話題  畜産の情報 2013年4月号

岩手県における日本短角種の
生産振興と今後の展望

岩手県農林水産部畜産課総括課長 渡辺 亨


1.日本短角種の現状等

1)生産状況

 本県の日本短角種の飼養頭数は、繁殖牛で約2,400頭(全国の6割)、肥育牛で約1,700頭(同5割強)となっています。特に県北・沿岸の山間地を中心に飼養されていて、冬期間は牛舎で飼養されていますが、春から秋にかけては公共牧野等に放牧され、まき牛(県有種雄牛)により交配が行われており、受胎率が高く、省力的な管理で子牛が生産されています。

2)日本短角種の由来

 明治初期、日本短角種の前身である「南部牛」は、山道の運搬に適していたため役牛として、岩手県内に2万頭が飼養され、沿岸部の産品(塩、魚等)を内陸に運んでいました。

 その後、明治4年6月に米国からショートホーン種(短角種)が導入され、南部牛との交配が行われ、雑種牛の優秀さ(雑種強勢)が現れ大型化が進み、南部牛が減少し、短角種が主流となり各県で独自の改良が重ねられていきました。
 
 当時の名称は、褐毛東北種、東北短角種、短角種系とそれぞれ異なっていましたが、昭和20年岩手県では「褐毛東北種」として登録事業を開始しました。その後昭和29年に東北地区で個別に呼称されてきた短角種が「日本短角種」に統一され、昭和32年日本短角種登録協会が設立され「日本短角種」として登録されました。

 以来、本県では肉用牛として改良が重ねられ現在の「日本短角種」となっています。

3)なぜ日本短角種なのか?

 本県の県北・沿岸の山間地は、急傾斜地で条件不利な農地が多く、このような農地を利用できるのは畜産以外になく、その中でも日本短角種は、その品種特性から放牧可能であること、「夏山冬里方式」により省力化が可能なこと等の理由から、これまで本県の山間地においては収入源として選択され、昭和60年代には約1万4000頭が飼養されておりました。

2.本県の取組み

1)日本短角種の改良

 本県では昭和40年より県独自に日本短角種の産肉能力検定を始め、昭和45年には国から産肉能力検定場所として滝沢村の畜産研究所が認定され直接検定を、昭和47年に間接検定を開始し、約50年にわたり種雄牛の改良に取り組み、これまで1,095頭の産肉能力検定を行い、717頭を種雄牛として登録し供用しています。

 改良については、「岩手県家畜改良増殖計画書(平成23年3月)」で具体的数値目標を設定、改良を進め(表1、表2)、種雄牛については、赤身肉である品種特性を十分に発揮させるため、肉の締まり、きめ、枝肉重量、飼料利用性の改良に取り組んでおり、枝肉重量等については、その成果も出ています。(表3)
表1 種雄牛に関する目標値
表2 雌牛に関する目標値
表3 岩手県における改良事業の成果
注:( ):1998年を100とした指数

 また、平成15年度末には「日本短角種データベース利用委員会」を設置し、この中で日本短角種の振興に係る関係者の共有財産として「血統、枝肉情報、DNA等」のデータベースを構築し、日本短角種集団の近交係数や育種価を独自に算出し、飼養頭数に伴って減少する牧野への種雄牛配置や直接検定候補牛の選抜に利用することで、従来の産肉検定成績に加えて改良効果の向上を図っています。

2)日本短角種に関する試験研究


 県農業研究センター畜産研究所では、日本短角種の振興を図るうえで必要な試験研究を行っており、近年は自給飼料を最大限に利用するための試験に取り組んできました。以下に一部概要を紹介します。

(1)「蛋白質源として大豆サイレージを給与した日本短角種の肥育」(平成23年度成果)

