話題  畜産の情報 2013年5月号

持続可能な地域づくり
〜「身土不二」と都市と農村の共生〜

一般財団法人CSOネットワーク 事務局長・理事 黒田かをり


 身土不二:人間の身体は住んでいる風土や環境と密接に関係していて、その土地の自然
        に適応した旬の作物を育て、食べることで健康に生きられるという考え方
        (環境gooより)

農の持つ底力

 平成23年3月11日の東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、大手食品会社の社会貢献事業で、他の第一次産業と同様に深刻な被害を受けた酪農の再生事業に携わった。教育プログラムなどを通じて、地域の有機農業と連携した循環型・持続可能な地域づくりの提案のため、同年6月末に福島県二本松市東和地域(旧東和町)を訪れた。放射能汚染の実態がわからず、先が見えない、非常に不安定な状況の中で、この地区では比較的早い時期から、日本有機農業学会の会員である大学、研究者と農家が協力し、企業や市民団体などの支援を得て、農産物や土壌の放射能測定が始まっていた。その年の夏には、災害・復興プログラムがスタートし、見えない放射性セシウムを「見える化」すると共に、放射性物質の低減対策や営農対策、地域コミュニティの心のケアなどが行われてきた。

 福島県は有数の有機農業推進県である。東和地区では、有機農業による地域資源の活用と循環型のふるさとづくりをしようと、2005年に農家と商店街が「NPO法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」を設立した。道の駅を運営しながら、里山再生、特産品の加工、産地直送、新規就農の受け入れ、営農支援、健康支援事業などを進めている。他にも有機農家、牧場、食品加工業者の出資により堆肥センターを建設し、牛糞を中心にもみ殻、かつお節、昆布、そばがら、カット野菜くず、飴玉などを原料にした堆肥を作るなど、まさに住民、農民、商店街などが連携、協力をしながら資源循環型の地域づくりを進めてきている。心が折れそうになりながらも放射能汚染と向き合い、それを乗り越えようとする力こそ、長きにわたり育まれてきた地域の力だと思う。
東和地区の堆肥センター
 農的なものに縁遠かった私が「身土不二」ということばに惹かれたのは、その地域の力の源が、種を播き、耕し続ける農家の人たちの農の営みであることを目の当たりにしたからだ。有機農家さんとの交流から、農業は食糧を生産するだけでなく、耕すことで生物多様性を育み、里山を守り、風景をつくっているということ、また田んぼや畑には、お年寄りから小さい子どもまでいろいろな人々を包摂する力があるということを教わった。つまり、農業を通して人が育まれること、それをきっかけに地域づくりの源になっていることにも気づかされた。そして自分も土に触れてみたいと思うようになった。

市民農園との出会い

 昨年から、東京都練馬区内にある農園に通い、手ほどきを受けながら野菜を育てている。そこに来ている人たちに尋ねると、野菜作りのきっかけは「安全なものを食べたい、子どもに食べさせたいと思ったから」「お料理が好きだから」「将来の食糧危機に備えて」などさまざまだ。畑に通って数カ月もすると「旬の野菜を食べることの意味」や「食や農業について」など会話の内容も少しずつ変わってくる。

 私の友人、知人の中にも、週末、畑に行く人が増えている。最近、人との会話の中で「野菜作りを始めたんです」とひとこと言うと、「私は時々、夫の実家(農家)を手伝っている」とか「週末は静岡で野菜を作っている」、「自宅の庭を3年かけてミミズで土作りをした」など会話が弾むことが多い。平日、都市部にいても土に触れている人は意外と多いんだな、と思う。職業も大手企業の部長からNPO職員、人権活動家、主婦といろいろだ。この話になるとそれまで難しい顔をしていた人も生き生きとした表情になるから不思議だ。

 農林水産省のホームページによると、市民農園を開設している農園は年々増加していて、平成24年3月現在で3,968農園(10年度末は2,119農園)、そのうち3,153農園は、都市的地域にあるそうだ(「農林水産省:市民農園をめぐる状況」より)。

