話題  畜産の情報 2013年6月号

高齢者への肉食の勧め!

日本獣医生命科学大学 応用生命科学部 教授 西村 敏英


 日本は、超高齢化が進んでおり、国民の健康への関心は益々高まっている。最近、食肉は、タンパク質の重要な供給源であることから、高齢者でも毎日食肉を適量食べることが大切であると言われるようになってきた。本稿では、食肉が健康に寄与する要因を説明し、健康維持における食肉摂取の重要性を解説したい。

1.平均寿命と食生活

 1900年(明治33年)には、日本人の平均寿命は、男女共に約35歳であった(図1)。その時、酪農国であるスウェーデンの男女の平均寿命は、共に50歳を超えていた。日本人の平均寿命は、第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に、ようやく50歳を超えた。その後、日本人の平均寿命は急激に伸び、1980年(昭和55年)には、男女共に70歳を超え、スウェーデン人の平均寿命を追い越した。昨年発表された日本人の平均寿命は、男性が79.4歳で世界8位、女性が85.9歳で世界2位であり、世界に例のない長寿国となった。このように、戦後、日本人の平均寿命が急速に伸びた理由の1つとして、日本人の食生活の変化がある。第二次世界大戦までは、穀類中心の食生活で、栄養素の中では炭水化物の摂取量が高かった。しかし、戦後は、炭水化物の摂取量が少しずつ減少し、食肉、乳、卵などの動物性タンパク質と脂質の摂取量が増加した。この食生活の変化が、平均寿命が延びた1つの要因であるといわれている。

 食事から摂るタンパク質は、生体タンパク質の原料となるアミノ酸を供給するために必要で、健康維持には不可欠である。また、脂質はエネルギー源となるだけでなく、生体を構成する細胞膜の原料ならびに血圧や免疫力を調整する生理活性物質イコサノイドの原料となることから、脂質の不足も、健康を損なう原因となる。
図1 日本人とスウェーデン人の平均寿命の推移

2.食肉はタンパク質の宝庫

 タンパク質の摂取量が不足すると、病気に対する抵抗力が落ちて感染症にかかりやすく、回復力も低下する。また、高血圧を促し、血管を弱め、脳卒中を招きやすくなることも知られている。なぜ、タンパク質の摂取量が不足すると、病気になる確率が高くなるのであろうか。

 私たちの生体内には、ヘモグロビン、コラーゲン、ペプシンなど約3万種類のタンパク質が存在している。これらのタンパク質は、一定期間経つと常に新しいタンパク質へと作り替えられる。これを「タンパク質の代謝」という。車でいう「車検」に相当する。車検では、車の悪くなった部品だけを交換するが、タンパク質の代謝は、古いタンパク質が壊れていなくても、新しいタンパク質に作り替えられる機能であり、毎日行われている。この時に、生体は食事に含まれるタンパク質のアミノ酸を原料としている。そのため、私たちは、毎日食べ物からタンパク質を摂らなければならない。特に、生体では合成できない必須アミノ酸は、食品から摂取する必要がある。摂取量が不足すると、健康維持に必要なタンパク質が作られず、病気を引き起こす可能性が高くなるのである。

 1日に食事から摂るべき推奨タンパク質量は、成人男性が60グラム、成人女性が50グラムである。この推奨量は、高齢者である70歳以上でも同じである。その理由として、高齢になると、消化機能が低下するため、タンパク質の摂取量を低く設定すると、吸収されるアミノ酸量が生体での必要量を下回ってしまうからである。

 食品100グラム(あるいはミリリットル)当たりに含まれるタンパク質含有量を比較すると、食肉で約30グラム、牛乳で約3.3グラム、ご飯で約2.5グラム、茹でた大豆で約16グラムである。成人男性の推奨量60グラムをこれらの食品1つで満たす場合、食肉では約200グラムを食べれば十分である。一方、牛乳だけでは1.8リットル、ご飯では2.4キログラム、茹でた大豆では約400グラムを食べなければならない。

 また、食肉のタンパク質を構成するアミノ酸は、その組成が生体内タンパク質を構成するアミノ酸組成に近いので、生体内タンパク質の生合成に効率的に利用される。必須アミノ酸のバランスの良否から評価されるアミノ酸スコアは100であり、植物性食品のタンパク質よりも高い。これらのことから、食肉は、生体のタンパク質を作るために必要な良質のタンパク質を供給する優れた食品といえる。

