調査情報部 伊藤 久美
【要約】我が国の飼料用小麦輸入量は増加傾向で推移しているが、このうち豪州産は約5割を占め、重要な調達先の一つである。 豪州の小麦生産は2011/12年度、降雨量が豊富であったことから2期連続の大豊作となり、同時に飼料用仕向けの増加も見込まれている。このため、豪州産飼料用小麦は市場に多く出回るとみられる。しかしながら、過去10年間で見ると、豪州ではエルニーニョ現象などによる気象変動の影響を受けて、大干ばつが度々発生しており、小麦の生産量および輸出量の増減幅は非常に大きくなっている。今後も小麦生産を最も左右する要素は気象変動であるとみられるが、国内では干ばつへの対策として不耕起栽培による生産性の向上が期待されている。 また、国内消費量の動向については、成熟市場にある製粉用、種子用は安定しているものの、飼料用については鶏肉産業などからの需要増が見込まれ増加傾向で推移するとみられる。今後、飼料用小麦の輸出余力を見通す上では、豪州国内の飼料需要についても注視していく必要があろう。 1.はじめに我が国の飼料用小麦輸入量は、2008年以降増加傾向にある。2011年には前年度の約1.6倍と大幅に増加し、このうち豪州産は5割近くを占めた。飼料用小麦の輸入量が増加した背景として、米国産トウモロコシ高がある。我が国の畜産は、飼料原料として米国産トウモロコシに依存してきた。ただ、米国における天候不順や在庫率の低下を受け、トウモロコシの国際価格は高止まりしている。この影響で我が国の配合飼料価格は上昇し、トウモロコシの代替として飼料用小麦の需要が高まっている。 今後も、中国の飼料需要の拡大が見込まれることなどから、飼料穀物の国際需給はひっ迫傾向で推移することが予測され、我が国は、飼料穀物の選択肢と調達先を広く確保しておく必要がある。こうしたことから、我が国にとって、飼料用小麦などの調達先としての豪州の重要性が増していくものと考えられる。 ただ、この10年間をみると、豪州は度重なる干ばつの影響を受け、小麦の生産量や輸出量は増減を繰り返している。そこで、豪州における小麦生産に影響を及ぼす要因にも留意することが必要である。 本稿では、豪州における小麦の生産構造を整理するとともに、最近の気象変動が小麦生産に及ぼす影響や豪州国内の飼料需要の動向などについて、紹介したい。 2.豪州小麦の生産構造豪州では、冬作物の小麦や大麦、オーツ、カノーラ、夏作物のソルガムや綿実、コメなど、様々な穀物および油糧種子が生産されている。しかし、豪州は世界で最も乾燥した大陸といわれ、過去幾度も大干ばつなどの気象災害に見舞われた。このような経験から、豪州の農作物生産は比較的干ばつに強い小麦が中心となっている。小麦は、農業粗生産額の15.5%、農産物総輸出額の17.3%を占め、豪州にとって主要作物と位置付けられる(2010/11年度:ABARESによる予測)。 (1)小麦の生産地域〜気候や土壌により3つの地域に大別〜小麦生産地域は、東部海岸地帯をクイーンズランド(QLD)州からニューサウスウェールズ(NSW)州、ビクトリア(VIC)州にかけて、南北に伸びるグレート・ディバイディング・レンジ(大分水嶺山脈)の西側からビクトリア(VIC)州および南オーストラリア(SA)州の沿岸部、西オーストラリア(WA)州南西端の内陸部である。 2001/02年度(7月〜翌6月)以降の過去10年間における州別の生産割合をみると、WA州が最も多く35.9%、ニューサウスウェールズ(NSW)州が30.3%、SA州が16.2%となる。
小麦生産地域は、気候や降雨量、土壌など作物の生育に影響を及ぼす環境要因に基づいて、西部、南部、北部の3つに区分される。 西部地域には、生産量が最も多いWA州が区分される。同地域は、地中海性気候で、平均年間降雨量(1996〜2005年)は200〜400ミリ程度と、秋から冬にかけて降雨量が多く、春の降雨量は年によって増減が大きいのが特徴である。 この地域の単収は、冬の降雨量に左右される傾向にある。土壌は、小麦栽培に必要な土壌成分に乏しく、痩せているため、小麦生産には窒素やリン酸などの大量の肥料が必要となる。このため、この地域では他の地域と比較して生産コストが高い。 