調査・報告 経営動向  畜産の情報 2012年8月号

酪農経営の力の結集
〜熊本県におけるTMRセンターの事例〜

畜産経営対策部 酪農経営課 課長補佐 喜多 龍一郎
曽根 結(現 野菜需給部 需給推進課)




【要約】

 都府県における酪農は、酪農経営戸数の減少とともに生乳生産量が減少し、北海道と比較して平均で1.4倍も長い労働時間(搾乳牛通年換算1頭当たり)、さらには生産コストに占める割合が約56%と全体の半分以上を占める飼料費の価格水準の高止まりなどに直面している。しかしながら、その収益性は北海道のそれを平成22年度で約1.8倍も上回っており、コスト削減が所得の増大をもたらす可能性がある。

 今回調査した熊本県菊池市旭志地域の酪農経営は、そうした課題に対応するために酪農経営同士が連携してTMRセンターを設立し、一定の成果を上げている。今後はその構成員の経営の安定に資するために、構成員へのTMRの販売価格の低減が課題である。

○TMRセンター
 TMR(粗飼料、濃厚飼料、ミネラル、ビタミン、添加物等を混ぜ合わせ、必要な栄養素を全て含んだ混合飼料)を調製し畜産経営に供給する施設。

 資料:農林水産省「コントラクターをめぐる状況」

1.はじめに

 ここ十数年来、都府県における生乳生産量が一貫して減少を続けており、未だ回復の兆しが見えない。先に社団法人中央酪農会議が公表した、全国3000戸の酪農経営を調査対象とした平成23年度酪農全国基礎調査において、多くの酪農経営が指摘する生乳を増産できない理由として、都府県では、「経営者が高齢化していること」と「飼料価格の先行きが不透明であること」が挙げられている。経営主の平均年齢が57.2歳(同基礎調査)に達し、また、自給飼料の生産基盤である土地に制約がある都府県においては、こうした課題に対応するための仕組み作りが重要となっている。

 本稿では、都府県の酪農経営が置かれている現状を統計上の数値から概観するとともに、都府県の酪農経営が抱える課題に対応するために、酪農経営が共同して解決策を模索しながら実行し、経営の安定を目指している状況を報告する。


2.統計から見る都府県における酪農の現状

(1)生乳生産の現状

 農林水産省の牛乳乳製品統計によると、平成23年度の都府県における生乳生産量は364万トンで、この10年間で約22%の減少となっている(図1)。一方、北海道における生乳生産量は約6%の伸びを示しており、両地域の間には異なる傾向がみられる。

図1 生乳生産量の推移
資料:農林水産省「牛乳乳製品統計」

 その要因の一つとして、高齢化等による酪農経営戸数の減少による経産牛頭数の減少度合いの違いが挙げられる。農林水産省の畜産統計によると、都府県における酪農経営戸数は、平成15年の2万660戸から平成22年には1万4254戸まで減少し、この間の経産牛頭数は61万7740頭から47万4680頭まで減少しており、減少率は約23%にも達する。しかし、北海道における酪農経営戸数は平成15年の9200戸から平成22年には7690戸まで減少し、この間の経産牛頭数は50万2400頭から48万9200頭まで減少しているが、減少率は約3%で都府県に比べると緩やかである(図2)。同期間における両地域の経産牛1頭当たりの搾乳量の伸びにそれほど大きな違いが見られないことと照らし合わせると、酪農経営戸数の減少による経産牛頭数の減少度合いの違いが両地域の生乳生産量の違いに表れているといえる。

図2 経産牛頭数の推移
資料:農林水産省「畜産統計」

(2)労働時間の現状

 酪農の現場における労働時間については都府県と北海道とでは大きな開きがある。農林水産省の農業経営統計調査によると、平成22年度の都府県の酪農経営の搾乳牛通年換算1頭当たりの平均の労働時間(約125時間)は、北海道(約90時間)の約1.4倍である(図3)。この開きの要因は都府県と北海道の平均的な飼養規模の違いによる1頭当たりに係る作業時間の差ばかりではなく、「搾乳及び牛乳処理・運搬」と「飼料の調理・給与・給水」に係る作業時間の差が挙げられる。労働時間の7割近くを占めるこの2つの作業のうち、「飼料の調理・給与・給水」については、この7年間で都府県及び北海道においてそれぞれ6%及び10%の労働時間を削減してきたが、総労働時間に占めるこの作業の割合が高い都府県において更に北海道並みの水準にまで下げることができれば総労働時間の削減に大きく寄与することとなろう。

