海外情報  畜産の情報 2012年6月号

フランスの酪農事情
〜2013年CAP改革および2015年クオータ廃止に向けて〜

調査情報部 矢野 麻未子

  

【要約】

 フランスの酪農部門は、2013年CAP改革および2015年生乳クオータ廃止を直前に控えて大きな転換期を迎えている。2013年のCAP改革は、各国への予算配分の格差是正などがあげられており、同予算の割合が高いフランスは大きな影響を受けることが予想される。また、フランスは条件不利地域支払を通じて山岳地帯の酪農を支えてきたが、今回の改革により予算確保が困難となる可能性があり、同地域での経営存続が危ぶまれている。

 生乳クオータ制度の廃止は、同制度を用いて生産調整を行っていたフランスにとって、生産構造や生産者と乳業メーカーとの関係に変化をもたらすものである。このような転換に伴い、フランスの酪農部門が今後どのような方向に向かうのか注目したい。

1.はじめに

 EUにおける牛乳・乳製品業界は、2013年以降の共通農業政策改革(以下、「CAP改革-2013」という)、そして2015年の生乳クオータ廃止という大きな転換期を迎えようとしている。CAP改革-2013は、現在課題となっている共通農業政策(以下「CAP」という)における予算割当の格差是正、単一支払制度の統一化、環境保護を重視する「緑化(greening)」への予算配分拡充、「第1の柱」と称される直接支払・市場措置から「第2の柱」と称される農村開発予算への拡充等について、2012年12月の決定に向けて活発な議論が行われている。

 この改革案が実現されれば、CAP予算の割当が最も高いフランスは、格差是正により予算が削減されることになるであろう。また、第2の柱に置かれている「条件不利地域支払」が第1の柱に移動され、直接支払予算で実施されることになる。フランスは直接支払予算に「条件不利地域支払」枠を設ける考えはないと発言しているため、改革によって山岳地帯など条件不利地域での酪農の存続が懸念されている。このほか、「緑化」が第1の柱に移行し、補助金の受給要件が高度化するため、第1の柱への依存度が高いフランスは影響を受けると考えられる(図1)。

 また、2015年の生乳クオータ制度廃止により、自由に生乳生産を行えるようになる。生乳クオータ制度を活用して生乳生産を調整してきたフランスにとっては大きな影響を与えるであろう。

 ドイツに次ぐ第2位の生乳生産量を誇り、EU域内の約18%の生乳生産量シェアを有するフランスの酪農について、現状と課題を整理するとともに、フランス酪農の動向を中心に述べることとする。
図1 2013年CAP改革案の概要

2.フランスにおける酪農生産概況

 フランスの酪農生産地域は、大きく9つの地域に区分けできる。酪農農場数でみると、フランスの国土の北半分に位置するグレートウエスト地域、ノルマンディ地域、グレートイースト地域および北ピカルディ地域が生乳生産4大産地である。これらの地域に約72%の農場が集まっている。一方、国土の南半分に位置する地域はそれぞれ5〜8%、さらに盆地であるサントル地域は1.6%と低いシェアとなっている(図2)。
図2 地域別酪農農場数(2010年)
資料:フランス農業省
   「Évolution des structures de production laitière en France」

 生乳出荷量は、2009年が222億リットル、2010年が233億リットル、2011年が246億リットルと2年連続で前年比5%増で推移している。乳牛頭数は減少しているものの、1頭当たりの年間泌乳量が増加しており、品種改良や技術改良などの成果が表れている(表1)。
表1 フランスにおける生乳生産量、出荷量および泌乳量
資料:Cniel「L'Economie Laitiere en Chiffres Edition 2011」
 注:2010年および2011年はZMBの数値である。2011年は暫定数値

 集乳量は、ブルターニュ州が47億リットルと最も多く、次いでペイ・ド・ラ・ロワール州、次いでバス・ノルマンディ州となっている。最近10年間の集乳量の推移をみると、農場数が多い4大産地において概ね横ばい、増加する一方で、その他の地域では減少しており、一層の集約化が進んでいるのが分かる(表2)。
表2 州別集乳量の推移(牛)
資料: Cniel「L'Economie Laitiere en Chiffres Edition 2011」
 注:2010年の構造改変により集乳範囲が変わった地域がある。
   「c」はデータなし

