はじめに
1.問題の所在
本調査研究では、家族中心に経営が行われてきた採卵鶏経営を2経営、乳用種去勢牛肥育経営を1経営、計3経営を取り上げ、その企業的展開注1について実態報告を行っている。
周知の通り、畜産部門では、土地利用からの分離の程度と、大家畜から小家畜に至るのに対応して、換言すれば個体管理技術から群管理技術への移行の程度=工業的飼養管理技術の程度に比例するのに伴って、組織経営体への飼養頭羽数の集中が進んでいる注2。『2010年 農林業センサス』によると、組織経営体の飼養頭羽数シェアは、乳用牛12.5%、肉用牛28.7%、ブロイラー56.2%、豚64.8%、採卵鶏79.9%となっている注3。ただし、1990年前後から畜産部門の飼養頭羽数は減少し続けている。すなわち、畜産部門では、組織経営体への飼養頭羽数シェアが高まる一方で、国内生産が「縮小局面」を示すという方向で構造再編が進展している様子が推察されてくる注4。その中で、採卵鶏経営の組織経営体への飼養羽数の集中が最も進んでいる。
その要因として、先に言及した通り工業的飼養管理技術の確立により企業経営の費用収益構造の優位性が1990年代より指摘され始めている。以上の点を踏えるならば、家族経営においてはどのように経営構造が改善され、そのもとで操業度や生産性が高められ、収益=成長の源泉が確保され、経営の安定性が実現されていくのであろうか注5。新山陽子が、1990年代に問題提起したのは、一部の経営の存続を図るためのものではなく、できる限り多数の経営の存続を図るための方策としての議論であった注6。
2.課題の設定と分析の視点
そこで、本調査研究では、第60回全国農業コンクールにて受賞した上記の3経営を分析対象に、家族経営の企業的展開と収益性の問題に課題を限定して報告を行うこととしたい。
その際、次の3点から報告を進めていく。第1に、各家族経営の生産部門、販売、川下部門への事業多角化等の事業の概要を整理する。第2に、各家族経営の経営構造の改善と家族・雇用労働力を含めた作業分化の進展について確認する。第3に各家族経営の生産部門を含めた収益性について明らかにする。
なお、本調査研究は、『2011年度 畜産関係学術研究委託調査報告書 大規模畜産法人経営の6次産業化と収益性−自給飼料基盤の確保に着目して−』(以下、調査報告書と略記)の各3章を要約、加筆修正した内容である点をあらかじめお断りしておきたい。なお、調査報告書の構成は、「第1章 採卵鶏部門における家族経営の高付加価値化戦略−(株)地黄卵の取組−」(西川邦夫・宮田剛志)、「第2章 乳用種雄牛の大規模肥育経営の展開−青森県の金子ファームを事例として−」(関根佳恵・正木卓・上原里美・宮田剛志・安藤光義)、「第3章 地域特性に基づいて家族経営型養鶏業の取組−(株)みなみくんの卵を事例として−」(片岡美喜・高津英俊・宮田剛志・安藤光義)となっている。
注1:畜産経営の企業的展開に関しては、新山陽子(1997)『畜産の企業形態と経営管理』
日本経済評論社,pp.97-126,を参照.
注2:谷口信和(1998)「日本農業の担い手の存立構造」農林行政を考える会代表近藤康
男『21世紀日本農政の課題‐日本農業の現段階と新基本法‐』農林統計協会,pp.88-89,を参照.
注3:西川邦夫・宮田剛志(2012)「第1章 採卵鶏部門における家族経営の高付加価値化
戦略−(株)地黄卵の取組−」研究代表者宮田剛志『2011年度 畜産関係学術研究
委託調査報告書 大規模畜産法人経営の6次産業化と収益性−自給飼料基盤の
確保に着目して−』ALIC,pp.1-3,を参照.
注4:東山寛(2011)「コメント」日本農業経済学会『農業経済研究』第83巻第3号,pp.191-
192,参照.
