話題  畜産の情報 2012年12月号

値上げと消費者の受容

横浜国立大学大学院国際社会科学研究科 教授 白井 美由里


1.はじめに

 米国で起きた干ばつの影響を受けて、トウモロコシなど穀物の国際価格が高騰している。穀物価格は、バイオ燃料需要や新興国需要の増大などの影響により、ここ数年高い水準が続いており、今回の価格高騰は飼料の輸入依存度が高い我が国の畜産業に追い打ちをかけている。価格上昇分を食肉など畜産品の価格に転嫁したくても、価格決定権はスーパー等の小売業者側にあるため、値上げは容易には受け入れてもらえない。デフレが続き小売店間の価格競争も激化している現在では、小売業者にとって値上げは簡単ではないからである。顧客である消費者の価格意識は高く、値上げすれば他の店に変更したり買い控えをしたり代替品に切り替えたりする。したがって、小売業者に値上げの必要性を理解してもらうことはもちろんのことだが、まずは消費者の理解が必要となる。飼料に価格の低い穀物を配合することで飼料コストを下げるといったやり方もあるが、ここでは、商品を同一としたときに、どのようにしたら値上げが消費者に受容されるのかについてマーケティングの視点から考えてみたい。

2.消費者に納得してもらう

 まずは値上げの理由を説明し理解してもらうことである。既に実施しているかもしれないが、十分に伝わっていない。アメリカの研究者らによって提唱された「二重権利の原理」によれば、消費者には今までに支払ってきた価格(参照価格)で今後も支払っていく権利があり、企業には今までに得てきた利益(参照利益)を今後も維持していく権利がある。この原理によれば、仮に原料価格の上昇により企業の参照利益が損なわれる場合、これまでと同様の利益を確保するために、その分を値上げという形で消費者に負担してもらうことは、消費者の権利が損なわれる場合であっても容認される。ただし、企業が利益をさらに増やすために値上げすることは、容認されない。もちろん全ての消費者がこのように反応するわけではないが、理解する消費者も相当数いるのである。

 ここで重要なのは、値上げの必要性を伝えることである。消費者は理由がはっきりしない値上げに対し、時としてその動機を推測することが分かっている。値上げした企業の動機が、例えば従業員用施設の建設資金やチャリティへの寄付に使うといった肯定的なものとして推測されると、消費者の値上げに対する公平感は高まり、購入意向もそれほど低下しないことが、ある研究によって明らかにされている。したがって、「儲けようとしている」とか「自分達は何の犠牲も払わずに我々に負担を押しつけている」といった否定的な動機が推測されることがないよう、真の理由を明示することが必要である。飼料価格上昇だけでなく、生産者の経営や生活がどのくらい苦しくなっているのか、といった現状も含めた、そうせざるを得ない理由を告知することが納得へと導く。テレビの特集番組や新聞の特集記事などのパブリシティや、インターネットのサイトやブログなどを通した情報発信は、消費者の信頼性が高く伝わり易い。

3.消費者に支援してもらう

 次に、自分が「アンダードッグである」ことを示すことが勧められる。アンダードッグは「負け犬」と訳されることが多いが、そのような意味ではない。不利な状況にありながらも強い意志と希望を持って頑張っている者を指す。人だけでなく企業やブランドなど様々なものが対象になる。アメリカでは、起業時の苦労話、夢や希望、競合相手との戦いなどを商品パッケージ、ウェブサイト、ブログなどに載せて、アンダードッグであることをアピールする企業が多いそうである。Googleやヒューレット・パッカードはガレージで創業したことで知られているが、それは経営資源の乏しい中での船出であり、まさにアンダードッグであることを意味する。

 なぜ企業は自社をアンダードッグとアピールするのだろうか。それは、多くの人がアンダードッグに共感を覚えるからである。人は多かれ少なかれ誰でもアンダードックの経験を持っている。だから、つらい思いや苦い経験をしながらも頑張っているという姿は共感を呼び、応援したくなる。今年のノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授に親しみを感じるのも、「じゃまなか」と呼ばれるほど手術が下手だったために、臨床を諦めて基礎研究へと方向転換したというアンダードッグの側面を持っているからであろう。また、フットサル・ワールドカップの日本代表に45歳にして選ばれた三浦知良選手が人気なのは、98年に日本が初出場したサッカー・ワールドカップの代表に選ばれなかったというつらい経験を持ちながらも、依然として頑張っているというアンダードッグの側面を持っているからであろう。