 高齢になると、食が細くなり1日に食べられる量は少なくなるが、摂取するタンパク質の量を減らしてしまうと、健康を損ねることに繋がる。このことから、高齢者は、少量でもよいので良質のタンパク質を豊富に含む食肉を食べることが、必要なタンパク質摂取量を効率的に確保できる有効な方法である。

3.食肉のもつ“病気を予防する効果”

 食肉は、重要なタンパク質の供給源であるだけでなく、最近、病気を予防する効果を有することもわかってきた。

1)筋力低下を防ぐ効果:

 食肉タンパク質の構成アミノ酸として、多く含まれているロイシン、イソロイシン、バリンといった分岐鎖アミノ酸(BCAA)は、骨格筋のタンパク質合成を促進し、タンパク質分解を抑制する作用を有している。この作用は、特にロイシンで大きく、筋肉の損傷や筋力低下の予防に繋がる。運動の前後で食肉を摂取することは、筋肉を増強することが期待でき、筋力低下の予防となる。

2)精神の安定作用:

 食肉タンパク質にはトリプトファンも多く含まれている。これは、精神の安定作用を有するセロトニンの前駆体であり、脳の機能の維持や精神の安定に必要な必須アミノ酸である。不足すると、セロトニン代謝が低下し、神経細胞からのセロトニン放出が減少し、精神の不安定に繋がる可能性がある。

3)抗酸化作用:

 筋肉タンパク質をタンパク質分解酵素で処理してできるペプチドは、老化や発ガンに対する予防効果が期待される抗酸化作用を有している。筋肉タンパク質から調製したペプチドをラットに投与すると、ラットの酸化ストレスによる潰瘍形成に伴う出血が有意に抑制されることが明らかとなった。また、鶏肉に多く含まれているペプチドのアンセリンやカルノシンには、酸化物質によるタンパク質分解を抑制する効果があることもわかってきた。

4)血圧上昇抑制作用:

 高血圧症の予防方法として、血中に存在するアンギオテンシン変換酵素(ACE)を阻害することが知られている。食肉タンパク質由来のペプチドが、ACE阻害活性を有することが知られている。

5)脂肪燃焼効果:

 リシンとメチオニンから合成されるカルニチンは、脂肪を燃焼する際に、脂肪から分解された脂肪酸をミトコンドリア内に輸送する物質である。体内での脂肪燃焼を助け、肥満の防止が期待される物質である。また、高齢になると、その合成が低下する可能性があるので、カルニチンが多く含まれている牛モモ肉を摂取することは脂肪燃焼を助ける効果が期待される。

6)貧血予防効果:

 牛肉に含まれる色素タンパク質であるミオグロビンは、ヘム鉄を含んでいる。ヘム鉄は野菜に含まれる遊離鉄よりも小腸での吸収率が2〜10倍高いことがわかっており、貧血予防効果が知られている。


4.健康維持につながる食肉の食べ方

 これまで述べたように、食肉は、タンパク質の重要な供給源であるだけでなく、多くの病気予防効果を有することが明らかとなってきた。これらの効果をよく理解して、毎日の食事のメニューに食肉を取り入れることは、健康維持に大切である。特に、食が細くなった高齢者が食肉を食べることは、健康維持に大変重要である。一日に推奨される食肉摂取量は、正確に決められているわけではないが、約100グラムが適切であると思われる。

 また、現在、1日当たり、約350グラムの野菜摂取が奨められている。食肉を食べたときには、必ず、それに応じた量の野菜を取ることを心掛けることも大切である。


(プロフィール)
西村 敏英(にしむら としひで)

略歴:
1954年生まれ
1979年 東京大学農学部農芸化学科卒業 (農学士)
1984年 東京大学大学院農学系研究科農芸化学専門課程
      (博士課程)修了(農学博士)
1984年 日本学術振興会奨励研究員
1985年 東京大学助手 農学部(1989年〜1990年、
      米国州立アリゾナ大学へ留学)
1994年 広島大学助教授 生物生産学部
2000年 広島大学教授 生物生産学部
2002年 広島大学教授 大学院生物圏科学研究科
2008年 日本獣医生命科学大学教授 応用生命科学部
      (現在に至る)

研究分野:
食品、特に食肉のおいしさと健康に関わる研究。

著書:
「タンパク質・アミノ酸の科学(工業調査会)」、「最新畜産物利用学(朝倉書店)」、「食品と味(光琳)」、「食品学各論(学文社)」など

受賞:
日本家禽学会技術賞(2003)、日本農芸化学会英文誌優秀論文賞(2004)

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