 牛乳・乳製品の生産量については、従来から製造している牛乳、バターなどが減少する一方で、新たに商品開発を進めたヨーグルトやフロマージュブランといったフレッシュタイプやロシア向け輸出が好調であったチーズが増加している。全体では、2008/09年度の酪農危機で牛乳・乳製品の生産が減少したものの、2009年後半より回復に転じ牛乳・乳製品の生産量は、2010年は前年比5.8%の伸びを示した(表3)。
図3 州別集乳量(羊・ヤギ含む)(2009年)
資料:フランス農業省
   「Évolution des structures de production laitière en France」
表3 フランスにおける牛乳・乳製品生産量の推移
資料:FranceAgrimer Les filieres animales terestres et aquatiques Bilan 2010 Perspectives 2011

 牛乳・乳製品の輸出入動向は、輸出額ベースで2000年の42億ユーロ(4,578億円:1ユーロ=109円)から2010年の56億ユーロ(6,104億円)と順調な伸びを示している。輸出先は、EU域内が主であり(2000年の域内輸出割合が72%、2010年は同77%)、ドイツが第1位である。域外輸出について地域別にみると、北アフリカおよびNAFTA(北米自由貿易協定)加盟国が主な輸出先であったが、2009年以降は、中国などへの輸出が伸びたためアジアが第1位となった。

 輸入は、輸入額ベースで2000年以降増減を繰り返しつつも増加傾向であり、域内輸入が2010年で2億7100万ユーロ(295億円)と95%を占めている。域外ではオセアニアから輸入しているが、わずか1600万ユーロ(17億円)と全体輸入額の1.7%を占めている程度である(表4)。
表4 フランスにおける輸出入状況
資料:DGDDI(Dounanes)

 つまり、フランスの牛乳・乳製品業界は、EU域内市場に高く依存していることが分かる。

3.フランスにおける生乳生産概況

 フランスの農業は、EEC(のちのEU)共通農業政策導入を控えた1960年代より「近代的で生産性が高く競争力を持った家族経営の育成」を図ってきた。家族経営を基本としつつ規模拡大を図るため、法人組織による協同・集団経営が押し進められてきた。法人組織は、GAEC(共同経営農業団体)、EARL(有限責任農業経営体))、SCEA(農業経営民事会社)などがあり、酪農部門においても生産者のおよそ95%がいずれかの法人形態をとっている。

 2010年の経営規模別割合をみても、大規模に位置づけられる30万リットル以上の経営規模が46%と最も多く、次いで20万〜30万リットルの経営規模が26%、10万〜20万リットルが18%、10万リットル未満は10%となっている(図4)。
図4 クオータ量別生乳出荷者割合(2010年)
資料:フランス農業省「Évolution des structures de production laitière en France」
 経時的な変化をみると、ここ15年の間で、24万リットル未満の経営規模は急激に減少をしていることが分かる。また、30万リットル未満の経営規模は2005年までは増加していたものの、その後減少し、300万〜360万リットル未満の経営規模も2010年には減少に転じている。その一方で、360万〜420万リットル以上の経営規模は、全ての年において増加しており、特に600万リットル以上の経営規模の増加率は2005年と比べて168%と大きく伸び、現在も大規模化が継続していることが分かる。これは、フランス政府が大規模化の政策誘導を図った成果といえる(図5・6)。
図5 規模別酪農場数の推移
資料:フランス農業省「Évolution des structures de production laitière en France」
図6 フランスにおける酪農場数(1995年〜2010年)
資料:フランス農業省「Évolution des structures de production laitière en France」
 注:2010年は暫定値

4.CAP-2013改革の影響

(1)CAP予算の動向

 フランスの酪農政策は、CAPに基づいて実施されており、生乳クオータ制度による生産調整、介入在庫による価格支持、輸出補助金による需給調整などがなされている。

 2010年EU予算はおよそ1204億9千万ユーロ(13兆1334億円:1ユーロ=109円)で、うちCAPが含まれる「自然保全と管理」に係る予算は560億6千万ユーロ(6兆1105億円)である。CAPに係る予算は年々減少しており、25年前はおよそ全予算の75%を占めていたが、農業以外の部門の割当増加により2007年から2013年の財政フレームでは39%までシェアが下がっている。また、2011年6月に公表された次期財政フレーム(2013〜2020年)の予算案においてシェアは36%と下がるものの、金額ベースではほぼ現状が維持されることとなっている。

