【掲載にあたって】
ロシア連邦において、アフリカ豚コレラの感染が拡大しています。この疾病は、死亡率が極めて高いこと、有効なワクチンがないことなどから、一旦、侵入すると、経済的損失が大きく、撲滅は困難とされています。日本でも、口蹄疫と並ぶ海外悪性伝染病のひとつとして位置付けられています。
ロシアでの流行の現状から、今後、欧州でも発生することが懸念されています。仮に欧州で発生した場合、今後の世界の豚肉需給にも大きな影響を及ぼすことになります。
今後の事態を考える上でも、まず、この疾病のことを正確に知る必要がありますが、ロシアの状況についての情報は入手が難しかったところ、今般、この疾病の最新の情報がFAO専門家より報告(FAO empres watch vol.28 May 2013に掲載)があったので、FAOの翻訳許可を得て、紹介します。
なお、一部の記述を理解しやすい表現にするとともに、紙面の都合上、引用など一部省略している箇所があることをご了承ください。
調査情報部 首席農畜産業調査員 新川 俊一
1.はじめに
アフリカ豚コレラ(African swine fever、以下、「ASF」という。)は、重篤な症状を伴うウイルス性の豚の疾病のひとつである。ASFの遺伝子型には、豚やイノシシに100%の死亡率をもたらすものがあり、このタイプが2007年にグルジアに侵入した。それ以降、ASFはコーカサス全域にまん延し、イラン・イスラム共和国、ロシア連邦(以下、「ロシア」という。)に広がり、12年7月にはウクライナに侵入した。
ASFに対する有効なワクチンや治療方法はない。このため、発生国では、生体豚のとう汰や生体豚と豚肉製品の厳格な移動制限により、感染拡大防止に取り組むことになる。しかし、このような措置は、家畜衛生体制の整備、訓練された信頼できる人員の確保、さらに、いざという時に利用可能な防疫体制や補償にかかる十分な予算がなければ、的確な実施は困難である。
特に貧しい農家や家族経営にとって、大規模な発生〜摘発・とう汰は経済的損失や食料不足に直結することになる。このため、ASF対策で最も重要な課題のひとつに、農家からの発生の届出がある。
ロシアでは08年以降、ASFの感染拡大が続き、現在、ロシア南部のほとんどの地域で常在化がみられ、豚とイノシシの生息密度が相当程度高いトヴェリ州(モスクワ近郊)でも常在化しつつある。07年から12年中頃にかけて、ASF感染などが原因で60万頭を超える豚が死亡、あるいはとう汰された。間接的な損失も含めると損失額は、約300億ルーブル(10億米ドル)と推定される。
国際連合食糧農業機関(FAO)は08年以降、近隣諸国に感染拡大するリスクが高いことや、新たな感染地域で常在する可能性について、繰り返し警告を発してきた。事態が進めば、東欧や東欧を越える地域にも発生が拡大することになりかねない。
ASFをめぐる最新のロシア情勢と同国内での豚肉生産・流通システムの現状を考察することで、発生地域における流行の状況や感染経路への理解が深まり、疾病対策の向上に結びつく重要な発生要因を特定できることとなる。
本稿はロシアの獣医ウイルス・微生物学研究所(ロシアのASF確定診断機関、在ボクロフ)の協力の下、FAOが作成した概要に基づき、ヨーロッパおよび世界の他の国々において家畜衛生、獣医、養豚、施策決定を担当する者に資することを目的として取りまとめたものである。
ロシアと国境を接するウクライナ、モルドバ共和国、カザフスタン、ラトビアは、養豚経営におけるバイオセキュリティ(機構注)の水準が低く、ASFの侵入と地域での常在化に対し、最もぜい弱な国である。
特にウクライナへの感染拡大の防止は、欧州の養豚業全体にとって極めて重要な意味を持つ。欧州諸国はロシアでのさらに懸念すべき事態に備え、長期間にわたり、EU域内への侵入を警戒するとともに、予防措置に向けた効果的な措置を講じる必要がある。
機構注;「病原体が農場外部から侵入することを防止する措置等」。この水準が低いということは、病原体が外部から侵入しやすいということを意味する。
2.ASFの影響を受ける主要な生産システム
(1)養豚経営
