調査情報部 前田 昌宏
(1)動物管理者番号、動物所在地番号の発行 (2)耳標の装着
現在のところ、NAIT社からの承認を受けている耳標製造業者は、Allflex社、Leader Products社、Zeetags社の3社である。また、耳標は、個体識別番号が付されたものを、農業資材を扱う販売店などで購入することとなる。
耳標の装着は、牛の生後180日以内または当該牛が生まれた場所から移動する前のいずれか早い日までに行うこととなっている。装着は片耳のみでよいが、食肉処理場での読取の利便性を高めるため、右耳に装着することが推奨されている。なお、2012年7月のNAIT法の施行時にすでに飼養されていた牛については、当該牛が移動する前に、当該牛が移動しない場合には3年以内に、耳標を装着しなければならない。 また、耳標装着の義務については、以下の場合に例外が認められている。 ・生後30日未満の子牛であって、食肉処理場へ直行する場合 ・耳標装着が危険であって、かつ食肉処理場へ直行する場合。この場合、動物管理者は 、 耳標装着牛への後述する課徴金よりも高い金額(表2参照)を納付することとなっている。 これは、耳標装着のインセンティブを与えるとともに、NAIT社による入力処理手数料を 徴収するためである。
牛の飼養者は、耳標を装着後1週間以内、もしくは1週間以内に当該牛が移動する場合はその前までに、データベースに当該牛に関する以下の情報を登録しなければならない。
(4)移動履歴などの記録 (ア)牛の移動 牛の移動(飼養者に変更はないが、移動により当該牛の動物所在地番号が変わる場合を含む。)に当たっては、移動元の飼養者は牛の移動後48時間以内に、その移動履歴をデータベースに記録しなければならない。移動先の飼養者も、当該牛の移動履歴について記録することでダブルチェックが行われている(図2、ケース1)。 (イ)家畜市場、食肉処理場への出荷 家畜市場を通じた飼養者間の取引の場合、家畜市場が移動履歴を記録するとともに、移動先の飼養者も同様に移動履歴を記録する義務がある。ただし、この場合、移動先の飼養者は、家畜市場の記録したものが正しいという確認をもって移動履歴の記録に替えることができる(図2,ケース2)。なお、移動元の飼養者が行うべき移動履歴の記録を家畜市場が代行して行う形になるが、このために、当該家畜市場はNAIT社から代行行為について承認を受ける必要がある。 食肉処理業者への出荷に当たっては、食肉処理業者のみが移動履歴を記録すればよい(図2、ケース3)。この場合についても、食肉処理業者はNAITから移動履歴の記録の代行行為に係る承認が必要である。 また、このほかに食肉処理業者は、と畜処理後、以下のと畜に関する情報を記録しなければならない。
動物管理者は、牛が死亡した場合にはその48時間以内に、動物が失踪した場合には失踪が明らかとなった日から48時間以内に、その旨を記録しなければならない。牛を輸出した場合も同様である。 (3)トレーサビリティの適用範囲NAITでは、牛1頭1頭の移動履歴を確認できるだけでなく、動物管理者単位、所在地単位での飼養頭数の把握も可能である。一方で、これまで見てきたように、NAITで義務化されているトレーサビリティの適用範囲は、生産農場からと畜場までとなっている。我が国の個体識別制度は、生産農場からと畜場、小売店までが適用範囲である。このため日本の消費者が、食肉処理後の牛肉(加工品、調理品、ひき肉などは除く)から遡及して1頭ごとの生産流通履歴を確認できることと比較すると、NAITのトレーサビリティの適用範囲は限定されていると言える。食肉処理後以降のトレーサビリティを義務化しなかった理由は、制度運用に係るコストをできる限り抑えるためである。ただし、前述したとおり食肉処理業者などは、と畜に関する情報をデータベースに記録しているため、出荷記録などを基に食肉処理業者独自の食肉からのトレーサビリティが可能である。その特定できる範囲は食肉処理業者によって異なるが、一般的に、処理日の時間帯ごととなる。 (4)制度遵守の状況NAIT社によると、NZ全国には、非商業ベースでの牛飼養者などを含めて約7万戸の牛の動物管理者が存在する。動物管理者の登録に当たっては、2012年7月の施行に先立ち、2月以降適宜、登録が可能となった。このため、制度開始時の7月には、全体の約半数となる3万5000戸の登録が完了し、2012年10月現在では、登録者数は5万を超える状況となっている。未登録者の多くは、非商業ベースでの飼養者とみられる。