図7 CAP財政の推移
資料:欧州委員会、DGAGRI
 注:2010年は暫定値

(2)CAP改革-2013のフランスへの影響

 フランスはその他の加盟国と比べて最も多くCAP予算を割当てられている(図8)。2010年のフランスの農業予算は123億ユーロで(1兆3407億円)、うちEUからの拠出は79%、残り21%をフランスが賄っている。予算の内訳をみると、「第1の柱」と呼ばれる市場措置及び所得補償に予算84%にあたる103億ユーロ(1兆1227億円)、「第2の柱」と呼ばれる農村開発には同16%にあたる16億ユーロ(1744億円)を充てている。
図8 「自然保全と管理」の国別予算配分(2009年)
資料:INRA

 EUのCAP改革に伴いフランスの予算配分も変化しており、2006年から導入されたデカップリング(生産と連動しない支払)の単一支払は、当初56億7700万ユーロ(6188億円)であったが、CAPにおけるデカップリング化が進むにつれて、2010年には72億3700万ユーロ(7888億円)となっており全予算の6割を占めるようになっている(表5)。
表5 フランスにおける農業支援予算(EU予算及びフランス予算合計)
資料:フランス農業省

 EUは「共通農業政策」としているが、予算配分、支払条件など各国の裁量に委ねられている部分も多い。フランスの農業政策は、高い所得補助、カップリング支払(生産と連動した支払)の可能な限りの存続、条件不利地域支援などで特徴づけられる。

 昨年発表された改革案は、加盟国間の受給額格差是正が掲げられており、フランスは予算割当が最も高い国であるため、当然格差是正により予算は削減されることなる。特にフランスは、単一支払において過去の支払実績に基づく歴史モデル(Historical model)を採用しており、改革案の単位面積当たり統一単価が採用された場合、補助配分が大きく変わることとなる。現在、補助金依存の構造において、減額は経営存続の危機を招く大きな問題である。

 また、第2の柱に置かれていた「条件不利地域支払」が第1の柱に移動され直接支払の予算より拠出されるようになる。しかし、前サルコジ大統領はフランスは直接支払枠の中で「条件不利地域支払」を行わないと発言しており、生産コストが高い山岳地帯での酪農存続が危ぶまれている。また、今まで第2の柱に位置付けられていた「緑化」が第1の柱に位置付けられ、直接支払総額の30%が割り当てられるとともに、支払条件の遵守が義務付けられることになる。遵守できなかった場合、減額が設定されている。現行の第2の柱である「農村開発」に対して、フランスは予算割当が少ないため、予算配分は大きく変わることになる。

 このため、フランスは現行の改革案について強く反対している。

(3)農業部門別支援の状況 

 フランスにおける農業支援を詳しくみてみると、1ヘクタール当たりの直接補助平均金額(第1の柱および第2の柱合計金額全分野の平均)は、2002年の336ユーロ(3万6624円:1ユーロ=109円)から2009年で366ユーロ(3万9894円)となっており、約10%上昇している。酪農部門においても、2002年245ユーロ(2万6705円)から2009年353ユーロ(3万8477円)と増加している(図9)。農業部門ごとの一戸当たりの直接補助金をみると、農業分野によって大きな格差があることがわかる。直接補助金を最も多く受けているのは穀物分野であり、2009年で42,610ユーロ(464万4490円)、次いで肉用牛41,460ユーロ(451万9140円)、めん羊28,110ユーロ(306万3990円)、そして酪農は26,070ユーロ(284万1630円)となり、最も少ないのは養豚および養鶏の9,300ユーロ(101万3700円)となっている(図10)。
図9 農業分野別1ヘクタール当たり直接補助金額(2002〜2009年)
資料:INRASAE2
 注:第1の柱及び第2の柱合計(協調調整金含む)
図10 農業分野別戸当たり直接補助金額(2002〜2009年)
資料:INRASAE2
 注:第1の柱及び第2の柱合計(協調調整金含む)

