【要約】
少子高齢化が日本の肉類需要に与える影響を定量的に明らかにするため、都市別・月別の疑似パネルデータ用語1)を用い、人口統計学的変数が肉類需要に与える影響に注目して、需要システム用語2)LA/QUAIDSを推定した。
分析の結果、魚介類全般の需要は下降トレンドにあること、ハムを除く肉類の需要は上昇トレンドにあること、少子高齢化は、塩干魚介を除く魚介類の需要を増加させ、肉類全般の需要を減少させる効果があること、また地球温暖化は、生鮮鶏肉の需要をほぼ年間を通して減少させる効果があることなどが明らかとなった。
1.はじめに
急速な少子高齢化とそれに伴う人口減少は、日本における最も重要な社会問題の一つである。少子高齢化は、消費を計画し実行する主体である家計の構成や特徴等の人口統計学的要因を変化させ、その結果として肉類の需要に影響を与える注1)。
日本の社会が直面する重要課題である少子高齢化に対しては、多方面からさまざまな対策が講じられている。しかしながら、それらの効果が現れるのは早くて数十年後といわれ、日本の家計が少子高齢化の影響を中長期的に受けていくことは必至である。したがって、消費者の欲求である需要に対する少子高齢化の影響を詳しく分析することには、将来の需要予測の観点からも意義がある。
需要は、種々の人口統計学的要因の他に、所得やさまざまな財・サービスの価格など、多くの要因の複合的な影響によって変動する。したがって、少子高齢化の影響を適切に抽出するためには、単純に個々の要因と需要との相関を調べるだけでは不十分で、経済理論に基づく統計モデルを用いてデータを分析する必要がある。すなわち、計量経済分析の俎上に載せ、各要因が需要に与える影響を検証すべきである。日本における生鮮肉類各品目の需要を、比較的小標本の時系列データ用語3)により分析したものとして澤田[6]、澤田・澤田[7]、澤田[8]等の研究例がある。また、少子高齢化が12食料費目(中分類)の需要に与える影響を分析した既存研究として松田[5]がある。しかし、肉類の各品目の需要に対する少子高齢化の影響を詳細に分析した研究例はまだない。
以上のような背景を踏まえ、本研究では、少子高齢化が日本の肉類需要に与える影響を定量的に明らかにする。具体的には、家計において子どもが1人減少したとき、および高齢者が1人増加したときに各品目の需要が何%変化するかを、それぞれ少子化および高齢化の影響として推定する。
2.データ
生鮮魚介、塩干魚介、魚肉練製品、他の魚介加工品、生鮮牛肉、生鮮豚肉、生鮮鶏肉、ハム、ソーセージ、およびベーコンの10 品目を分析対象とする。分析に用いる変数の中で、特に気象変数は地域や季節の違いに大きく左右される。したがって、観測点はできるだけ多数で、かつ地理的にも季節的にも十分に分散していることが望ましい。そこで、データの入手可能性を考慮し、観測地点は都道府県庁所在市に川崎市と北九州市を加えた49 都市、観測時点は2000 年1月から2010 年12 月までの132カ月とする。分析に供するデータセットは、標本サイズ6,468 の疑似パネルデータとなる。
人口統計学的変数および各品目の支出金額は、総務省統計局『家計調査』の品目分類による都道府県庁所在市別1世帯当たりデータ(二人以上の世帯)、また価格は同『消費者物価指数』の都道府県庁所在市別中分類指数と品目別時系列指数(東京都) より作成した。人口統計学的変数として採用するのは、世帯人員(人)、18 歳未満人員(人)、65 歳以上人員(人)、有業人員(人)、世帯主の年齢(歳)、持家率(%)、家賃・地代を支払っている世帯の割合(以下、家賃・地代支払世帯率、%)の7変数である。
気象変数として採用するのは、現地平均気圧(以下、気圧、hPa)、日平均降水量(以下、降水量、mm)、日平均気温(以下、気温、℃)、平均湿度(以下、湿度、%)、および日平均日照時間(以下、日照時間、時間)の5変数である。気象変数については、各都市に対応する気象官署(気象台または測候所)の月別データを用いる。
3.分析方法
特に横断面データ用語4)およびパネルデータ用語5)の需要分析に近年よく用いられるquadratic almost ideal demand system (QUAIDS; Banks, et al.[1])の線形近似モデル(linear approximate QUAIDS, LA/QUAIDS; Matsuda[4])に適切なシフト変数用語6)を取り入れた需要システムを用いる。LA/QUAIDSは、QUAIDS と同様に支出比率が対数支出に関する2次関数となっており、AIDSよりも複雑な支出変動をとらえることができるというQUAIDSの長所を維持している。一方、QUAIDSとは異なり、人口統計学的変数や季節ダミーなどのシフト変数を取り入れても、データのスケーリングによって被説明変数の予測値や弾力性の推定値が変わらないという点で、実証分析適用上QUAIDSより優れている。なお、分析方法の詳細は付録を参照されたい。
