岡山大学大学院環境生命科学研究科 教授 横溝 功
【要約】岡山県のコントラクターは、飼料収穫機を県の北部から南部へ移動させ、稼働率を高めることによって、高額な固定資産投資の回収に努めている。耕種部門からコントラクターへ参入した営農集団アグリライフ岡山と、畜産部門からコントラクターへ参入したアグリアシストシステム株式会社の先進的2事例は、このように飼料収穫機を有効に稼働させると共に、高品質の製品をユーザーである畜産経営に提供することで、安定した需要を確保している。当該2事例は、持続的に展開できるコントラクター事業のビジネスモデルを我々に示唆している。 1.はじめにドイツ北部やデンマークでは、酪農経営が自ら飼料作を行うことはまれであり、飼料作はコントラクターの役割である。すなわち、飼料作が外部化されているのである。これを可能にしている要因として、飼料作の作業適期が長いことが挙げられる。わが国の場合、作業適期が短く、農業機械の有効利用ができないため、減価償却費などの固定費が大きく、機械化貧乏に陥りやすい。従って、わが国でコントラクターが成立するためには、さまざまな工夫が必要になってくる。岡山県では、農業機械を県北から県南へ移動させることによって、有効利用を図ろうとしている。岡山県は、県南(瀬戸内海沿岸)から県北(中国山地)に向かって標高が高くなっており、それに連れて気温が下がるため、温暖な県南では晩生種の栽培を行っている。このため、県南では県北に比べて、作業時期が1カ月遅くなる。この標高差を利用した農業機械の有効利用を促進するために、農業機械の回送費に県単独で補助金を創出している。 また、岡山県の酪農専門農協である、おかやま酪農業協同組合(以下、おか酪と略す)では、年々増え続ける津山地域の稲WCSのニーズに応えるために、4つのコントラクターに対して、事務局としての機能を発揮し、収穫場所を大字単位で調整している。 本稿では、この4つのコントラクターのうち、2つのコントラクターを取り上げ、事業展開していく上での工夫や教訓を導出する。なお、1事例は、耕種部門からコントラクターへ、もう1事例は、畜産部門からコントラクターへの参入事例である。 2.耕種部門からコントラクターへの参入(1)アグリライフ岡山の誕生農業生産法人カーライフフジサワ代表の藤澤輝久氏は、1949年に稲作経営の子弟として生まれた。10年間、岡山市内の自動車関連会社に勤務した後、個人経営で自動車販売を始めた。1996年頃から農業に取り組むようになり、岡山市内で米・麦の生産を本格化した。当地は、米・麦の主要な産地であり、麦ではビール麦が中心に作られている。そして、事業量が毎年拡大していき、2004年6月には農業生産法人カーライフフジサワ(以下、農業生産法人と略す)を設立した。
2007年には、稲わらだけではなく麦わらにも注目した。前述のように、当地はビール麦の産地であるが、ビール麦の収穫時期と稲の作付け時期の間に麦わらを充分に乾燥させる日程的な余裕がなかったため、ほとんどが焼却処理されていた。そこで、麦わらを生のままでロールに梱包してラップサイレージにして、肉用牛肥育経営のK牧場に供給することになった。さらに、麦わらの大量の供給先として、2008年以降、岡山県内のTMR飼料製造会社とも取引を行うようになった。 2007年8月には、ロールベーラーと自走式ラップマシンを導入し、稲わら・麦わらに加えて稲WCSの収穫調製にも乗り出した。そして、関係機関の紹介により、県南で唯一の育成牧場である社団法人矢掛町畜産公社(現 一般社団法人矢掛町畜産公社)と稲WCSの利用供給協定を締結し、翌年には矢掛町内の稲WCSの収穫調製作業を依頼されるようになった。また、稲WCSの収穫コントラクターの研修会を通じて、後述の津山地域飼料生産コントラクター組合から、津山市内の収穫作業も依頼されることとなった。
2008年以降、稲WCSの収穫調製作業の面積が拡大していったことから、2011年度に「戦略作物生産拡大関連施設緊急整備事業」を活用し、汎用型飼料収穫機(事業費1818万9225円、補助金780万円、自己負担1038万9225円)を導入した。 アグリライフ岡山の活動地域は、県南西から県北東までの広範囲にわたっている(図1)。 稲WCS収穫調製面積の推移は、2008年が15.5ヘクタールであったのに対して、2012年には82.9ヘクタールと5倍強になっている(図2)。面積的には、岡山市(旧市内)と矢掛町のウェイトが高いことが分かる。