注5:拙著(2010)『養豚の経済分析』農林統計出版,p.41,を参照.
注6:新山(1997),前掲書,pp.146-168,を参照.
(株)地黄卵を事例として
1.経営の概要
(株)地黄卵(以下、地黄卵と略記)の事業内容は、採卵鶏部門に加え、川下部門の直売所、レストランからなっている。地黄卵は世帯主夫婦2名で1,000万円の出資が行われ、常時飼養羽数3万5000羽をそれぞれ2農場で飼養している。第1農場、第2農場注1ともにそれぞれ最大2万5000羽を飼養することが可能であるが、地黄卵では、高価格な卵の生産を行うため、経営者の世帯主の目が農場の隅々に行き届く範囲の飼養羽数規模の3万5000羽にとどめている。また、経営者である世帯主は経営全般を、世帯主の妻は経理を、次男は直売所を、長男はレストランをそれぞれ担当している。
2010年の売上高は2億6553万円、雇用労働者は農場・GPC(グレーディング・パッキング・センター)に9名、直売所に3名の計12名となっている。
(1)生産部門
(1)施設設備
地黄卵の鶏舎は2階建ての高床式鶏舎であり、1階が55×21メートルの広さである。2階で採卵鶏を飼養し、1階に糞が落ちてくる構造となっている。なお、2階では3段飼養を行っている。
(2)幼鶏の導入
120日齢の幼鶏を730円/羽にて、1,500〜1,600羽/月を導入している。また、120日齢の幼鶏を導入した後、採卵鶏の減価償却費2.03円/日に関しても詳細な計算がなされている。地黄卵では480日齢で減価償却が終了する計算となっている。ただし、採卵と廃鶏の期間に関しては試行錯誤が続いている。
(3)指定配合の飼料
高価格な卵の生産に関して、地黄卵では独自飼料の開発とその使用が行われている。独自飼料に関してはIPコーンを中心に指定配合された飼料「ヂオウ18」を使用している。
赤ピーマンを入れてβカロチンを強化して色づけを行い、乳酸菌製剤も加えている。サルモネラ菌の危険性を考えて自家配合は行わない。また、魚粉、鶏の骨粉等の動物由来の原料は飼料に原則として入れていないが、動物性の油脂が全くないと産卵率が上がらないので、IPコーンを輸送してくる船ごとに成分を検査し、調整して入れている。
飼料購入量は2010年で年間1,440トンにのぼり、7992万円となっている。「ジオウ18」の価格は1トン当たり5万5500円であり、通常の配合飼料価格よりも5,000円ほど高くなっている。そのため、配合飼料の節約が経営の重点項目になっている。
(4)疾病予防−ワクチン接種−
詳細なワクチンプログラムによって、現在、鳥インフルエンザ以外の感染症を抑えることが可能となっている。
(5)鶏糞の処理
鶏糞の処理にはおがくずを利用している。熊本の製材所から20〜30万円で購入し、1階に糞が落ちてくる場所におがくずを敷く。投入は最初の1回のみである。そして、1週間に1回、トラクターで約1時間の攪拌を繰り返す。50〜60cmたまると堆肥舎への糞の移送を行うが、半年に1回となっている。
堆肥舎に運ばれた鶏糞はそこで保管されるが、廃鶏処理された採卵鶏の残さも堆肥舎で混ぜられ発酵させる。これは2週間に1回攪拌し、できた堆肥は地域の農家へ譲り渡される。堆肥をとりに来る農家へは無料で譲り渡し、地黄卵が運搬する場合は4トンダンプでほ場に投入できる経営のみを対象とし、3,000円で販売している。ただし、堆肥舎の種が無くなってしまうので、譲渡量は以前より減っている。
(2)販売部門−普通卵よりも高い価格での販売−
「ヂオウ18」によって生産された卵は、既に商標登録済みである。
普通卵に比べ、地黄卵の卵は、ビタミンE含有量が極めて多く、また他の成分量が少ないことから、健康に良い保健健康食品(栄養機能食品)とされている。地黄卵ブランドの中で、「黄身が一番。」は6個入り1パック210〜218円で、「絹のたまご」はディスカウント店向けに1パック198円で販売されている。現在、取引先は81カ所にのぼる。販路構成は、スーパー:直売所:市場:その他=19:39:18:24、となっており、地黄卵が設置したものを含めて直売所への出荷が多くなっている。また、どの販路に出荷する場合も、規格外卵も含めて最低1キログラム当り320〜330円は下回らないようにしている。
