海外情報  畜産の情報 2012年10月号

牛肉の付加価値を高める豪州のMSAプログラム

調査情報部 伊藤 久美




【要約】

 豪州の牛肉の肉質は、一般的にばらつきが多い。この原因としては、(1)生産段階では、肉専用種として特定品種が確立されておらず、多様な品種が用いられていることや、肉質を大きく左右する牧草の品質が気象条件などによって変化しやすいこと、(2)流通段階では、牛肉の美味しさを客観的に判断する指標が十分に確立されていないこと―などが挙げられる。肉質の不安定さが消費者の牛肉離れの一因となっていたことから、牛肉業界は1999年、肉質を客観的に判定するツールとしてMSAプログラムを開発した。

 MSAは近年、小売段階において評価が高まってきており、国内スーパー最大手のウールワースが今年1月、MSAを前面に押し出した販売を開始した。このような小売段階の動きなどが、MSAの拡大を後押ししており、2011/12年度は、MSA登録生産者が大幅に増加する結果となった。また、MSA適合肉牛に対してプレミアが支払われることから、生産者の間では、MSAで高評価が得られやすい品種を飼養する動きがみられている。今後、豪州においてMSAプログラムは益々浸透していくものと考えられる。

1.はじめに

 豪州は世界でも有数の牛肉輸出大国であり、日本にとっても最大の輸入相手国となっている。豪州国内の牛肉消費動向をみると、生産量の4割弱が国内向けであり、1人当たり牛肉消費量は34.8キログラムに達する。これは日本の3.6倍、世界では5位の牛肉消費大国である(USDA、2011年)。牛肉は豪州の食卓の中心に据えられている。

 しかし、豪州の牛肉消費量は減少傾向にある。食肉消費量の中期的な推移をみると、食肉全体が増加傾向で推移する一方、牛肉は減少傾向にある(図1)。この理由としては、健康志向の高まりのほか、牛肉の高い値段に美味しさが必ずしも見合っていないという割高感などが挙げられる。
図1 豪州における1人当たりの食肉消費量の推移
資料:ABARES「Australian commodity statistics 2011」
 広大な豪州では、飼養地域の気候の違いにより、温帯種であるアバディーン・アンガス種やヘレフォード種、熱帯種であるブラーマン種など、様々な品種が飼養されている。また、干ばつなどの気象条件が牧草および補助飼料の品質や量に影響する。品種の違いや牧草の品質が牛肉の肉質を左右する状況にあり、肉質を一定に保つことは容易ではない。

 さらに、さし(脂肪交雑)で牛肉の柔らかさを判断できる日本と異なり、赤身肉が好まれる豪州では、消費者が見た目で柔らかい牛肉を選ぶのは困難であり、消費者が牛肉を購入する際、肉質を客観的に判断できる目安がなかった。

 こうした問題を解決するために、業界団体である豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)は1999年、牛肉の肉質評価プログラムであるミート・スタンダード・オーストラリア(MSA)を開始した。MSAプログラムは、牛肉の食味を予測し、そのカットに合った調理法を提案し、消費者にその情報を提示することによって、購入する牛肉の美味しさを保証する。

 MSA適合肉牛価格や、MSA牛肉の卸売価格および小売価格にはプレミアがついており、通常のものよりも高値で取引される。MSAプログラムの肉質評価を受けた肉牛の頭数は、2009/10年度(7月〜翌6月)からの3年間で100万頭増となる急増を見せ、2011/12年度には200万頭を超えた。また今年1月には、国内スーパー最大手Woolworths(ウールワース)が、MSA牛肉の販売開始を発表した。こうした事実は、豪州の消費者が牛肉の購買にあたって、たとえ高値であっても品質を重視し、高品質の牛肉に対して堅調な需要を示していること、MSAプログラムが牛肉の付加価値を高めるツールとして消費向上に貢献していることがうかがえる。

 本稿では、MSAプログラムの概要と最近の動向を紹介する。

 なお、本稿中の為替レートは1豪ドル=83円(8月末日TTS相場)を使用した。

2.MSAプログラムの概要

(1)豪州における牛肉の肉質評価プログラム

 豪州にはMSAプログラムのほかに、牛肉の肉質評価プログラムとして冷蔵枝肉品質評価(チラーアセスメント)が存在する。

 チラーアセスメントは、業界団体であるオズ・ミート(AUS-MEAT)によって認証を受けたと畜場が実施する肉質評価プログラムである。輸出用のと畜場は連邦法により、AUS-MEATの認証が義務付けられている。また、国内向けであっても、そのほとんどがライセンスを取得しているため、チラーアセスメントは大半のと畜場で実施されるものとなっている。