(2)稲WCSの推進体制前述のように、農業生産法人の内部組織として、収集組合とアグリライフ岡山が設けられており、三位一体となっている。アグリライフ岡山をめぐる稲WCSの推進体制は、各地域によって、作業報告・作業料請求、作業料支払いの仕方が異なるが、基本は同じである(図3)。 この体制のメリットとして、藤澤氏は、作業料を自ら集金する必要がないことを挙げていた。すなわち、貸し倒れのリスクがない点を評価している。これは、個人経営で自動車販売という事業を行っていただけに、集金の重要性を感じているからである。 農業生産法人では、荷台スライド式の車両運搬車を保有しており、容易に2台の稲WCS専用機を回送することができる。稲WCS専用機は、牧草収穫体系による機械と比較して、トラクターやモアなどの機械台数を節約でき、機動的である。このようなハード面の充実も、全県的な活動を可能にしている。 オペレーターは、藤澤氏本人、藤澤氏の息子、2人の正社員を中心に、アルバイトを雇用している。アルバイトは、建設関係の派遣などさまざまな人材を活用しているが、3〜4人は固定した人材になっている(時給は、1,200〜1,500円)。藤澤氏の息子、2人の正社員の年齢は30代と若く、3人とも機械の修理ができるなど、オペレーターとしても優れている。
(3)アグリライフ岡山の新事業の発掘以上のように、ハード、ソフト両面において、農業生産法人は充実していることが分かる。前述のように、2012年の稲WCSの収穫調製面積は82.9ヘクタールであるが、藤澤氏によれば、現在のハードとソフトで100ヘクタールまで拡大できるとのことであった。なお、図2の岡山地域(旧市内)の2012年における稲WCSの収穫調製面積の23.5ヘクタールは、ほとんどが借地権を設定したアグリライフ岡山による自作である。それ故、収穫だけではなく、耕耘、田植えなどの全作業を行っている。このことを可能にしているのは、当地が干拓地であり、広いほ場であること、また、ほ場が団地化できていることによる。すなわち、規模の経済が働く条件が、当地において揃っているのである。 中でも強調すべき点は、干拓地のメリットを享受できるように団地化が図られていることにある。その背景にはアグリライフ岡山の丁寧な仕事の実績があり、このことが地主からの信頼を醸成し、まとまったほ場の借地拡大につながっているのである。なお、借地権の設定は50ヘクタールに達しており、残りは食用米生産に向けられている。 また、稲わらと麦わらの収集梱包については、それぞれ35ヘクタールと50ヘクタールに達している。稲わらは、全農岡山県本部に供給され、県北のT和牛牧場で使用されている。麦わらは、県南のK牧場(肉用牛肥育経営)とTMR飼料製造会社に供給されている。ここでの梱包には、トラクター牽引型のロールベーラーが用いられている。このように、資源循環に、当該農業生産法人が大きく貢献していることが分かる。 さらには、12月末から3月末にかけて、全農岡山県本部の委託を受けて、種籾の消毒を行っている。当該作業には、正社員1人とアルバイト2人を派遣しており、農閑期の重要な仕事となっている。また、5月初旬から6月末にかけては、岡山市農業協同組合が注文を受けた苗の半分の苗作りも行っている。 今後は、飼料用トウモロコシの収穫調製に挑戦したいと藤澤氏は考えている。それは、2011年度に導入した汎用型飼料収穫機を用いて、稲WCSと作業時期が異なるトウモロコシの収穫調製をすることで、機械の有効利用につながると考えているからである。 3.畜産部門からコントラクターへの参入(1)アグリアシストシステム株式会社の誕生1996年に、2戸の酪農経営が任意組合のデイリーコントラクター千代(以下、千代と略す)を設立し、旧久米町内でイタリアンライグラスを中心とした牧草類の収穫調製の受託作業を開始した。これは、地域の酪農経営の高齢化や後継者不足による粗飼料生産の制約に応えたものである。この1戸の酪農経営者が石原聖康氏であり、千代の代表を務めている。石原氏の場合、畜舎の敷地に制約があり、経産牛の頭数を拡大できないという事情があった。それ故、酪農部門に加えてコントラクター部門での所得の拡大を目指したのである。また、機械のメカニズムにたいへん興味を持っており、農機具のオペレーターは、まさしく天職と言える。さらに、石原氏は大局観を備えている。