畜産経営対策部 酪農経営課 藤井 麻衣子
交付業務課 岡部 修司(現 企画調整部システム調整課)
【要約】 わが国の酪農生産基盤を取り巻く状況は厳しく、飼料・燃料価格の高騰、生産者の高齢化、後継者不足、国際化の進展など、不安要素が多く存在する。生乳生産量は、平成8年度以降減少基調で推移し、乳用牛飼養頭数の減少にも歯止めがかからない状況となっている。 1.はじめに わが国の生乳生産量は、平成8年度をピークに減少基調で推移している。国内の酪農生産基盤を取り巻く状況は、飼料・燃料などの生産資材価格の高騰、生産者の高齢化、後継者不足、国際化の進展など、生産規模の維持・拡大に対する不安要素が多く存在する。特に、都府県における生産基盤の弱体化は、北海道と比較して顕著であり、平成8〜23年度までの生乳生産量は、北海道は横ばいないし増加基調で推移したが、都府県は一貫して減少している。この様な状況の中、一般社団法人中央酪農会議は、酪農経営へ増産意欲を促す観点から、24年度から3年間の生乳計画生産を増産型に設定し、24年度は16年ぶりに増加に転じた。しかし、配合飼料価格の高止まりは、増産への懸念材料であり、生産費の約6割を占める飼料費の低減が課題となっている。 2.都府県における酪農の概要(1)生乳生産量日本全体の生乳生産量は、平成8年度の866万トンをピークに、20年度には800万トンを下回った。しかし、24年度は東日本大震災のあった前年を1.0パーセント上回る761万トンとなった。地域別に見ると、都府県の生乳生産量は、8年度は512万トンだったものの、24年度は8年度の約7割となる368万トンまで減少し、21年度には北海道が都府県を上回り、生産シェアが逆転した(図1)。これらの要因として、経営者の高齢化や飼料価格の高騰による収益性の低下などで離農が増加し、都府県の乳用牛飼養頭数が大きく減少したことが挙げられる。都府県における乳用牛飼養戸数は平成18年度から24年度にかけて28.8パーセント減の1万2830戸まで減少し、飼養頭数は同19.6パーセント減の62万7100頭となった(図2)。一方、北海道については、飼養戸数は同15.4パーセント減の7,270戸、飼養頭数は同4.0パーセント減の82万1900頭と、それぞれ減少したものの都府県と比べて減少率は低い(図3)。
(2)生乳生産費生乳生産量が減少基調で推移する中、平成23年度の搾乳牛1頭当たりの所得は、21万886円(前年度比6.7%減)となった(表1)。粗収益は同88万818円(同0.7%増)とわずかに前年を上回ったものの、生産費の約6割を占める飼料費が38万4719円(同5.4%増)と、前年度から増加したことにより所得は減少した。生産費において大部分を占める飼料費は、平成20年度のトウモロコシの国際価格高騰により、同年は40万円に達した。21年度は国際価格の高騰が一服したことにより減少に転じたものの、22年度以降は国際価格の高止まりにより依然として高い水準にある。また、飼料費が高騰した平成20年度は、昭和57年度以降で飼養頭数の減少率が最も大きかったことから(図2)、飼料費の増減は所得への影響のみならず、経営規模の維持にもマイナス要因に働くものとみられる。このことから、飼料費の低減が経営における重要課題の一つであると言える。
(3)自給飼料生産飼料費の削減への対応として、一般的には国産自給飼料への切り替えが考えられる。しかしながら、飼料自給率は26.0パーセント(24年度概算)と低い。購入飼料を利用する酪農経営の割合が高い背景には、購入飼料は利便性に優れ、労働時間の軽減にもつながることが挙げられる。飼料調製などに関わる労働時間は、都府県において全体の25パーセントと、搾乳などの作業時間に次いでかなりの部分を占めている(図4)。
以上のことから、国産自給飼料への切り替えは、小規模経営では機械導入に係る経費の負担が多く、労働時間の増加や土地条件の制約などが高いハードルとなっており、都府県で取り組むには難しい状況にある。 3.生産コスト低減に向けての取り組み今回、調査を行った岩手県こうした中、宇別地区の酪農経営が集まり「有限会社
(1)土里夢農場の取り組み1)設立の背景と概要土里夢農場は平成15年、宇別地区の酪農経営の澤口松男氏が中心となり、同地区の酪農経営4戸共同で設立された。もともと澤口氏は宇別地区で酪農を営んでいた父から経営を継承し、法人設立前の経産牛飼養頭数は40頭程度であった。昭和60年以降、地域で機械の共同利用による粗飼料生産を開始したが、労働力不足と高齢化により離農を検討する酪農経営が出てくるようになった。それまで30年間家族経営を営んできた澤口氏は、担い手不足などによる離農が増えている現状を目の当たりにし、家族経営単体での経営継続に不安を抱いた。規模拡大の限界を感じていた最中、全国各地の共同経営を行っている農場に自ら足を運び、地域で連携して生き残る道を模索した。その後、離農を考えている地域の酪農家に、共同経営を提案し、平成15年に同意を得た3戸と飼養規模100頭を超える農場を設立するに至った。