南部地域は、NSW州中央部からVIC州、SA州の南部、タスマニア(TAS)州にかけた地域である。同地域は、温帯気候で、平均年間降雨量は200〜500ミリ程度で、年間を通して安定した降雨量があるのが特徴である。 この地域の単収は、春の降雨量に左右される傾向にある。土壌は、西部地域ほどではないものの小麦栽培に必要な土壌成分にやや乏しいため、小麦栽培と畜産の複合経営などが多い。 北部地域は、クイーンズランド(QLD)州中央からNSW州北部にかけた地域である。同地域は、亜熱帯あるいは熱帯気候で、平均年間降雨量は400〜800ミリ程度で、最も降雨が多い。年間を通して安定した降雨があり、特に夏に雨量が多いのが特徴である。
土壌は肥沃で作物栽培に適している。土壌の保水力が高いため、降雨量が多ければ高単収が期待できる。また、夏の降雨量の多さや土壌の保水力の高さを活かして、通常、ソルガムや綿実など夏作物が小麦との輸作体系に組み込まれる。 (2)小麦の生産時期〜開花期が単収を左右〜小麦の播種の時期は、西部地域は4月から6月、南部地域は4月中旬から7月上中旬、北部地域は3月中旬から6月中旬である。開花期に合せて播種の時期を調整するため、同じ地域内であっても、品種やその年の天候によって時期は若干異なる。これは、開花期が小麦生産の単収をあげる上で重要な時期であり、開花が早すぎると生育が不十分となったり霜害や病害のリスクが高まったりし、遅すぎると土壌水分の枯渇や高温のリスクが高まるためである。また、最も降雨が必要となるのも開花期前後である。この頃の高温・乾燥は減収の原因となる。 収穫の時期は、西部地域は11月〜翌年2月、南部地域は10月〜翌年1月、北部地域は9月〜12月である。しかし、最近では、北部地域や南部地域で、11月から翌年1月にかけて、ラニーニャ現象による多雨に見舞われることが多く、収穫の時期は5月にずれこむこともある。収穫期の降雨は、製粉用小麦の加工適性を含めた品質低下をもたらすため、収穫期の天候は高温・乾燥が必要となる。
3.生産動向豪州の小麦生産に最も影響を及ぼすのは、干ばつや大雨などの気象災害である。 2000年以降、豪州全土レベルでの大干ばつは、2002/03年度、2006/07年度、2007/08年度の3回発生し、小麦を含めた農作物生産に影響を及ぼした。また、小麦の最大の産地であるWA州では、2010/11年度にも大干ばつとなっている。 ここでは、豪州の小麦生産について、気象変動から受ける影響を説明する。 (1)生産量の推移〜降雨量により、単収は2倍以上の変化〜小麦の作付面積は、1990年以降増加傾向にある。これは、生産地域の重なりから、長年、競合関係にあった羊産業が減退しているためである。羊飼養頭数は、1980年代後半の羊毛価格高騰を背景に、1989/90年度に最高を記録して以降、減少傾向で推移している。
このため農地の小麦栽培への転用が進み、小麦の作付面積が増加したものとみられる。 2000/01年度以降をみると、収穫面積は1100万〜1400万ヘクタールで推移している。収穫面積の増減は、小麦価格や輪作体系によるほか、天候による作付け状況にもよる。 特に、輪作体系は最近、農業の持続的な生産の観点から見直され、小麦を中心に大麦、カノーラ、ルーピンなどを組み込んだものとなっている。生産者は、穀物価格のほか、土壌条件や病原菌、栄養素などを考慮した上で輪作を行う。土壌が痩せている地域では、ルーピンやヒヨコマメなどマメ科作物を輪作体系に組み込んで窒素の固定を行い、肥沃化を図ることが多い。