(3)川下部門への事業多角化
1980年代後半より「化粧箱(20個入り)」の卵の直売を行うようになった。
また、前述したようにIPコーンを基本に開発された「ヂオウ18」を基に、卵の高価格販売が実現されている。また、2000年代に入り規格外品を販売することを主な目的として直売所が設立され、2011年にはレストランも開設されることとなった。これらの部門は前述した通り長男と次男で担当している。加えて、直売所、レストランでは、生産部門で導入された同数の1,500〜1,600羽/月を廃鶏処理し、同じ導入価格の730円/羽で購入し、それぞれ販売・加工等を行っている。
2.経営構造の改善と作業分化の進展
(1)経営構造の改造
世帯主であり代表取締役である荒牧博幸氏は、現在59歳である。担当部門は経営マネジメントから農場作業、GPC作業、営業、配達と全ての作業に及ぶ。
世帯主の妻絹代氏は博幸氏が就農した翌年の1986年に就農し、経理を担当している。長男の修氏は2004年に他産業から就農した。当初は農場長として鶏舎の専任であったが、2011年にレストランが開設されてからはその責任者となっている。修氏がレストランの専任となって以降、鶏舎の専任作業員(家族)はいない。次男の幹二氏も2002年に他産業から就農し、このことが直売所開設の大きな原動力となった。また、卵の配達で運送会社が利用できない地域への対応も行っている。
多角化の柱となる営業・販売と廃鶏処理に関しては、「協力会社」という形態をとって人材を確保している。固定給の支払いではなく、1パックの売上ごとに12〜13円販売委託料を支払う形式をとっているので、従業員ではなく「協力会社」としている。
パート従業員は農場・GPCに9人、直売所に3人の合計12人を雇っている。一番勤続年数が長い人で18年程度になる。年齢は42〜59歳の間に分布し、50代が多い。ローテーションで様々な作業を経験するようにし、約3年で全ての作業を習熟できるようにする。
(2)作業分化の進展−1日の作業の流れ−
1日の作業は、8時15分の鶏舎作業から始まる。4人で前日に機械の周辺に引っかかったままになっている卵が無いか確認する。なお、給餌及び集卵は自動化されており、GPCへと移送される。その後、GPCでの出荷作業が始まる。GPCでは、GP機→洗卵→選別→包装→出荷、という順序で卵が流れていく。
地黄卵ではHACCPを参考にした衛生管理を行っている。作業所で入り口等の消毒液交換をこまめにし、作業場内(GPC、保管庫)では室温計測を行っている。
3.(株)地黄卵の収益性
表1 (株)地黄卵の各種指標 |
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資料:(株)地黄卵提供の資料及び聞き取り調査より作成。 |
表1は地黄卵の各種指標である。平均販売価格が1キログラム当たり337円、地黄卵ブランドの販売価格が1キログラム当たり464円とかなり高いことが分かる。『平成21年 営農類型別経営統計(個別経営)』によると、採卵養鶏単一経営の1キログラム当たり鶏卵粗収益 は169.6円注2に過ぎない。
表2 (株)地黄卵の経営収支(2009年) |
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資料:(株)地黄卵提供の資料及び聞き取り調査より作成。 |