 なお、近年の穀物価格の上昇により穀物生産者以外の生産者や団体から「近年の穀物価格の高騰により穀物生産者の所得が上昇したにもかかわらず、従前どおりに手厚い補助金を受給している。その一方で、畜産部門では高い飼料購入によるコスト増が生産費を圧迫していることは遺憾である」との発言が出ている。
また、2009年の所得に占める直接補助金額をみると、フランス全体で20%、酪農では21%、

 また羊においては41%と高い割合である。フランスの農業者にとって補助金による支援なくしては経営を存続させることは困難であることが分かる(図11)。

図11 農業分野別直接補助金額が所得に占める割合(2002〜2009年)
資料:INRASAE2
 注:第1の柱及び第2の柱合計(協調調整金含む)

(4)改革案に対するフランスの見解

 現在提案されているCAP改革案に対して、フランス国立農学研究所(INRA)および公益団体である全国酪農経済センター(CNIEL)は、フランスの酪農部門における影響を「フランス西北部のブルターニュ地域、ノルマンディー地域は、もともと補助金受給額も少なく、生乳生産の規模化、効率化も順調に進んでいる。さらに生産余力も十分にあるため問題はないだろう。また、条件不利地域のうち、フランス北東部の山岳地帯も高品質かつブランド力のあるチーズを作っており高付加価値製品が確立していることから問題ないと考えられる。しかし、南東部の山岳地帯はブランド力のあるチーズが少なく、加工原料乳の出荷割合が高いため現在の補助が削減されたならば存続は厳しいだろう。同地域の酪農がもつ景観維持、雇用創出、環境保護などの有益性に着目し、その存続を図る政策を打ち出すかにかかっている。また、現在、生乳生産が少ない中央地域については、酪農経営が困難な場合でも平坦な地理的条件を生かした穀物への転換が可能であるため問題はないだろう」との見解を示した。
図12 フランスにおける乳製品生産分布
資料:CNIEL

5.2015年の生乳クオータ制度廃止による影響

(1)フランスにおける生乳クオータ制度

 生乳クオータ制度は、1984年にCMO(Common Market Organisation)と呼ばれる「共通市場」政策において提案され、生乳の過剰生産とその処理に伴う財政支出を抑制することを目的に導入された制度であり、すべてのEU加盟国の酪農部門に適用されている。

 2008年のヘルスチェック(政策を評価、検証し調整を実施)において、2015年3月31日をもって本制度を撤廃することが決定している。現在、2015年の廃止に向けた「ソフトランディング」として年1%ずつ生乳クオータ量を引き上げていく政策がとられている。

 当初、生乳生産の抑制を目的とする制度であったが、近年この生乳クオータ量が未達の状態が続いている。2009年のリーマンショック後に欧州で広がった「酪農危機」と呼ばれる生乳価格の暴落により、生乳生産は大きく減少した。しかし、その後中国における粉ミルクのメラミン汚染、インドにおける需給ひっ迫など国際需要が高まったため、EU域内の牛乳・乳製品の価格は高水準で推移し、目覚ましい回復をみせた。2009/10年度、2010/11年度と2年連続でEUにおける生乳生産は増加し、生乳クオータ未達率は2010/11年は5%まで縮小している。

 フランスの酪農は正にこの生乳クオータの管理規則により展開してきたといっても過言ではない。欧州委員会による各国割当量決定後、管理運営は各国の裁量に委ねられる。各国は自国の情勢に応じて生乳クオータの管理運営を行う。主要酪農国であるドイツ、デンマーク、オランダ、イギリスでは、生乳クオータを州、地域、個人まできめ細かく割り当てた後、売買による生乳クオータの移動を可能とした。つまり、生乳クオータを生産者や土地と切り離し、生産に応じて移動を許可している。一方、フランスは、地域外の生乳クオータの移動を認めていない。生乳クオータと土地を密接に連携させた政策をとっており、地域内の生産者間のクオータ移動についても土地売買もしくはリースといった土地の移動を伴う場合のみ可能とし、離農により余った生乳クオータ量は、新規就農者等に利用した。つまり、生乳クオータを設定した時の生産構造を極力維持する政策をとったのである。また、生乳クオータ量を超過した場合は、ペナルティとして1トンあたり286.6ユーロ(3万1239円)の罰金がある。このため、生産余力をもった生産者であっても生乳クオータを超えるような大幅な増産は抑制されており、生産構造は維持されてきている。

