調査・報告 専門調査  畜産の情報 2012年12月号

安定した6次産業化への次なる第一歩
〜チーズ製造を6次産業化する有意性〜

日本獣医生命科学大学応用生命科学部 教授 阿久澤 良造




1.はじめに

 農林水産省は、雇用と所得を確保し、若者や子供も集落に定住できる社会を構築するため、農林漁業生産と加工・販売の一体化や、地域資源を活用した新たな産業の創出を推進するなど農山漁村の6次産業化を推進している。農林水産省の調べ(2012年10月2日)によると、農産物加工や直売所など農業の6次産業に従事する人の総数は23万8600人に上り、農家や法人による事業の従事者数(39万6500人)の6割を占めていることがわかった。つまり、農家や法人による農産物加工や観光農園事業などが、地域の雇用の創出に貢献していることが明らかになった。

 6次産業化推進事業による取り組みの内容は、加工または加工・直売というパターン化されたものが多く、産業化への兆しがうかがえるものの、この先の不安要素も多い。現在取り組まれている推進事業を自立安定化させなければ、一過性で終わってしまうのではないかと危惧している。これからの産業として継続発展させていくためには、何が必要なのか、その必要条件について考えてみたい。

 そこで、今回は、国産ナチュラルチーズの普及も含め、国内で異なるアプローチの方法でチーズ製造を基盤とした6次産業化に取り組む酪農家を調査し、その際の意見交換をふまえ、その取り組みの現状と課題について報告する。

2.産業化へのチーズの優位性

 チーズが日本において日常食として定着してきたのは最近のことで、日本の食文化の一翼を担っているかという点では、残念ながらまだと言えよう。

 しかし、チーズの消費量は、少しずつではあるが拡大してきており、まだまだ伸びしろのある素材であると考えられる。つまり、工夫次第では、産業として更に発展するのではないかと考えている。チーズは、製造過程で条件を一つ変化させるだけで、全く別のチーズを作ることが可能であり、非常に特徴の出しやすい商品である。消費動向を探り、積極的な販売促進によって消費者の意欲的消費と継続的消費につなげることができれば、一つの自立した産業となるであろう。

1)チーズの多様性 
  〜原料乳に付加価値〜

 

ナチュラルチーズには様々な種類があるが、一般的には硬さ(水分含量)と熟成特性の組み合わせで分類される。非熟成や熟成期間の短いチーズは、軟らかく嗜好品としての要素が強いが、熟成期間を長くすれば、硬くなり保存食や調味素材としての使用傾向がみられる。

チーズの多様性を生む条件は、原料乳・微生物の選択・凝乳・熟成において、それぞれにポイントがあり、これらをいかに工夫していくかによって、風味・質感(テクスチャー)が形成され、独特の個性を持った多種多様なチーズとなるのである。中でも、チーズの製造工程において重要な要素は原料乳と熟成である。ここにおける成分変化が、チーズの品質を決定づける大きなウエイトを持つ。

2)チーズの嗜好特性と消費動向
  〜消費量は増加傾向にある〜

 チーズの嗜好特性について、熟成タイプと非熟成タイプに分けて考えられるが、熟成タイプチーズは、熟成期間に乳成分が低分子化され、風味・テクスチャーを形成するのに対し、非熟成タイプチーズは、熟成タイプチーズにみられるような二次生成物質が少ないことから、原料乳の性状が品質に直接反映する。

 チーズの「テクスチャー」、「味」、「香り」は好みの決定因子であり、「テクスチャー」は「滑らか」、「口溶け」が基準となる。特に、非熟成タイプチーズにおいては、風味による特徴付けが弱いため、テクスチャーはおいしさを決める重要な因子である。「味」はプラス要因として「うま味」、マイナス要因として「苦味」が挙げられる。「香り」については、それぞれのチーズが独自性を有し、好みに差がでる。また、重要な品質決定因子となる「コク」については、「ボディー感」、「滑らかさ」などのテクスチャーや「ミルク臭」、「ジアセチル臭」などの香り成分などが複合的に関与していると考えられる(図1)。

図1 日本人が食べたいと思うチーズ

 平成12年から16年にわたり、年1回都内展示会場にて、20歳以上の男女400名をパネリストとして、6種類のチーズに対する官能評価を含む嗜好性に関する面接式調査を行った(ナチュラルチーズ嗜好実態調査、(社)中央酪農会議)。その結果、それぞれのチーズによって好みの決定因子が異なることがわかった。そこで、各種チーズ間でおいしいと評価された項目(好む理由)の共通項を、チーズ間の近縁度として数値化したところ、「滑らかさ」についてはクリームチーズとカマンベールチーズ、「うま味」についてはプロセスチーズとゴーダチーズ、エメンタールチーズとゴーダチーズ、ブルーチーズとエメンタールチーズが近縁にあると評価された。すなわち、日本人の多くが、おいしいと評価したチーズの共通項は、滑らかなテクスチャーを有し、うま味が感じられるものであることが示唆された(図2)。また、チーズの摂食頻度であるが、「週に1回ぐらい」が31%、「週に2、3回ぐらい」が31%であり、「週4回以上」は約13%であった(図3)。5年前の調査時より、対象者の約59%が増加したと回答しており、減ったと回答した人は4%であった。摂食が増加した人の理由としては、「健康への寄与」、「品揃いの増加」、「調理方法の紹介」などが挙げられた(図4)。