牛舎は、フリーストール牛舎を法人設立時に新設し、4戸のうち1戸に搾乳牛を集約するようにしている。なお、既存の牛舎は育成牛舎として活用している。機械については法人設立時に各経営から借り上げるなどし、従来の資産を有効活用している。 また、法人化前から4戸で協力し、ミニTMRセンターを立ち上げ、試験的にTMR(完全混合飼料)の給与を開始した。最初は牛の食いつきがよくなかったため、慣らし期間を設けることにより徐々に慣らしていき、現在でも同種の期間を設けている。なお、飼料設計には全国酪農農業協同組合連合会(以下、全酪連)の協力を得ており、牛の食い込みに応じて飼料メニューを調整している。
法人化によって4戸の資本を集中させることで、ロータリーパーラーやバイオガスプラント、発情発見用の万歩計などの新たな設備投資が可能となった。特にパーラーの導入によって、搾乳作業が省力化したことで、搾乳回数を2回から3回に増やし、乳量の増加を実現した。また、分業体制に移行することで、従業員の給料制や休暇取得など福利厚生面も充実させている。 法人設立前後の経営変化を見ると、設立から2年後の平成17年度の実績は、飼養頭数が1.6倍に増え、9割の労働力で、44パーセントの所得増加を実現している(表2)。飼料については、自給コーンサイレージと食品残さの豆腐かすを中心としたTMRを給与することで、飼料費を低減し、乳飼比を38.8パーセントに抑えることができた。また、1頭当たりの平均乳量も8,653キログラムから1万1182キログラムに増加したことで、出荷乳量も増え、売上高が増加した。
法人設立後は飼料畑を拡大し、生産規模の拡大に取り組んできた(表3)。しかし、現在に至るまで順風満帆な経営とはいかなかった。平成18〜20年については、経産牛の更新率が上がったことなどにより生乳生産量が減少した。その際、後述のTMRうべつで調製したTMRを利用することにより、難しい局面をしのいでいる。21年の出荷乳量は、17年並みの2,000トン台まで回復したものの、その後の23年以降は、東日本大震災の影響により、生乳生産量は再度落ち込んだ。時には、飼養管理や飼料生産がうまくいかず、弱音を吐く従業員もいた。そんな時は「自分たちがやらないと誰がやるんだ」と、澤口氏が周りを鼓舞しながら、土里夢農場は着実に規模拡大への歩みを進めてきた。
今後の目標飼養頭数を400頭と掲げる一方で、「国際情勢などを考慮しながら、経営の規模拡大を考えていきたい」と澤口氏は語る。そのために、生産や経営に関わるデータを二戸農業改良普及センター(以下、普及センター)や全酪連、新岩手農協奥中山中央支所(以下、農協)の協力を得て整理している。経営継続には、これまで培った経験だけでは限界があるため、データを残し、活用することが次の生産につながると判断したためである。このように、氏は経営を継続することに価値を見出し、さらには若手への経営継承も見据えている。 (2)
1)概要 |
TMRうべつの概況(平成24年度) |
TMRうべつ設立の経緯 |
資料:土里夢農場 |
土里夢農場に隣接するTMRうべつ |
施設のうち、バンカーサイロと調製・貯蔵施設の建設資金は全酪連から借り入れている。作業機械は、設立時には構成員から借り上げ、その翌年には法人で全て買い上げている。農地も構成員の自己所有地を借り上げ、借地料は10アール当たり4,000円に設定している。
運営面では、関係者の理解と納得を第一に掲げ、定期検討会を毎月1回開催している。本会は重要な意思決定を行う場であり、全会一致を原則としている。検討会のメンバーは、構成員のほか、普及センター、全酪連、農協である。議題は、飼料設計に関するものから、ルール作りやほ場管理、施肥設計、会計処理など多岐にわたる。
図6 組織概要および作業体系(平成24年度末現在) |
資料:聞き取りにより機構作成 |
飼料混合機 |
購入した輸入乾牧草 |
盛岡市の食品会社から購入する豆腐かす |
調製されたTMR |
デントコーンを貯蔵するバンカーサイロ |