単収は、小麦の栽培期間における降雨量により、大きく増減する。2000/01年度以降の平均単収は、1ヘクタール当たり1.56トン、干ばつの影響を受けた年には同0.91トンで、一方、豊作の年には同2.11トンと、干ばつは最大で2倍以上の差をつける。単収の増減に伴って生産量も増減する。生産量は平均で1974万トンあり、1013万トン〜2789万トンで推移している。 (2)生産に影響を及ぼす気象変動①豪州で発生する気象変動 小麦生産に影響を及ぼす気象変動は、太平洋上で起こるエルニーニョ現象とラニーニャ現象、インド洋上で起こるインド洋ダイポール現象(IOD)と深く関連がある。これらの現象は、海面水温および気圧の変化が相互に作用し、発生する。 エルニーニョ現象は、豪州の冬から春にかけて、東部、北部、南部を中心に干ばつを引き起こす。特に、6月から11月にかけて強まり、小麦の播種期から収穫期までの降雨量が減少するため、大減産を招く。 ラニーニャ現象は、豪州の春から夏頃にかけて、東部、北部、南部を中心に豪雨や低温をもたらす。また、サイクロンの発生率も高まる。特に、10月から翌3月にかけて強まり、小麦の開花期から収穫期に降雨量が増加するため、増産となる。それと同時に、収穫期の多雨により、品質低下も招きやすい。
IODは、豪州の冬から春にかけて、西部と南部を中心に干ばつを引き起こす。5月頃発生し、8〜10月に急速に終結する。小麦の播種期から収穫期に降雨量が減少するため、減産を招く。負のIODはこれと逆の減少で、西部と南部を中心に豪雨をもたらし、小麦の増産につながる。 ②過去10年間の気象変動の状況 2000年以降、エルニーニョ現象は2002/03年度、2006/07年度、2009/10年度、ラニーニャ現象は2007/08年度、2008/09年度、2010/11年度に発生している。 また、正のIODは2006/07年度、2007/08年度に発生している。 2002/03年度は、豪州全土で大干ばつとなった。2002年3月から2003年1月にかけて、QLD州やNSW州、VIC州、SA州のほぼ全域と、WA州の南西部で、降雨量が平均を大きく下回った。これにより、小麦の生産量はTAS州を除くすべての州で落ち込んだ。 2006/07年度は、2006年5月から12月にかけて、小麦生産地の大半で、降雨量が平均を大きく下回り、小麦は大きく減産となった。 特に、NSW州やVIC州、SA州では、最も水分が必要となる開花期前後である8〜10月の降雨量が、1900年以来の最低水準となったことから、この3州の単収および生産量は、2002/03年度より減少した。 2007/08年度は、ラニーニャ現象と正のIODが同時に発生した。播種期にあたる4月後半から5月前半にかけては、小麦の主要生産地でまとまった降雨が観測され、小麦生産の開始当初は好調な生産が期待された。その後、6月から10月にかけて、IODによる干ばつがSA州、VIC州、NSW州南部およびWA州で発生し、降雨量が平均を大幅に下回った。この影響により、小麦生産量はNSW州で前年度からさらに減少、他の州でも前年度の干ばつからの回復幅は小さく、2期連続の不作となった。 なお、夏穀物のソルガムの生産については、生産地のQLD州やNSW州北部で、播種期の10月以降、ラニーニャ現象による降雨があったことから、作付面積と単収が増加し、過去最高の生産量となった。
2010/11年度のラニーニャ現象は規模が大きく、10月、12月、翌年3月は1900年以降の降雨量の最高記録を更新し、10月と翌年2月は2番目に降雨量の多い月となった。また、観測史上最大規模といわれる「ヤシ」を含む3つのサイクロンが到来した。小麦生産は、大干ばつとなったWA州を除き、大幅な増産となったものの、収穫期の多雨により品質低下を招き、飼料用に多くが仕向けられた。
2011/12年度は前年度に引き続き、降雨量の多い年となっている。現在、前年度に引き続き大豊作が見込まれている。特に、前年度に大干ばつとなったWA州では、前年度の2倍以上となる大増産が見込まれている。同時に、各州で飼料用に多く仕向けられていることも報告がなされている。 (3)今後の小麦生産について〜不耕起栽培に生産性向上を期待〜小麦の作付面積は、今後、減少傾向となることが予測される。これは、羊の生産が盛んになっていることと、度重なる干ばつの発生が背景にある。 羊の飼養頭数は、2010/11年度に増加に転じた。これは、長い干ばつの影響からようやく脱したことに加えて、堅調な羊毛価格や羊肉価格に支えられたものである。豪州の食肉関係団体であるMLAによると、飼養頭数は2015年には2010年比で10.2%増が予測されている。 もう一つの減少要因は、度重なる干ばつによる生産者の経営体力の消耗にある。