酪農経営の現状と牛乳価格の引き上げについて |
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一般社団法人中央酪農会議 事務局長 内橋 政敏 |
はじめに 昨年の米国の不作等による配合飼料の主原料であるトウモロコシなどの国際価格の高止まり(図1)に加え、政権交代以降の為替の円安進行を受けた流通飼料の高騰等により、とりわけ自給飼料基盤の弱い都府県酪農の経営が悪化している。
1.生乳取引をめぐる情勢全国の生乳生産は、平成24年度上期を中心に回復基調で推移したが、25年度は生産コストの上昇や乳牛飼養頭数の減少、さらに、TPP交渉参加による将来不安もあり、規模拡大など増産意欲を阻害することが危惧された。一方、政権交代以降、いわゆるアベノミクスによるデフレ脱却期待による高揚感のなか、景気は着実に回復しているとの報道がなされるが、雇用や家計の改善への波及は限られ、消費者の節約・低価格志向を背景として、一部の中小乳業の低い価格提示による販路拡大、流通による乳業(プライベートブランドなど)への参入、極端に低価格のナショナルブランドなど、牛乳市場をめぐる状況は悪化している。牛乳価格は、20、21年度の乳価大幅値上げ前の水準に下落し(図2)、乳業の牛乳事業の収支は悪化しており、製品への価格転嫁なしに乳価引き上げは困難な情勢にあった。
2.交渉合意に至る経緯 指定団体は、生産コストの上昇を受け、1月末の契約更改期に、乳価の大幅値上げを申し入れていたが、その後、為替の更なる円安進行で生産コストが上昇し(図3)、自給飼料基盤の脆弱な酪農経営は一層厳しさを増した。加えて、TPP交渉参加等による将来不安もあり、中堅の酪農経営の廃業も散見される状況にある。
3.小売価格への転嫁と理解醸成消費税増税をにらみ、流通大手が割安なプライベートブランドを軸として攻勢を強めるなど、乳業の製品への価格転嫁をめぐる情勢は厳しい。生産者組織としても、乳業の流通に対する円滑な小売価格への転嫁を側面的に支援すると共に、牛乳価格の引き上げが一過性のものとならないよう、取引・配乳上も留意することが重要である。一方で、平成20、21年度に経験したように、小売価格引き上げによる消費への影響、来春の消費税増税による生乳需要減退も懸念される。こうしたことから、酪農家自らによる広報・宣伝活動である「MILK JAPAN」や、自助努力の限界を超えている酪農の現状についての理解醸成活動に取り組み、消費減退により酪農家の手取り乳価に悪影響が生じないよう、戦略的な理解醸成活動を展開することが求められている。 4.理解醸成の取り組み具体的には、流通向けとして、流通・食品関係の専門誌に広告や特集記事を掲載し、「酪農家個々の努力では限界である厳しい経営環境にあること」や、有識者の意見として「世界的な食糧事情からみて、身近で安全な国産牛乳を守るためには、乳価・牛乳価格の値上げが必要であること」を訴求した。メディア向けとしては、8月上旬に開催した説明会において、酪農家も同席し、酪農経営の現状と値上げの必要性を訴えると共に、有識者も交えた流通向けセミナーでは、価格訴求ではなく価値創造型の販売戦略の重要性を説明した。 さらに、9月以降、消費者に対して、“牛乳の未来にチカラをください”を統一ロゴに、酪農を学ぶ高校生を広告素材として、酪農の現状や牛乳の継続飲用を訴える活動を集中展開する(図4)。全国のショッピングセンターで広告を設置するほか、折り込み新聞形式の広告を100万部配布することに加えて、酪農教育ファームや地域イベントで活用できるパンフレットなども作成する。また、北海道など地方テレビ局で、酪農情報番組の発信も実施する。
おわりに世界の牛乳乳製品生産量のうち、輸出に仕向けられる量は7パーセント程度と限られるなかで、新興国の需要拡大や世界的な異常気象で、国際市場では乳製品価格の上昇が続いている(図5)。 食料安全保障の観点からも、国内での生乳生産を維持・確保していく必要がある。
酪農は人が直接利用できない草を食料に変える循環型農業の基軸を担い、中山間地の保全や景観の維持、さらには、教育サイドと連携して「食」と「いのち」の学びの支援にも取り組むなど、さまざまな機能・役割を果たしている。酪農家は、農村の社会的機能を支える人的資源であり、こうした社会貢献を誇りに思っている。 今夏も、途切れることのない猛暑で生乳生産にブレーキがかかったが、日々頑張る酪農家の前向きな心を折ることがあってはならない。酪農家の努力を適正に評価される環境づくりに取り組むことが最重要課題といえよう。
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