 チラーアセスメントは、枝肉の評価を統一的な規格に基づいて行うことによって、国内および海外市場での豪州産牛肉への信用や評価を維持することを目的としており、枝肉の評価結果を利用するのは、生産者や食肉処理加工業者、取引業者である。評価は枝肉断面の肉色や脂肪色、マーブリング(脂肪交雑)などによって行われ、牛肉の一定の肉質を表すものであるが、食味自体を保証するものとはなっていない。また、実際に消費されるのは熟成や部分肉加工を経た製品であるため、消費段階での肉質には熟成などを考慮する必要がある。

 このように、チラーアセスメントの目的は取引である一方、MSAプログラムは、肉質の評価結果に調理方法や熟成条件を組み合わせて牛肉の食味などを予測することによって、消費者に対して牛肉の美味しさを保証することを目的としている。MSAプログラムは業界による任意のプログラムであるため、プログラムに参加するかどうかは食肉処理加工業者の選択に委ねられている。

(2)MSAプログラムの特徴

(1)牛肉の美味しさを数値化

 MSAプログラムを開始するにあたり、業界は牛肉の美味しさを数値化するために、消費者による牛肉の試食試験を実施した。

 牛肉の美味しさは「柔らかさ(テンダネス)」「多汁性(ジューシーさ)」「風味」「全体的な好み」の4つの要素に分けられ、統計からそれぞれの構成比率は、牛肉の美味しさの最も重要な要素とされる「柔らかさ」が40%、次に重要な「全体的な好み」が30%、「風味」が20%、「多汁性」が10%とされた。
図2 牛肉の美味しさの構成比率
資料:MLA

 試食試験には、部位や肉牛の品種、調理法などが異なる6万以上の牛肉のカットが用いられた。個々の好みのばらつきを平準化し、試験の精度を高めるために、8万6千人以上を対象とし、1人当たり7サンプル、計60万2千以上のサンプルが使用された。

 スコアシート(図3)を用いて、前述の4つの要素を5段階で評価し、さらにサンプルの品質について「毎日食べる牛肉にふさわしい」など4段階の総合評価を行った。
 
 美味しさの4つの要素による評価の結果は100点満点で計算され、「毎日食べる牛肉にふさわしい」牛肉の点数が、MSAプログラムの判定で使用されるMSAスコアの最低ラインとなった。また、試食試験の評価結果とサンプルに使用された牛肉の特性から、MSAプログラムの食味の予測システムが開発された。

 この試食試験は8カ国で行われ、日本でも1万1340件の試食が実施されている。日本での試食試験の結果、東京、大阪で、「毎日食べる牛肉にふさわしい」牛肉の最低数値が調理法別に算出された。東京の場合はグリルステーキが40.9、焼肉が43.4、大阪の場合はグリルステーキが41.8、焼肉が43.0となり、MSAスコアの最低基準である46はこれらを上回っていることからも、MSAの判定基準は信頼のおけるものといえる。

図3 消費者テストのスコアシート
資料:MLA
(2)肉牛生産から消費に至るまでを管理

 牛肉の食味予測には、肉牛の生産からと畜までの過程の中で、様々な要因が直接的、相互的に影響する。たとえば、と畜前に適正な飼養管理が行われないことや長距離輸送などによるストレス、と畜後の体温やpH値の降下速度などが、牛肉の柔らかさや多汁性、色に影響を与える。このことから、肉牛生産者やフィードロット、家畜市場、食肉処理加工業者はすべてMSAプログラムに登録する必要があり、飼養管理や肉牛の取扱いについての注意点や守るべき事項、推奨事項が定められている。