図3 平均労働時間の内訳の比較(搾乳牛通年換算1頭当たり)
資料:農林水産省「農業経営統計調査」

(3)所得の状況

 減少する生乳生産量及び北海道と比較して長い労働時間から連想するほど都府県における収益性は北海道と比較して低くはなく、農林水産省の農業経営統計調査によると、平成22年度の都府県の酪農経営の搾乳牛通年換算1頭当たりの所得は22万6098円で、北海道の12万8028円の約1.8倍になっている(表1)。北海道と比べて約1.2倍も飼料費が高く、全体としても高コストであるにもかかわらず、比較的高い乳価による生乳の販売収入がそのコストを吸収している。

 しかしながら、ここ数年の配合飼料価格の上昇とともに飼料費は増加しており(図4)、飼料費の削減が都府県での酪農経営における所得増大の鍵となっている。

図4 生乳生産費の内訳の推移(都府県)(搾乳牛通年換算1頭当たり)

資料:農林水産省「農業経営統計調査」
表1 搾乳牛通年換算1頭当たりの収益性の比較
資料:農林水産省「農業経営統計調査」
 注:生産費用は、生産費総額から家族労働費、自己資本利子及び自作地地代を
   控除したものである。

3.熊本県のTMRセンターの事例

(1)概要

 今回紹介する株式会社アドバンスは、熊本県の菊池地域に所在し、自給飼料型TMRセンターとして平成19年度に設立され、平成20年度からTMRの供給を開始した。同社は、出資者である旭志地区の酪農経営19戸(設立時20戸。以下「構成員」という。)並びに従業員及び臨時職員計5名の総勢24名で組織されており、代表取締役以下4名の役員は、2年毎に構成員の中から選出される。出資者の所有に係る経産牛総頭数は約920頭で、各酪農経営の経営規模は10頭台から100頭台まである。

 同社では、播種作業等の効率化を図るため、構成員が所有する農地を一元管理し、トウモロコシの播種及びTMR調製(200ヘクタール、1万3000トン/年)を行い、収穫作業及びサイレージ調製をJA菊池旭志中央支所コントラクター利用組合に、配送作業を運送会社にそれぞれ委託している(図5)。

図5 株式会社アドバンスの組織概要及び作業体系

(2)設立の背景・経緯

 菊池地域には、トウモロコシの収穫、運搬、サイレージ調製を手掛けるJA菊池旭志中央支所コントラクター利用組合が平成9年から組織化されており、現在では旭志管内の酪農経営を中心に約70戸が利用している。株式会社アドバンス設立のきっかけになったのは、当時の同組合の役員による北海道への研修旅行である。当初の目的は、GIS(Geographic Information System:地理的位置を手がかりに、位置に関する情報を持ったデータ(空間データ)を総合的に管理・加工し、視覚的に表示し、高度な分析や迅速な判断を可能にする技術(資料:国土地理院))を使用したほ場管理の視察だったという。しかし、コントラクター利用組合を利用している酪農経営間でもトウモロコシの出来にバラつきがあったことに共通の問題意識を持っていたため、立ち寄った先のTMRセンターに大きな関心を持った役員が、旭志管内の酪農経営(約70戸)に対してTMRセンター設立への参加者を募ったところ、20戸が参加の意思を示したことから、TMRセンターの建設に向けて動き始めた。

 施設の設計及び運営については、現在の工場長である有働伸也氏(当時48歳)がJA職員だった当時、トウモロコシの収穫量や他のTMRセンターから取り寄せた情報を元に計画を立て、TMRを発酵させる方法等の技術的事項については、全農、全酪連や大分県にあるTMRセンターを参考に、TMRセンターの参加者と相談を重ねながら全体の構想を練り上げ、準備が整った平成19年度に同社が設立された。