WA州の生産者団体WAFarmersによると、「干ばつで穀物専業では農業収益が不安定となり、生産者の収益は悪化している」とし、その対策として、同州では、2011/12年度により収益性の高い羊生産との複合経営が増加したとのことである。 豪州では2000年以降、2007/08年度まで3度に及ぶ干ばつがあり、2010/11年度は、他州の豊作にも関わらず、WA州で再び干ばつに見舞われた。WA州では土壌が痩せており、農業薬剤および肥料を多く必要とすることから、生産費が他州と比べて高い。2010/11年度の1農場当たりの生産費は、南部と比較して24万54豪ドル(1985万円:1豪ドル=81円)、北部と比較して8万64豪ドル(697万円)高い。これに、度重なる干ばつによる減収が加わって、穀物専業の経営に厳しさが増したため、より収益の高い羊生産との複合経営にシフトしたとみられる。ただ、政府による干ばつ支援が、利子の補助や一時的な所得支援など十分とはいえないことも背景にあるといえよう。 今後豪州では干ばつの発生頻度が増加するものと予測されている。豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)が2007年に公表した豪州の気象変動の報告書によると、豪州の各地で2030年までに気温の上昇と降雨量の増加が見込まれている。特に、WA州では気温は0.6〜2℃上昇、降雨量は20%減少と見込み幅が大きい。CSIROは、干ばつの増加や土壌水分量の減少による豪州農業の生産性低下に加え、降雨量の減少による熱ストレスや病害、気温の上昇による害虫や雑草の増加のリスクが高まるとしている。
現地関係者は、このような気象変動への対応策の一つとして、不耕起栽培など農耕法の変更を挙げた。不耕起栽培とは作付け前に耕起・整地を行わず、畑に浅い溝を切って播種する栽培方法である。耕起作業が省略できることにより、労力やコストの低減につながることが一番のメリットである。同時に、前作の残さによってマルチの効果が得られ、休耕中に土壌の流失や土壌水分量の低下を防ぐことが可能となる。現在、豪州では不耕起栽培が主流な農耕法となりつつある。 今後も干ばつが頻発することが予測されている中、農業の生産性の向上を図るためには、土壌の保水力の向上などの取り組みが重要である。実際、不耕起栽培を続けたほ場では、土壌に団粒構造(※)がみられるようになり、干ばつの年にも平年レベルの単収が得られているといった報告がある。不耕起栽培が今後も広がることにより、安定した小麦生産が期待できるものと考える。
※粘土や砂などの粒子、腐植土などが集まって固まったものを団粒と呼び、この団粒によって構成された状態をいう。団粒構造となっている土壌には適度な空隙が存在し、排水性及び保水性に優れ、やわらかい土となる。 4.国内消費(1)国内消費量の推移〜2010/11年度は2割が国内仕向け〜2010/11年度の国内消費量は、製粉用が251万トン、その他用(飼料用・工業用)が287万トン、種子用が71万トンで、生産量の2割が仕向けられている。国内需要は、シドニーなど大都市を擁し、かつ、フィードロット産業など畜産業もさかんな東部の州で大きい。 2000/01年度以降の消費量の推移をみると、製粉用、種子用はほぼ横ばいで推移している。製粉用は、今後、堅調な人口増に伴う増加は見込まれるものの、市場はすでに成熟していることから、消費の伸びは緩やかなものと考えられる。 一方、飼料やバイオエタノールなどに用いられるその他用は183万〜451万トンと、年によって増減幅が大きい。これは、その他用が製粉用の規格外品であることによる。製粉用の規格等級はAH(Australian Hard)やAPW(Australian Premium White)など数種類存在する。規格等級は、たんぱく質含有量やでんぷん粘度、水分量などの品質規格によって区分され、パンやパスタなどそれぞれの最終用途に適した品質規格が設定されている。 収穫期の過度な降雨などが、たんぱく質含有量の低下や穂発芽などの品質低下を招く。こうして製粉用の品質規格を満たさなかったものは、FEED(飼料用)とGP(General Purpose;工業用)といった規格等級になる。このように、その他用の仕向け量は天候によるところが大きいため、仕向け量の増減に伴って、消費量も大きく増減して推移する。