そのことが、いち早くコントラクターに対するニーズの萌芽を見逃さなかったのである。 1998年に、おか酪を事務局として津山地域飼料生産コントラクター組合(以下、津山コントラと略す)が設立された。津山コントラはおか酪とは別組織で、経営形態は任意組合である。農業機械は所有せず、おか酪からの貸与という形態をとっている。津山コントラの設立と同時に、石原氏は組合長としてマネジメントに乗り出すと同時に、千代の代表も兼務することになった。そして、津山地域全域での作業受託に従事し、2000年に津山市で飼料イネの生産が始まると、受託作業に稲WCSの収穫調製作業が加わることになった。 2002年に、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター(以下、生研センターと略す)から、岡山県下に細断型ホールクロップ収穫機の現地実証試験の打診があった際に、石原氏は 稲WCSの収穫調製面積が年々拡大していくにつれ、従来の農業機械だけでは対応が困難になっていったが、津山コントラで新たな農業機械を導入することは難しかった。そこで、岡山県の勧めもあり、石原氏を代表取締役として、3戸の酪農経営で2009年3月にアグリアシストシステム株式会社(以下、会社と略す)を立ち上げた。それを契機に、石原氏は津山コントラの組合長を辞することになった。当該会社設立と同時に導入した汎用型飼料収穫機が、前述のアグリライフ岡山と同様に、津山地域に新しい戦力として加わった。 ちなみに、津山地域における2009年度の稲WCS収穫面積が90ヘクタールであったのに対して、2010年度が123ヘクタール、2011年度が147ヘクタールと急増している。
(2)アグリアシストシステム株式会社の事業の特徴石原氏は、会社設立の際、自ら登記の手続きを行った。また、会社の財務管理もパソコンを用いて自ら行っている。自助という言葉は、石原氏に用意されたものではないかと思うほどである。当該会社のオペレーターである石原氏と福島氏は、両者とも酪農経営であるが故に、稲WCSの収穫調製をユーザーサイドに立って行うことができる。すなわち、自らも稲WCSを飼料として使っているので、牛の嗜好性や品質管理に配慮した調製を行うことができるのである。例えば、ロールの巻数を8層にすることで、酸素の侵入による腐敗を防いでいるが、この方法が実績を上げて、現在の主流になっている。以上のような丁寧な仕事が良質の稲WCSの製品につながり、多くのファンを生み出している。
さらに、修理を外注せずに済むので、作業を長期中断することなくスムーズに進行させることができる。このことも開発に携わったメリットと言える。 なお、当該会社と同様の汎用型飼料収穫機を導入した他県の経営から、機械にトラブルが起きた場合、メーカーに連絡するのではなく、石原氏に直接問い合わせがくることもあるとのことであった。 さて、当該会社の活動地域であるが、非常に広範囲にわたっている(図4)。例えば、稲WCSでは、津山地域(津山市、新庄村、真庭市(蒜山)、鏡野町、久米南町、美咲町を含む)だけにとどまらず、岡山市、赤磐市と県北から県南まで網羅している。当該会社の場合、作業機の回送を近隣の工務店に依頼しているが、地元をよく知る特定の人物が運搬を行っているので、新規の場合を除けば目的地への案内は不必要である。このことから、活動範囲が広範囲にもかかわらず、回送の作業は順調に行われていることが分かる。2011年度の回送費は、約68万円であった。
(3)アグリアシストシステムの事業展開増加するニーズに応えるために、2010年には2台目の汎用型飼料収穫機を導入した。2012年は、作業のピークである9〜10月に、アルバイトとして福島氏の夫人と、酪農経営から和牛経営に転換した60代の男性の2名を雇用した。これによって、石原氏と福島氏が汎用型飼料収穫機のオペレーターの役割を果たし、アルバイトの2人がラップマシンのオペレーターの役割を果たしている。2010年のトウモロコシ収穫調製の面積は19ヘクタールであった(表1)。この需要に応えるために、2011年にコーンプランターを導入し、トウモロコシの播種作業を実施した。当該コーンプランターの調達コストは100万円と高額ではあるが、汎用型飼料収穫機の投資と比較すると安価である。このような事業の多角化によって、小さな投資で、大きな波及効果を得ている。ちなみに、2011年のトウモロコシ播種の作業面積は、12ヘクタールであった。 また、汎用機の強みを活かして、稲WCSだけではなく、トウモロコシ、ソルゴー、牧草の収穫調製作業も行っている(表1)。このように、汎用機の場合、機械の稼働する期間を長くすることができるため、減価償却費などの固定費を低減することができる。なお、2011年(1月1日〜12月31日)の当該会社における減価償却費は、約350万円にも上る。これを稲WCSだけで負担すると、10アール当たりの減価償却費は約7,800円になるが、トウモロコシやソルゴー、牧草も含めると、約3,300円と半額以下になる。