 トウモロコシサイレージを(CS)を主体とした日本短角種の肥育において、蛋白質源として大豆サイレージ(大豆S)を活用することで、CS+フスマによる肥育手法と同等の1日当たり増体量と枝肉成績が得られ、飼料自給率ほぼ100%との牛肉生産が可能となることがわかりました(表4)。

表4 蛋白質源として大豆サイレージを給与した日本短角種の肥育成績
(2)「トウモロコシサイレージを主体とした日本短角種の肥育全期間粗飼料多給技術」
 (平成16年度成果)


 肥育全期間でトウモロコシサイレージを主体とした粗飼料を多給することにより、慣行肥育と同等の発育・産肉成績を得られるとともに、高い粗飼料自給率を確保することができる。また、皮下脂肪中で健康に良いとされる脂肪酸(αリノレン酸など)の割合が増加することがわかりました。

(3)その他の試験研究成果

 @「細断型ロールベーラによる飼料用トウモロコシの省力的収穫調製技術」(平成15年度成果)

 A「ライコムギサイレージを活用した日本短角種の自給飼料主体肥育技術」(平成20年度成果)

 B「日本短角種枝肉脂肪中の脂肪酸組成に影響を与える要因の解析」(平成21年度成果)

3)経営安定対策

 平成22年3月、国は「肉用牛肥育経営安定特別対策事業」の事業見直しの際、全国一律の制度に改正し、地域独自に算定していた日本短角種は肉専用種として分類されました。

 このため、県では日本短角種に係る経常収支の状況(生産費−粗収益=赤字額)を県独自で算定し、当該赤字額の8割の額から、国の制度による補てん金を控除した額について補てんする「日本短角種肥育経営安定特別対策事業」(積立割合は県:市町村:農協=2:1:1)を平成23年度に創設し、23年4月から24年12月までに829頭の日本短角種肥育牛に対し1521万円を交付しています。

3.産地での取り組み

1)生産支援

 日本短角種の主産地を抱える新岩手農協では、23年度から繁殖・肥育素牛導入や自家保留に対する経費助成として1頭当たり1万円の補助を行い、生産者を支援しています。

2)販売対策

 久慈市:首都圏でのPRイベントの開催など、販促の取組み強化を行うとともに地元の会社と商品開発を行い積極的に販路拡大。

 岩泉町:地元を中心に産直や宅配による販売を行っている他、第三セクターを通じて短角牛肉及び食肉加工品の製造販売、首都圏等での販売促進を展開。

 二戸市:生産農家が食肉流通業者と契約を交わし、年間を通じて市町村内のレストラン等に安定的に供給。

 盛岡市:“もりおか短角牛”として、市内のレストランや焼肉店と提携したスタンプラリーや食肉業者等との連携によるハンバーグ加工等、地産地消の消費拡大策を展開。

4.今後の展望

 近年、子牛価格や枝肉価格の低下等により、後継者が不足してきており、頭数の減少が進んでいますが、日本短角種の肉質は赤身中心で脂肪が少なく、健康志向や安全・安心を求める消費者の根強いニーズがあることから、県内各生産地では、地元企業などと連携した商品開発や需要の掘り起こしのほか、新たな販路開拓に取り組んでおり、今後その成果が期待されます。

 また、国では『酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針』において「健康志向の高まりを背景とした消費者ニーズに対応し、脂肪交雑の多くない日本短角種など地域の飼料資源等を活用し、品種特性に応じた生産を推進する」としていることから、本県でも国の振興施策の充実について要望しながら、本県の肉用牛生産の発展と共に歩んできた日本短角種が、地域の畜産農家によって今後も確かな希望をもって生産に取り組んでいけるよう、産地の市町村や農協等と連携して支援していきます。


(プロフィール)
渡辺 亨(わたなべ とおる)

 岩手県農林水産部畜産課総括課長
 昭和33年生まれ、麻布大学修士課程修了後昭和59年岩手県庁入庁、盛岡広域振興局農政部農業振興課長、農林水産部畜産課振興衛生課長を経て、平成24年に現職。

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