ロシアの豚肉生産(10年)は、国内の豚肉需要の63.8%を賄う。09年の豚飼養頭数は1720万頭。豚の飼養地域は、飼養密度(「1平方キロメートルあたり」、以下同じ。)4頭を上回る4つの連邦管区で集中して飼養されている(全飼養頭数の85.4%)。すなわち、(1)中央連邦管区(同28.8%)、(2)ヴォルガ連邦管区(同25.4%)、(3)シベリア連邦管区(同17.2%)、(4)南部連邦管区(同14.0%)に集中する。その他の連邦管区(ウラル、北西、北コーカサス、極東)は、全飼養頭数の14.6%の飼養に過ぎず、飼養密度4頭を上回るのはわずかな地方に限られる(図1と2)。
豚の季節放牧の飼養形態は、北オセチア・アラニヤ、北コーカサスの一部、南部連邦管区でみられる。
バイオセキュリティの水準に基づいて、ロシアの養豚経営を次の3つに分類する:(1)専業的企業養豚経営体(全飼養頭数の61%)、(2)小規模な商業養豚経営体(同5%)、(3)裏庭を利用した自給レベルの養豚経営体(同34%)。(2)と(3)は、一般に、バイオセキュリティの水準が低いか、あるいはほとんど考慮されていないかである(機構注;以下、(2)と(3)はバイオセキュリティの水準が低いという意味の「LB」で示す)。
LBの施設・農家は、ASFの感染を招きやすいものの、ロシアの大半の地域において、LBの施設などで飼養される頭数は、バイオセキュリティが高い水準の施設と同程度以上となっている(図1と図2)。
図1 バイオセキュリティの水準が低い農場・施設((2)、(3))における
豚の飼養頭数割合(A)と飼養密度(B)
|
|
|
図2 連邦管区別・養豚経営体別豚の飼養頭数 |
|
|
ロシアにおいて、零細農家などは家畜の伝染性疾病に対応する制度的な支援の利用は限定的である。このため、ASF対策は、(1)生産者の防疫意識の希薄さ、(2)生産施設などのバイオセキュリティの水準の低さ、(3)家畜衛生に関連する規則(届出、移動制限、証明書、検査、ワクチン接種など)に対する不十分な遵守、(4)家畜の個体識別とトレーサビリティの欠如−などが大きな課題となっている。
(2)イノシシの分布と個体数
07年から12年にかけて、ASFの発生が報告された欧州に位置するロシア地域では、イノシシが地域全体にわたって分布している。しかしながら、イノシシの生息密度は比較的低く、個体数が最も多い森林地域においても1平方キロメートル当たり0.43頭を上回る地域はほとんどない(図3)。
公式データによると、ロシアに生息するイノシシの個体数は、10年に過去30年間で最も高水準に達している(40万4400頭)。しかし、ほとんどの地域で過去8年間にみられたイノシシの増加(図3に挿入されたグラフを参照。)は、最近ではほぼ横ばいで推移している。イノシシの生息は中央連邦管区(12万9400頭)に集中しており、次いでヴォルガ連邦管区(8万5400頭)、シベリア連邦管区(5万3500頭)となる。この3つの連邦管区が全頭数の66.3%を占める。
図3 イノシシの生息密度分布(2010年) |
|
|
ロシアにおいて、イノシシはなわばり行動をとり定着性が高い。しかし、群の中には、季節に応じた山地での垂直的な移動(コーカサス山脈、アルタイ山脈)、あるいは、半乾燥地帯(ロシア南部、カザフスタン)やロシア北西部の生息北限地での季節的な移動など、ある程度の移動性を伴うイノシシも生息している。また、危機的な異常気象、自然災害(洪水・火災)、さらには直接的な侵害や狩猟が、予期せぬ動きを予期せぬ形で促すこともある。
近年、欧州に位置するロシア地域にある温帯の森林地帯にも発生が拡大したため、現在ではイノシシの健康状態と個体数の管理は、次第に重要な問題となっている。しかし、イノシシに対する防疫措置の実施は、利害の異なる関係者間の対立、法律の齟齬、サーベイランスや防疫の実施上の問題により、複雑化している。
3.ASFの疫学的な主要な特徴
(1)07年〜12年の流行の考察
07年11月、ロシアでASFが確認された。病原体の侵入は、感染したイノシシがグルジアからチェチェン共和国へ移動したことが原因という説が、最も有力である。08年、新たな6つの行政地域にも拡大した。当初、感染はイノシシ(チェチェン共和国、イングーシ共和国)と放牧養豚(北オセチア)に限られていたが、08年以降、すべての養豚経営体で、特に零細農家(機構注:P87の(3)に分類。家屋と同一敷地にある裏庭で数頭飼養する生産形態、以下「零細農家」という。)で拡大していった。
09年から10年にかけて、ロシア南部以外でも数例の発生があったものの、南部で徐々に常在化し、11年から12年にかけて、北部の新たな地域に拡大していった。