 フランスが土地と切り離した生乳クオータの売買を禁じたことは、現在のフランスの酪農構造を特徴づけることとなった。
表6 フランスにおける生乳クオータ量と生乳生産
資料:フランス農業省
図13 EUにおけるクオータ量と供給量
資料:ZMB

(2)フランスにおける牛乳・乳製品流通構造

 生乳クオータ制度が廃止され生乳生産が自由となった場合、フランスでは増産が予測されており、乳価交渉において加工業者側が有利となり、生乳が安く買い叩かれる局面も出てくることが想定されている。

 EUでは、生産者で構成される「組合系列」加工業者は、組合員が生産した生乳は全量買い取ることが規則で決められている。一方、民間企業にその責務はない。将来的に生乳増産が見込まれるシナリオにおいては、民間企業と生産者の生乳取引が低く抑えられる可能性が高い。生乳クオータ制度廃止における影響を考える上で、その国における乳業の民間企業が占める割合が重要な着目点となる。

 フランスにおける牛乳・乳製品の流通構造をみると、組合系列と民間企業の割合は、2000年から2009年の間、組合系列の割合がわずかに増加しているものの、組合系列と民間企業の割合はほぼ同じであることが分かる。

 一方、フランス以外のEU諸国の状況をみると、EUにおける生乳生産量第1位のドイツは、70%が組合系列であり、同様に第4位のオランダは80%、デンマーク95%、ポーランド75%となっている。フランスと同様に組合系列割合が低い国は生乳生産量第3位のイギリスであり組合系列割合が35%となっている。

 つまり、組合系列割合が高いドイツ、オランダなどと比べれば、民間企業との取引割合が高いフランス、イギリスでは、生乳取引における生乳クオータ制度廃止の影響は大きいといえる。
表7 生乳出荷先別推移
資料:フランス農業省 /SSP - Survey in the France milk sector

 生産者と民間加工業者間の契約については、2008/09年に発生した酪農危機の際に生産者が困窮したことを踏まえ、欧州委員会は、生産者の交渉力強化を目的に「ハイレベルグループ」という委員会を設置し、2012年3月30日に新たな規則(通称「ミルクパッケージ」)を発効している。同規則は、契約書に記載すべき事項、最低契約期間を半年以上とすること、契約は生乳出荷取り引き前に締結することなどを盛り込んでいる。

 フランスでは、同規則に基づき民間乳業メーカーに出荷する生産者に対して適切な契約をするよう求めているが、一部生産者からは「固定的な契約を交わすことは民間企業に完全に属する可能性がある。」として懸念を示す声も出ている。

 また、大手民間企業乳業メーカーは多国籍企業でありフランス以外にも工場を保有していることにも着目すべきである。生乳クオータ制度廃止後、EU各国の生乳生産が増加し、かつ衛生面、品質面の問題についてもクリアすることになれば、多国籍企業である乳業メーカーは、生乳の仕入れコスト、製造コストがより安価な国での生産を増やす方向にシフトするであろう。労働賃金を含め製造コストがEU域内で高いフランスにおいて、同国の乳業メーカーが生産コストの低い国へシフトすることは想定されることであり、フランスの生乳生産へ影響を与える可能性がある。

 このような状況について、フランス国立農学研究所(INRA)は「今後フランスは、原産地名称保護(Protected designation of origin、略称PDO)、地理的表示保護(Protected geographical indication、略称PGI)などによる高付加価値製品の促進を図ることが重要である」と述べている。フランスの酪農の競争力をいかに高めるのか注目されるところである。
図14 EUにおける国別生乳生荷量組合出荷割合(2009年)
資料:CNIEL
表8 フランスにおける主要乳業メーカー(2010年)
資料:Revue Francaise Laitiere