(2)国内の飼料需要〜飼料需要は牛肉産業、鶏肉産業、酪農産業が中心〜豪州の小麦需要を見定めるには、豪州国内における飼料需要の動向を考察する必要がある。 豪州の食肉産業は、輸出向けのプライオリティが高い牛肉産業、酪農産業、羊肉産業と、国内消費がメインの鶏肉産業、豚肉産業、鶏卵産業に大別できる。牛肉産業はQLD州やNSW州が主産地となっており、酪農産業はVIC州でさかんである。一方、大半が国内で消費される鶏肉産業などは、豪州国内の人口分布に沿った形で発達し、豪州東部で需要が大きい。 家畜に給与する飼料は、酪農産業では6割、鶏肉産業ではほぼすべて、豚肉産業および鶏卵産業では7割強が流通飼料であるが、牛肉産業では自給飼料が8割を占める。 国内の飼料用小麦の需要を各産業別に見ると、牛肉産業(27.1%)が最も多く、次いで鶏肉産業(22.9%)、酪農産業(22.1%)となる。ここでは、今後の飼料用小麦の需要見通しを産業別に考察する。
①豪州国内における飼料用小麦の消費の現状 豪州で給与される飼料のうち穀物が占める割合は71%である。飼料穀物の内訳は、小麦(30%)が最も多く、次いで大麦(24%)、ソルガム(16%)となっている。トウモロコシの割合が最も低いのは、豪州の穀物生産の特徴の一つである。 2009/10年度における飼料(粗飼料など含む)の消費量は、1135万8000トンである。飼料の消費量と原料使用割合から、消費された飼料用小麦の量は、241万9000トンと推計される。 なお、豪州国内で消費される飼料用穀物は、検疫上の理由から、国内生産に限られている。しかしながら、干ばつ被害の大きかった2002/03年度および2006/07年度には、政府はブロイラー向けに飼料用穀物の輸入を許可し、2002/03年度は米国産とうもろこし、英国産小麦が一時的に輸入された経緯がある(2006/07年度は国内で賄えたため、輸入実績なし)。鶏肉産業は、加工場や生産者が沿岸部に集中しており、輸入飼料用穀物はシドニーの港に荷揚げされ、港近くの飼料工場で熱を加えてペレット状に加工され、近郊の鶏肉生産者の手に渡った。このように、輸入は極めて限定的であり、輸入が飼料用小麦の需要に影響を及ぼさない。
②産業別の需要の見通し ア.牛肉産業〜大きな変化はない見込み〜 飼料需要に影響を及ぼす要因としては、フィードロット飼養頭数の増減がある。穀物で肥育するフィードロット飼養頭数の増減は、牧草肥育が主体の肉牛全体の飼養頭数と若干異なる推移を見せる。干ばつ時には牧草不足により肉牛は淘汰が進み、全体の飼養頭数は減少する。しかし、フィードロットには牧草肥育からの仕向けが増加して、飼養頭数が増加することもある。また、フィードロットでは、生産コストの大半を占める飼料穀物価格や肥育素牛価格の動向、出荷先の約6割を占める牛肉の輸出市場の需要の影響を強く受ける。 2010年12月末以降、増加傾向にあったフィードロット飼養頭数は、2011年9月時点で減少に転じ、前年同期比6.8%減の71万4千頭となった。これは、豪ドル高による輸出需要の低迷、2010/11年度の飼料穀物生産量の増加にもかかわらず、豪州国内で依然として堅調に推移する飼料穀物価格、放牧環境の改善による旺盛な素牛需要を反映した素牛価格高の影響を受けたものである。
輸出需要についてみると、フィードロットの主要仕向け先である日本向けの2011年(1〜11月)輸出量は、前年同期比8.2%減の13万1千トンにとどまっている。これは、日本市場で豪ドル高・米ドル安によって米国産の需要が強まり、米国産の輸入量が増加したことなどによるものである。 日本の牛肉輸入の推移をみると、2007年以降は牛肉輸入量が横ばいとなっている中で、米国産と豪州産は競合しており、豪州産は減少傾向、米国産は増加傾向で推移している。このような状況に当面、変化はないものと考える。