 しかし、ただ都会の中で「農的なくらし」を味わうだけでよいのだろうか。1〜2時間も足を伸ばせば、日本特有の中山間地域が広がり、美しい里山がある。風のやわらかな匂いを感じることができる。鳥のさえずりや虫の声も聞こえる。都市部の人はもっと農山村に足を伸ばした方がよいと私は思う。昨年は、東和地区に田植えと稲刈り・はせがけに、また夏には、トマトやなす、とうもろこしの収穫に行かせてもらった。ゆったりと時が流れる中で、自然を五感で享受することは都会の人間にとっては夢の世界である。他方で、農山村の抱える課題、そのコインの裏側にある都市部の問題も見えてくる。この双方の課題解決には、農山村と都市部に住む人たちが共に取り組んでいかなければならないと思う。
田植えをする首都圏の人たち(東和地区)

都市と農村の共生へ

 放射性物質の深刻な被害にさらされている福島の状況は相変わらず厳しい。その中で、都市部との連携で有機農業を中心とした地域再生への取り組みが着実に進んでいる。耕すことで放射性物質を米や作物に移行させない農の営みの実証調査や、バイオマス、水力、太陽光などを使った小規模な地域循環型の再生可能エネルギーへの転換など、地域に住む人々が知恵や経験を持ち寄り、県外のNPOや企業、研究者とネットワークを組みながら進めている。

 山梨県北杜市に「えがおつなげて」というNPO法人がある。地域共生型の市民ネットワーク社会を作ることを目的とし、農業だけでなく、環境・自然エネルギー事業、農商工連携事業など多岐にわたる活動をしている。その中の1つである企業との連携事業では、平成20年に東京大手町にある三菱地所グループと共に、都市と農山村が抱える社会的課題を解決するために、「空と土プロジェクト」という事業を始めた。そこでは、耕作放棄地の再生や間伐作業、農村での体験ツアー、地域資源の活用などを通じて地域交流を深めている。22年からは、三菱地所グループの社員や丸の内エリアの勤務者が酒米を育て、北杜市の老舗酒造と共同で純米酒を作り始めた。こうして都市のニーズと農山村の抱える課題を解決していく。

 耕作放棄地が広がり、里山が消え、高齢化が深刻化し、限界集落に近づくという深刻な状況は全国至る所にある。このような地域を活性化するためには、地元の主体的な取り組みを側面支援したり、都市部に住む人も一緒になって地域再生に参加したり、他地域の事例から学んだりと、いろいろなやり方があってよいと思う。

 都市部に住む人は自分たちの消費や生活の見直しをしよう。農家との関係を、これまでのように「消費者対生産者」という見方をするのは改めた方がよいかもしれない。英国では、「Grow Your Own」が流行っているそうだ。つまり自給をしよう、ということ。都市部の人も土を耕し汗をかく。足りない分は農家から買わせていただく。第2、第3のふるさとを見つけて、その地域に足を運び、参加する。農の営みに触れ、また農家からいろいろ教えてもらう。そのような人と人との関係づくりが大切なのかもしれない。

 私も福島と関わり続けながら、まずはできることからひとつずつ始めてみたい。持続可能な社会というのは、そんな小さな積み重ねの上にしか実現しないと思うようになった。


参考:

●一般財団法人CSOネットワーク「持続可能な社会をつくる共生の時代へ―農の力と
 市民の力による地域づくり 水俣〜新潟〜福島」2013年

●三菱地所グループ 「空と土プロジェクト」パンフレット



(プロフィール)
黒田かをり(くろだ かをり)

 一般財団法人CSOネットワーク事務局長・理事
 ハーバード大学教育大学院卒。民間企業に勤務後、コロンビア大学経営大学院日本経済経営研究所、米国民間非営利法人アジア財団を経て、2004年にCSO(市民社会組織)連絡会(現在のCSOネットワーク)に入職。企業の社会的責任、開発支援の新しい潮流、持続可能な地域づくりプロジェクトなどの事業を行う。

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