株式会社アドバンス

(3)事業の運営

(1)施設・機械等の導入、資金の調達について

 同社の開業に当たっては、構成員による出資金500万円(一人当たり25万円)に公庫からの借入金約1億3千万円と国の補助事業(強い農業づくり交付金)により、設立及び施設・機械の整備に係る費用を賄った(表2)。公庫からの借入金はTMRの販売収入を原資として15〜16年程度をかけて償還する予定である。また、この間の補助事業の申請等に係る事務手続などについては、菊池市及び熊本県の菊池地域振興局からアドバイスを受けた。
表2 株式会社アドバンスの所有施設等
資料:株式会社アドバンス
 この他、同社では調製したサイレージを配合飼料と混合したものを40日以上かけて乳酸発酵させるため、資金の投下から回収までの期間が比較的長く、その間の事務所経費や出役賃金などの運転資金に充てるために約5000万円を公庫及び農協から借入れており、これもTMRの販売収入を原資として償還している。

(2)農地管理、収穫作業、サイレージ調製について

 同社が管理する130ヘクタールの農地に係る耕起、播種等の作業は同社が行い、収穫作業及びサイレージ調製はJA菊池旭志中央支所コントラクター利用組合に委託している。

 現在ではトウモロコシのニ期作体系をとっているが(表3)、設立当時はイタリアンライグラスとの二毛作であった。しかし、構成員の多くがスラリーの散布によりふん尿を処理しており、農地に作物が植えられている期間はふん尿の処理ができなくなるため土地の利用効率が落ちること及びイタリアンライグラスに蓄積する硝酸態窒素の影響が懸念されていた。検討を重ねる中で、トウモロコシを栽培することと管理する農地のうち30ヘクタールを休耕地とすることで問題の解決を図った。トウモロコシであれば、農地に大量に投入されたスラリーを効率的に利用することができ、また、ある程度生長すると硝酸態窒素濃度が急激に低下するからである。さらに、30ヘクタールを休耕地とすることで年間を通してふん尿の処理が可能となった。なお、堆肥が不足する場合には近隣の肥育経営から堆肥を無償で提供してもらうことで不足分を補っているという。
表3 農地管理の体系
資料:株式会社アドバンスからの聞き取りにより作成
(3)TMRの調製、配送について

 TMRは、トウモロコシサイレージのほか乾草(ルーサン、オーツ等)、食品残さ(焼酎粕、しょう油粕、豆腐粕、豆乳粕等)、配合飼料、水等を混合して調製している。主体となるトウモロコシサイレージは、1期作目と2期作目をそれぞれ同量を混合することにより、年間を通してTMRの成分に変動が生じないように工夫している。

搬入されたしょう油粕。食品残さは仲介業者を介して購入している。

トウモロコシサイレージ。左:1期作目、右:2期作目
1期作目は生育期間が暖かくて実入りが良い。2期作目は、とうもろこしの実入りが少なく、
霜の影響を受けた後収穫するため白っぽくなる。

 また、食品残さを使用することにより配合飼料の使用量を抑制することができ、コストの削減に寄与することとなるが、TMRの水分調整が困難になるため、全てを食品残さに置き換えることはできないという。調製後のTMRは圧縮してトランスバッグに梱包し、密封後40日以上発酵させてから各経営に配送する。TMRを発酵させることで、長期にわたり品質の保持が可能となり、年間を通して良質なTMRが供給できる。

 しかしながら、TMRの給与を開始した当初は、牛がTMRに慣れるまで乳量が減ったとのことである。また、開始当初はTMRに混合する食品残さをいろいろと試したものの、TMRの成分バランスが安定しないという問題が発生した。だからといってTMRを給与しないと在庫が溜まってしまうことから、問題が生じた場合はすぐに勉強会を開催し、給与方法を指導するなどの対応をした。牛がTMRに慣れるまでに年単位という時間が必要であったが、現在では品質も安定し、TMRの給与を始めたばかりの経営の牛でも最初から食いつきが良くなっている。

