海外情報  畜産の情報 2013年7月号

EUにおける酪農部門の現在と展望
〜Eucolait(ヨコレ)会議から〜

調査情報部 矢野 麻未子




【要約】

 EUにおける生乳生産は、天候不良により昨年秋から前年を下回って推移、今後も大幅な回復は困難な見通しである。また、飼料穀物価格の高騰による生産コスト高は、生乳生産者の負担となっている。2015年生乳クオータ制度廃止に向けて、旧加盟国における投資は活発であるが、新加盟国では財政危機および不景気により新たな投資が困難な状況にあり、生乳クオータ制度廃止後の生乳生産構造は変化する可能性が高いと予測された。国際的な乳製品の需要は、今後も増加するが、需要地域は変化する見込みである。

1.はじめに

 Eucolait(欧州乳製品輸出入・販売業者連合)は、EUにおける乳製品の輸出を促進するための組織であり、乳業メーカー、輸出業者、酪農組合などEUの酪農業界に関係する主要企業・団体で構成されている。Eucolaitでは、年2回の通常会議と年1回の総会が開催され、各加盟国の参加者から現在の状況や今後の予測の報告および時事に合わせたテーマが検討される。

 本稿では、5月23日から24日にかけて、フィンランドのヘルシンキで開催された総会の内容を抜粋して報告する。

 今回の総会では、EUの全体的な乳製品市場の動向に加え、バター、脱脂粉乳および全粉乳、チーズについて各加盟国から生産状況および今後の動向などについて報告された。また、EUの乳業界にとって大きな変換点となる2015年度生乳クオータ制度廃止の影響について、欧州委員会、有識者および関係団体の参加によるパネルディスカッションが開催され、それぞれの立場から意見が述べられた。

Eucolait総会開催の模様
EUの乳業関係者が一堂に会する

欧州委員会Zoltan Somogyi委員の挨拶

2.全体的な乳業界の動向

 ZMB(ドイツ乳製品市場価格情報センター)は、現在のEUの状況を「天候不良、飼料穀物高、公的在庫なし」の一文で言い表した。

 生乳生産は、欧州北西部における昨年秋の低温と多雨、欧州中央部および西部における春先の降雪および低温といった天候不良により、2012年9月から前年を下回って推移している(図1)。本年5月に入りやや回復をみせているものの、依然として低水準で推移しており、天候次第であるが夏まで生乳生産の回復は難しいとの予測である。大部分の加盟国で生乳生産が減少している中で、特に減少幅が大きいのは、主要生産国のフランス、英国およびアイルランドである。一方で、比較的天候に恵まれたドイツおよびポーランドなど一部の国では生乳生産は増加した。

 乳製品価格は、EU以外の主要輸出国である米国およびNZでも生乳生産が減少していることから、国際市場価格の高騰を反映して高い水準で推移している(図2)。

 生産コストは、昨年の天候不良によりサイレージの品質が低かったことに加え、米国における干ばつの影響で飼料穀物価格が高騰したため大幅に上昇しており、生産者の経営負担となっている。

 貿易の状況をみると、生産環境がこのような厳しい条件下であったものの、ユーロ安に支えられて2012年の乳製品全体の輸出額は、前年と比べて7.9パーセント増の87億5720万ユーロ(1兆1647億円、1ユーロ=133円)となった。主要輸出先であるロシアおよび米国向け輸出が好調であったことに加え、中国への輸出額が前年対比で40パーセント増と大幅に伸びた。特にチーズは過去最大の輸出量となり、2013年の第1四半期も引き続きチーズの輸出量は増加している。

