社会に貢献できる畜産を目指し、頑張ります」と力強く語った。事業開始後3年目で、まだ収支は赤字であるが、計画よりはその程度は小さく、当初の見込みより順調に進んでいる。綿田さんの経営は、まだ軌道に乗り始めたばかりであるが、周囲の支援と綿田さんの前向きな努力により新規参入円滑化対策事業の目標達成年度の5年目には、計画どおりの結果を期待したい。

清掃が行き届いている綿田さんの牛舎

綿田さん親子

4. 今後の繁殖経営

(1)安定した繁殖経営を目指すには

 コラムで紹介した綿田さんはじめ、当初計画より経営実績が上がっている生産者には技術的課題と経営的課題を解決させるための次のような共通点が見受けられる。

(1)飼養管理を向上させるため飼養に関する工夫をしている。

(2)経営数字を含む自身の経営の現状を把握しているため、自身の経営に必要なことがわかっている。

(3)経営者としての自覚がある

(4)周囲からの情報を重視し、経営に繋げている。

(5)農協や地域の関係機関が計画達成に向けた責任ある指導を実施している。

 例えば、事故率の削減など管理の徹底を図るために、ある経営者は牛個別の給与飼料の種類と給与量、母牛ならば分娩月日などの管理メモを牛房の柵に貼って管理していた。経営者とその家族で飼養管理をしているため、この方法により誰でも同じように管理できるようになっているという。また、飼料費の削減を図るために、飼料の購入に際しては数社から見積りをとり安価なところから購入しているという生産者もいた。このような方法は、個々の経営形態の違いにより必ずしも全てに合致するものではない。しかし、このような工夫ができるというのは、自身の経営状況を把握していないとできないことである。円高の影響により飼料費が下がってきたとはいうものの、依然18年以前には戻らないため、昔と同じ経営をしていたら繁殖経営では利益を上げることは難しい。しかし、確かな技術と経営者としてのしっかりした経営管理能力を習得し、そして周囲の支援があれば安定した繁殖経営は実現すると思われる。

 もうひとつ事例を紹介する。平成19年度事業に参加した熊本県の塚元さんは、事業3年目にして計画以上の実績を出している。あか牛の放牧ということもあり、牛舎も必要最低限の簡易牛舎、現在の飼養規模も18頭という、事業参加者の中では、小規模の経営者である。よって、計画以上といっても大きな利益が出ているわけではないが、規模が小さい分借入れもない。塚元さんは「事業で経営を基盤に乗せ元手を作り、その元手を持って経営を拡大していくつもり」と言う。父からの助言とのことであるが、5年後どうしたいか、将来はどこまでやりたいかのビジョンを持ち、この新規参入円滑化対策事業を活用し、次のステップを考えている。あか牛の放牧という特殊事情もあり、塚元さんのやり方が他の事例に当てはまるわけではないが、“事業を利用する人はただ補助事業に乗る”だけではなく“自分が目指した経営を確立するために補助金をうまく活用する”というしっかりとした考えに立ってほしいと考える。

塚元さんの簡易牛舎

塚元さんご夫妻

(2)今後の繁殖経営

 日本の国土面積の約7割を占める中山間地域では、肉用牛生産は農業の基幹部門として地域経済を支えている。そして肉用牛生産の中において、繁殖経営はそのスタートに位置する基盤である。しかし、農家の高齢化等により繁殖経営の大半を占める小規模農家の減少は今後もある程度避けられないだろう。減少する繁殖牛に相当する頭数を維持するため、一定程度の規模を持つ者の確保は重要で、そのためには既存農家の規模拡大だけでは十分でない。本事業を利用した繁殖経営者の新規参入の意義は大きい。

 繁殖経営を始める者は、経営開始後に技術的課題、経営的課題にぶつかることが多い。しかし、その解決策は必ずある。経営を取り巻く環境変化にはめまぐるしいものがあり、当初の「計画」が十分なものであっても、これにしがみついていては「経済淘汰される」と言わざるを得ない。常に経営者は「計画(plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Act)」のマネージメントが必要となる。当然、事業主体である農協等の強力な支援・指導があることが前提である。また、必要に応じて第三者による客観的なコンサルティングを受けることも重要といえる。このような的確な周囲の支援と本人の努力と工夫による経営の黒字化が肉用牛繁殖経営の安定に繋がり、ひいては肉用牛産業の発展、充実した地域経済に結びつくことであろう。

 


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