 プロセスチーズ、カマンベールチーズ、クリームチーズ、ゴーダチーズは、幅広い年齢層で「初めて食べたときから好き」という評価を得、他方、エメンタールチーズ、ブルーチーズについては、食生活において身近にないことが多く、初めて食す年齢が高くなる傾向があり、好き嫌いの差は大きい。チーズを食べる頻度が高い人は、多種多様なチーズへの関心も強い傾向があり、上記に挙げたような一般的に言われる「癖の強いチーズ」もおいしいと評価している。

 つまりここでも言えるように、チーズはまだ食生活における経験値の差が、消費意欲の差となって表れているのではないかと考えられる。
図2 各種チーズに対する好みの近縁度
図3 チーズを食べる頻度

図4 チーズを食べる頻度の変化と増加した理由


3.調査した酪農家の取り組み

 今回、調査に協力いただいた酪農家は、北海道の東北部、オホーツク海に面した農業と漁業を中心としている興部町にある。興部町は、1826世帯、人口4202人(平成24年4月)、そのうち小中高の就学者数は漸減傾向にあり、高齢化や過疎化が進んでいる。この地域は、農業条件の好適地とはいえず、明治からの開拓以降、生活を継続するための知恵からか、畑作から酪農に転換した農家も多いという。今回調査対象の有限会社冨田ファーム(代表冨田泰雄)およびノースプレインファーム株式会社(代表取締役社長大黒宏)は、ともに畑作から酪農への転換農家である。全国的には酪農家数は減少傾向が止まらない。興部町においても、わずかずつではあるが酪農家数は年々減少し、現在は71戸となっているが、原料乳の生産量は微増傾向にあり、全国的にみて希少な地区である。さらに、この小さな町に5社(有限会社冨田ファーム、ノースプレインファーム株式会社、有限会社パインランドデイリー、チーズ工房アドナイ、有限会社乳食研)のチーズ生産者が存在し、そのうち3社(有限会社冨田ファーム、ノースプレインファーム株式会社、有限会社パインランドデイリー)は、原料乳生産からチーズ製造、販売まで一貫した事業形態を採用していることも珍しい。この3社のうち、調査した2社の概要は以下の通りである。

 (有限会社パインランドデイリーは飼育頭数920頭(搾乳牛470頭、育成牛450頭)のメガファームをベースにしてのチーズ製造であることから今回は調査対象外とした。)

 なお、有限会社冨田ファーム、ノースプレインファーム株式会社のゴーダタイプチーズは、両者ともに隔年で実施されているALL JAPAN ナチュラルチーズコンテストにおいて入賞しており、冨田ファームの「冨夢ゴーダチーズ」は金賞を受賞、ノースプレインファームのゴーダチーズはたびたびの入賞を果たしている。

1)有限会社冨田ファーム

 冨田ファームは、明治23年に現在地を開拓し、水田、畑作が起源であるが、3代目が酪農に転換し、現在に至っている。事業規模は、乳牛(ホルスタイン)160頭(搾乳牛100頭、育成牛60頭)、草地面積80ha(採草地)、搾乳牛は放牧せず、フリーストールによる舎飼をしている。粗飼料はすべて自家生産しており、バンカーサイロによるこだわりのサイレージである。年間生乳生産量は約700トンであり、そのうちの牛乳・乳製品の製造用として約100トンを利用している。チーズ製造は2004年に開始し、現在は、他に牛乳、発酵乳、ミルクジャムなどを製造している。製品は直売所のほか、紋別観光施設内売店やインターネットで販売している。
冨田ファーム入口
バンカーサイロのサイレージ
 冨田氏は、乳質にこだわりを持ち、化学肥料を使わず、徹底した循環型農法にこだわった生産をしている。チーズ製造の際、副産物として産出されるホエイも、糞尿とともに開放のスラリータンク(2000トン)に貯蔵し好気発酵させ、土壌分析に基づいた循環式スラリー散布によって草地に肥料として還元している。その他、ファームイン冨田(宿泊施設)を有し、自然のなかで宿泊者がさまざまな作業体験を行えるほか、地域に根ざした食育にも取り組んでいる。例えば、冨田ファーム製造の「おこっぺ大地」という乳酸菌を用いた表面熟成タイプのチーズを溶かし、スイスの伝統的なチーズの食べ方であるラクレットのように、野菜につけて食べる料理なども提供している。
スラリータンク全景(円形)
スラリータンク発酵槽
チーズ(おこっぺ大地 - プレート下段)を使ったラクレット
冨田ファームの製造施設およびファームイン施設
 冨田ファームでは毎日計画的に11種類のチーズ(ゴーダチーズ、スイスチーズ、ウォッシュタイプチーズ、モッツアレラ、カチョカバロ、クリームチーズなど)を製造している。海外への販路拡大を見据えてのチーズ製造の取り組みを、今後の目標として掲げている。