 また、MSA牛肉を取り扱う卸売業者や小売業者、フードサービスについてもそれぞれ、MSAプログラムへの登録が必要となっている。流通段階においても、MSA牛肉の適正な取扱いについての訓練や監査が要求されるためである。
表1 肉牛の飼養管理や出荷における注意点・遵守事項
資料:MLA
※MSA VDとは肉牛出荷者証明書のことであり、生産者が自ら肉牛の品種を保証するもの。
 生産者情報(名前、電話番号、MSA登録番号)、出荷日、輸送時間、熱帯種の血統割合などが
 記載される。
 肉牛出荷の際に、家畜生産保証制度の全国肉牛出荷者証明書(LPA NVD)と共に提出する
 こととなっている。
(3)17項目を確認

 MSAの肉質評価では、食味の予測を正確に行うために、17にものぼる項目を確認する。日本の8項目、アメリカの9項目に比べてもはるかに多い項目となっている。

 飼養標準に基づく飼養管理を行っている日本では、遺伝的要因に基づく変動を除き、牛肉の肉質はある程度均一となる。一方、豪州では2/3が牧草肥育牛であり、穀物肥育牛であっても育成期間は放牧主体となるため、日本の牛肉よりも肉質にばらつきが出やすい。したがって、肉質を予測するにはよりきめ細かい評価が必要となる。

 評価では、脂肪交雑(マーブリング)や肉色、脂肪色のようにチラーアセスメントや日本での品質評価と同じ項目を確認するほか、牛肉の保水性や肉色に関連するpH値、個体の発育度を表す骨化、熱帯種の交雑割合や熱帯種固有のこぶの高さなども確認項目となっている。
表2 食味予測のための確認項目
資料:MLA

(3)MSAの肉質評価と判定

 MSA牛肉は、MSAプログラムに登録された生産者から肉牛が搬入され、MSA認定検査員による肉質評価を受け、MSAの判定基準に適合し、初めてMSA牛肉として店頭に並ぶ。肉質評価、判定の流れは以下のとおりである。

(1)肉質の評価方法



写真:こぶの高さを測定
(MLAの資料より)

写真:骨化を測定(MLAの資料より)
左は骨化が進んでいない若齢牛のもので、椎骨の輪郭がはっきりしている。
右は骨化が進み、椎骨の輪郭はかろうじて分かる程度。

 検査員は、それぞれの個体(枝肉)ごとに、肉質の評価結果のほか、肉牛の個体番号、ロット番号、枝肉重量、性別、熱帯種の血統割合、枝肉懸垂方法(アキレス腱による懸垂またはテンダーストレッチ)、成長ホルモンの使用の有無をDCU(Data Capture Unit)と呼ばれるデータ記録機器に入力する。枝肉懸垂法で一般的に行われるアキレス懸垂(図4左)は、キューブロールやストリップロインの主要な筋肉である最長筋や内ももの筋肉を硬くするが、テンダーストレッチ(図4右)を採用することによって、この問題の解決が可能となる。
図4 枝肉懸垂方法(左:アキレス懸垂、右:テンダーストレッチ)
資料:MLA
 なお、ロース芯面積と脂肪色については食味に影響を与えるものではないため、顧客からの要望がなければ、データ登録の必要はない。

(2)評価の結果

 検査員が上記の評価の結果をDCUに入力すると、部分肉、調理法(グリル、ロースト、炒め物、薄切り、フライパン・ソテー、塩漬け、焼肉、しゃぶしゃぶ)およびエイジング(熟成)日数ごとに、MSAスコアとMSAグレードが自動的に算出される仕組みとなっている。

 MSAスコアとMSAグレードとの関係は、図5のとおりである。MSAスコアが46以上となれば、MSA判定基準に適合し、MSA牛肉となる。
図5 MSAスコアとMSAグレードの関係
資料:MLA
 調理法と判定結果の関係は、図6に示すとおりである。この枝肉は、重量が240kgの雄、肉質の評価結果は注釈のとおりであり、エイジング日数は5日の場合、テンダーロインの調理法がグリルであればMSAグレードは5、しゃぶしゃぶであれば4の判定となる。
図6 調理法と判定結果の関係
資料:MLA
  注:この枝肉は枝肉重量240kgの雄で、肉質の評価結果はこぶの高さ7mm、アキレス懸垂方法、
    骨化スコア150、MSAマーブリング270、肉色1C、肋骨皮下脂肪厚7mm、ph値5.55、温度7℃、
    成長ホルモンの投与無で、エイジング日数を5日とした場合
 また、エイジングの日数と判定結果は、図7に示すとおりである。図6と同じ枝肉の場合、キューブロールのエイジング日数を5日以上とすればMSAグレードは3となるが、14日以上とすればMSAグレードは4となる。なお、MSA牛肉は、最低5日以上のエイジング日数が必要となっている。