 生産者が自分たちの置かれている苦しい状況を説明し、値上げへの理解を促したとしても、現在の厳しい経済情勢や近く実施される消費税増税などで消費者の財布の紐は硬く、すんなりと受容できない消費者もいるだろう。しかし、支援したいという気持ちは別で、財布の紐は緩みやすい。それは考え方を利己的なものから利他的なものへと変える。東日本大震災の後、多くの人が寄付を行ったという。したがって、生産者は苦しい状況だけでなく、そうした状況の中でもこんなに頑張っているという姿を示すことをお勧めしたい。その方が消費者に状況が伝わり易く、値上げ分を支払ってでも「支援したい」という気持ちを醸成することになると思われる。

4.商品をブランド化する

 最後に商品のブランド化が勧められる。これは一般的なマーケティング戦略で、特に新しいものではないが、効果は高いと考えられている。ブランド化とは、単に商品にブランド名を付けることだけではなく、価格以外の他の商品との違い(特徴)を示して差別化することである。どの商品も同じと感じさせる状況は消費者の目を価格に向けさせ、低価格のものが買われやすくなる。ブランド化された商品は消費者の記憶に残りやすく、安心感を生み、指名買いにつながる。そうなると値上げは受容されやすい。なぜなら、消費者とその商品のつながりは「低価格」ではなく、「その商品が持つ特徴や安心感」だからである。ブランドとして商品パッケージやラベルのデザインを記憶する消費者もいるので、それらの工夫も必要である。同じ製品カテゴリー内の商品の価格幅が広いことは、ブランド化が進んでいることを意味する。例えば鶏卵のパッケージにはブランド名の他に特徴が書かれているものが多く、価格帯も幅広いことから、ブランド化は比較的成功しているといえる。食肉は鶏卵と比べるとブランド化が十分に進んでいるとはいえない。自社商品を「消費者はなぜこの商品を選ぶべきなのか」という視点で捉えれば、消費者から見て望ましい特徴であり買う理由を見つけられるであろう。ブランド化を進め、単なる食肉ではなく特定のブランドとして消費者に継続的に購買されることを目指すのである。

5.終わりに

 以上、消費者による値上げへの受容を促すと思われる方法を三つ説明した。値上げを歓迎する消費者はいないが、状況によっては納得する消費者はいる。その鍵は情報発信である。モノを生産し買ってもらうという受け身の姿勢から、消費者に働きかける積極的な姿勢へと変えていくことが必要だ。そのためには受け手である消費者のモノの見方、考え方を考慮しなければならない。そして、消費者の生活と関連付けるなど注意を惹きやすい情報に変換しなければならない。消費者の情報の受け取り方は、発信者がどう伝えるかによって変化する。これまでの情報発信のあり方について、今一度検討してみるといいかもしれない。今は情報過多の時代で、消費者が関心を示す情報は限られるが、インターネットの普及により伝える手段は広がっている。消費者の受信アンテナが反応するよう仕向けるのである。


参考文献
Campbell, M.C. (1999), “Perceptions of Price Unfairness: Antecedents and Consequences,” Journal of Marketing Research, 36 (May), pp. 187-199.

 Kahneman, D., J.L. Knetsch, and R. Thaler (1986), “Fairness as a Constraint on Profit Seeking: Entitlements in the Market,” American Economic Review, 76 (4), pp. 728-741.

 Paharia, N., A. Keinan, J. Avery, and J.B. Schor (2011), “The Underdog Effect: The Marketing of Disadvantage and Determination through Brand Biography,” Journal of Consumer Research, 37 (February), pp. 775-791.


(プロフィール)
白井 美由里(しらい みゆり)

1987年カリフォルニア大学サンタクルーズ校卒業(コンピュータサイエンス、応用数学専攻)。1993年明治大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。1995年ペンシルバニア大学ウォートン・ビジネススクール博士課程留学。1998年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(2004年経済学博士)。1999年デューク大学フークア・ビジネススクール客員研究員。1998年横浜国立大学経営学部専任講師を経て2009年より現職。専門は消費者行動、マーケティング。

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