表2は、地黄卵の経営収支を示したものである。経営全体での利益を示す営業利益は441万円、当期純利益は384万円のいずれも黒字となっている。また役員報酬として2人で1,440万円を確保している。地黄卵から提供を受けた資料によると、農業所得(=税引前当期純利益+法人構成員に対する役員報酬+法人構成員に支払った労賃)に換算すると1,959万円、法人構成員1人当たり979万円、法人構成員労働1日当たり39,178円となり、高い所得を上げていることが明らかとなる。
注1:地黄卵は飼養羽数の拡大の方法として、新農場の建設ではなく倒産農場を借り上げ
て利用する「仮農場」という方式をとっており、この農場が第2農場となっている。
注2:『営農類型別経営統計』には廃鶏の売上高が含まれているが、地黄卵ブランドの販
売価格に対して圧倒的に低いことには変わりない。
4.地域農業の中での役割分担
認定農業者協議会会長としても地域農業への貢献活動を行っている。例えば、地元の脇田温泉、市と連携し、会員が生産した農畜産物と地域をPRする活動を行っている。加えて、居住している地区では土地改良区理事を務めている。土地改良事業は用排水分離で2005年に事業が完了したが、関係者の同意を得る作業に尽力した。また、土地改良事業の完成によって洗卵の際に水利組合の許可が不要になるという地黄卵にとってのメリットも発生していた。
(株)みなみくんの卵を事例として
1.経営の概要
(株)みなみくんの卵(以下、みなみくんの卵と略記)の事業内容は、採卵鶏部門、鶏飯用鶏肉部門(一部、ブロイラー飼養を含む)、土地利用部門、川下部門の直売店、レストランからなっている。世帯主夫婦2名と後継者夫婦2名、長女の計5名から構成されており、出資金は550万円である。農場では常雇い・臨時雇い、計7名からなっている。常時飼養羽数は38,917羽である。
みなみくんの卵では、地黄卵と同様に、採卵後の廃鶏を郷土料理である「鶏飯」の原材料として活用している。そのため採卵と「鶏飯」用の鶏肉の品質確保の両面を兼ね備えた品種である「コーラル」を飼養している。また、直売所では常雇い・臨時雇い、計9名からなっている。2011年度の売上高は1億8000万円となっている。
(1)生産部門
(1)施設・設備
3棟の鶏舎と、5棟の育雛施設があり、全体で約4万5000羽の飼養が可能である。飼養施設の特徴は採光式の鶏舎である。
(2)幼雛導入
みなみくんの卵では、1日齢の雛の導入をトラック2台にて行う。
地黄卵のように120日齢の幼鶏を導入した場合、九州からの輸送コストも含めて900円/羽程度がかかるため、これは1日齢から飼養した場合よりも売上原価が高くなってしまう。また、1日齢の雛の場合、7〜10円/羽程度の輸送コストに圧縮することが可能となる。2,500羽(事故等を考慮して実際は2,700羽)と2,700羽(同2900羽)のいずれかのロットを年間に10回導入している。これは真夏の7月と冬季の1月以外、毎月行っている。
(3)指定配合の飼料
@)飼料の給餌体系
飼料は、基本的に品種によって大きく変えるのではなく、同一の種類であるが採卵鶏の成長に応じて、カロリーなどの栄養バランスを設定したものを使用している。同農場の採卵後の廃鶏は、鶏飯に使用するため、鶏肉に脂肪分を増やす目的で、飼養後期においても栄養価の高い飼料を与えている。
A)自給飼料の生産
みなみくんの卵ではサトウキビ畑が3.5ヘクタールとタンカン樹園を30アール所有している。そこで生産されたサトウキビ、タンカンの一部を活用して飼料の原料として用いている。
サトウキビは、製糖会社に原料として出荷し、その製糖会社から排出された廃糖蜜に、栽培したタンカンを3月に漬け込んで、年間を通して使用できるタンカンエキスとして保存している。そのほかの原材料と混合し、発酵飼料を製造後は配合飼料に混合され、採卵鶏の飼養に利用されている。
また、次に確認するように鶏糞の一部はサトウキビ畑に還元されており、みなみくんの卵では飼料(一部)の生産−飼料の給餌−鶏糞の農地への還元−飼料の生産…といった循環が確立されている。
(4)疾病予防
