調査情報部 宗政 修平
ベトナム統計局によると、2011年の年間所得は、都市および農村部の平均で約4150万VND(約16万4000円)と2005年と比べ3倍。所得向上が豚肉の購買意欲を高める。2011年の年間豚肉消費量(生体ベース)は、1人当たり35.5キログラムと、2005年に比べ27%増となっている(図3)。 国際通貨基金(IMF)は、2012年のGDP成長率は5.1%、2013年は5.9%と、依然として5%台を維持し、高い経済成長と見込んでいる。 引き続き好調なマクロ経済は内需を拡大させ、今後も豚肉の消費量が増加することが見込まれる。 ただし、ベトナムでは一般に生鮮豚肉を好まれることから、国内需要は国内生産で賄う構造である。このため、豚肉消費の拡大は国内での増産で手当てしなければならない。
3.豚肉増産に向けた政策転換増加する国産豚肉の需要をどう賄っていくのかは、政府にとって大きな課題である。2008年1月、MARDは2020年までの生産目標である「畜産開発戦略2020」を策定し、計画的な豚肉の増産を目指している。2008年時点では、2020年の豚肉生産目標は、豚の飼養頭数の増加を前提に、豚肉生産(枝肉ベース)を350万トン(2006年比2倍)とした。 しかし、状況は変わり、増頭が難しくなってきている。MARD畜産局長は、増頭が困難な理由を都市化の進展による環境規制の強化と指摘する。例えば、住宅地から一定距離はなれていないと、養豚経営は認められない。宅地化が進むことで、豚舎の設置などの制約要因となり、養豚経営の新規参入や規模拡大の足かせとなっている。 このため、政府は豚の飼養頭数の増加から1頭当たりの体重を増加させることにより生産目標を達成することに切り替えた。出荷体重を当初の70キロから110キロに引き上げて、目標生産量の350万トンを目指している。具体的には、生産者などに対し、配合飼料購入の補助など増体に向けた取組みを支援している。
4.豚肉生産の構造変化2011年の養豚生産者戸数は413万戸(2006年比35%減)で年々減少傾向であるものの、依然として零細・小規模生産者が多数を占めている。このような生産者は、飼料の4〜6割が自家栽培のキャッサバや米ぬかなどである(図4)。
この動きに加え、政府の増頭から増体への政策転換を契機に小規模生産者の中にも自家飼料から配合飼料に切り替えて増体させる動きが少しずつ出てきている。背景には、豚は一般にキロ単位で取引されるため、増体させてより高い収益を確保することがある。このことも配合飼料需要をさらに高めていく要因となる。 なお、関係者からのヒアリングによると、肥育豚100頭以上飼養する大規模生産者は、ランドレース、ヨークシャー、デュロックの3元交配種に配合飼料を給与し、95キログラム〜105キログラムで出荷している。大規模生産者は政府の出荷体重目標に近いものとなっている。
5.2020年までの飼料原料需要2006年〜2011年の豚飼養頭数の推移をみると、おおむね2700万頭台とほぼ横ばいで推移している。豚肉生産量(生体ベース)と配合飼料生産量は増加傾向で推移している。主要因は、配合飼料への切り替え、豚1頭当たりの生体重量は緩やかではあるが、着実に増加している(図6)。
飼料需要を飼料の生産量でみると、飼料工場が製造する配合飼料は、2011年1160万トン(うち豚向け703万トン、2006年比約2倍。)(図7)、自家飼料は940万トンとなっており、飼料全体の生産量は2100万トンであった(図8)。
在来種と外国種の交雑種を例にして、2020年の配合飼料原料の需要を試算すると、2011年ベースでトウモロコシ168%増、大豆かす127%増となる。 2011年の飼養頭数2706万頭を、現在の平均出荷体重68キロから110キロに引き上げると、1頭当たり42キロ増体する計算となる。 交雑種が1キロ増体するには3キロの配合飼料(飼料効率3.0)が必要。出荷期間を6カ月とすると、2020年の必要配合飼料量は、682万トン追加となる(図9、図10)。 2011年の配合飼料量は1160万トンであるため、2020年の必要配合飼料量は1842万トンと試算される。この数字はMARDの見通しの1921万トンとも概ね一致する。 飼料工場で製造される配合飼料の原料構成比は、一般的にトウモロコシ54%、大豆かす14%であることから、トウモロコシで369万トン、大豆かすで95万トンの需要増が見込まれることになる。
