海外情報
畜産の情報 2013年10月号
調査情報部 伊藤 久美、西村 博昭、野村 俊夫
(1)フィードロットにおける変化フィードロットで飼養される肉用牛は、全体で70〜80万頭と豪州全体の3パーセント程度に過ぎない。しかし、出荷頭数ベースで見ると、全出荷頭数が減少する中、フィードロットで飼養されるグレインフェッド(穀物肥育牛)の頭数は増加傾向にあり、全出荷頭数の3割を占める(図7)。また、日本向けの輸出では4割を占めている。
豪州のフィードロットでは、牧草で肥育された肥育もと牛を購入し、肉質を高めるための仕上げとして穀物が与えられる。グレインフェッドとしての認定を受けるためには、フィードロットでの肥育日数が、若齢牛の場合は70日以上(雌は60日以上)、成牛の場合は100日以上という基準に適合する必要がある。また、表1のとおり、肥育日数によって、短期肥育、中期肥育、長期肥育に区分され、短期肥育は、国内を主体に、日本を含む海外市場に仕向けられる一方、中・長期肥育は、主に、脂肪交雑の多い牛肉を好む日本市場向けに生産されてきた。
フィードロットの飼養頭数の推移(図8)を見ると、2003年12月の米国でのBSE発生以降、日本向けのグレインフェッド輸出量が急増したことから(図9)、2006年6月期のピーク時には94万頭まで増頭した。一方、2007年は、2006/07年度から2007/08年度にかけての大干ばつによる飼料穀物価格の高騰(図10)や、豪ドル為替が円や米ドルに対して高値で推移したことで経営環境が悪化したことから、2007年12月期の飼養頭数は、同年3月期の3分の2にまで落ち込んだ。 また、2010年から2012年にかけて、日本向けグレインフェッド輸出は、飼料穀物価格や肥育もと牛価格の上昇に伴う生産コストの上昇や、豪ドル高の進展によって、2年連続で減少した(図9)。
また、豪州国内向けとしても、均一な品質を求める大手スーパーの意向などにより、干ばつによる放牧環境の悪化などから安定しない牛肉の品質を一定にするために、70〜100日間の短期肥育が増加している。 (2)生体牛輸出から牛肉輸出へNSW州やQLD州南部でグレインフェッドの生産が行われる一方で、北部地域では、生体輸出向けの低コストの肉用牛生産が盛んである。QLD州北部やNTには、輸出用として認可されている食肉処理加工施設がないため、この地域の生産者は、生産した肉用牛を生体輸出に仕向けるか、多大な輸送費を負担してQLD州沿岸部中央あるいは南部の食肉処理加工施設に輸送するかの選択となる。東南アジア向けの生体牛輸出は、1990年代から盛んとなった。輸出頭数は2009年には95万4143頭と過去最大となり、このうちインドネシア向けは77万2868頭と、その8割を占めた(図11)。しかし、2011年に豪州の動物愛護団体や畜産関係団体が、生体輸出された牛のインドネシア国内でのと畜方法を問題視し、これを受けた豪州政府が、同国向け生体輸出を一時的に停止した。インドネシア政府はこれを契機に、2012年、自国の牛肉自給率向上政策を強化し、生体牛および牛肉の輸入枠を設定するとともに、輸入する肥育素牛の体重制限(350キログラム未満)を徹底することとなった。2012年のインドネシア向け出荷頭数は27万8581頭(2009年比64.0%減)と、前年の約3分の1まで減少し、総輸出頭数も61万7301頭(同35.3%減)と大幅に減少した。行き場を失ったインドネシア向けの肉用牛は、NTやQLD州で肥育され、2012年後半頃からQLD州の食肉処理加工施設でと畜されたが、このことも最近のと畜頭数の増加の一因となっている。 しかしながら、インドネシア向けに生産される熱帯種のブラーマンは、ほかの品種と比べて肉質が劣るため、食肉処理加工業者には好まれず、販売価格は1頭当たり250豪ドル(2万3000円)程度と安価である。QLD州の処理施設に輸送するには、1,500〜2,000キロメートルに達する長距離輸送が求められ経費を要するため、肉用牛の販売代金を輸送経費が上回ることもしばしばある。また、食肉処理加工施設があるQLD州の沿岸部にはマダニが生息しており、肥育牛を移動させる場合には、マダニ防除のための追加経費も必要となる。 こうした肉用牛生産者の負担を軽減するために、豪州最大の肉牛生産企業であるAACo(オーストラリアン・アグリカルチュラル・カンパニー)は、現在、NT北部のダーウィンに輸出用の食肉処理加工施設の建設を計画している。 この食肉処理加工施設は2014年後半までに完成する見通しとなっており、この施設が完成すれば、豪州北部からアジアなどに向けた牛肉輸出に、新たな流れが生まれると期待されている。