現在、感染拡大にイノシシが果たす役割は、二次的であると考えられている。イノシシは豚から伝播した結果を示すものとして、病原体の存在を知らせる役割を果たす。コーカサス地方以外では、イノシシの感染は、豚と同時に発生する傾向で拡大している(図4)。
初発から12年末までに、ロシアでは合計426件の発生が確認されている。08年から12年にかけて、豚の発生件数は年平均58件(43〜68件)、イノシシは年平均27件(15〜49件)となる。疫学的な状況をみると、状況は改善されておらず、ここ数年、ロシア南部で常在化している。
トヴェリ州およびその周辺の疫学的な状況(図4)は、特に懸念される状況にある。11年4月、零細農家の豚で初めて感染が確認されて以降、多頭数のイノシシが、ウイルスに感染し死亡している。11年4月以降で4件、12年1月から8月の間で25件となっている。12年6月から8月にかけて、大規模養豚施設を含めて22件の発生が報告されており、この地域で感染サイクルが確立しているものとみられる。
この地域の発生の漸増や発生地域の拡大には、ノヴゴロド州(イノシシの感染)、ヤロスラヴリ州(豚の感染)、モスクワ州が関与している。
イノシシの生息密度が最も高い地域でのイノシシの多発する感染は、新たな温帯地帯でのイノシシ間の周年感染の可能性を示唆するものである。これが万一現実になると、イノシシの連続的な生息分布にある東欧と中欧の状況は、EUへの感染拡大とEUに生息する350万頭のイノシシへの感染の申し分のない条件にあるといえる。中欧ではイノシシの生息密度が高いことから、侵入した場合、撲滅はかなり困難な取組となるものと考えられる。
図4 ロシアにおけるイノシシと豚のASFの発生の分布と件数
(07年11月14日〜12年12月29日)
|
|
注1:年数の横の括弧内に表示されている数字は発生件数(食肉や豚の死体からのウイルス検出
件数も含む)
注2: 初発地
注3:ウクライナでは12年7月31日に1度発生
|
発生地域を次の3つに分類する:(1)常在化地域(発生報告が3年以上連続)、(2)散発的な発生地域(発生報告が2年連続)、(3)まれな発生地域(2次的な拡大を伴わない単一の発生)。
北部コーカサス連邦管区と南部連邦管区全体(おおよそ北緯50°以南)は、全州で発生が3年間連続して報告されたわけではないが、ASFが常在化したとみなして差しつかえない。
この常在地域以外では、アストラハン州とトヴェリ州で、散発的に発生している。その他の地域はすべて、ごくまれに散発的に発生するだけで、発生しても感染は拡大しないか、発生してもごく一部に限定されている(図1、右横の表、赤くハイライト)。
12年半ばまでの発生事例を考察すると、発生件数は、(1)零細農家での発生(発生件数全体の37%)、(2)イノシシでの発生(同29%)、(3)専業的養豚施設での発生(同16%)、(4)汚染物品などでのウイルス検出(同9%)、(5)小規模農家での発生(同7%)となる。
汚染物品などでのウイルス検出の内訳は、不法投棄された豚の死体が61.3%、と畜場あるいは食肉加工センターなどが22.6%、その他が16.1%である。12年には121件(豚61件、イノシシ45件、汚染物品など15件)でウイルスが検出され、初発以降、最高に達した。
感受性のある個体数(機構注:豚とイノシシの頭数全体)の44.3%は零細農家で飼養されていること(専業的養豚施設49%、小規模農家5.5%、イノシシ1.3%)や、零細農家の飼養頭数が小規模(一般に10頭未満)であることを考慮すると、疫学的に見て、ASFに感染しやすい施設の90%超は零細農家であると、結論付けることができる。
零細農家では発生の41.6%しか報告されず、相当程度過少報告されているものとみられる。つまり、不適切な疾病管理と不十分な補償制度に起因し、感染豚の多くが最終的に不法に処分されるか、と畜場で販売されるかを示唆している。さらに、零細農家でのこのような過少報告は、流行が進むにつれて、多くなっていく。
|
ASFに感染した豚の焼却処分 |
08年と09年(発生件数(n)=116)では、零細農家(飼養規模1〜5頭)、中規模農場(同1,000頭未満)、大規模農場の発生比率(同1,000頭以上)は、83:11:6となる。この比率が12年(n=68)には、35:34:31とほぼ同じ割合となる。