4.分析結果と考察
同次性および対称性制約を課して付録(1)式を推定した。各需要方程式の決定係数は0.570〜0.846で、標本サイズの大きな疑似パネルデータに当てはめていることを考慮すれば、モデルの説明力はそれほど悪くないといえる。
(1)支出と価格の効果
以下では、支出比率の標本平均で評価した弾力性等の推定値を検討する(表1)。
すべての支出弾力性と自己価格弾力性は1%水準で0と有意差があり、それらの符号と絶対値はいずれも現実的に妥当である。生鮮魚介、塩干魚介、他の魚介加工品、生鮮牛肉、およびハムは、魚介類と肉類のなかでは奢侈財的性格が強く、特に生鮮牛肉は支出の変化に対する需要反応が大きい。一方、魚肉練製品、生鮮豚肉、生鮮鶏肉、ソーセージ、およびベーコンは必需財的性格が強い。生鮮牛肉、生鮮豚肉、および生鮮鶏肉の自己価格の変化に対する需要反応は相対的にやや小さく、ハムの自己価格弾力性の絶対値はやや大きい。自己価格弾力性に比べて交差価格弾力性は概して絶対値が小さいが、生鮮牛肉と生鮮豚肉の価格変化に対するベーコンの需要反応、および生鮮豚肉の価格変化に対するハムの需要反応は特に大きい。ベーコンは生鮮牛肉に対する粗代替財で生鮮豚肉に対する粗補完財、またハムは生鮮豚肉に対する粗代替財であることが顕著に現れている。
(2)品目間の代替関係
所得効果を除いたネットの代替補完関係を調べるため補償価格弾力性の推定値を検討する(表2)。すべての自己価格弾力性は1%水準で0と有意差があり、理論的符号条件を満たしている。45組の交差価格弾力性のうち0と有意差があるのは29組である。それらのうちマイナスの交差価格弾力性、すなわち補完関係を示しているのは塩干魚介-生鮮鶏肉、他の魚介加工品-生鮮豚肉、生鮮牛肉-生鮮豚肉、生鮮豚肉-生鮮鶏肉、生鮮豚肉-ソーセージ、生鮮豚肉-ベーコンの6組のみである。その他の有意な23組の交差価格弾力性はすべてプラスで代替関係を示しており、品目間の関係はほとんどが代替である。特に、生鮮魚介は他の9品目と有意な代替関係にある。
(3)支出と価格以外の効果
表3において、0と有意差がある推定値により、支出と価格以外の各説明変数の効果をみてみる。月間シフト率の欄をみると、魚介類の4品目は下降トレンドにあるのに対し、ハムを除く肉類の5品目は上昇トレンドにある。特に、生鮮豚肉、生鮮鶏肉、およびベーコンの上昇トレンドと生鮮魚介の下降トレンドが顕著である。
18歳未満人員の欄から少子化の効果は、生鮮魚介でプラス、塩干魚介および生鮮牛肉を除く肉類の5品目でマイナスであり、マイナスの効果は特にソーセージおよびベーコンで顕著である注2)。ただし、少子化の効果は18歳未満人員の効果と符号が逆になる。また65歳以上人員の欄から高齢化の効果をみると、魚介類の4品目でプラス、ハムを除く肉類の5品目でマイナスであり、特に魚肉練製品でプラスの効果、生鮮牛肉でプラスの効果が顕著である。両方の欄を合算して少子化と高齢化が並行して進展した場合の効果をみると、塩干魚介を除く魚介類の3品目でプラス、肉類の6品目すべてでマイナスであると考えられる。
最後に、気温効果の推定値をみる。表4において生鮮魚介は、2、10月にプラスの効果、8、12 月にマイナスの効果が認められる。塩干魚介は、7月にプラスの効果、11、12 月にマイナスの効果がみられる。魚肉練製品は、5、7、12月にマイナスの効果がみられ、特に7月が顕著で2%/℃を超えている。他の魚介加工品は、2〜4月にマイナスの効果がみられる。生鮮牛肉は、5、6、11月にプラスの効果がみられ、特に11月が顕著である。生鮮豚肉は、8、12月にプラスの効果、5、6、10、11月にマイナスの効果がみられる。生鮮鶏肉は、4、9月以外のすべての月にマイナスの効果がみられる。ハムは、7、8、12月に2%/℃を超える顕著なマイナスの効果がみられる。ソーセージは、1、4、10、12月にプラスの効果、6、7月にマイナスの効果がみられる。ベーコンは、1、2、5、9、11月にプラスの効果がみられる。
5.おわりに
本研究の主な目的は、少子高齢化が日本の肉類需要に与える影響を定量的に明らかにすることであった。そのために、都市別・月別の疑似パネルデータを用い、人口統計学的変数が肉類需要に与える影響に注目して、需要システムLA/QUAIDS を推定した。
分析の結果、主として次の点が明らかになった。魚介類全般の需要は下降トレンド、ハムを除く肉類の需要は上昇トレンドにある。少子高齢化は、塩干魚介を除く魚介類の需要を増加させ、肉類全般の需要を減少させる効果がある。また地球温暖化は、生鮮鶏肉の需要をほぼ年間を通して減少させる効果がある。
需要の変化は、あくまで多くの要因の複合的な影響の結果である。しかしながら、少子高齢化等、個々の要因が需要に与える影響を知ることは、生産や販売の意思決定にも寄与すると考えられる。
