1.はじめに
北海道における酪農経営は規模拡大が大きく進み、家族酪農経営によるメガファーム(年間生乳出荷1,000トン以上)も多く出現している。こうした経営は、飼養規模拡大に伴う省力化対策として、フリーストール・ミルキングパーラー方式へと牛舎構造の転換を行い、同時に群飼養の飼料給与としてTMR方式を導入する場合が多い。平成21年2月時点での北海道のフリーストール・ミルキングパーラー方式導入は、全体の約2割(1,512戸)となっている。地域的には、酪農専業で経営規模の大きい十勝、釧路・根室、網走地域での導入が多い。
フリーストール経営では、ふん尿処理が従来の固液分離から混合でスラリー貯蔵へと転換される場合が多く、スラリーストアーを装備する経営が多い。このような経営の多い草地型酪農の釧路・根室地域では、かなり前からスラリー散布に伴う臭気公害が発生しており、地域住民や観光客などからの苦情が出ている。苦情は特に晩秋に集中しているが、冬季に備えてふん尿を一斉に散布することが主な要因である。
このような臭気対策の一環として、スラリー活用によるバイオガスプラントが建設され、一定の効果が現れている。また、近年では草地酪農地域においては、フリーストール経営のみではなく、繋ぎ飼い経営においてもスラリー化処理が進展している。こうした動向は、臭気問題をさらに増幅する危険をはらんでいる。
2.バイオガス資源としてのふん尿
酪農経営の大規模化は、繋ぎ飼養から群飼養(フリーストール・フリーバーン)へと転換されるのが一般的である。この転換に伴い、ふん尿処理も固液分離から混合のスラリー処理へと転換される。従来家畜のふん尿は、排せつ物としての処理が必ずしも生産や収益に結び付かないことから、経営としては処理費用の増大が課題となっていた。しかし、東京電力福島第一原子力発電所事故を契機に再生可能エネルギーへと指向が転換され、こうした排せつ物(いわば産業廃棄物)が貴重なエネルギー資源として見直される状況へと、社会情勢が大きく変わってきている。
ふん尿のスラリー化は、すでに述べたように臭気問題として地域住民や観光客からの苦情の要因であった。北海道におけるふん尿のスラリー化は、かつての根室地域での新酪農村建設時代からフリーストール方式とともに導入され、40年にも及ぶ歴史があり、古くから利用されている。しかし、当時からその臭気対策や散布ほ場の確保などから、処理方法(バッキ等)には試行錯誤してきた。そういう厄介な産物でもあったふん尿が、バイオガス資源という地域社会に貢献できる再生可能エネルギーの主役として脚光を浴びてきている。
同時に、エネルギー利用後の消化液は、肥料資源として経営内や耕種農業で活用されることで、地域の循環型農業の構築に寄与できる可能性が高くなったと言える。つまり、消化液の活用によって、従来から唱導はされていたが進展しなかった耕畜連携の推進にも波及するという展望も開けた。さらに、近年における燃料や肥料価格の高騰という追い風もあり、即効性のある有機質肥料資源として見直されている。
このように、大規模経営によるバイオガス利用は環境負荷を低減し、かつ有効な資源活用という新たな観点が加わったことになる。
3.バイオガスプラント
バイオガスプラントの建設は、集中型(共同型)と個別型に大きく区分される。集中型はいくつかの農場や地域内の生ゴミなども処理できる大型プラントであり、主として市町村主導で建設され、また運営が行われている。再生可能エネルギーの先進地であるヨーロッパ諸国では、主としてデンマークにおいて、ふん尿対策とエネルギー供給の観点から建設されている。個別型は、同様に自然エネルギー活用において先進的なドイツで多く建設されている。
日本におけるバイオガスプラントは、生ゴミを含む地域資源活用の集中型が先行して建設されている。この場合には、バイオマス資源の活用になり汎用性のあるプラントも多い。次いで個別型が導入される、という両者併設で全国的に展開している。北海道においては、ふん尿利用による発電は、試験的なものも含めてかなりのプラントが建設され、稼働(現在43基ほど)している。
しかし、中には発電までの装備を行わずに、主として臭気対策と消化液利用に止まっているプラントや、発電機のトラブルから発電を中止しているケースなどもみられる。こうしたプラントは、再生可能エネルギー法の施行によって売電価格の高価格が保証されたことにより、発電システムの再編や改修などが行われ、売電が大きく進展することが期待される。
4.鹿追町バイオガスプラント
1)鹿追町の概要
鹿追町は、北海道の穀倉地帯である十勝地域に位置しており、畑作と酪農畜産を主産業とする純農村地域である。農業産出額は平成22年実績で約161億円であり、内訳は酪農54%、耕種25%、肉用牛21%と、酪農経営のウエイトが大きい。農業経営戸数は240戸であり、約半数が酪農経営で耕種経営とほぼ同数になっている。こうした環境により、早くから耕畜連携が取り組まれ、交換耕作も盛んである。