これは、バイオセキュリティの水準の低い零細・小規模農家に次第に常在化したことに伴って、中規模・大規模農場の感染リスクが高まったものと考えられる。
この背景には、ロシアがウクライナやベラルーシとは異なり、バイオセキュリティの水準が高い農場と低い農場が混在していることがある。問題なのは、規模の大きい企業経営の養豚施設でも発生がみられることは、と畜頭数の急増と、経済的損失の劇的な増大を意味することである。
一方、イノシシの場合、発生のほとんどが報告されているものと考えられる(発生件数全体の32.8%であるが、感受性のある個体数のわずか1.3%であるため)。
新たな豚群への感染経路(疾病の一次的発生)は、すべての事例の28.3%(159件のうち45件)で、いまだ特定されていない。特定された感染源は主に、汚染された残飯である(特定されたすべての感染事例の97%、n=109)。その他、イノシシとの接触(同2%、北オセチアの事例に限られる)や汚染した車両など汚染物品との接触(同1%)がまれにある。
感染拡大の二次的経路は、すべての事例の58.1%(43件のうち25件)でいまだ特定されていない。特定された感染源では主に、汚染した車両(62.1%)、豚や養豚場付近の人との直接的な接触(33.3%)、潜伏期間にある豚群への豚の導入(5.6%)によるものである。
(2)季節変動
全体的に見ると、ロシアでの発生は特に、零細農家の養豚生産時期に増加し、発生件数の3/4が6月から11月に報告される。発生のピークは10月(17.4%)で、発生が最少となるのは4月である(図5B)。
零細農家だけを見ると、発生が7月(18.8%)と10月(22.4%)に増え、夏に集中する(44.6%)(図5C)。
小規模農場と専業的大規模養豚施設における季節的な発生の変動は類似する。これらは、零細農家での変動と類似性はあるものの、零細農家よりもひと月ほど遅れ、9月から11月の間に集中し、全発生件数の45.7%を占める(図5E)。
イノシシでの発生は、11月から翌2月にかけて高水準で推移(43%)し、12月が最も多くなり(14%)、5月(15%)と6月(9%)に再びピークを迎える。この2カ月間は、イノシシの全発生件数の1/4を占める(図5D)。
豚肉(副産物も含む)および不法投棄された豚の死体で見ると、ウイルスが最も高く検出されるのは9月(21.4%)と10月(32.1%)で、12月に2回目のピーク(17.1%)を迎える(図5F)。
興味深いことは、イノシシにおける発生の季節変動は、家畜の豚および零細農家での豚の発生と、負の相関関係にあることである。逆に、小規模農場と専業的大規模養豚施設における発生の季節変動は、零細農家とは正の相関関係にある。ひと月ほど遅らせると、専業的大規模養豚施設と零細農家は一致する。つまり、バイオセキュリティの水準が高い養豚施設の豚には、1カ月ほど遅れて発生していることになる。
汚染物品などで見られる季節変動は、小規模農場とのみ高い相関関係が認められることから、感染源となる死体や汚染された豚肉(豚の副産物を含む)は、小規模農場由来であると考えられる。
図5 ASF発生率と季節の相関(07年11月〜12年6月) |
|
|
(3)家畜のサイクル
バイオセキュリティの水準の低い施設(零細農家および小規模農場)、つまりLBの生産施設は、ロシアにおいてASFウイルスの主要なレゼルボァ(機構注;ウイルスを保有している状態を維持)となっている。
このような養豚場の豚は、一般に、補助飼料として残飯が使用される。残飯にはウイルスに汚染された豚肉あるいは未処理の豚の副産物が含まれていることが多い。汚染された食肉は、加工処理後、しばしば、冷蔵・冷凍されて長期間保管される。低温と非加熱処理ではウイルスは死滅されないため、冷蔵・冷凍保管された食肉は、ウイルスの活性を保持したままとなる。
ウイルスの侵入と増殖は、まず、主に零細農家の豚で始まり、次に、季節の変化に伴なって小規模農場へ、続いて専業的養豚施設へ移行する。
発生率は、12月から翌5月にかけて最も低くなる。これは、LBの生産施設の肥育豚の大半が、クリスマス時期にと畜され、群の残りは主に哺乳豚となるためである。LBの施設でいったん感染が始まると、豚の個体の密度と活動が高まる生産シーズン(6月〜8月)の中頃から、発生が拡大し始める。4月から5月に感染した若齢豚は、不法に処分されるため、過少報告になっていると考えられる。