図1 EUにおける生乳出荷量
資料:ZMB
  注:2013年は暫定値
図2 主要国の生乳出荷量の増減
資料:ZMB
図3 2012/13年度の生乳出荷量の増減(2012.4月〜2013.3月)
資料:ZMB
表1 EUから主要輸出国への乳製品輸出額
資料:ZMB
 Rabobank(オランダの協同組合銀行)は、現在の乳製品価格の高騰について全粉乳価格を例に説明を行い、「この高騰は長期間維持されるものではない」と予測した(図4)。その理由として、今まで起こった乳製品価格の高騰は、世界の経済発展や景気上昇に伴い発生していたのに対し、今回はそれらと連動していないため、今後下落するとの分析である(表2)。また同者は、このような状況下において重要なのは、「いつ、どのくらい下落し、また市場が安定するのにどのくらいかかるかを見極めることである」ともコメントしている。

 EUの生乳生産者は、乳製品価格が高水準で推移していることから生産に対して意欲的ではあるものの、生乳生産は天候による影響で第3四半期もしくは第4四半期まで回復は難しい。また、生乳生産が減少する一方で、引き続き中国からの強い需要が予想されるため、2013年は、EU域内における一部の乳製品で需給ひっ迫する可能性があり、乳製品価格は、2009年の酪農危機の影響と国際的な乳製品の需要が高かった2011年と同様に堅調に推移するとの予測であった。
図4 全粉乳の価格動向
資料:Rabobank
表2 世界乳製品市場における価格高騰の分析
資料:Rabobank
※2013年は予測値

3.乳製品の状況

(1)バター

 バターの生産は、生乳生産の減少により低下している。EU域内の需要を考慮すると、今後バター生産が増加しなければ、需要の高まる秋以降にひっ迫する可能性がある。バター価格は、品薄感により堅調に推移した2011年と同様に高い水準で推移している(図5)。消費は、業務用バターが減少、家庭用バターが増加する傾向が続いている。2013年第1四半期の輸出は、オセアニア地域の生乳生産の減少により国際市場における乳製品価格が高水準で推移したため、EU産バターの価格競争力が高まり増加したものの、今後は、生産の回復が困難であること、在庫が低水準であることから、EU域内での流通が中心となり、輸出量は減少すると予測される(図6)。

 各加盟国の意見として、ベルギーは「チーズの生産が増加しているため、バターの生産が抑制されている」、デンマークは「クリーム需要が減少しているためバター生産が若干増加した」、フィンランドは「3月、4月のバター生産は大幅に減少した。国内消費は強く、またロシアの需要も高いため品不足である」、フランスは「チーズと競合しているため生産が減少している。飼料コスト増加によって脂肪含有量が低下している」との発言があった。
図5 オランダバター価格の推移
資料:ZMB
図6 EUのバター輸出量

資料:ZMB

(2)脱脂粉乳

 脱脂粉乳の生産は、生乳生産の減少に伴い、ほとんどの加盟国で前年を下回っている。今後も生乳生産の回復が見込めないため、脱脂粉乳も大幅な生産の回復はみられないとの予測である。

 脱脂粉乳の価格は、生産減および国際価格高騰によりかなり高い水準で推移している(図7)。

 輸出量は、昨年9月より前年を下回って推移しており、2013年に入ってもその傾向は継続している(図8)。近年継続して増加してきた輸出量は、2013年においては生乳生産の大幅な増加が見込めないことから前年を下回るとの予測である。

 主要輸出国の一つであるフランスは、「国際市場が高騰しており、本来ならEU産脱脂粉乳は価格競争力が出てきているが、輸出する物がない」、ポーランドは第1四半期の生産量が前年同期比16パーセント減と大幅に減少した理由について、「生産者にとって脱脂粉乳を生産する魅力が減ってきている。今後も減少が継続する見込みである」、アイルランド、英国およびポルトガルは、「飼料コスト高によって生産が圧迫されている。また、収益性の低い乳製品の生産は減少傾向にある」との発言があった。


図7 ドイツ脱脂粉乳価格の推移
資料:ZMB
図8 EUの脱脂粉乳輸出量
資料:ZMB

(3)チーズ

 チーズの生産は、EU全体でみると安定的な動きを示している。微増と報告したのは、チェコ、デンマーク、ポーランド、オランダであり、減少したと報告したのは、アイルランド、イタリアおよび英国であった。また、チーズの価格は、その他の乳製品と同様に堅調な動きを見せている(図9)。