鹿追町の大きな特徴は、農協による農家支援として農協運営のコントラクター事業を早くから実施していることであり、道内はもとより全国的にも広く知られている。農協にコントラ課という専門部署を設け、年間を通じて専従職員による支援を展開している。こうした支援により、酪農経営は大規模化を図ることができたため、十勝地域の中でも飼養規模が大きい。
一方、町内には然別湖という観光地を有している。グリーンツーリズムの先進地としても知られており、年間の観光客は65万人に及ぶ。また、自衛隊の駐屯地として農業外人口も多いという面も併せ持つ。こうした地域の居住環境から、町はふん尿の臭気についての対策を要請されてきた。
2)鹿追町環境保全センターのバイオガスプラントと地域農業
鹿追町のバイオガスプラントは、集中型のプラントとしては、国内最大規模の施設として運営されている。既に述べたとおり、鹿追町には酪農専業経営が多く散在しているが、市街地の周りを14戸の酪農経営が取り囲むように立地しており、規模拡大の進展もあってふん尿の臭気問題が顕在化していた。加えて、市街地の生ゴミ対策もあり、これらの処理と活用面からもバイオガスプラントの建設に至ったものである。
なお、この建設に当たっては、平成13年に検討委員会を設置して酪農経営者や町、農協等関係者による各種の論議を行いながら、一極集中化に伴う臭気の解消や処理費用の負担などについて、一定の意見集約を行ってきた。
当初はふん尿処理主体に考えていたが、地域住民との意見交換などから、生ゴミと集落の排水汚泥等もエネルギー資源として活用したいとの意見も多くあった。このため、平成18年に町としてバイオマスタウン構想を策定するに至った。バイオガスプラントに加え、堆肥化プラントや既設の汚泥処理施設と併せて運営する「鹿追町環境保全センター」(以下、環境センター)の設置に至り、センターの構成員として市街地周辺の酪農経営14戸が参加した。
最初は、周辺の酪農経営には抵抗感もあったが、ふん尿処理のための施設や機械、さらには労働投下などの費用投入の大きさの説明と説得を粘り強く行うことにより、酪農経営から理解を得る事が出来たのである。特に当地域は西風が強く、市街地の風上の酪農経営では離農も考えていた。こうした経緯を経て、参加農家や地域住民の合意を得た上で環境センターが設置され、平成19年10月からバイオガスプラントが稼働した。
まず、地域集中型バイオガスプラントの建設によって、参加酪農経営のふん尿の臭気問題が解決された。さらに、農協運営のコントラクター事業と一体的に各種の作業が行われ、有機質肥料を求めていた耕種経営への消化液の供給とその効果も評価されるに至り、現在では地域農業には欠かせない施設として定着している。
また、当環境センターは、バイオガスプラントを中核として、地域の多様な有機資源をその状態に合わせて活用するため、堆肥化プラントとコンポスト化プラントを併設して効果を上げていることも大きな特徴である。こうした多様な処理は、利用農家の需要内容にも幅広く対応できる点からも有効と言える。
臭気問題が解決されたことで、参加農家では経営規模拡大や後継者のUターンにも波及しており、酪農経営の戸数維持と安定化にも貢献している。酪農経営者はふん尿処理問題からある程度解放されることで、労力的にも精神的にも余裕ができ、飼養管理や自給飼料栽培あるいは経営のマネジメント面にも集中できることになる。
一方、消化液の連年投入による新たな肥培管理、スラリータンカーによる踏圧から土壌の物理性の維持などへの配慮とその対策が必要である。
3)環境センターにおける各プラントの概要
(1)施設概要と全体図(フロー図)
環境センターのシステムフロー図は以下のとおりである。
図1 鹿追町環境保全センターシステムフロー図 |
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(2)バイオガスプラント
バイオガスプラントの処理能力や施設規模は表1のとおりである。原料は主として参加酪農経営のうちフリーストール経営のふん尿が主体である。
表1 バイオガスプラントの施設規模 |
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(3)堆肥化プラント
堆肥化プラントの処理能力や施設規模は表2のとおりである。堆肥化プラントは、主として参加酪農経営のうち繋ぎ飼い経営のふん尿を原料としている。
表2 堆肥化プラントの施設規模 |
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(4)コンポスト化プラント