 MSAに適合した牛肉の製品は、箱にカートンラベル(写真)が貼付され、箱の中にはMSAのマークが描かれた紙片(図8)が挿入される。カートンラベルには、MSAグレードと調理方法、エイジング日数が記されている。写真のカートンラベルを例にとってみると、調理法がグリルの場合はエイジング日数が5日以上でMSAグレードは4となり、21日以上置くとMSAグレードは5となる。つまり、小売店はこの牛肉をグリル用カットでMSAグレード5として売りたい場合は、と畜から最低21日以上置くことが必要となる。

 エイジング日数の基準を満たしたMSA牛肉は、MSAのロゴマーク(図9)の展示とともに食肉の小売店の店頭などで販売される。
図7 エイジングの日数と判定結果の関係
資料:MLA
 注:図6と同じ枝肉で、調理法をグリルとした場合
図8 MSAのマークが描かれた紙片
資料:MLA
図9 MSAのロゴマーク
資料:MLA

写真 カートンラベルの例(QLD州で6月に撮影)
青の囲み内に調理方法やエイジング日数が記載されている。

写真 小売店でのMSA牛肉の店頭販売の様子(QLD州で6月に撮影)

3.MSA牛肉生産と最近の動向

(1)MSA牛肉の生産動向

 2011/12年度のMSAの肉質評価を受けた肉牛の頭数は206万8530頭(前年度比45.4%増)、MSAの判定への適合率は94.3%となった。したがって、同年度のMSA適合肉牛は195万1千頭となり、同年度の成牛の全と畜頭数(720万1千頭)に占めるMSA適合肉牛の割合は3割弱であった。

 MSA適合率は2009/10年度が91.7%、2010/11年度にはこれまでの最高値となる94.3%を記録し、2011/12年度にも2年連続での最高値となった。なお、MSA不適合の判定理由は、遵守事項の不履行や、肉色およびpH値の不適合、肋骨脂肪厚の不足などである。

 MSAの肉質評価を受けた肉牛頭数を州別でみると、QLD州が最も多く95万6741頭、次いでNSW州57万4892頭、最も少ないのはVIC州の5万4970頭となっている。VIC州が少ないのは、同州では伝統的に家畜市場を通した肉牛販売が多いためである。MSAプログラムでは、家畜市場を通した出荷の場合、36時間以内にと畜することが遵守事項に定められている。この制約が、同州でのMSA肉牛出荷頭数の少なさにつながっている。

図10 MSAの肉質評価を受けた肉牛の頭数の推移
資料:MLA
図11 2011/12年度にMSAの肉質評価を受けた肉牛の州別頭数
資料:MLA

(2)Woolworths参入によるMSAプログラムの変化

 2011/12年度はMSA牛肉生産が大きく伸びた年となった。MSAの肉質評価を受けた頭数は、前年度から64万6184頭増加し、MSA開始以来、初めて200万頭を超えた。この増加の最大要因として、スーパー最大手WoolworthsのMSAプログラムへの参入が挙げられる。

 Woolworthsは全国に6つの流通センターと900の店舗を有し、ここで取り扱われる牛肉は、国内販売頭数ベースで7%、牛肉販売量で35%となっており、国内最大の牛肉販売量を占めている。

 同社が取り扱うMSA牛肉はスコッチフィレ、ランプステーキ、Tボーンステーキなど主要なカット13種類となっている。通常、食肉処理加工業者はMSAプログラムに自社のブランドを登録するが、Woolworthsが取り扱うMSA牛肉にはブランド名がない。Woolworthsの牛肉売り場を見ると、MSAのコーナーがあり、MSAそのものがブランドであるようにMSAのロゴを売り場に大々的に表示することで、他の牛肉と差別化して販売する戦略である。現在はMSAに適合した枝肉を毎週1万2千以上取り扱っている。

 これまでMSAプログラムを宣伝する消費者向けプロモーションは、ほとんど行われてこなかった。MSAプログラムそれ自体がブランドなのではなく、個々の企業のブランドを支援するためのものだからだ。しかしながら、Woolworthsの参入は、その方針を転換させた。消費者に対して、MSA牛肉の付加価値をアピールする必要が出てきたためである。