4.牛肉輸出の動向豪州産牛肉の主要な輸出先としては、日本、米国、韓国が挙げられる。2003年の米国でのBSE発生を境に、米国産の輸入が禁止された日本や韓国への輸出が増加したことから、2004年から2005年にかけて、米国を加えた主要3カ国が占める割合は9割以上に高まった(図12)。しかし、2006年以降、日本への米国産の輸入が本格的に再開されてからは、日本向けは右肩下がりとなる一方、東南アジアや中東市場、中国など新興市場向けが増加している。
(1)日本向け輸出の動向2012年の日本向け輸出量は、30万8540トン(前年比9.8%減)となった(表2、表3)。これは、2000年代で見ると、日本でのBSE発生により、牛肉消費が低迷した2002年、2003年に次ぐ低水準である(図12)。2012年の日本向けの減少には、さまざまな要因が挙げられる。まず、2012年を通して、対米ドルで1豪ドル=1米ドルを超える高値で推移した為替相場が、米国産に対する豪州産の価格競争力を低下させたことである。これにより、米国産の輸入が増加し、競合する豪州産グレインフェッドの輸出量が、前年から12.3パーセント減となった(表2)。
加えて、2012年末頃からは、米国産の規制緩和を見すえて輸入業者が豪州産牛肉を買い控えたことも、減少の要因となった。 一方、2012年の部位別輸出量の割合を見ると、加工用が32パーセント、ブリスケット(ばら)が21パーセント、チャックロールおよびブレード(かた周辺部位)がそれぞれ6パーセントとなり、2004年に全体の19パーセントを占めたフルセットは5パーセントとなった。日本向け輸出にフルセットが占める割合は年々減少している。これは、日本向けの規格に合わせて生産し、セット販売されていた中・長期肥育のグレインフェッドの購入が減少したことや、豪州の牛肉業界が部位別市場の開拓に成功したことによるものと考えられる。
(2)新たな市場の動向(1)中国2012年9月頃から、中国向け輸出量は急拡大し、2012年は3万2906トンと、前年から4.2倍の伸びとなった。2013年も中国向けは好調な滑り出しをみせ、2月には韓国向けを抜き、8月は単月として過去最高の1万6192トンとなっている(図14、表7、表8)。 中国向け輸出が増加した要因は、好調な経済や所得向上を背景とした食肉消費の急速な増加、また、インフラ整備に伴う食肉流通経路の拡大、国内の牛飼養頭数の減少と食肉価格の高騰、さらに、食の安全に対する関心の高まりによる輸入品への需要増など、さまざまである。2012年の中国の牛肉輸入量は、前年から約3倍となり、このうち豪州(占有率44.5%)が約3.5倍、ウルグアイ(同23.6%)が約2倍、ブラジル(同14.2%)が約4.2倍と、いずれの国も伸びている(図15)。
インドネシアはASEAN諸国の中で最大の人口を有し、中間所得層も多いことから、東南アジアでは最大の牛肉消費市場といえ、豪州産牛肉にとっても、域内で最大の仕向先である。インドネシアの輸入牛肉市場の中でも、豪州産は7割を占めている。同国向けの牛肉輸出量は、2009年に最大となったものの、前述のとおり、2012年に生体牛および牛肉の輸入割当数量が設けられたことから、2012年の輸出量は、2009年の約5割にまで減少した(図16、表7)。豪州からの生体牛や牛肉の輸入が減少した結果、現在、インドネシア国内では牛肉が不足し、牛肉価格が高騰している。