コンポスト化プラントの処理能力や施設規模は表3のとおりである。コンポスト化プラントは主として集落や地域住民の排水汚泥と各種事業系の生ゴミを原料にした処理を行っている。
表3 コンポスト化プラントの施設規模 |
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4)バイオガスの利用
環境センターによるバイオガスのエネルギー利用は、発電による売電とメタンガス活用の二通りである。現状ではバイオガスの90%が発電に利用されており、そのうちの約半分が施設内利用、残りが売電されている。また、ガス化促進のための発酵槽の加温には、発電機の排熱を回収した温水を利用している。プラント稼働後は順調に発電されており、稼働後2年目に発電機のメンテナンスのため7カ月ほど発電・売電が低下したものの、その後は売電量も増加傾向にある(表4参照)。
今後は、売電価格の決定で高価格での売電が可能になれば、バイオガスのプラントとしての有効性に高い期待が持てる。
一方、メタンガスは、温室での果菜栽培試験やバイオガス併用可能な乗用車による利用、施設内の一般ガス器具での活用など、ガスとしての利用法の可能性について調査と実験を重ねている。また、精製圧縮を行うことによって通常のプロパンガス並みの活用も期待でき、さらに、充てん技術の開発によってガスとしての高度利用が可能になり、その利用範囲を大きく広げる可能性がある。
表4 バイオガスプラントの稼働状況 |
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バイオガスプラント施設 |
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全景 |
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管理室・原料槽 |
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発酵槽1(箱型) |
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発酵槽2(円柱型) |
バイオガスプラント施設・機械 |
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発電機 |
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アームロール車 |
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消化液散布機 |
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消化液散布風景 |
5)消化液の利用
バイオガスプラントの大きなメリットとしては、エネルギー利用後の消化液が有機肥料源として再利用できることである。これは再生可能エネルギーの中ではバイオガスのみであり、この利用が農産物の栽培の費用削減になると同時に、資源循環型の地域農業の展開にも大きく貢献できる。
消化液の利用状況は表5のとおりで、利用面積は酪農、耕種ともに増加しており、散布量も増加している。面積と散布量は酪農経営と耕種経営でほぼ半分の利用であり、バランスも良い。なお、消化液については他の経営からも希望があるが、移動距離を環境センターから4キロメートル以内に制限している。
表5 消化液の利用状況 |
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稼働当初は酪農経営のみを対象にしていたが、肥料価格の上昇や消化液の有機肥料としての効果などから耕種経営にも広がったものである。これはセンター従業員が専用散布車で作業してくれることも影響している。耕種経営では秋小麦への利用が多いが、作業の集中時期を緩和するため、散布ローテーションを組んでいる。
利用農家は、常時土壌分析を行って成分チェックを行い、農協運営の肥料工場において分析値に合う施肥設計によるメニュー化で減肥効果を高めている。このことも消化液活用の普及に役立っているものと考えられる。
6)環境センターの運営と効果 環境センターの運営は、農家等で構成される利用組合が町に業務を委託する形で実施されている。町役場は、環境センター係としてエネルギー開発担当者を配置して日常の運営を担っている。その他に環境センター専従の職員が4人雇用され、日曜日を除き原料の収集や消化液の散布などの環境センター内作業に従事している。これらの作業には、大型免許や特殊免許・牽引免許などが不可欠であることから、従業員は自衛隊退職者や元町内のバス運転者などの退職者を地域内で雇用している。