疾病による死亡鶏は、ワクチン投与によってほとんどみられない。採卵鶏は、1週齢で1回、2週齢で1回、4週齢で1回、最後に約70日過ぎに投与することとなっている。
鶏肉用のブロイラーへのワクチン投与は、飼養期間が2カ月程度と短いため2回のみで、呼吸器、気管支炎に関する3種類の疾病を防ぐ混合ワクチンを投与している。
(5)鶏糞の処理
鶏糞は、自社で堆肥化し、製造した堆肥の6割程度はサトウキビ生産に使用している。残りの約4割の鶏糞は、市の堆肥センターに販売され、島内の家畜の糞と混合された堆肥となり、市内農家や土壌改良事業に利用されている。
(2)販売部門
発酵飼料導入のメリットは、採卵鶏の飼料要求率の向上と、品質の向上による経営の安定化につながったことが挙げられる。発酵飼料を毎日生産し、配合飼料に添加していくことで、生産物に特別な情報を付加しなくても、鶏肉に臭みがない、食味が良いなど消費者の評価が生まれ、本土からの卵より1パックが10円程度高額でも消費者が買ってくれるようになっている。また、鶏飯に関しては、奄美大島内でも有名な2店舗と取引を行っている。
(3)川下部門への事業多角化
家族内労働力の強化に伴い、直売事業の強化と生産物の付加価値化を目的に、2010年からは鶏肉・鶏卵直売と、養鶏場直送の新鮮な鶏卵を用いた洋菓子の製造販売を行う直売所「こっこ家」の開業準備をし、2011年に開業している。
2.経営構造の改善と作業分化の進展
養鶏場については、世帯主であり代表取締役である南利郎氏を中心に、長男の妻のひとみ氏が事務処理を担当している。こっこ家については、長男・和利氏を中心に、長女・りか子氏が同店の店長を務め、利郎氏の妻である敏子氏が店内業務等に従事している。
1日の作業の流れについては、週に3回は4時に起床し、6時半前後まで、食鳥施設にて処理作業を行い、丸どりの形にしている。その作業の後、1時間半ほど休憩をとり、8時からは常雇い、臨時雇いの男性が出勤してくるため、1日の作業ミーティングを行う。このミーティングでは、農作業の流れ、急ぐ作業の打ち合わせ、採卵鶏や機械の異常報告等を行っている。養鶏場の就業時間は、利郎氏、常雇い・臨時雇いともに、17時半までである。
午前中の利郎氏の作業内容は、土着菌を用いた発酵飼料の製造や、早朝作業でやり残した業務を行う。そのほかは、作業場の巡回や、サトウキビ・タンカン畑の作業や全体業務の把握等を行っている。
13時から17時30分までは、臨時雇いにより、卵の箱詰め作業が行われる。このように作業時間を午後からに設定しているのは、卵は午前中に産まれるため、午後から箱詰めをし、翌日配送できる形にするためである。「その日産まれた卵を、その日箱詰めする」ことを基本としている。
インラインでは、鶏舎から卵は自動でパック詰めの作業場まで流れてくるようになっている。第一段階で、糞の汚れと目で見てわかる破損卵を取り除き、機械による洗卵、エアでの乾燥、その後、赤外線殺菌を行う。殺菌が終わった後、検卵担当の臨時雇いが光を当てて、第一段階で分からなかった傷がある卵を取り除いている。こうした二段階の検査と出荷作業に関しては最低5人いればこなせる状態にある。
3.(株)みなみくんの卵の収益性
表3において2011年度の経営収支を確認すると、営業利益が△18,213円、当期純利益が△718万円と赤字となっている。前年度よりも売上高が上がっているにもかかわらず、赤字となっている要因として、売上原価の割合の高さが挙げられる。
2011年度の売上原価の内訳を表したものが、表4である。最も高い割合を示しているのは飼料費で全体の46%である。この割合の高さは、近年の配合飼料価格の高止まりと、本土からの輸送費が含められた価格ゆえである。その次に高い割合を示しているのは、労務費であり、こっこ家の常雇い・臨時雇いといった新たな雇用が発生したためと推察される。利郎氏によると、2011年度は材料費、経費全般にこっこ家の初期投資に係る費用がかかっており、営業利益、当期純利益の低下につながったものと考えている。今後の売上高の増加によって赤字を回収していく見込みを立てている。