これはイノシシの感染とも関係する。このような不法に処分された豚の死体を食べる機会が増えるため、イノシシでの発生のピークは春になると考えられる。
ウイルスがさらに増大すると、最初は零細農家と小規模農場、次に専業的養豚施設に感染が広がるなど、生産施設間との関わりが強くなる。このように地域の養豚生産全体が関わることで、1農場が原因として広がる発生農場数が2〜3と拡大し、発生数は2度目のピーク(10月〜11月)を迎える。この原因は、感染した豚の死体の大量処分と、汚染された食肉がインフォーマルな市場を通じ流通するためと考えられる。LBの生産施設が、不法に処分された豚の死体(特に零細農家由来)と、汚染された豚肉(副産物を含む。主に小規模農場由来)の発生源となっている。豚が出荷体重に近づく生産サイクルの終わり(12月)に、零細農家では、死体の適切な処分や発生の届出よりも、食肉を販売しようとする誘引が高まるものと考えられる。
(4)ケータリング・サイクル
汚染された食肉(冷凍製品や塩漬製品を含む)は、豚肉の需要が高まる時期(11月〜翌2月)に市場へ出荷される。汚染された豚肉製品は、発生地区の外(検疫・取引制限されている地区)へ流通することもあり、(数千km離れた)広域流通することで豚の飼養頭数が比較的少ない北部まで流通することもある。このような広域流通が原因で発生した報告は、20件以上ある。例えば、レニングラード州で繰り返された発生は、汚染された食肉の違法な流通によるもので、卸売業者、とりわけ、軍隊の食料調達制度の関与が指摘されている。
冬季の発生は、主要な発生要因である零細農家の飼養頭数減により著しく減少する。しかし、春先にかけて「ケータリング・サイクル」が主な発生要因に変わる。秋に調達され冬の間に貯蔵保管された食肉が、徐々に消費されるため、多量の残飯が発生(主に都市部にある軍隊の飲食施設や配膳施設、刑務所や教育施設)する。このため、都市部周辺の自給目的で生産する小規模養豚農場で発生するリスクが高まる。
流行区域外で報告された14件の感染事例のうち、10件の事例が残飯給与に関係していることが明らかになっている。ロシアでは汚染された豚肉の不法取引が、広範囲にわたっていることも明瞭に示している(図6)。
図6 バイオセキュリティの水準が低い農場とイノシシが関与する伝播経路 |
|
|
(5)イノシシにおける感染
報告されている発生のうち、27%がイノシシである。イノシシの感染要因は通常、不法に処分された豚の死体をあさることである。豚の死体が環境中に存在するタイミングは、気温が氷点下となり森林に雪が降る(10月)時期と一致する。この時期、イノシシは、ハンターが補足的な食料を提供する場所に集まる。いったん、イノシシが感染すると、活発な社会的相互作用(群間での接触等)のためにウイルスは急速に拡大し(11月〜12月)、局地的に流行する。その結果、感染したほとんどのイノシシが死亡する。
ウイルス残存のひとつのメカニズムとして、厳寒期にイノシシの死体中に生存することがある。春にイノシシの死体をあさる動物によって、感染の機会が再び生じると考えられている。さらに、感染した放牧豚との接触による伝播の可能性も、放牧養豚がある地域では否定できない。
高い生息密度とウイルスの侵入にとって有利なタイミング(発情期や繁殖期、雪や氷点下の気温など)である数カ月間は、イノシシが限定的に伝播させることになる。しかしながら、イノシシでは、周年の独立した感染サイクルはないと考えられる。ただ、発情期の期間中(雄が雌の集団を積極的に渡り歩く、11月〜翌1月)および出産後(個体数が最大となる5月〜6月)に著しい再発が見られることは、次の世代にも感染すると仮定した場合、感染サイクルの確立の可能性を示すものと考えられる。
しかし、現在の高い死亡率(すなわち、感染したイノシシのほとんどが死亡すること)をみると、イノシシは適当な宿主ではない。実際には、イノシシは、報告されないがLBの養豚農家・施設に存在するウイルスの見張り役として機能を果たしているように考えられる。イノシシの場合、発生率は発情期の開始前の10月(2.5%)と個体数が最少となる3月(5.0%)に低下する傾向がある。なお、この数字は、社会的相互作用と個体密度のダイナミクスを反映させたものである。
(つづく) |