今年7月、インドネシア政府は、牛肉不足解消と価格高騰に対処するため、緊急対策として豪州からの生体牛の追加割当を発行しており、今後、輸入規制がさらに緩和される可能性も考えられる。 この他、東南アジア内で牛肉輸出量が伸びているのは、フィリピン向けである。経済の成長に伴い2008年以降急増し、2012年は2万5718トン(前年比22.5%増)と、インドネシアに迫る数量となった(図16、表7)。豪州産のフィリピンでのシェアも増加しており、2012年はインド産(占有率39.1%)と豪州産(同35.8%)で二分され、チルドだけを見るとほぼ全量が豪州産となっている。
中東諸国向けは、2008年頃から増加し、2012年の中東域内向け全輸出量は3万1313トン(前年比1.7%減)となった(図17、表7)。最大の輸出先はアラブ首長国連邦(UAE)(7,640トン、前年比2.8%増)で、そのほかヨルダン(6,012トン、同2.4%減)、サウジアラビア(5,241トン、同12.9%減)、イラン(同3,421トン、同89.7%増)が主要輸出先となっている(表7、表8)。 なお、2012年12月のブラジルにおけるBSE発生を受けて、サウジアラビアはブラジル産の輸入を禁止した。この結果、2013年以降、豪州からサウジアラビアへの輸出量が増加している。2013年1〜8月の中東向け輸出量は4万3736トン(前年同期比2.2倍)となり、うちサウジアラビアは2万3014トン(同6.2倍)と、中東向けの約2分の1を占めている。
ロシアは、米国と並ぶ牛肉の輸入大国である。産油国であるロシアは、石油価格の高騰が好調な経済を支えており、近年食肉消費を伸ばしてきた。しかしながら、2012年の豪州産ロシア向けは3万4953トン(前年比36.6%減)、2013年1〜8月が1万7440トン(前年同期比35.4%減)と、減少している(図18、表7、表8)。ロシアは表4のとおり牛肉に輸入割当数量を設定し、数量を超えたものについては50パーセントという高関税が課される仕組みであるため、安価な南米産が有利な市場となっている。ロシアが輸入する牛肉は、9割以上がフローズンで、その7割以上をブラジル、パラグアイ、ウルグアイが占めており、2012年については、レアル安によって輸出競争力が高まったブラジル産や安価なパラグアイ産がロシアへの輸出を伸ばしたことで、豪州産フローズンは減少した。 一方、チルドの輸出は2013年以降好調で、2013年1〜8月輸出量は1,776トン(前年同期比2.5倍)となった。2012年まで、ロシアのチルド輸入相手先の9割はEUなどであったが、チルドの輸入割当数量が拡大されたことで(表4)、2013年以降、豪州などに門戸が広がった。また、ロシアは2013年2月以降、豪州産チルドの競合相手となる米国産について、飼料添加物であるラクトパミンをめぐる問題により、輸入を禁止した。このことも、豪州産チルドの輸出増加につながっているとみられる。チルド輸出量は、ロシア向けの3パーセントにすぎないが、豪州産は高級ステーキハウスなどに仕向けられており、輸出価格(FOB)は日本向けチルドの2〜3倍と、高価格で取り引きされている。豪州産の高級部位の仕向け先として、ロシアの存在が高まっている。
EU向け輸出量は、2012年は1万4888トン(前年比16.0%増)、2013年1〜8月に1万2942トン(前年同期比43.3%増)と、大幅に増加した(図19、表7、表8)。2012年8月に、EUは、成長ホルモン無投与の高級牛肉の無税枠を拡大し、割当方法も変更した(表5)。この無税枠の対象は、30カ月齢未満の去勢牛あるいは未経産牛かつ肥育日数100日以上のグレインフェッドとされており、このほかにも、飼料給与量などに条件が付されている(表6)。EU向け肉用牛の生産コストは通常より割高になるものの、コストの増加分以上に高価格で取り引きされる市場となっている。 また、EU向けはその9割がチルドであり、ロインなど高級部位の仕向け先として、期待がかかる市場となっている。