 MLAは消費者向けのTVコマーシャルを作成し、シドニーやメルボルン、ブリスベンといった大都市で3カ月間放映した。また、ロゴマークも変更された。3つ星から5つ星までの3種類だったロゴはより単純な1種類に統一され、新しいロゴマークには消費者に理解しやすい「GRADED(評価済み)」という単語が使用されている。
図12 旧ロゴマーク(左)と新ロゴマーク(右)
資料:MLA

(3)消費者からのMSA牛肉需要

 2011/12年度の頭数増加はMSA牛肉への強い需要を示しているが、それはMSA牛肉と通常の牛肉との価格差にも見てとることができる。  2010/11年度の卸売価格における価格差をみると、最も価格差の大きいテンダーロインがキログラム当たり3.58豪ドル(297円)、次いでグラスフェッドのキューブロールが同2.78豪ドル(230円)、グレインフェッドのキューブロールが同2.42豪ドル(201円)であり、すべてのカットの平均では同1.40豪ドル(116円)の差がついている。小売価格では、キューブロールが同2.95豪ドル(245円)、フィレが同2.39豪ドル(198円)、ストリップロインが同1.92豪ドル(159円)の差となっている。また、Woolworthsのスコッチフィレのオンライン販売価格をみると、MSA牛肉がキログラム当たり28.42豪ドル(2,359円)、通常のものが同21.99豪ドル(1,825円)と、6豪ドル超の価格差となっている。

 卸売価格や小売価格にみられる価格差は、流通段階におけるMSA牛肉への引き合いの強さを示すものである。
図13 卸売価格におけるMSA牛肉と通常の牛肉との価格差
資料:MLA
図14 小売価格におけるMSA牛肉と通常の牛肉との価格差
資料:MLA
 2011年4月、MSAに登録する卸売業者およびフードサービス各100社を対象にアンケートが行われた。その結果によると、「高品質の牛肉には高値でも喜んで支払う」と回答した卸売業者、フードサービスは共に85%と、高品質や高価格帯の需要があることが示された。また、卸売業者の96%が「MSA牛肉の供給者は高品質の牛肉を提供すると強く信頼している」と回答、フードサービスの93%が「MSA牛肉によってより高品質なサービスを提供できる」と回答し、MSA牛肉への高い信頼を裏付けた。さらに、「MSAプログラムは自分のビジネスの付加価値となる」と回答した卸売業者、フードサービスはそれぞれ72%、87%と、MSAプログラムが新たな価値を生み出すツールであることを示している。また、卸売業者の79%が「MSA牛肉はリピート購入率が高い」と回答し、MSA牛肉に対する堅調な需要を示している。

 アンケート結果からみえるのは、卸売業者やフードサービスが牛肉に高品質という付加価値を求めており、MSA牛肉がこのニーズに対して一定の役割を果たしていることである。そして、これは消費者からの需要を反映したものと言える。

 2012年6月に実施した現地調査において訪問した中に、以前、ブリスベンで小売店を営んでいたという関係者がいた。小売店をやめた理由は「一定の肉質の牛肉を手に入れるのが難しかったから」とのことである。しかしながら、「MSAが普及拡大した現在なら、そういった苦労はしないだろう」と語っていたのが印象的であった。

(4)MSAプログラムと食肉処理加工業者の関係の変化

 MSAプログラムの開始当初、食肉処理加工業者によってはMSAに対して懐疑的な見方もあった。MSAプログラムの開始以前から牛肉ブランドを持ち、独自に肉質判定を行っていた食肉処理加工業者もある。

 訪問した食肉処理加工業者も、独自で大学機関と肉質判定の共同研究や訓練を行っていた。したがって、同社はMSAプログラムが開始される前から品種や栄養、ストレスが肉質に及ぼす影響に以前から着目し、また、エイジングによる肉質向上も特に目新しいことではなかったという。

 同社がMSAプログラムに登録したのは4年ほど前のことである。顧客から「MSA牛肉」という肉質保証が求められるようになったからだ。それほど、MSAプログラムが浸透したということだろう。

 同社にとってのMSAプログラムの肉質評価とは、これまで食肉処理加工業者が個々に行ってきた優良事例の統一的な実践であると同時に、pH値や骨化などは科学的な根拠に基づいた評価であり、非常に信頼性の高いもの、とのことであった。