家畜市場や食肉処理場では、耳標装着の有無、データベースの個体登録を確認する義務がある。2012年10月現在、耳標装着率は家畜市場で95%、食肉処理場では84%となっている。NAIT社は、「実施前に制度の周知活動をしっかりと行った成果が出ており、現時点では順調と言える」と述べている。 なお、NAITには罰則規定も存在しており、 ・出生または移動、死亡などに際し、データベースへの登録や記録を行わなかった場合: 1万NZドル(78万円)以下の罰金 ・規定の耳標を装着しなかった場合(耳標の改ざん、故意の脱着、再装着を含む。): 1万NZドル(78万円)以下の罰金 ・データベースに虚偽の記録を行った場合: 6カ月以下の禁錮または2万5000NZドル(195万円)以下の罰金 と厳しい内容となっている。先に述べたように、まだ一部にはデータベースへの登録漏れがあるが、このことについてNAIT社は、「悪質なものには罰則を持って対処するが、今後3年間は罰則よりも制度の普及・啓発、動物管理者への周知を重視していきたい」と述べた。 2.制度導入の経緯と目的(1)導入に当たっての経緯NZでは1990年代から、動物衛生委員会(Animal Health Board、以下「AHB」という。)が、バイオセキュリティー法(Biosecurity Act 1993)に基づき、個体識別を利用した牛結核病対策を実施していた。この対策は、牛の検査、牛の移動の規制、家畜伝染病を媒介するオポッサムやフェレットなどの野生動物の駆除などにより、牛結核病を根絶することを目的としたものである。この対策では、牛の個体識別として、・牛を個体ごとではなく群単位で、所在地と所有者をAHBに登録 ・牛の移動に際しては、ASD(Animal Status Declaration)と呼ばれる健康状態を記した 申告書の添付義務 が行われていた。しかしながら、当該制度では、牛の移動や所在を個体ごとに的確かつ迅速に把握できるとは言い難かった。 このような状況の中、(1)輸入国が輸入先国を選定する際、トレーサビリティの有無が決め手となる可能性があること(2)各国で個体識別制度が導入されつつあること―などから、2004年、NZの業界団体は第一次産業省の前身である農林業省とともに個体識別制度導入に向けたワーキンググループを立ち上げた。 2006年には本格的なプロジェクトチームが発足し、2009年12月に制度設計案が取りまとめられた。その後2010年にNAIT社が設立され、2012年7月に法施行されて現在に至る。なお、今後AHBとNAIT社は合併する予定となっている。 (2)導入の目的こうして施行されたNAIT法であるが、その目的については条文中に以下のとおり記されている。・家畜の出生から死亡または生体輸出までの迅速で正確な追跡 ・家畜の最新の所在地と移動履歴の把握 ・バイオセキュリティー管理の向上 ・食品や食品残さを介した動物由来感染症の人への危害防止のためのリスク管理 ・生産性の向上、市場の確保および取引先からのニーズへの対応支援 これらを確立することで、万が一家畜伝染病などが発生した場合でも、その被害を最小限に抑えることが畜産業界の狙いである。この場合の被害とは、家畜そのものだけでなく、それに伴う輸入国からの輸入停止措置などの経済的被害も含む。 NZの畜産物は輸出依存度が高く、牛肉は生産量の8割以上、牛乳・乳製品は95%以上が輸出に仕向けられる。仮に家畜伝染病が発生した場合、トレーサビリティの不備を理由にNZ産の輸入停止措置が長引くこととなれば、その経済的影響は、高い輸出依存度のために、ほかの輸出国よりも甚大となる。個体識別制度の整備は、「万が一の事態が発生した場合でも影響を最小限に抑えるセーフティネットとして必要」と政府や業界団体は考えたのである。 一方、生産者らは、「現時点でNZに強制的な個体識別制度は必要なく、農家負担が増えるだけ」と導入に反対する声が大きかった。生産者で構成する機関であり、農村部で強固なコミュニティーを形成する農民連合(Federated Farmers)は、「個体識別制度は任意とすべき」との立場をとった。最終的にはNAITの必要性を認めることとなったが、第一次産業省の担当官は、「NAITは、NZが今後も国際市場でアクセスを維持するための保険である」という点を訴えて反対派の説得に成功したという。 3.NAITの活用個々の農家単位では、電子耳標のメリットを活用した飼養管理への利用が進んでいる。第一に挙げられるのが体重測定の際の有効活用である。