5.豪州の今後の輸出動向(1)今後の輸出見通し2012年後半からの干ばつは、2013年5月頃から南部では降雨を得て幾分緩和されたが、北部の内陸部では依然として厳しい状況が続いており、北部でのと畜頭数は、現在も高水準にある。一方、輸出環境では、2011年頃から為替相場は対米ドルで1豪ドル=1米ドルを超える高値圏に突入し、苦しい輸出環境を強いられた。2013年5月に入り、豪ドルは下落に転じ、同年8月は1豪ドル=0.90米ドルの周辺で推移した(図20)。豪州の主要銀行などは、豪ドルが今後さらに下落する可能性も示唆しており、今後、豪州の輸出環境が改善され、さらに輸出需要が高まることが期待されている。
また、チルドやグレインフェッドの高級品の市場としては、2013年に入って以降、EUやロシア向けの伸びが目立っている。これは、日本向けが減少するフィードロットにとって、明るい材料となっている。短期的には、米ドルに対して安値で推移する豪ドル為替相場が、EUやロシアへの輸出を後押しするとみられる。 しかしながら、サウジアラビアやロシア向けの増加は、これらの市場での米国産やブラジル産の輸入禁止が契機となったものである。このことから、今後の輸出拡大は、サウジアラビアやロシアの輸出再開の動き次第ともいえる。 (2)今後の輸出・販売戦略今後、流通経路の未発達な市場への仕向けが増えることで、加工用など安価なフローズンの需要が増加すると関係者はみている。しかし、豪州国内でもフローズンの生産には冷凍施設などハード面での制約があることから、需要拡大に応じた生産が困難であり、今の日本が求める加工用など低価格帯のアイテムは、他国向けとの競合が激しくなると想定される。こうした状況に対して、肉牛生産の大手企業AACoは、前述のダーウィンに建設予定の食肉処理加工施設で、東南アジアや米国などに向けた加工用の生産を計画している。この施設は、今後、新たな市場などで高まる加工用の需要をまかなう役目を果たすと考えられる。 一方、ある食肉パッカーは、安定した牛肉消費と流通経路を持つ日本などの市場には、高品質な牛肉の販売強化を考えている。このため、グラスフェッドとグレインフェッドの違い、各社のブランドの違いなど、豪州産のさまざまな特色を押し出したいとのことである。また、品質に応じた価格で販売を展開するためには、価格を重視する量販店だけでなく、ブランドを大事にする小売店との直接取引も増やしていきたいとのことであった。 業界団体であるMLAはここ数年、安全性や品質を重視した品質管理の取組みや、赤身肉に含まれる鉄分などの栄養素の重要性について日本国内でPRをし、豪州産のイメージを高める努力をしている。 豪州の牛肉産業は、新たな市場での消費拡大を好機と捉え、市場チャンネルの拡大に力を注いでいる。それと同時に、他市場よりも長い間取引を行ってきた日本を、これまでと同様に大事な顧客・市場であり、信頼できるパートナーと考えているようである。 6.おわりに豪州の牛肉産業は、2011年から2012年前半までの歴史的な豪ドル高の影響により、日本や韓国などでの需要の低迷、米国やブラジル、インドなど他の牛肉輸出国との競合の強まりなど、かなり厳しい環境に置かれていた。一方、2012年の後半以降は、国内の干ばつにより、と畜頭数が増加し、牛肉の供給量は大きく増加したが、急速に高まりを見せた中国、東南アジア、中東などからの需要が、増加した供給量を吸収する助けとなった。これは、これまで、豪州の牛肉産業が新たな市場開拓という努力を積み重ねてきた結果にほかならないだろう。豪州政府は、力強い成長を続けるアジアへの輸出機会を創出するために、2012年に発表した「アジアの世紀における豪州白書」や、現在策定中の「国家食料計画」の中で、今後、需要拡大が見込まれるアジアに、牛肉に限らず食料の輸出を拡大する計画を示している。 一方で、新興市場の需要は、豪州産の供給能力を上回るペースで増加している。新たな市場で高まる牛肉消費を背景に、日本がこれまでのように、豪州から安価な輸入牛肉を定時定量に確保することは困難なものになっていくと想定される。 元のページに戻る |