表3 (株)みなみくんの卵の経営収支(2011年度)
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資料:(株)みなみくんの卵資料およびヒアリング調査 |
表4 (株)みなみくんの卵の売上原価の内訳(2011年度)
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資料:(株)みなみくんの卵資料およびヒアリング調査 |
(有)金子ファームを事例として
1.経営の概要
(有)金子ファーム(以下、金子ファームと略記)は世帯主夫婦、長男夫妻、二男の5名と常雇い24名、臨時雇い1名の構成となっている。
事業部門は、肉用牛、自給飼料生産、景観作物・ブルーベリー、カシスなどの栽培からなる生産部門とこれらを加工する加工部門、直売部門の3部門からなっている。
肉用牛は、七戸町内に4カ所、青森県内に5カ所の直営農場を、また、青森県・岩手県内の預託農場9カ所の計18農場にて生産が行われている。常時飼養頭数は9,200頭で乳用種(去勢)を主体に、交雑種、日本短角種、黒毛和牛、ジャージー種も飼養されている。
また、金子ファームでは、普通畑32.8ヘクタールで飼料用とうもろこしを栽培し、その他採草地・牧草地40ヘクタールを有している。その他、飼料用以外の他作目の栽培も行っている。
加えて、肉用牛の堆肥は普通畑や採草地・放牧地に還元されるだけでなく、近隣のにんにく生産者やりんご生産者などにも販売されている。この他、生産部門で確保された収益をもとに長男の就農を期に直売所への多角化が行われ、また、観光農場への進出もなされている。売上高は事業部門全体で約33億円となっている。
(1)生産部門
(1)素牛の導入
2011年、金子ファームでは13の素牛育成農家と契約取引を行っている。その中でも主要な供給源が北海道芽室町のアイダ牧場である。2002年から金子ファームに素牛出荷をはじめ、現在、約300頭/月を供給している。
(2)指定配合の飼料
@)飼料の給餌体系
アイダ牧場では、金子ファームの「健育牛」ブランド(2001年に商標登録)のための唯一の素牛供給元となっている。また、両農場に「健育牛」用の配合飼料を供給しているのは同じ大手の飼料メーカーであり、その飼料設計には両農場がともに携わっている。加えて、両農場ともにデントコーンサイレージを与えるなどして、飼料体系の統一がみられる。その際、育成・肥育のいずれの期間においても抗生物質を投与していない。
このため、アイダ牧場から金子ファームに供給される素牛はホクレンが公表している取引相場+αとなり12〜13万円/頭となっている。
また、金子ファームから出荷される約5割が「健育牛」(3,600頭)となっている。
A)自給飼料の生産
普通畑ではデントコーンの栽培を行っており、肉用牛のサイレージ飼料として給餌している。飼料栽培は、肉用牛の飼養管理の前後に行う。デントコーンは年1回、5日間かけて播種し、約10日間かけて収穫する。牧草の播種は年2〜3回行い、収穫期には朝4時から夜9時頃まで集中的に収穫作業を行う。
これら飼料生産等を行う農地は、地域の生産者から依頼を受けて金子ファームが集積し、高齢化や後継者不足で担い手のいなくなった地域の農地を管理している側面も有している。
(3)預託農場
大手食肉加工メーカーでは乳用種雄牛の預託肥育が普及していたが1990年以降、食肉加工メーカーの経営方針の転換により、預託の打ち切り等が発生することとなった。このため、新たな預託元として金子ファームが、これらの農場と契約を結ぶこととなった。
このことが前述した金子ファームの農場が18カ所にまたいでいる所以である。
(4)技術