6.配合飼料原料の輸入依存の高まり増体誘導の政策転換は、配合飼料の需要の高まりを背景として、トウモロコシ、大豆かすなど飼料原料の需要も高まることになる。しかしながら、トウモロコシや大豆かすはすべてを自国では賄えず、不足する分は輸入に依存しなければならない。 2011年の配合飼料原料に占める輸入量の割合は、トウモロコシが16%(86万1千トン)、大豆かすが86%(299万トン)で、輸入量はおおむね増加傾向で推移している(図11)。
(1)トウモロコシ2011年の国内生産量は480万トン、輸入量は97万2千トンで、国内供給量は577万トン。飼料用は540万トンが仕向けられた。トウモロコシの増産は容易ではない。トウモロコシは他の作物(米・大豆・タバコなど)より収益性が低く、害虫の被害の懸念もあり、作付面積は伸びていない。 保管施設の整備と施肥量も課題である。保管施設は資金不足から新たな整備が追いついておらず、現状のままでは仮に増産しても、増加分の保管能力は不足する。 また、トウモロコシは肥料要求性が高い。輸入肥料への依存度が高いベトナムでは肥料価格が上昇すると、生産者が他の作物に転作してしまう傾向がある。2011年は深刻であった。飼料協会によると、2011年は肥料原料の尿素の価格が前年に比べ40%上昇した(50キロ当たり28ドル(約2300円))。これがトウモロコシの作付面積拡大に大きな障害となったという。 トウモロコシの国内生産拡大の余地が限定される中、今後、配合飼料の利用の増加が見込まれることから、さらに、トウモロコシの輸入依存度は高まるものとみられる。 ただ、トウモロコシの不足分を米国産DDGS(トウモロコシ蒸留かす)で補う動きもある(図12)。今後もトウモロコシ生産拡大が限定的である現状を踏まえると、この傾向はさらに強まるものと考えられる。
(2)大豆かす2010年下半期に外資系の搾油所2社が設立され、国内で大豆油の生産が開始されている。大豆油の生産は大豆かすの調達を容易にするとの期待がされている。大豆油の生産で、大豆かすの歩留りは約77%。2011年の大豆油向けの大豆粒の供給量が62万トンで、大豆かすの国内生産量は48万トンと試算される。輸入量299万トンと合せると、国内供給量は347万トンと推計され2009年と比べ140%の伸びをみせている(図13)。 MARDは、大豆油生産向けに大豆粒の需要が今後も増加すると見込んでいる。国内生産者の意欲が高まり、2011年の作付面積18万ヘクタール、生産量26万6千トンから、2020年までに35万ヘクタールで生産量65万と見込まれ、大豆かすの輸入量の増加傾向には歯止めがかかるとの期待がある。 しかしながら、2012年、大豆精製油の関税が15%から5%に引き下げられた。輸入品との競合は価格優位性の劣る国内大豆油の生産の縮小を招き、大豆かすの国内調達も難しくなるものとみられている。
ASEANの飼料穀物基地 ベトナム政府は外資系の配合飼料工場の建設と飼料原料の輸入港の港湾整備を同時に進めている。2010年に開港したベトナム南部のカイメップアグリ港もその1つである。ホーチミン市から東南80kmのメコン川下流に位置し、アグリプロダクツ(飼料原料や食品原料)に特化した港である。資本割合は豪州企業40%、インドネシア企業40%、日本企業20%。総敷地面積35ヘクタールを有する港湾施設は、フラット倉庫(貯蔵容量16万トン)やサイロ(6万トン)を有する。パナマックス級のバルク船の接岸も可能なASEAN最大の穀物専用港である。 この港の最大荷役量は年間300万トン。鹿島港のトウモロコシ、小麦、大豆、大豆かすを合わせた荷役数量(296万トン:2011年実績)とほぼ同等の取扱量だ。 また、同敷地内には、1日当たり500トンの製粉能力を持つ小麦製粉工場がある。小麦製粉の工程で生じる小麦ふすまを飼料原料として販売もしている。 現在、年間100万トンの取扱量のうち70〜80%が飼料用原料(トウモロコシ、小麦、大豆かす)であるが、2013年、日系企業が配合飼料工場を稼働させ、取扱量が2倍になると見込まれている。
このように、メコン川と第2東西回廊を活用した輸送ルートは、隣国を含めた国内外の配合飼料メーカーへの原料供給を可能とする。
