牛トレーサビリティ制度の活用について |
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独立行政法人家畜改良センター 個体識別部長 元村 聡 |
1.我が国の牛トレーサビリティ制度 トレーサビリティとは、家畜や食品などについて「移動を把握できる(追跡できる)こと」をいう。20世紀以降、家畜を識別管理し移動を把握できるようにすることで疾病のまん延防止・根絶に役立てようとする取組みが、各国・地域で広く行われている。 2.牛の個体識別情報の提供センターでは、牛個体識別台帳に蓄積された情報を各種制度や行政施策の適正な執行、畜産経営の高度化および畜産物の適正な流通等に活用するために、行政機関、畜産関係団体および畜産農家等からの請求を受け提供する業務を行っている(図1)。年間の情報提供件数は増加を続けており、平成24年度は230件に達した(図2)。
3.東京電力福島第一原子力発電所事故への対応平成23年3月11日に我が国を襲った東北地方太平洋沖地震およびこれを端緒とする東京電力福島第一原子力発電所事故は、畜産経営にとって深刻な問題となった。同年7月には、放射性セシウムにより汚染された稲わらを給与された牛に由来する牛肉から食品の暫定規制値を超える放射性セシウムが検出され、国産牛肉の安全性に対する信頼が大きく揺らぐ事態となった。このような中で、牛トレーサビリティ制度を活用した以下の措置により、畜産物の安全の確保や農家経営への影響の緩和等の役割を果たすことができた。 (1)原子力発電所周辺で飼養されていた牛の情報について、農林水産省からの指示による報告、地方公共団体からの要請に対する情報提供を行い、施策に活用された。 (2)放射性セシウムにより汚染された稲わらを給与された可能性のある牛について、牛の個体識別番号を入力することで放射性物質の検査状況(回収対象の牛肉であるか否かなど)を容易に確認できるシステムをセンターのホームページ上で提供することで、牛肉の効率的回収と風評被害拡大防止に寄与した(平成23年8月1日〜24年7月6日)。 (3)東京電力に対して行う損害賠償請求等に活用するため、畜産農家などからの請求に応じて牛個体識別情報を提供した(本年3月末までの実績で、延べ1,299戸、13万頭分の情報を提供)。 (4)原子力発電所事故に伴う警戒区域(原子力発電所から半径20キロメートル圏内)に生存していた牛が食用に仕向けられることがないよう、当該牛を容易に確認できる検索システムを提供した(平成24年6月29日開始。http://www.id.nlbc.go.jp/haSearch.php4)。 4.BSEリスク管理と牛の月齢確認システムについて 本年5月末のOIE(国際獣疫事務局)総会で、我が国はBSEについて「無視できるリスクの国」として認定された。これは、関係者がBSEのリスク管理措置に真摯に取り組んできた成果であるといえる。世界中からBSEを根絶する上で、今後とも科学的な評価に基づくリスク管理措置を継続していくことが重要である。
5.牛の出生の届出と血統登録のワンストップ化について今後とも、牛トレーサビリティ制度を有効活用した畜産振興のためのさまざまな取り組みが期待されるが、ここでは新たな取り組みの一例として本年7月16日から運用開始が予定されている、牛の出生の届出と社団法人日本ホルスタイン登録協会(以下「日ホル協」という。)が行う血統登録のワンストップ化(http://hcaj.lin.gr.jp/02/2013/2-7-130320-1.htm)のためのシステム(補足情報入力システム)について紹介する。血統登録は、家畜の改良、遺伝病や近親交配の回避等を通じて畜産経営の改善に資する重要な事業である。日ホル協ではこれまでも自動登録(牛の個体識別台帳上の情報と人工授精データを用いて雌牛の血統登録を自動的に実施する仕組み)を導入しているが、従来の自動登録では、畜産農家がセンターへの牛の出生の届出と、ファックスによる日ホル協への希望名号等の報告を別々に行わなければならなかった。 今回運用を開始するシステムは、畜産農家がインターネットを利用して牛トレーサビリティ法に基づく牛の出生の届出を行う際に、インターネットのリンク機能を利用して、自動登録に必要な情報の日ホル協への報告も同時に行うことができるようにするもので、利用農家の報告作業の負担軽減が期待される(図4)。
6.まとめ本稿で述べた通り、今や牛トレーサビリティ制度はBSEのリスク管理のみならず、さまざまな場面で活用されており、我が国の畜産にとってなくてはならないものとなっている。センターでは、今後とも牛個体識別台帳の適正な管理に万全を期すと共に、関係者の要望を踏まえたシステムの改善に取り組んでいきたいと考えている。畜産農家をはじめ関係者の皆様には、引き続き制度に対し御理解と御協力を賜るようお願い申し上げる。
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