供給されたTMR。 TMRに慣れるまで時間を要し、当初は乳量にも影響が出たが、
現在では品質が安定し摂取量も多くなっている。
 TMRの調製は、飼料混合機を利用して行う。まず、飼料倉庫に保管している乾草を入れ、食品残さ、配合飼料(飼料タンク)、トウモロコシサイレージ(バンカーサイロ)の順に回りながら混合し、飼料調製庫の圧縮梱包機により袋詰め及び圧縮される。その後、TMR置場に運ばれて40日以上発酵させ各酪農経営に配送される(図6)が、置き場所が制限されるため敷地を有する酪農経営については、40日を待たず配送している。発酵期間中にカラス等の外敵に袋を破かれることがないよう、同社のTMRはトランスバッグに入れられている。一連の作業は、従業員5名により行われ、日中はほぼ休む間もなくTMRを調製する一方で、作り置きが可能なため繁忙期以外では土日に休みを取得しているという。

飼料混合機。この機械を使用してそれぞれ混合していく。

圧縮梱包機

袋詰めされたTMR。トランスバッグに入れ40日以上置かれる。
図6 株式会社アドバンスTMR製造施設
資料:株式会社アドバンス

(4)TMRセンター設立の効果及び今後の課題

 同社の構成員は、TMRセンターの設立前にはトウモロコシサイレージを1頭1日当たり15kgほどしか給与できなかったが、TMRセンターが農地を一元的に管理することで収量が増えて品質も向上し、今では20kgを給与することが可能になった。また、飼料費だけをとってみれば設立前と比べてそれほどコスト減にはなってはいないが、構成員が所有する機械や設備が減ったことや、農地の管理に係る労働から解放されたことで、それらに係るコストや労働時間が削減され、飼養管理を重点的に行うことが可能となった。

 良質なトウモロコシの供給によりTMRの品質が安定し、牛の嗜好性が良くなったことで、今後は生乳生産量の増加が期待できる。現在は1頭1日当たり乳量が24から37キログラムと経営ごとにばらつきがあるが、TMRの給与方法の改善及び飼養管理を適切に行うことにより、全経営が30キログラム以上の乳量を達成することが目標であるという。また、平成24年度に規模拡大を予定している構成員がいるほか、数名の構成員が共同で生産法人を立ち上げて更なる規模拡大を目指すという話も持ち上がっている。

 同社のこれからの課題は、TMRの販売価格を低減させることである。TMRの販売価格は、トウモロコシの種子代、構成員から賃借する農地の地代等に光熱水費、事務費等の諸経費及び利潤を加算した金額を基準として単価を設定している。同社の唯一の収益はTMRの販売によるものだが、借入金の償還が順調に進んでいることから今後は資金的に余裕が出ることが見込まれており、その分をTMRの販売価格に反映させることによりTMRセンターの経営と構成員の酪農経営を共に安定的に維持できるように企業努力していきたいと話していた。


4.おわりに

 近年の円高の影響もあり、ここ数年の輸入粗飼料価格は低下傾向にあるものの、自給飼料生産費とはなお開きがある(図7)。一方、この自給飼料の生産基盤である土地の利用状況に関しては、農林水産省の畜産統計によると、平成22年の酪農経営における1戸当たりの飼料作物作付面積は、都府県の6.3ヘクタールに対して北海道は56.2ヘクタールであり、約9倍もの開きがある。北海道と比較してこうした土地の制約があるが、今回取材した株式会社アドバンスでは、北海道と比較して温暖な気候を活用したトウモロコシの2期作栽培による自給飼料の生産、食品工場等において発生する食品残さの活用、地域のコントラクターへの収穫作業の委託による人件費や機械関係経費の削減等、地域の経済資源等を最大限に活用することによりTMRセンターを安定的に運営している。酪農経営個人の力では難しくても、連携して地域資源を有効に活用して個々の経営の安定につなげる取組は、大いに他の地域の参考となろう。

図7 自給飼料生産コストと購入飼料価格の推移
資料:農林水産省「飼料をめぐる情勢」
注1:「自給飼料生産費用価」は、飼料生産にかかった材料費
   (種子、肥料等)、固定材費(建物、農機具)等の合計
注2:「自給飼料生産費用価」及び「輸入粗飼料価格」は
   1TDNkgあたりに換算したもの

代表取締役の平山秀文氏(左)と
工場長の有働伸也氏(右)
 最後に、今回の取材にご協力くださった株式会社アドバンス、菊池地域農業協同組合及び熊本県酪農業協同組合連合会の関係者の方々には心から御礼申し上げます。

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