地球温暖化が畜産業に及ぼす影響 |
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(独)農業・食品産業技術総合研究機構 |
1.はじめに 最初に質問です。昨日、食べた食事を思い浮かべて下さい。その中に、牛肉や豚肉、鶏肉はありましたか?牛乳やハムエッグ、チーズやヨーグルトなどの乳製品を食べませんでしたか?何か一つくらいは口にした、という方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。このように、畜産物は私たちの食生活に深く入り込んできています。これらの畜産物を年間通じて安定的に供給することは非常に大切なことです。しかし、日本の夏季は蒸し暑く、家畜は人間よりずっと暑さに弱いため、口を大きく開けて呼吸をし、よだれを垂らし、体温は1〜2℃も上がります。そして、食べる量は減ってしまい、体重の増加が滞り、乳量や産卵数も減少し、畜産物としての生産量は落ちてしまいます。さらに、近年では地球温暖化の進行も危ぶまれており、家畜にとって暑熱環境がますます過酷になることが懸念されています。もし、長期的に見た暑熱環境が畜産業に与える影響を推定し、その程度や地域を予測することができれば、暑熱対策を早めに講じることができます。 2.温暖化は育成牛の夏季増体量にどのくらい影響するか。
温暖化が進行し気温が上昇すると、日本で飼育されているホルスタイン種育成牛の増体量がどのくらい低下するかについて、育成牛を温湿度調節室で飼育した実験から予測しました。育成牛の1日当たりの増体量は0.8〜1.0kgですが、その増体量を達成できる地域を青色で、5%程度低下する地域を黄色で、5〜15%低下する地域を橙色で、15%以上低下する地域を赤色で示しました(図1)。その結果、20世紀後半の8月においても、西日本や関東地域の沿岸部に体重の増加が滞る地域が認められますが、温暖化が進行すれば、今から約50年後の2060年代には、増体量はさらに減り、増体量の減る地域も東北まで拡大することが予測されました。
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図1 育成牛の増体重に及ぼす温暖化の影響予測(8月) |
暑熱環境下では、気温だけでなく、湿度の影響も育成牛の増体量を大きく左右すると考えられます。そこで、気温と相対湿度を組み合わせた体感温度を暑熱負荷の指標として用い、増体量への影響予測を試みました。この体感温度というのは、気温だけではなく相対湿度を入れて、暑熱の負荷を数値化した指標の一つであり、私たちがよく耳にする「不快指数」と同じようなものです。その結果、2060年代において、九州の南部では相対湿度が現在と同じ場合でも増体量が21%低下し、相対湿度が5%ポイント上昇すると、増体量は25%も低下することがわかりました。一方、北海道の中東部では相対湿度が5%ポイント上昇してもほとんど変化しないと予測されました。
高温環境が家畜に及ぼす影響について、育成牛と同様の手法を用い、ブロイラーと肥育豚についても予測し、家畜間での比較を試みました。育成牛、肥育豚、ブロイラーの中で増体量が低下する割合は肥育豚が最も大きく、低下する地域も広範囲にわたりました。これに対して、ブロイラーは育成牛、肥育豚と比較して高温環境に強く、影響を受ける地域も少ないという結果になりました。しかし、ブロイラーは出荷までの日数が一番短いため(約60日)、夏をはさんで出荷する場合は、飼育期間中の大半を通して暑熱の影響を受けることになります。一方、育成牛の場合、夏季に増体量が停滞しても、秋以降に回復する可能性が考えられます。
図2 ブロイラー、育成牛、肥育豚への温暖化影響予測と比較 (2060年8月) |
このように、温暖化が進むと、夏季において家畜は負の影響を大きく受けることが予測されました。ここでは温暖化による負の影響ばかりを取り上げてきましたが、一方で温暖化による冬季間の気温上昇も予測でき、その場合は家畜生産には正の効果を及ぼすと予想されますので、周年での影響の検討も望まれます。また、畜産は土−草−家畜の農業体系を持つため、温暖化による飼料生産への影響も加味して考えていくことも必要です。さらに、温暖化の予測モデルも、これからの社会のあり方によって変わっていくでしょうから、新しいモデルに当てはめて再検討することも大切です。
ただ、今でさえ、夏季における暑熱環境は、生産を担う家畜にとって非常に過酷な状況です。これまでの暑熱対策で短期的あるいは中長期的にどこまで対応できるかを整理・体系化し、その技術や知見を幅広く共有して、畜産全体として温暖化に対応していくことが、畜産物の安定生産・安定供給に最も重要だと考えられます。
(プロフィール) 1995年北海道大学大学院農学研究科博士前期課程修了後、農水省畜産試験場(現:畜産草地研究所)を経て、2011年から現職。専門は反すう家畜の栄養およびエネルギー代謝 |
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