TMRうべつの設立目的は、構成員の生産費の削減である。同センターはコスト削減のために、(1)エコフィードの利用、(2)構成員の農地の借り上げ、(3)構成員の出役、(4)機械更新時期の見直し、(5)データの活用に取り組んでいる。
エコフィードについては、前述のとおり地域の食品残さである豆腐かすをTMRに利用している。岩手県では豆腐かすが大量に発生するため、飼料原料を安価に調達することが可能となっている。
飼料畑については、構成員から借り上げている。その際の借地料は、地域の相場より高く設定されており、前述の出役費と同様にTMR販売価格から差し引いて精算される。つまり、貸し出す農地が多いほど飼料費を低く抑えられる。
TMRセンターの労働力については、前述のとおり常勤の従業員は雇用せず、構成員からの出役で賄っている。特に工場作業については、法人経営である土里夢農場から従業員が出役し労働力の中核を担うことで、労働費の削減につなげている。
機械については、耐用年数をできるだけ長くするよう意識して使用している。機械更新の際にも、飼料代にいくら跳ね返るのかをシミュレーションし、経営規模にあった機械を導入するよう心がけている。
また、TMRうべつにおいても関係機関の積極的な支援を受けている。ほ場管理や土壌分析などの技術指導だけでなく、経営管理面のデータ整理においても、全酪連、農協、普及センターから協力を得ている。これによって、構成員がコストを意識するようになり、経営改善に役立てている。
これらの取り組みにより、TMRの供給価格を配合飼料価格の半額以下に抑えることが可能となり注、構成員の生産費削減に寄与している。
注:農林水産省「飼料月報(平成25年8月)」の乳牛用配合飼料価格(バラ)と比較
4)TMRうべつ設立の効果
TMRうべつの設立により、(1)コスト削減、(2)1頭当たりの平均乳量の増加、(3)ふん尿処理の効果がみられた。コスト削減については前述のとおりであり、構成員にとっては飼料費の負担が軽減されたことが大きい。澤口氏によると、飼料価格が高騰した時期に飼料費を抑えることができたため、借入金を返済することができたという。TMRセンターを共同で運営することで、労働力の負担軽減や個人の機械費の削減にも寄与している。
次に、製造されたTMRは品質が安定しているため、給与することで乳量が2割増加した経営もある。構成員からは、飼料給与に係る時間が短縮できた分、飼養管理に集中できるようになったなどの声も聞かれるようになった。こうした背景には、澤口氏が「のんびりするのではなく、牛の飼養管理に時間をかけるように」と構成員に伝えてきたこともある。新規に加入した4戸も、1頭当たりの平均乳量の増加と飼料費の削減を実感しており、構成員の経営の高位平準化に貢献している。また、飼料供給面において構成員の不安を緩和していることも、センター設立の副次的な効果と言えよう。
また、構成員の経営のふん尿処理にも貢献している。デントコーン栽培に堆肥として利用することで、ふん尿を全量ほ場に還元することが可能となっている。なお、堆肥の生産と散布は構成員個人で行っているが、ほ場までの輸送費はTMRセンターが一部負担している。
以上のように、TMRうべつの設立によって、酪農経営における飼料費の削減や1頭当たりの平均乳量の増加、飼料給与に係る労働時間の削減などを達成している。
今回紹介した土里夢農場は、離農を考えていた地域の酪農経営と共同で法人化することにより、機械所有コストの負担軽減、飼養管理などの効率化、一頭当たり平均乳量の増加および所得の向上を実現した。飼料については、TMRうべつで自給飼料を調製したTMRを利用することにより、飼料費の削減にも成功している。
これらの取り組みを中心的に担ってきた澤口氏は、今の局面を乗り切るだけではなく、持続的な経営のため、次の世代に引き継ぐことを常に念頭においている。「蛇口をひねれば牛乳がでるわけじゃない」という氏の言葉から、これらの取り組みが容易なものではなく、さまざまな苦労を乗り越えてきた経験の重みを感じた。
個人経営で、今回の事例と同じことを取り組むのは難しいかもしれないが、自身の経営規模に合わせた施設・機械などへの投資、関係機関との協力は、どの経営においても重要だと思われる。個人の力では難しくとも、地域の酪農経営と知恵を出し合い、共同で自給飼料の確保し、さらには生乳生産基盤の維持に努めている今回の事例が、他地域での経営安定の参考となることを願う。
最後に、お忙しい中調査にご協力くださった、澤口代表、奥中山営農経済センター中居課長および関係者の皆様に心から御礼申し上げる。
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