なお、当該会社の単年度収支は、経営努力によって黒字を続けている。しかし、キャッシュフローで見ると、2011年末(12月31日)の売掛金は1000万円を超えた。作業受託に対する受託料が年を越えてから振り込まれるためである。このように、キャッシュインフローの不足を補うための運転資金の確保が、当該会社だけではなくコントラクターには求められるのである。 4.おわりにわが国のようなモンスーンアジアの風土でコントラクターを成立させるためには、高額な飼料収穫機をいかにしてフル稼働させるかという課題を克服する必要がある。そのための工夫の一つに、岡山県内のように、県北から県南まで広域にわたって利用することが挙げられる。この取り組みを推奨するために、県単独で飼料収穫機の回送に補助が講じられている。そして、地方自治体、酪農専門農協、総合農協が中心となって、稲WCSの推進体制が構築されていった。このような仕組みがなければ、コントラクターの安定した経営は保証されない。 ここで取り上げた2事例は、以上のような恵まれた制度をうまく活用しながら、独自の経営努力を行っている。両者に共通している点は、第1に、丁寧な仕事を通じて、畜産経営のニーズに合った稲WCSの製品を提供していることである。そのことが多くのファンを生み出し、需要の増加につながっている。第2に、汎用型飼料収穫機を導入することによって、アグリアシストシステムは、稲WCSだけではなくトウモロコシの収穫調製まで行っており、アグリライフ岡山は、今後、トウモロコシの収穫調製への取り組みを検討している。第3に、両者とも、オペレーターが農業機械のメカニズムに強いという特徴がある。このことによって、農業機械の修理を自前で行えるため、(1)修繕費を低減できる、(2)作業を長期中断することなく、スムーズに継続できる、というメリットを挙げることができる。さらには、行き届いたメンテナンスが、農業機械の耐用年数を延ばすことになり、コストの低減につなげることができるのである。 最後に、今回はコントラクター成立の要因として、農業機械の有効利用という機械工学的視点に焦点を絞って議論をしてきたが、岡山県における稲WCS需要拡大の背景には、近畿中国四国農業研究センターで開発された高糖分飼料イネ「たちすずか」の存在がある。「たちすずか」は、子実部分が少なく、糖分が茎葉部分に蓄積するという特徴を有している。それ故、固い籾に守られて、子実における栄養の不消化ロスが多かった食用米と比較すると、高栄養を、乳牛や肉用牛に提供できる。岡山県における2009年度、2010年度、2011年度の「たちすずか」の生産は、それぞれ0.1ヘクタール、1.4ヘクタール、7.2ヘクタールであったが、2012年度には一挙に27.6ヘクタールと拡大しているのである。このような新品種の登場は、コントラクター経営にとって追い風になる。当該品種改良についての議論は、今後の研究課題としたい。
『畜産経営支援組織連携強化事業取組事例集−生産現場を支える畜産経営支援組織の持続的な発展に向けて−』(社)中央畜産会編、2012年3月 謝辞 本稿をまとめるにあたって、アグリライフ岡山・代表 藤澤輝久様、アグリアシストシステム株式会社・代表取締役 石原聖康様、一般社団法人岡山県畜産協会・会長 樋口義男様、同経営指導部・参与 本荘司郎様、同経営指導部・調査役 築山伴文様、おかやま酪農業協同組合・組合長 東山 基様、同津山支所真庭地区統括・調査役 西原茂和様、津山地域飼料生産コントラクター組合・組合長 山勝好様には、ご多忙にもかかわらず、今回の調査のご協力を賜りました。ここに深甚なる謝意を表します。 |
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