また、最近では、ロシアや中東向けの輸出量の伸びが著しいが、ロシアについては、大半が加工用とのことである。中東向けは幅が広く、加工用のほか、ホテルや高級レストラン向けに穀物肥育牛が出荷されているとのことである。しかしながら、中東向けは豪州の輸出量全体の3%程度にすぎず、現時点で穀物肥育牛の生産動向に影響するほどではないといえる。 飼料穀物価格についてみると、2011/12年度の穀物生産は2年連続の豊作、飼料穀物も増加が予測される。このことから、関係者は豪州の飼料穀物価格の一服を見込んでおり、フィードロット産業はようやく厳しい状況を脱することができるとみている。 肥育素牛価格についてみると、若齢牛価格(NSW州)は2011年の平均が前年比9.8%高と、年間を通して高値で推移した。2011年7〜9月のと畜頭数は雌牛が前年比13%減、子牛が前年比11%減と、依然として保留傾向がみられ、牛群再構築は当面も続くものとみられる。したがって、肥育素牛価格は今後も堅調な推移が予測される。 総合すると、短期的には穀物肥育牛の生産に大きな伸びはないとみられることから、牛肉産業における飼料穀物需要にも大きな変化はないものと考えられる。 イ.鶏肉産業〜年2%の需要増を見込む〜 鶏肉産業は、飼料穀物需要の増加が確実に見込まれる。 世界的なトレンドと同様、豪州の鶏肉消費は増加傾向にある。そして、世界的にみても、豪州は最も鶏肉を好んで食べる国の一つである。1人当たりの年間消費量(2010/11年度)は、家禽肉が46.1キログラム、うちブロイラーが43.9キログラムであり、ブロイラー消費量はブラジルに次いで、世界第2位である。ほかの食肉(牛肉33.6キログラム、羊肉10.9キログラム、豚肉24.4キログラム)と比較しても消費量は多い。
食肉価格の動向をみると、鶏肉価格はほぼ横ばいで推移している。1989年の食肉価格と比べて、2010年の価格は2倍弱上昇したことになる。消費者物価指数(CPI)が1989年から2010年までに1.8倍に上昇していることにかんがみると、鶏肉価格は実質的に下落しているともいえる。 これは、鶏の飼料効率の向上などにより、生産コストが減少したことによるものである。低価格を背景として、鶏肉消費は今後も伸びるものとみられる。
2010年の家禽鶏肉生産は、処理羽数が5億1千万羽、生産量が97万2千トンとなった。堅調な人口増加や消費増を背景に、生産量は年々増加の傾向にあり、過去10年の伸び率は年間4.7%となっている。 関係者は、今後の生産量は年間4%で増加し、これに伴い、飼料需要も年間2%で増加するとしている。この数字から推計すると、飼料穀物の消費量は年間約3万6千トン、飼料用小麦は約1万1千トンと、わずかながらも確実に増加することが見込まれる。 ウ.酪農産業〜飼料需要は緩やかに伸びる見込み〜 酪農産業は、経営規模の拡大や干ばつによる牧草の調達難を経験したことで、飼料穀物の給与量は増加傾向にある。2010/11年度の経産牛1頭あたりの年間飼料穀物給与量は、前年度比5.1%増の1.66トンとなった。 2010/11年度において、乳用牛1頭当たりに穀物を0.5トン以上給与する酪農家は、約9割となっており、生乳生産量に占める割合からみると約95%となっている。また、大規模な農家ほど、穀物の給与量は多い傾向にある。 伸び悩む乳牛の飼養頭数は、今後、増頭が見込まれるものの、飲用乳の値下げによる酪農家の生産意欲の低下や乳牛の生体輸出の増加などから、増頭は限定的なものにとどまるとみられる。しかし、関係者の多くは、生産者の大規模化は今後も進むものとみていることから、1頭あたりの飼料穀物使用量は増加傾向で推移するとしている。 したがって、酪農産業における飼料穀物の消費量は緩やかに伸びるものと考えられる。 5.我が国における豪州産飼料用小麦の位置付け豪州における2010/11年度の輸出量は1864万トンとなり、生産量の66.8%が仕向けられている。 2000/01年度以降の輸出量の推移をみると、干ばつの2007/08年度には744万トン、豊作の2010/11年度には1864万トンと、生産量の増減に伴って輸出量は大きく変動する。しかし、日本向けは2000/01年度以降、2007/08年度、2008/09年度を除き、110万トン台で安定している。