フランスにおける主要乳業メーカー

  フランスの乳業メーカーは、5大グループと呼ばれる大手乳業メーカーがあり、それに続いて、中規模、小規模のグループとなっている。5大グループは、日本でも良く知られたダノンやラクタリス、ボングラン、フロマジュリー・ベルおよびソディアールである。ラクタリスは、集乳量が92億5000万リットルと最も多く、牛乳・乳製品業界においては大きな力を持っている。また日本でも良く知られたダノンは、集乳量は10億万リットルとラクタリスやその他の5大グループと比べて多くはないが、総取引額が8,555百万ユーロと第1位であり、各国に工場を保有する多国籍企業として展開している。そして、この5大グループにおいて組合系列なのはソディアールのみでその他のダノン、ラクタリス等は民間企業である。
図15 フランスにおける主要乳業メーカー
 資料:CNIEL
 ※数字は、2010年売上高である。

(3)フランスにおける今後の乳価形成について

 フランスは生乳クオータ廃止後の生乳価格の決定方法について検討をしている。生乳、バター、脱脂粉乳およびチーズの価格は、CNIEL(Centre National Interprofessionnel de l'Économie Laitière:全国酪農経済センター)が「参考価格」を公表し、公的機関であるCRIEL (Centres Régionaux Interprofessionnels de l’Economie Laitière:地域間酪農経済センター)が全国レベルの「基準価格」を作成、それを基に州が州ごとに価格を設定、さらに、「生産レベル」、「加工レベル」で価格が設定される。CNIELは、参考価格を過去3か月の経済市況およびドイツ乳価を基に翌3か月分の乳価を作成する。(ドイツ乳価を参考として使うのは、ドイツが最大の輸出入国であるからであり、ドイツとフランスの乳価に大きな差を生じさせないよう±10ユーロの範囲に調整をしている)これにより作成された「参考価格」は前年と比較され、その増減は次の四半期の乳価に反映されるようになっている。(この方法だと乳価は市場動向を後追いとなることから、実際の取引価格と市場動向とにズレが生じてしまう問題がある。)

 「参考価格」を作成するCNIELは生乳クオータ廃止後の価格設定について「今後は価格決定方法が変わる可能性が高い。乳価を全国レベルで基準価格として示し国内価格の統一化を図るのではなく、自由に決定する方法へと移行するだろう。また、現在は乳価は1本であるが数量ごとに乳価を設定する方法(後述)も検討されている」と述べている。

 生乳クオータ廃止後、生乳生産は増加すると予想されている。特に2009/10年、2010/11年と2年連続で生乳価格が好調であったことから、生産者の生産意欲は高く、生乳生産者に対して行われたアンケート調査でも、「新たな投資をしないで現在の施設や労働条件のままでどのくらい生産を伸ばすことができるか?」の問いに対して「20%は可能である」という回答であった。

 生乳クオータ廃止後の乳価決定方法として、組合系列は、生乳価格を2段階設定することを提案している。1段階は、現在出荷している生乳出荷量までは従来通りの価格決定方法により、2段階目は今後予想される増加分について国際市場を意識した価格に設定するというものである。具体的には、今後増産されることを踏まえて、生乳生産量の80%は従前どおりEU域内市場に出荷されるので乳価は変えず、残り20%については国際市場をターゲットにするため国際価格に連動した変動性の乳価にするというものである。この案について、組合系列の他民間企業のダノンは賛成をしているが、大手民間企業であるラクタリスは、80%がEU域内、20%が輸出向けと明確に線引きすることはできないとして反対をしている。

<参考>
GIRA(英国調査会社)は、2015年生乳クオータ廃止後のEUにおける生乳生産について以下のとおり見解を示している。(2011年12月)

・多くの生産者が生乳生産を増加させたいと思っている。特にEU北西部と牧草地帯、温帯でその傾向は顕著である。
・EU域内市場は成熟市場であるため増加した生産は輸出向けにする必要がある。
・輸出依存度が高まれば、世界市場価格との連動が起き、ニュージーランドのフォンテラの価格に左右されるだろう。
・数年後には生乳価格は下がると予測され、価格に見合った生産調整が自然と行われる。
・2015年以降現在のクオータ量レベルまでEU全体の生産は増加すると思われるが、2020年までこの増加傾向は続かないだろう。