 このようにMSAプログラムは現在、食肉処理加工業者から、牛肉の肉質を科学的に証明するツールとして、信頼を持って受け入れられている。

(5)肉牛生産者とMSAプログラム

 肉牛生産者にとってMSAプログラムの利点は、良質な肉牛を生産すれば、それに見合った対価が支払われるようになったところにある。

 卸売価格や小売価格と同様、MSAに適合した肉牛の販売価格にもプレミアがついている。

 図15は2011/12年度のQLD州とNSW州における若齢牛のプレミアの平均を性別、重量ごとに示したものである。QLD州では16〜28豪ドル(1,328円〜2,324円)、NSW州では15豪ドル(1,245円)前後となっている。 これは食肉処理加工業者からのMSA適合肉牛への堅調な需要を示している。これを受けて、MSA登録生産者数は増加している。

 2011/12年度の登録生産者数は、4,232人増の2万3751人(前年度比21.7%増)となり、全肉牛生産者(3万3606人)の7割を越えた。
図15 MSA若齢牛の平均プレミア価格(2011/12年度)
資料:MLA
  注:枝肉重量ベース

豪州北部における肉牛生産の変化

 QLD州では、豪州の肉牛の全飼養頭数のうち約半数が飼養され、穀物肥育牛の半数以上が飼養されている。また牛肉輸出では、全輸出量のうち約6割、日本向けは7割弱が同州から輸出されている。

 豪州最大の肉牛生産地であるQLD州内で、北部と南部の肉牛価格のプレミアを比べると、北部よりも南部のほうが高いという結果が示されている。これは、南部が牧草の生育状況や気候など飼養条件が恵まれていることに加え、北部で熱帯種の飼養割合が高く、肉牛の肉質が劣っていることが影響している。一般に、プレミアは肉質の評価が高いほど多く支払われる。

 QLD州では、生産者がより高い肉牛販売価格を得るために、温帯種の交雑割合の高い肉牛を導入しようとする変化が生じているとのことである。ここでは、その動きについて紹介する。

○QLD州の肉牛生産構造

 州内を気候で区分すると、沿岸部の熱帯地域、南部沿岸部とダーリング・ダウン地域の温帯・湿潤地域、内陸部の乾燥地域に大別できる。

 生産地域として最も好条件なのは、南部沿岸部とダーリング・ダウン地域である。これらの地域では豊富な牧草で放牧肥育が行われる。また、ダーリング・ダウン地域は豪州では珍しい黒土の良質な土壌から、豪州でも有数の穀物生産地域となっており、それを活かしてフィードロットで穀物肥育が行われている。

 北部沿岸部では草地で牧草肥育が行われている。しかしながら、夏の酷暑や高湿度といった厳しい自然条件や、南緯24°以北の沿岸部にはマダニが棲息していることから、温帯種の飼養は難しく、熱さやダニ熱に耐性のある熱帯種が飼養されている。

 内陸部は年間降雨量が200〜300ミリという厳しい気候により、土壌は痩せ、草地に乏しいため、一般に繁殖地域となっている。

○熱帯種が肉質に及ぼす影響

 QLD州で飼養されている熱帯種は、夏の酷暑や乾燥など厳しい環境下において抗暑性やダニ熱への抗痛性を示す、豪州北部になくてはならない品種である。一方、肉質の面では、温帯種と比べて劣っている。MSAの研究によると、熱帯種であるという条件は、ストリップロインやキューブロール、ブリスケットなど多くのカットの食味にマイナスの影響を与える。

 このため、MSAの肉質評価では、熱帯種の交雑割合が評価の一つとなっている。評価は生産者の申告(前述のMSA VDによる)によるほか、背中のこぶの高さで判定する。図17の枝肉の場合、こぶの高さが120ミリメートルであれば熱帯種の交雑割合は100%と推定され、ストリップロインやアイ・オブ・ナックルはMSA不適合となる。

 ただし、熱帯種の肉質は、早期出荷や穀物肥育、テンダーストレッチによる懸垂方法を採用するなど、農場やと畜場における様々な工夫によって、改善可能ではある。
図16 QLD州の肉牛生産の区分図
資料:農畜産業振興機構作成
図17 こぶの高さとMSAグレードの関係
資料:MLA
  注:図6と同じ枝肉で、調理法をグリルとした場合
 生産者は、熱帯種を飼養せざるを得ない北部で、肉質向上のために、温帯種の血量を高める努力を行っている。