2010/11年度の輸出先の上位3カ国は、インドネシアが389万トン(シェア21.1%)、韓国が120万トン(同6.5%)、日本が118万トン(同6.4%)であり、それ以外は、アジアや中東が主力である。
(1)豪州産飼料用小麦の我が国における輸入動向
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図15 飼料用小麦とトウモロコシの輸入価格の推移 |
資料:財務省「貿易統計」 |
豪州産についてみると、2009年以降は我が国の輸入量の伸びとともに、豪州産のシェアも増加し、2011年(1〜11月)では豪州産の輸入量は10万1000トンと、全体の45.0%を占めた。なお、2009年以降、豪州以外の輸入元は、ロシアやウクライナ、カナダとなっている。
関係者によると、豪州産飼料用小麦は、カナダと並んで品質が高いといわれる製粉用の規格外品であることから、他国産飼料用小麦と比べて品質が高いとのことである。また、アジアに近く、輸送コストの面でも有利である。こうしたことに加えて、豪州では2010/11年度の飼料用小麦の生産量が伸びたことから、日本における豪州産の輸入量が伸びたとみられる。
図16 日本における飼料用小麦の輸入量の推移 |
資料:財務省「貿易統計」 |
ここでは、日本における豪州産の今後の位置付けを考察することとする。
各国の飼料用小麦の2011年平均輸入価格(CIF)をみると、豪州産は1トン当たり2万5559円、カナダ産は同2万5052円となり、価格面でほぼ同等とみられる。同年7月に輸出を再開したロシア産は同2万2390円と、豪州を大きく下回った。
ウクライナ産は、2010年10月以降の小麦輸出規制は、2011年7月に解除されたものの、2011年(1〜11月)には我が国に輸入されていない。2010年の平均価格を比較すると、豪州産は2万2621円、ウクライナ産は1万7882円と、ウクライナ産が2割以上の安値となっている。
このことから、豪州の競争相手国として、カナダは品質面や価格面でほぼ同等であると考えられる。一方、ロシアとウクライナは、豪州と比べて、価格競争力があるといえる。
しかしながら、ロシアやウクライナは生産動向など国内の事情によって輸出規制をかけるなど、調達先としては不安定だという課題が残る。
農林水産省は、平成23年度飼料需給計画(※)で策定された飼料用小麦の輸入量30万トンを、同年10月26日付けで43万トンに引き上げた。今後、飼料用小麦は日本の家畜飼料において重要性を増し、その中で、飼料用小麦の主要な調達先の一つとして、豪州産の位置付けは高まるものと考えられる。
※飼料需給安定法(昭和27年法律第356号)に基づき、政府は、飼料の需給および価格の安定を図ることで畜産農家の経営安定に資することを目的に、毎年、輸入飼料の買入、売渡等に関する計画を策定し、実施している。同年度の飼料用大麦については、141万トンとなっている。
豪州では、2000年以降の度重なる干ばつにより穀物生産者は疲弊し、穀物専業では利益が出ないなど、小麦生産は厳しい状況にある。関係者の中には、豪州の小麦生産が干ばつ次第という構造は、今後も変わらないだろうと見る者もいる。しかし、頻発する干ばつによって生産量が減少しても、豪州にはなお700万トン以上を輸出に仕向ける余力があり、我が国への小麦輸出量は約100万トンと、一定の数量が保たれてきている。こうしたところに、豪州の小麦生産の安定性を感じる。
世界各地で起こっている昨今の天候異常により、飼料穀物生産は不安定な状況にある。また、中国などの飼料需要の増加により、今後も飼料穀物の需給はひっ迫傾向で推移するものと予測される。我が国は、これまでのように米国のとうもろこしに頼った飼料ではなく、調達先と多種類の飼料穀物という両面で、選択肢を広げておく必要がある。我が国における豪州産飼料用小麦の輸入量はすでに年々増加しているが、今後は、北半球の飼料穀物生産国とは地理的に離れ、季節も逆である豪州が、リスク分散という意味合いでも、ますます重要性を増していくものと考える。
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