金子ファームの1日当たり増体重は1.25キログラムとなっており、青森県の現状の数値を上回っている。このため、肥育期間は12.3カ月と短い。出荷時体重は774.7キログラムと青森県の目標数値800キログラムに近付いている。このことからも、金子ファームでは効率的で高い肥育技術を確立していると推察されている。金子ファームから出荷される肉用牛は乳用種去勢牛が中心のため、牛肉に脂肪が入りにくい赤身肉であるためBMS平均値で2.1を示しており、「標準に準じるもの」として評価される。しかし、BCSの平均値は4.2と全国水準である。BCS3〜5に該当する牛肉は「かなりよい」という最も高い評価がなされている。また、預託牧場では、金子ファームが作成した飼養管理マニュアルに基づいて飼養が行われている。疾病予防や素牛導入後の管理、飼料の給餌方法、一群の管理頭数等が定められている。
(5)糞尿の処理
金子ファームでは補助事業を活用して2003年と2004年に縦型オーガ式強制発酵施設を設置し、家畜排せつ物を利用した堆肥生産を開始した。また、2006年には、縦型密閉コンポストを導入している。さらに、2006年から飼料用デントコーンを、2008年から菜種の栽培を開始し、耕畜の循環サイクルを確立している。環境保全目的だけでなく近年の肥料価格高騰の点からも、堆肥生産への期待は大きい。金子ファームでは、年間3,200トンの堆肥を青森県のにんにく生産者やりんご生産者へ販売している。
(2)販売部門
出荷に関しては、JA系統組織を介さず、大手食肉加工メーカーや食肉問屋10社に契約出荷されている。取引価格は、中央卸売市場の枝肉価格を基礎に、抗生物質無添加飼養に対して+αの価格となっている。
(3)川下部門への事業多角化
2001年に金子氏の後継者として就農した長男の希望により、金子ファームでは2005年から加工品販売を始めた。自社生産した交雑種の肉を用いたレトルトカレーやビーフジャーキーを委託製造し、金子ファームのホームページや道の駅しちのへにおいて販売されている。さらに、2008年から菜種栽培を開始したことにより、その加工品であるハチミツや菜種油が商品に加わった他、にんにくオイルやにんにくとハチミツの飴なども自社ホームページで販売している。
また、金子ファームは2006年に整備したふれあい牧場ハッピーファーム内(1884年からの旧軽種馬牧場:耕地面積75ヘクタールの買収)の農作業小屋を改装し、2010年にはジェラートの加工・販売を行う直営店NAMIKIを開設した。NAMIKIでは、金子ファームが飼養するジャージー牛から搾った牛乳を使用したジェラートの製造・販売を行っている。地元で採れたブルーベリー、りんご、かぼちゃ、じゃがいも等を利用したジェラートは、季節によって様々な味が楽しめる。2010年のオープン以来、1年余りで来客数は約13万人に達した。製造・販売は長男の妻が担当しており、機材はイタリアの機械を導入し、本格的なジェラート作りを行っている。また、ハッピーファームは敷地内に8つの登録有形文化財を有している。
2.経営構造の改善と作業分化の進展
経営主である金子春雄夫妻が経営統括を行い、長男と次男および常雇い24名が肉用牛の飼養管理にあたっている。また、長男は加工品の製造販売、長男の妻が事務管理と直営店NAMIKIの運営を行っている。常雇いの中には、勤務年数が30年以上にのぼる経験豊富な方もおり、先に言及した金子ファームの高い飼養管理技術の根幹を支えていると推察される。
3.(有)金子ファームの収益性
2010年の金子ファームの品目別売上高を確認すると、肥育牛の売上高が全体の99%を占めている(表5)。その中でも、乳用種(ホルスタイン種と交雑種)が全体の98%、ホルスタイン種だけで全体の8割を占めている。金子ファームの売上高は、飼養頭数の拡大とともに伸びている。