 EUは世界で最もチーズを輸出している地域であるが、2012年は特にロシアからの需要が強かったため、輸出量は大幅に増加した(図10)。また、ロシアはドイツの一部の生産施設から輸入を禁止しているため、その代わりとして他の加盟国からの輸出が増加しており、「ドイツの輸出禁止により我が国の輸出が増加した」といった報告がオランダやポーランドなどからあった。

 ZMBから「EUにおけるチーズ需要は、粉乳需要より強く働いている。また、EU域内における消費量は、わずかに増加傾向にあるものの、消費者は安価なチーズを求める傾向が増加している」との報告もされた。

 各加盟国からは、ベルギーが「2013年第1四半期の生産は減少したが、4月および5月は昨年レベルまで回復の見込み。輸出は、対ロシアが好調であるが、対日は円安のため難しい状況となっている」、フランスは「エメンタールチーズの生産が大幅に減少している。生乳生産の減少が影響している」、ドイツは「対ロシアの輸出量が対前年比30パーセント減である。家庭内消費は堅調な動きを示している」、英国は「不景気により小さいパッケージ製品の売れ行きが好調であった。」との報告があった。
図9 英国チーズ価格の推移
資料:ZMB
図10 EUのチーズ輸出量
資料:ZMB

4.2015年度生乳クオータ制度廃止に向けた動向

 2015年度生乳クオータ制度廃止の影響は、EUの乳業界にとって最も大きな関心事項である。今回の総会では、パネルディスカッションにより各関係業界から生乳クオータ制度廃止に対して見解が述べられ、意見交換が行われた。

 生産者の代表として、Copa Cogeca(欧州農業組織委員会・欧州農業協同組合委員)は、「生乳生産は、EUにおける農業、地域社会および経済にとっていかに重要であるか認識し、理解していただきたい。その上で、生乳クオータ制度廃止による構造改革や生産性の向上など新たな酪農への発展に必要であることを認める。しかし、酪農を維持するためには、継続的な投資と産業への理解が必要である。生乳クオータ制度廃止後、価格変動の拡大、生乳の産業用仕向けの拡大および国際市場への更なる進出が予想されるなかで、生産者に対する価格変動のリスク軽減、適正な契約締結、正当な収入補償、フードチェーンの公正な機能確保、条件不利地域の酪農存続について、明確な実現方法を確立するべきである。そのためには、政策的な支援としてセーフティネットの設備、ミルクパッケージ(契約締結規則)、リスク管理およびフードチェーン機能の改善を行うべきである」とコメントした。

 また、オランダのHoogwegt(乳製品輸出商社)は、EUにおける生乳クオータ制度廃止による影響を高い確率で起こるものと、不確定なものとに区分して分析し、高い確率で起こるものとして、(1)生乳生産の増産(2015年以降100〜150億キログラムの出荷量になると予想)、(2)近年の投資傾向から生乳の3分の2は粉乳に加工されてEU域外へ輸出、(3)乳製品の国際需要の増加、(4)加工場の集約化、の4点を挙げ、不確定なものとして、(1)生乳生産の増加速度、(2)増産部分を吸収するのに必要な市場規模、(3)変動する国際市場におけるEUの役割、(4)価格連鎖による影響、の4点を挙げた。

 現在EUでは、2015年の生乳クオータ制度廃止に向けて、多くの乳業メーカーが粉乳の成長を見越して投資を行っており、2009年から2013年にかけてEUにおける粉乳生産施設に対する投資額はおよそ12億ユーロ(1596億円)、また、チーズ生産施設に対しても約6億ユーロ(798億円)となる見込みである。

 すでにEU域外のバイヤーと数量契約を行っている乳業メーカーも出てきおり、アルーア・フーズ(デンマーク)は中国Biosimeと2万トンの乳幼児用粉乳契約、フリースランドカンピナ(オランダ)は中国Xian Consummateと2万トンの乳幼児用粉乳契約、ソディアール(フランス)は中国Synutraと5万トンの乳幼児用粉乳契約などが事例として挙げられた。
資料:Hoogwegt