2)ノースプレインファーム株式会社

 ノースプレインファームの事業規模は、乳牛(ホルスタイン)98頭(搾乳牛52頭、育成牛46頭)、肉用肥育牛60頭、草地面積110ヘクタール(放牧地30ヘクタール、採草地80ヘクタール)、畑1ヘクタール、山林80ヘクタールであり、粗飼料はすべて自家生産された乾草を利用している。乳牛の飼養頭数は、2008年の110頭から若干減少しているが、これは乳量より乳質へのこだわりによるものである。年間生乳生産量は約300トンで、全量を牛乳、乳製品製造用原料乳として利用している。チーズ製造は1991年に開始し、現在は牛乳、発酵バター、発酵乳の他牛乳を原料とする菓子類なども製造している。製品は、直営店のほか、紋別観光施設内売店やインターネットなどで販売している。現在製造しているチーズはゴーダチーズとモッツアレラチーズである。


ノースプレインファームの乾草
乳および乳製品製造工場全景
ゴーダチーズの熟成室
 ノースプレインファームは、1988年、町内向けの牛乳販売から手がけ、現在は町内の学校給食として利用され、また、チーズ、バターなどの乳製品に加え、ハンバーグなどの肉製品や菓子、パンなどの製造へと経営拡大、多角化に成功している。

4.今後の課題と展望

 酪農家がチーズ製造を柱にして原乳から販売まで一貫して取り組む6次産業化については、期待できる要素が多々ある。大手乳業企業と対抗するのではなく、差別化を図ることによって住み分け、消費者に意思を持って選択してもらえるチーズ作りを目指すことが重要である。取り組みについて重要と考えられる点は、以下のとおりである。

1次産業として高品質の原乳の確保

 両者ともに、こだわりの生乳であるが、牛乳(63℃、30分間殺菌)の風味は異なるものであり、それぞれに特徴があらわれている。

2次産業として「チーズ」製造の工夫

 原料乳の特徴(成分組成)とチーズ種とのマッチングの見極めが必要である。冨田ファームの力強い原料乳の個性を十分に引き出せるチーズは何か、また、成分調整乳によるチーズ製造も視野に入れたチーズ品種の絞り込みが課題として挙げられる。

3次産業として販路拡大のアイディア

 販路拡大には地域密着型をいかに継続的に発展させるか、また、海外への販路拡大を探るなど、さまざまな方策があろうが、先ずは、さらなる製品の認知が必要である。

 これらすべてをトータルしてマネージメントできて、6次産業化のスタートである。このことは、他の生産物にも当てはめることができると思われる。

 酪農家にとって1・2次の部分は経験が土台となり研究も進み、得意分野であり、モチベーションを高く保ちやすい。著者も、研究者としてチーズ製造がメインであり、いかに嗜好性の高いチーズを作るかが最終の命題であり使命である。今回も、酪農家の方とこだわりの原料乳にどんなチーズが適しているか、どのように嗜好を把握し、その要求に応じた高品質なチーズに仕上げていくかなどの意見交換は非常に有意義なものとなった。

 しかし、一番難しいのが、最後の詰めの部分である「出来上がった物を商品化していかに売るか」である。これこそが6次産業化の鍵を握るところである。

 「利益」を生み出せる産業として継続するには、どう展開していけばよいのか。消費者の購買意欲を誘うようなアピールの仕方に負うところが大きい。すでにインターネットでの購入が当たり前になってきており、「いいものである」と評価されればリピーターも増え、口コミも消費拡大に結び付くであろう。

 酪農家がプライドをもって作り上げたオリジナリティーの高い「乳製品・チーズ」を消費者へ届けるためには、まずは、認知されなければならない。そのためには、企画力・販売力のある専門家との連携が必要であり、大いにその力を借りるべきであろう。

 

参考資料
「ナチュラルチーズ嗜好実態調査報告書」(平成12年〜平成16年)(社)中央酪農会議
「チーズの嗜好性と食行動」阿久澤良造(2008)第81回日本栄養・食糧学会関東支部大会講演要旨集 


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