今回の調査では、体重計に電子耳標読取機器を連動させ(写真)、記録の手間を省くとともに、1日当たりの増体重(DG)なども自動で算出して飼養管理の効率化を図っている事例を見ることができた。大規模経営になればなるほど、機械導入による省力化のコスト削減効果は大きい。こうした効率化によって、後述するNAITによるコスト増をカバーしていきたい、と調査先の農家は述べていた。一方で、NAITのデータベース情報は、プライバシー法(Privacy Act)の規則によって公表されていない。消費者などの第三者がデータベースを確認することはもちろん、農家も確認できるのは自分で登録した牛のみである。この点については、農家側から、生産性および品質の向上のために、統計資料の作成などに利用できるよう改正を要望する声がある。
4.制度運営に係るコストとその影響(1)初期費用データベースの構築など立ち上げに要する費用は、全額NZ政府が負担した。予算額は約1570万NZドル(12億2500万円)と見込まれる。(2)ランニングコストデータベースの管理・運営などNAITのランニングコストについてNAIT社は、2012/13年度から2014/15年度までの3年間で必要な予算額を総額2395万9000NZドル(18億6900万円)と見込んだ。このうち、政府が約2割となる532万NZドル(4億1500万円)を負担することとなっている。残りの1863万9000NZドル(14億5400万円)については,牛および鹿の飼養者からの課徴金により運営される。その負担割合については、畜種ごとに按分があり、肉用牛が44.5%、酪農が53.5%、鹿が2.0%となっている。
(3)その他必要経費課徴金のほかに、牛飼養者がNAITの導入によって追加で必要となったコストは、以下のとおりである。・電子耳標による追加コスト(1頭当たり1.85NZドル) 電子耳標の価格は、約2.95NZドル (230円)であり、NAIT導入以前に利用されてきたバーコード型耳標(約1.10NZドル、 86円)よりも1.85NZドル高い。 ・家畜市場手数料(1頭当たり1.50NZドル) 家畜市場は、NAIT導入による確認や移動履歴の記録などの作業量増加や電子耳標 の読取機器の整備費用などを理由として、1頭につき1.50NZドル(117円)の手数料を 徴収している。これは買い手と売り手が折半して支払うこととなっている。 (4)畜産物生産コストへの影響ここまでを整理すると、2012/13年度のNAIT導入による牛1頭当たりの追加コストは次のとおりである。耳標課徴金 1.10NZドル(86円) 電子耳標と従来耳標の差額 1.85NZドル(144円) 家畜市場手数料 1.50NZドル(117円) と畜課徴金 1.35NZドル(105円) 合計 5.80NZドル(452円) (1)牛肉生産コストへの影響 2012/13年度の肉牛価格は、1頭当たり1,159NZドル(9万400円、1NZドル=0.8USドルと仮定した場合の肉用に肥育された去勢および雌牛の平均価格)と予測されており、NAITによる追加コストはこのうちわずか0.5%に過ぎない。ビーフアンドラムNZは、「NAITによるNZの畜産物価格に与える影響は、為替変動などと比較してごくわずかであり、生産コストへの影響はない」としている。 (2)乳製品生産コストへの影響 デーリーNZによると、乳牛1頭当たりの生産コストは、2010/11年度までの過去5年間の平均で1,528NZドル(11万9200円、家族労働費、減価償却費などを含む)となっている。この水準から考えると、NAITによるコストの増加は0.4%程度であり、これによる生産コストへの影響はほぼないと考えられる。
5.おわりにNAIT導入の狙いは、トレーサビリティの確保を消費者へ訴求するという「攻め」の部分よりも、万が一の事態に備えたセーフティネットという「守り」の面を重視したものであると感じた。実際に、NAIT導入による国内消費者や我が国を含めた輸出先国からの引き合いの増加などの反響については、「現在のところ目立ったものはない(関係者)」とのことであった。しかしながら個体識別制度の整備は、NZの輸出国としての存在感を増す方向に働くことは確実である。NZは今後、牛肉であれば牧草肥育という特徴をアピールし、乳製品であれば高機能性食品のように、輸出品目について、より付加価値を高めたいとしている。国内にいる牛すべてについて個体識別を義務化したNAITは、NZ産の価値の向上の一助になると考えられる。 |
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