経営収支(表6)から、金子ファームは2010年に33億円を売り上げ、1億3000万円の営業利益を出していることがわかる。2010年、金子ファームの長期借入金返済残高は約9億円あり、2010年度の年間返済予定額は1億4000万円となっている 。返済財源となる当期純利益1億2000万円と減価償却費の合計額は1億7000万円を超えていることから、金子ファームは1億4000万円の返済を終えてなお新たな設備投資を行う体力を有していることがわかる。
金子ファームの生産費内訳(表7)によると、生産費の約9割を占める生産原価のうち、飼料費(36%)と素畜費(32%)の合計が7割近くにのぼっている。このことから、飼料価格の高騰や素牛価格の上昇は生産費に大きく影響し、経営を圧迫することが明らかとなる。
表5 (有)金子ファームの販売量および売上高(2010年)
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資料:毎日新聞社「第60回全国農業コンクール調書」2011年より作成。
注1:1頭当たり重量は枝肉重量である。
注2:加工品には、ジェラートの他に菜種加工品、ビーフジャーキー、レトルトカレー、ハチミツ、
にんにく加工品が含まれる。 |
表6 (有)金子ファームの経営収支(2010年)
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資料:金子ファーム「決算書(2009年12月〜2010年11月)」より作成。 |
表7 (有)金子ファームの生産費内訳(2010年)
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資料:金子ファーム「決算書(2009年12月〜2010年11月)」より作成。 |
おわりに
採卵鶏経営、乳用種去勢牛肥育経営ともに、素畜の導入を統一し、それに合わせた飼料開発を行うことで高い販売価格を実現し、生産部門においても収益を実現している。その際、従来、土地利用とは切り離されていると考えられていた採卵鶏経営、乳用種去勢牛肥育経営においても飼料生産としての土地利用が図られている。これまで、畜産経営は地域農業とは“切り離された存在”として指摘されてきた場合も少なくなかったが、改めて、畜産経営と地域農業との関係を問い直す必要があるように考えられる。何より、家族経営の生産部門においてもその収益性や生産性などの経営効率の改善を通じて、農業所得、役員報酬、常雇いの賃金水準を確保した上で、収益=成長の源泉の確保や財務内容の安定性なども実現されていく可能性も示唆されてくる。
また、採卵鶏経営においては飼養羽数の拡大の際、地域で廃場となった農場を活用している実態も確認された。ただし、その際、経営主が農場全体を確認できる範囲内での飼養羽数の拡大であった。今後、家族経営が、どの程度の規模まで飼養羽数の拡大が可能なのか注視する必要があるであろう。その際、乳用種去勢牛肥育経営のような高い技術水準に支えられて家族を中心に多くの常雇いを雇い入れ、農場単位での急速な飼養頭数の拡大が採卵鶏経営においても可能か、否か、といった点も同様であろう。
加えて、経営主の後継者が経営に参加する場合、川下部門への事業多角化といった実態も確認された。このような新たな動態は、従来の大規模法人経営の事業多角化・企業グループの形成とは異なるため、上記の点と同様に今後注視し続ける必要があるであろう。
謝辞
小稿をまとめるにあたり(株)地黄卵荒牧博幸代表取締役、(株)みなみくんの卵南利郎代表取締役、(有)金子ファーム金子春雄代表取締役には、いつもながら長時間、かつ、度重なる調査にご協力いただいた。また、調査や執筆(調査報告書)に加わって頂きました諸先生方・大学院の各氏をはじめ宮崎元氏、岡田直樹氏(ともに(地独)北海道立総合研究機構)など多くの皆様に有益な情報提供やご助言をいただいた。記して感謝の意を表したい。
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