話題  畜産の情報 2012年6月号

畜産物の安全と安全な畜産物

農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課 課長 池田 一樹


 「畜産物の安全」の確保は畜産の基本です。しかし、食卓に並ぶのは「畜産物の安全」ではなく、「安全な畜産物」です。このため、「安全」という言葉を科学に基づいて目に見えるようにしています。その過程を私たちが今行っている飼料中に残留した農薬の管理を例にして紹介します。

安全な食品と基準値

 食品や物質が「安全」かどうかは、毒性と食べる量で決まります。どんな食品、物質でも、人にとって毒になることがあります。例えば塩が無ければ生きられませんが、食べ過ぎると血圧によくありません。また、農薬が量に関わらず健康に悪影響を与えるわけでもありません。

 だからといって安全な食品の生産をあきらめるのではなく、作り続ける努力が必要です。この努力を関係者が同じ土俵で行うために、毒性や食べる量を科学的に評価して、摂取しても健康に影響がない量の目安として、「安全」を「数値」化しています。これが基準値です。

人の健康に悪影響がない総量としての基準値

 農薬には人が一生涯毎日摂取し続けても、健康に悪影響がないと考えられる1日当たりの量の基準があります。これは「一日摂取許容量」と呼ばれ、農薬を様々な量や期間で動物に与えて、全く健康に影響がなかった最も少ない量の1/100に設定されます。動物と人との種の差や個体差を考慮して通常1/100にしていますが、健康保護のために必要であれば、1/1000とか1/10000にします。

食品の基準値

 農薬は、使用した野菜等の作物や、その作物(飼料)を食べた家畜から生産された畜産物に残留することがあります。人が畜産物や農産物等の色々な食品から農薬を摂取しても、摂取した1日当たりの総量が一日摂取許容量の8割を下回るように食品それぞれに農薬の残留基準値(濃度)が定められています。いわゆる「ポジティブリスト」の基準値です。

飼料の基準値設定の基本的な考え方

 生産する畜産物が、ポジティブリストの基準値を超えないようにするためには、飼料中の農薬も一定量以下にしなければなりません。このため、飼料にも農薬の残留基準値(濃度)が定められています。

1 作物残留試験

 まず、飼料に使う作物にどのくらい農薬が残留するかを調べます。農薬は、対象作物、使用量、使用回数等が決められています。この範囲内、つまり、決められたとおりに使用した場合に、最も多く残留する使い方で、飼料の原料となる作物に農薬を散布して、残留濃度を調べます。

 次に、この試験で得られたデータに基づいて飼料中の残留農薬の基準値案を設定します。消費者の健康の保護等を目的とした国際的な政府間機関のコーデックス委員会は、食品や飼料中の農薬の残留基準値を「合法的に認められる最大濃度であり、農薬の使用基準に基づいて設定し、残留量がこれ以下であれば、その作物に由来する食品は毒性学的に安全であること」と定義しています。飼料中の残留農薬の基準値案はこの考え方に基づいて、試験データの数やバラツキを考慮しながら設定します。なお、OECDからは基準値案の算定方法も示されています。

2 畜産物中の最大残留濃度の推定

 まず、飼料中の農薬が畜産物にどの程度残留するかを推定します。具体的には作物残留試験で得られた飼料の原料作物毎の残留濃度の最大値を組み合わせて、飼料中に最も多く残留する最悪のケース(飼料中の最大残留濃度)を推定します。

 次いで、この最大残留濃度の飼料を家畜に食べさせると、その農薬が筋肉や内臓にどの程度残留するかを推定します。具体的には、あらかじめ家畜が摂取する農薬と、筋肉や内臓への残留濃度の関係を実験で調べておいて、この関係を使って飼料中の最大残留濃度に対応する畜産物中の最大残留濃度を推定します。

3 飼料の基準値の決定

 2で推定した畜産物中の最大残留濃度を統計学的に処理したものが、現行のポジティブリストの基準値を下回っていれば、1で設定した飼料の基準値案を採用します。この案を統計学的に処理し、また、分析ができなければ基準の管理ができませんから、分析法の汎用性や定量限界を考えながら、最終的に飼料の基準値を設定します。

 一方、ポジティブリストの基準値を上回った場合は、この畜産物を含めて食品全体から1日当たりに摂取する農薬の総量を改めて推定します。これが一日摂取許容量の8割を下回るのであれば、この畜産物のポジティブリストの基準値の引き上げを検討しますし、8割を上回るのであれば、飼料としての使用を制限したり、給与割合を制限します。

データと分析評価

 繰り返しますが、厳密に言えば絶対に安全な食品、畜産物はありません。しかし、食品生産に携わる者は安全な食品、畜産物を作る努力を続けなければなりません。そのために基準を設定しますが、その出発点はデータです。私たちはクオリティの高いデータを収集し、科学的に分析評価した上で、効果や実現可能性等を勘案して安全な畜産物が生産、消費されるよう基準値を作成しています。

おわりに

 牛肉から基準値(1mg/kg)の100倍の農薬が検出されたとします。この牛肉を万一食べてしまったとしたら健康に影響があるでしょうか? 人の体重は50kg、この農薬の一日摂取許容量は1mg/kg体重/日、牛肉の1人1日当たりの摂取量は15g/日、急性毒性は無いものとして考えてみてください。

(答え)

 この農薬を大人が1日に摂取することが許容される量は1mg/kg体重/日×50kg(大人の体重)=50mg/日です。一方この農薬を牛肉から1日当たりに摂取する量は、100mg/kg(基準値×100倍)×牛肉の1人1日当たりの摂取量の15g/日(0.015kg)ですから、1.5mg/日となり、許容量の3%程度です。ですから、健康への悪影響はないと考えられます。
「私は少なくとも牛肉は200gは食べるから心配」という方もいるかもしれませんが、一生涯毎日これだけの牛肉を食べ続ける方は稀でしょう。もし毎日食べ続けるとしても、それは基準値以下の牛肉です。さらに牛肉を食べる量が増えれば他の食品の摂取量が減ります。ですから、平均的な摂取量で影響を評価することができます。

 食品中の農薬の残留基準値は、それを超えた食品を食べるとすぐに健康に影響が出ると言った閾値ではありません。安全な食品が供給されるように管理するための一定の水準です。基準値を超える食品が出回らないようにすることが最も重要ですが、万一基準値を超過しても、直ぐに「危ない」と決めつけず、客観的、すなわちデータに基づいて科学的にその影響の程度を評価してみることが大切だと思います。


(プロフィール)
池田 一樹(いけだ かずき)

 

昭和56年東京農工大学農学部獣医学科卒業後、

農林水産省入省。

衛生課、牛乳乳製品課、食肉鶏卵課、

卸売市場室等を経て現職。獣医師

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