また、環境センター運営のランニングコストには多額の費用が必要になるが、当センターでは「性能保証発注」という考え方を導入することで、施設や各種機械の導入元の業者・メーカーとの契約により、一定のメンテナンスのコストを設定して、これを上回る場合にはその分を業者等が負担するという方式を採用している。このことで、業者等は日常のメンテナンスの徹底でトラブルを最小限に抑えることにより、ランニングコストの抑制と同時に管理費用の計画的な把握にも波及している。
さらに、当施設内に環境教育施設(町内木材活用)を整備しており、鹿追町がモデルとなって進めている地域内の小中高一貫教育のカリキュラムの総合学習科目「地球学」の研修に利用するとともに、見学者や北海道外の修学旅行生にも公開するなど、環境教育を幅広く研修するための教育機能も備えている。地域資源のエネルギー活用や環境保全機能の啓発など、情報の発信基地として、地域住民はもとより来訪者への広がりにも大きく貢献している。
5.環境センターの各プラントの運営収支状況
このような補助事業による各種の施設は、その運営内容と運営コストが大きな問題になる。特に補助終了後の施設や各種機械の整備、更新時における資本再投資が大きな課題である。当環境センターにおける各プラントの運営収支と年度別推移を表6に整理した。同プラントの収入の主なものは、参加酪農経営の利用料金と消化液販売および売電による収入である。最近では、乳業メーカーからの動物性残さ処理料が多くなっている。このような結果、稼働以来の5年間で収入は3.6倍と大きく増加した。酪農経営の利用料金収入もかなり増加しているが、これは酪農経営が安心して規模拡大できたことが反映されている。
一方の支出は、専従職員(4名)の給与のほか、最近では施設機械の修理費が多くなっている。しかし、支出総額では初年度の2.5倍に止まり、平成23年度は収入の約6割に抑制されている。この結果、現金ベースの収支差引額は、当初より黒字で推移して良好な内容になっており、平成23年度は2944万円の黒字計上になっている。これらは町の基金として積み立てられているが、これでも施設全体の減価償却費積立は不足である。
今後は、平成24年7月から開始された再生可能エネルギーの売電価格の大幅な改定による売電収入の増大により、収支改善されることが期待される。鹿追町の場合、現状で9円程度の売電価格が40円台になると3000万円の収入増加が見込まれ、減価償却費積立が可能になる。しかし、既設プラントの場合、新しい売電価格の適用にはシステムの改修が必要とされており、新たな投資なども必要になる。
表6 鹿追町環境保全センター収支の年度別推移 |
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注:鹿追町環境保全センター資料より作成 |
6.各種処理料金と地域農業支援効果
環境センターの各種処理料金は表7のとおりである。これらの料金は、受益者側からの不満はなく受け入れられている。酪農経営では、安心して規模拡大など施設投資が行われており、後継者も定着するなど地域農業に対する費用対効果は計り知れない。
表7 各種処理料金内訳 |
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注:鹿追町環境保全センター資料より作成 |
消化液利用は、当初は参加酪農経営への供給のみを考えていたが、肥料価格の上昇や消化液の効果が評価され、現在では全体の半分以上が耕種経営で利用されている。
また、技術開発が遅れているメタンガスの充てん技術の確立や、ガス燃料としての活用用途(ハウス園芸など)が広がることによって、バイオガスによるエネルギー活用効率の向上とその普及も大きく期待できる。鹿追町では、現在のプラントの成功により他地区への新たなバイオガスプラント建設が具体化しており、再生可能エネルギーの広範な活用が期待される。また、消化液を介して畜産と耕種がより結びつく耕畜連携へと発展することも期待できる。消化液活用による耕種経営の肥料費の節減効果もほ場試験によって確認されており、今後もその活用が大きく推進すると考えられる。
北海道の十勝や根釧地域は、秋や冬季間の日照時間が長いという条件下にあり、再生可能エネルギーとして太陽光利用にも適している。厚岸郡の浜中町では、すでに酪農経営を中心に太陽光発電施設が多く設置された。バイオガスと組み合わせることで、より効果的な自然エネルギー活用の進展が大きく期待できる。
参考文献
1)鹿追町環境保全センター資料(パンフレット他紹介写真)
2)中央畜産会環境保全指導事例集作成資料
3)「酪農バイオガスシステムの社会的・経済的評価」酪農学園大学エクステンションセンター
2006年2月
4)北海道酪農畜産関係資料(2009年版) |