7.飼料原料の輸入依存への課題MARDは、ベトナムの養豚経営が、配合飼料価格の高騰の影響と極めて安価な豚肉の流通(国外からの違法な流通との見解)により厳しい状況にあると指摘。大規模生産者の例では、飼料費は生産コストの7割弱を占めており(図14)、配合飼料価格の高騰は、経営圧迫を招く。現在の生産コストは豚の農家出荷価格を上回っており、長期化すると廃業も懸念される(図15)。
違法な安価の豚肉流通も影響して、生産コスト上昇分を、豚肉の小売価格に転嫁することは難しく、さらなる経営圧迫要因となっている。このため、副産物(ふん尿を堆肥化して販売など)の収入で利益減を補てんしているものの、経営改善には限界がある。
8.トウモロコシの代替として飼料米への期待ベトナムは、豚肉需要増加を背景に、輸入飼料への依存という宿命を抱えるであろう。飼料原料調達は生産国の作柄に影響され、国際価格の変動が国内の養豚経営に大きく影響する。さらに、生産コスト高を価格に転嫁できないという側面も、養豚経営に影響を及ぼす。豚肉需要増が経営の不安定化の遠因にもなっている。MARDは、トウモロコシや大豆かすの輸入依存が高まっていることは、豚肉生産の安定性を損なわさせており、対策が必要と指摘する。 現在、トウモロコシの代替品として小麦を用いているが、小麦も全量輸入に依存している。 このような問題を解決するために、政府は生産者の借入資金による飼料購入の際、利子補てんなど資金的な支援を行っている。ただ、解決に向けてさらなる対策の強化、すなわち飼料自給率を高めることが求められ、トウモロコシ代替作物として最も有力なのがコメである。 トウモロコシの収穫時期が過ぎた冬季は保管施設が整っていないこともあり、国内産が不足する。これが輸入増の要因ともなる。一方で、米の生産は3期作で、一年を通して収穫できる。ベトナムはコメの生産量4232万トン(2011年)と世界第5位を誇る。割れ米(くず米)や米ぬかなどは、これまでも飼料として給与されている。 2012年9月、MARDは、トウモロコシの代替作物の可能性を検討するため全国会議を主催した。この会議ではコメとトウモロコシについて、栄養成分と価格優位性を比較して、飼料としてのコメの可能性が議論された結果、コメはエネルギー・タンパク質ともに、トウモロコシと同等であると評価された。 コメはトウモロコシの代替作物としては十分に利用できることが示された。トウモロコシとの価格差は、キロ当たり800VND(約3円)でコメは価格優位性もある。 まだ緒についたばかりであるが、飼料米の利用を促進することで、ベトナムは飼料原料の輸入依存度を下げる取組が始まったといえよう。
9.おわりにMARDによると、2001年〜2010年の外資による農業投資額の95%は配合飼料部門であった。外資は、東南アジアのめざましく伸びる飼料需要を見込む。メコン川を起点とした物流も、国内を含めて周辺国への迅速な輸送の可能性を有し、魅力的だ。これが地勢的に恵まれたベトナムに投資が集まる背景だ。2011年10月時点で、ベトナム国内には、配合飼料工場は233カ所。うち外資による工場数は25%に過ぎないが、配合飼料製造量は6割も占める。外資は飼料製造の大規模化を進展させる。 配合飼料製造の規模拡大は、ベトナムになにをもたらすのか。飼料の品質・供給の安定と価格変動に対する抵抗性であろう。大規模製造は、最新の機械の導入などにより、飼料成分のバラツキを低減し、大量生産を可能とする。安定した品質の飼料を安定的に供給することが期待されている。また、スケールメリットを活かし、飼料原料の調達も容易となろう。トウモロコシや大豆かすを輸入に依存するベトナムにとって、スケールメリットによる価格変動吸収力は、豚肉の安定生産に寄与するものと期待される。 さらにコメの飼料としての利用への期待は大きい。豊富にあるコメ資源を活用すれば、安価な飼料生産が可能となり、配合飼料製造の拡大の動きと相まって、ベトナムの養豚業に大きな利益をもたらす可能性がある。 ベトナムの豚肉生産・飼料生産基盤は、いまだぜい弱であるのは事実だ。ただ、外資がベトナムに注目するように、ベトナムの豚肉生産・飼料生産は変貌をとげる兆しがみえてきた。 |
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