 またHoogwegtは「2015年度生乳クオータ制度廃止後の最初の1年にどれだけ輸出に成功できるかが、輸出業者と生産者もしくは乳業メーカー間におけるその後の発展の大きな鍵となり、生乳生産の増加速度、増加率も決まるだろう。その成功のためには、いかに状況に対応した生産構造や製品生産の変革ができるかが重要である」と述べた。最後に、「EUの輸出業者は、生乳クオータ制度廃止に対して非常にポジティブな見解を有している。」との一言でまとめた。

 一方、GIRA(コンサルタント・調査会社)は、多くの乳業メーカーが、生乳クオータ制度廃止により粉乳増産のための設備投資を行っている状況にあるが、中国の乳幼児用粉乳は、脱脂粉乳、全粉乳だけではなく、ホエイもかなり多く利用されており、これが近年のホエイ価格の高騰の要因となっていることを指摘し、ホエイの需要の高さと可能性を示した。

 さらに、チーズは、域内消費および輸出需要も高まっており、「バター+脱脂粉乳」の生産から「チーズ+ホエイ」に生産が移りつつあると動向を示した。

 また、長期的な需要を分析すると、現在、中国をはじめとするアジアでは、子供の数が多いことから需要は高いが、中国は一人っ子政策をとっていること、昨年の「たつ年」によるベビーブームで誕生した子供たちは、いずれ乳幼児用粉乳から卒業することなどを考慮すると、潜在的な需要は、今後アフリカのほうが高まるとの見解を示した。
図11 主要地域の0〜4歳の子供の数
資料:GIRA

5.おわりに

 今回の総会では、大部分の加盟国が生乳生産の減少を報告した。この主な要因は、天候不良によるものであり、昨年の秋以降の天候不良がEUの生乳生産に大きな影響を及ぼしていることがうかがえた。特に飼料は、サイレージの品質低下と国際規模で起きた飼料穀物価格の高騰の時期が重なったことから、EUの生産者にとって大きな負担となっている。さらに、春先の低温と降雪により、牧草の生育が遅延したため、大幅な生乳生産の減少につながった。また、現在もEUの一部地域では低温や多雨が報告されており、今後も生乳生産の回復は難しい状況にあることから、今後の動向が注目されるところである。

 2015年の生乳クオータ制度廃止を念頭に旧加盟国では、増産に向けた粉乳生産施設への投資やアジア市場進出のための吸収合併や契約締結といった活発な動きがみられる。一方、新加盟国(2005年および2007年加盟国)では、不景気や財政問題の影響により新たな投資が進んでおらず、生乳クオータ制度廃止後のEUにおける酪農生産構造は、大きく変化するものと思われる。

 また、総会で生産者側の意見として政策的な支援の必要性が報告されたが、生産者に対して実施された意向調査によると、「今後の生産展望」について、「生産拡大すべきか分からない」、「不明」、「未確定」といった回答が多くを占めたとの報告があった。2010年以降、EUの乳業界は「好調」と評されているが、EUの全体的な動向をみると、金融危機、不景気による消費減退、高い失業率、CAP(農業共通政策)改革が未妥結など、農業経営にも大きな影響を与える要素の先行きが不透明であり、生産者は今後の方向性が見いだせない状況にある。

 欧州委員会は、生乳クオータ制度廃止後、統計の月次報告(乳価、生乳出荷量、乳製品生産量など)や生乳生産を増加しなかった生産者に対する特別補給金の支給などを検討しているものの、乳業者で組織されるEDA(乳製品協会)や一部の輸出業者からは、生乳クオータ制度廃止の意味がなくなってしまうと強い反対意見も出されている。2015年の生乳クオータ制度廃止に向けた政策的な対応は、2013年および2014年の酪農業界の動向が大きく影響してくると思われ、EUにとって重要な年となるだろう。

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