6.まとめ

 フランスの酪農部門は、2013年にCAP改革、2015年に生乳クオータ制度廃止を直前に控えて大きな転換期を迎えている。フランスは、CAPにおける直接支払を過去の支払実績に基づく歴史モデルを採用し、生乳クオータも地域間移動を禁止することにより従来の生産構造を維持することにこだわってきた。

 しかし、現在直面しているCAP改革-2013および2015年生乳クオータ制度の廃止により、これまでの政策を大きく変換しなくてはならない。酪農部門において特に問題となるのは条件不利地域における生乳生産であり、従来どおり現在の生産構造を極力維持するために、フランスが一部地域を農業経済と切り離した保護を選択するのかどうか、注目されるところである。

 また、生乳クオータ制度の廃止による生乳生産の増加は、EU域内の牛乳・乳製品の競争激化を引き起こすことになるだろう。フランスにおいては、従来、バターおよびチーズ等高付加価値製品の生産割合が高かったが、最近では、国際市場で需要の高い脱脂粉乳の生産が高くなり始めている。このような牛乳・乳製品構造変化は、生乳クオータ制度廃止に向けてさらに加速することになると思われる。

 最近の動向としては、2年連続して好調であった牛乳・乳製品業界は、2012年年初より生乳価格、バター価格および脱脂粉乳価格とも下落に転じており、今後さらに深刻な状況となった場合、2008/09年の酪農危機発生時と同様に政策にも影響を与えるだろう。

 また、今回のCAP改革-2013は、今までのように農業政策が農業分野にだけ影響を与えるものではなく、農業以外の社会的背景とも結びつき、EUにおいて重要な問題となっている金融不安や失業率とも絡め社会全体の成長発展を促すことを求められている。

 5月7日に行われたフランス大統領選挙では、フランソワ・オランド氏が勝利を受け、17年ぶりに社会党が政権を担うこととなった。仏サルコジ大統領と独メルケル首相の「メルコジ」と呼ばれた協調関係はEUの政策に大きな影響を与えてきたことから、今回の選挙結果がEU政策にどのような影響を及ぼすのか今度の動向に注目したい。

 今回は、フランスの酪農部門を中心にみてきたが、EUにおける動向を把握することは単に我が国と関係のある輸入農産物の動向を把握するのみでなく、我が国でも進めている直接支払による所得補償のあり方について参考となるものである。EUは、2005年にWTOを背景としていち早く生産から切り離したデカップリングを導入したが、近年の飼料穀物価格の高騰に対応しきれなかったという見解も出ている。こういった事例は、我が国においても重要な参考となり得るだろう。また、EUは、GDP、人口、農村人口、人件費、物価など極めて多様な国が大きな共通市場のもとに動いている。我が国は現在、FTA交渉などを通じて多様な国々と市場を共有することを検討しているところであり、EUにおける各種政策や各国の動向は、我が国にとって良い先進事例となるものである。

<参考文献>
・Evaluation of CAP measures applied to the dairy sector – case study report on France:INRA Vincent Chatellier
・European agriculture and the next CAP reform INRA Vincent CHATELLIER
・Cniel Service Economic – mars 2012
・Distribution of Agricultural support: Selected French evidences OECD
・Bagaining structures in Frech dairy sector and impact of policy reforms:YU jianyu GREMQ
・Evolution des structures de production laitiere en France :FRANCE Agri Mer
・Current Status of the European Dairy Industry _Bénédicte Masure European Dairy Association
・農林水産政策研究所 レビューNo17 「フランスの新しい農業政策」 伊藤正人
・1996 北海道大学農經論叢 出村克彦・山本康貴「生乳の需給調整と計画生産」
・農林水産省 主要国・地域の農業情報調査分析報告書「CAP改革とフランス農業」東京農業大学 是永東彦
・農林水産政策研究所 「欧米の価格・所得政策と韓国のFTA国内対策」増田敏明



 
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