○QLD州のアンガス生産農場

 今回、QLD州ブリスベンの近郊にある種雄牛および繁殖雄牛の生産・販売農場を訪れた。ここでは人工受精や受精卵移植により、アンガス、ブランガス(3/8がブラーマン、5/8がアンガス)、UltraBlack(3/16がブラーマン、13/16がアンガス)の3品種の種雄牛および繁殖雄牛を生産し、北部の農場に販売している。

 UltraBlackは、足が長く体毛が短いというブラーマンの体型や特徴を受け継いでいるため、熱帯地域での飼養に適するが、肉質はアンガスに近く、耳やこぶも小さいため、MSAの肉質評価にも適した品種となっている。また、分娩成績に優れたブラーマン雌牛を掛け合わせて生産されているこの農場のUltraBlack種雄牛は、肉質と繁殖能力に優れた遺伝的能力を有している。

 ここでは、高品質のアンガスおよびその交雑種を生産するために、アンガス種の品質評価ツールであるEBVs(Estimited Breeding Values)や大手製薬会社による遺伝子解析、雌雄鑑別なども取り入れられている。

 また、2000ヘクタールほどの農場はいくつもの牧区に区切られ、生育の早いローズグラスなどが植わっている。牧草が減少すると肉牛を次の牧区に移し、放牧地を3カ月ほど休めるなど、放牧地の管理も怠らない。

 訪れた時点で、この農場には2000頭の繁殖雌牛と650頭の種牛がいた。これらの肉牛は、豪州北部にある数十万頭規模の大規模肉牛経営などに出荷される。

 こうした生産者の努力を介して、今後、豪州北部では温帯種の飼養割合は増加し、肉牛の品質は少しずつ高まっていくものと思われる。

写真 UltraBlackの種雄牛(農場より提供)

4.おわりに

 豪州の牛肉需要の低下を食い止めるために開発されたMSAプログラムは、消費者が牛肉を購入するにあたり食味を客観的に判断する明確な情報を提供するものであり、消費者の立場に立ったプログラムとして始まった。そのMSAプログラムが、消費者に満足をもたらすだけでなく、品質の高い肉牛を生産した生産者にも収益改善をもたらし、流通段階のビジネスにも付加価値を与えるなど、生産・流通・消費段階と、業界全体の利益につながっている。今年1月には国内スーパー最大手WoolworthsがMSA牛肉を採用するなど、同プログラムは概ね成功したと言える。MSAの肉牛や牛肉の取引価格のプレミアは2009年頃から上昇し、2012年9月現在もWoolworthsにおけるオンライン販売価格に示されるようにプレミアは存在している。このことから、MSA牛肉への需要は依然堅調であり、今後もMSAの拡大は進んでいくものと予想される。

 現在、QLD州でみられる飼養品種の変化は、MSAの拡大に伴って進んでいくものと思われる。豪州の肉牛飼養頭数の半数を占めるQLD州での変化は、豪州国内市場のみならず、輸出市場にも食味の変化をもたらすかもしれない。

 日本では現在、脂肪交雑を中心とした肉質評価が行われているが、その日本においても最近は、産地独自の取組みにより、牛肉の美味しさに関係する脂肪中のオレイン酸や赤身肉に含まれるグルタミン酸やイノシン酸を牛肉の品質の評価基準とし、差別化を図ろうとする事例がみられている。

 豪州と日本とでは肉牛の生産構造や規模が異なり、豪州の取組みが日本に適用できるわけではない。しかし、豪州で一定の成功を収めたMSAプログラムが、牛肉の高付加価値に向けた日本の取組みの参考の一つになれば幸いである。

(参考文献)
・Meat & Livestock Australia Limited 「Meat Standards Australia beef information kit」
・Meat & Livestock Australia Limited 「2010-2011 Annual Outcomes Report; Meat Standards
 Australia」
・AUS-MEAT Limited「オーストラリア産食肉ハンドブック 第7版」
・MLA豪州食肉家畜生産者事業団 - オージー・ビーフ&ラム公式サイト
・畜産の情報2000年2月号海外駐在員レポート「豪州の新たな牛肉格付制度、MSA」


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