本稿は、平成23年度畜産関係学術研究委託調査の補助を受けた研究の成果を要約したものである。
[注釈]
注1)本研究では、消費計画を立て実行する経済主体として、「消費者」と「家計」を同義に使用している。
注2)表3によると、家計において子どもが1人減少したとき(他の要因が不変ならば)、例えば生鮮魚介の需要は約10%増加し、ソーセージの需要は約22%減少する。
[用語の解説]
1 疑似パネルデータ
厳密な意味でのパネルデータは,同一主体について複数時点にわたり継続的に調査されたデータである。それに対して、同一主体ではないが、時間的に継続して調査された標本から年齢や地域などの属性に基づいて集計されたデータを疑似パネルデータと呼ぶことがある。
2 需要システム
複数の財の需要関数を方程式体系として表した経済分析モデル。
3 時系列データ
ある主体(消費者、企業など)について、時間の経過とともに観測されたデータ。
4 横断面データ
ある一時点において、複数の主体について観測されたデータ。
5 パネルデータ
時系列データと横断面データを合わせたデータ。同一の主体に関する時系列データを複数の主体について合わせたもの。
6 シフト変数
支出と価格以外で需要に影響すると考えられ、需要関数に取り入れられた説明変数。
7 支出比率の標本平均
支出比率については付録を参照。
[引用文献]
[1] Banks, J., Blundell, R. W. and Lewbel, A.: Quadratic Engel Curves and Consumer Demand, Review of Economics and Statistics, Vol. 79 (1997), pp.527-539.
[2] Deaton, A. S. and Muellbauer, J.: An Almost Ideal Demand System, American Economic Review, Vol. 70 (1980), pp.312-326.
[3] LaFrance, J. T.: When Is Expenditure “Exogenous” in Separable Demand Models?, Western Journal of Agricultural Economics, Vol. 16 (1991), pp.49-62.
[4] Matsuda, T.: Linear Approximations to the Quadratic Almost Ideal Demand System, Empirical Economics, Vol. 31 (2006), pp.663-675.
[5] 松田敏信:少子高齢化と地球温暖化が食料需要に与える影響、日本家政学会誌、第62 巻(2011)、pp.347-359
[6] 澤田学:狂牛病およびO157食中毒事件と牛肉小売需要-POS週次データによる再検討-、1999 年度日本農業経済学会論文集、(1999)、pp.278-283
[7] 澤田学、澤田裕:家計生鮮肉需要の構造変化に関する需要体系分析、森島賢[編]、農業構造の計量分析、 富民協会、東京、1994、pp.309-324
[8] 澤田裕:肉類需要における代替関係の計測-ロッテルダム・モデルによる接近-、農業経済研究、 第52巻(1980)、pp.101-109
表1 支出弾力性と非補償価格弾力性の推定値 |
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注1:価格、支出、および支出比率の標本平均で評価した値である。
2:( )内の数値はt 値である。需要システムの自由度は56,556であり、対応するt 分布の1%、5%、10%
臨界値はそれぞれ2.576、1.960、1.645である。
3:上付き添え字***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で0と有意差があることを表す。 |
表2 補償価格弾力性の推定値 |
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注:表1に同じ。 |
表3 月間シフト率および人口統計学的効果の推定値 |
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注1:支出比率の標本平均で評価した値である。
2:( )内の数値はt 値、[ ]内の数値は標本標準偏差である。
3:t 分布の臨界値と有意性の添え字は表1に同じ。 |
表4 気温効果の推定値 |
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注1〜3:表3に同じ。
4:支出比率の標本平均は表3に同じ。 |
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