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 畜産の情報 2013年10月号

豪州の肉用牛生産および輸出動向
〜拡大する新たな市場への輸出と日本向けへの影響〜

調査情報部 伊藤 久美、西村 博昭、野村 俊夫

【要約】

 豪州は、生産された牛肉の3分の2を輸出に仕向けるため、肉牛生産は輸出先の需要や海外市況に影響を受けやすい構造となっている。日本では今年2月に米国産牛肉の輸入規制が緩和され、豪州の牛肉輸出量はこれまでの主要市場であった日本や韓国向けが減少傾向で推移している中、豪州は幅広い市場の確保を目的に、中国・東南アジアなど新たな市場への販売を強化している。今後は、これら新興市場の需要は増加していくことが想定され、日本との競合が激しくなることが予測される。

1.はじめに

 日本における近年の豪州産牛肉輸入動向をみると、2003年の米国でのBSE発生による米国産牛肉輸入停止により、チルド、フローズンともに輸入量は増加したが、2006年に米国産の輸入が再開されて以降、米国産と競合するチルドは右肩下がりで推移している(図1)。

 2013年2月、BSE対策として実施されていた米国産牛肉の輸入規制が緩和され、米国から輸入される牛肉および内臓の月齢条件が20カ月齢以下から30カ月齢未満となったことから、米国産の日本への供給可能量は増加することとなった。これを受けて、米国食肉輸出連合会(USMEF)では、2013年の米国の対日輸出を前年の5割増と見込む一方、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)は、同年の豪州の対日輸出を前年の6パーセント減とみており、今後、米国産の輸入増加は一層進むとみられる。
図1 日本の牛肉輸入量の推移(上:チルド、下:フローズン)
資料:財務省「貿易統計」 
  注:年度は4月〜翌3月
 このような状況の中で、最近の豪州の牛肉輸出動向を見ると、2012年後半以降、中国やフィリピン、サウジアラビアなどからの強い引き合いにより、特に加工用などのアイテムで日本向けと競合しつつある。こうした新たな市場の動向は、日本の牛肉輸入に少なからず影響を与えると考えられ、新たな市場向けの輸出の現状を把握しておく必要がある。

 本稿では、まず、豪州の基本的な肉用牛生産体系について説明した上で、近年の豪州産牛肉需要の変化に伴う生産体系の変化とともに、最近の輸出動向を整理し、現地関係者からの聞取り内容などをもとに、今後の輸出戦略・見通しについて報告したい。

 なお、本稿中の年度とは、文中で特に断りのない限り、7月から翌6月である。また、為替レートは、1豪ドル=90円(2013年8月末日TTS相場89.82円)を使用した。

2.豪州の肉用牛の生産体系

(1)地域別の肉用牛生産の特徴

 豪州の肉用牛の生産地域は、気候に基づく飼養環境の違いから、(1)北部地域(クイーンズランド(QLD)州、北部準州(NT)、西オーストラリア(WA)州北部)、(2)南部地域(ニューサウスウェールズ(NSW)州、ビクトリア(VIC)州、タスマニア(TAS)州およびWA州南部)に大別できる(図2)。

 豪州は日本の22倍という広大な国土を持つが、内陸部の大半は砂漠地帯であり、肉用牛生産および牛肉輸出については、その9割以上が国土の東側であるQLD州、NSW州、VIC州およびTAS州で行われている(図3、図4)。中でもQLD州は、肉用牛の5割が飼養され、牛肉輸出の6割を占める牛肉の主産地となっており、日本向けの7割が同州から輸出されている。

図2 豪州の肉用牛生産にかかる地域区分
資料:ALIC作成、一部、豪州農業資源経済科学局(ABARES)の資料を使用
図3 牛肉生産における各州のシェア(2012年)
資料:MLA
  注:枝肉重量ベース
図4 牛肉輸出における各州のシェア(2012年)
資料:豪州農漁林業省(DAFF)
  注:船積重量ベース
(1)北部地域での肉用牛生産の特徴

 北部地域での肉用牛生産の特徴は、南の温帯気候から北の熱帯気候、内陸の乾燥気候など、さまざまな気候条件のもとで、広大な牧草地や自然草地を利用した大規模生産が行われているということである。

 この地域で、気候がよく放牧に適した土地は、QLD州南部の沿岸部近くのごく一部のみである。数十万頭単位の大規模肉用牛経営では、QLD州南部で種雄牛や繁殖雌牛を生産し、QLD州およびNTの内陸部の広大な農場で繁殖・育成を行い、再びQLD州南部の農場やフィードロットで仕上げの肥育を行う、という生産体系がとられることが多い。

 肉用牛の品種は、QLD州南部でアンガスやヘレフォード、ショートホーンなど温帯種を飼養し、北部や内陸部では、サンタガートルーディスやブラーマンなどの熱帯種や、ブラーマンにアンガスなどを掛け合わせた熱帯種と温帯種との交雑種が多い。熱帯種は暑さやマダニに耐性があるため、飼養環境の厳しい熱帯気候や砂漠気候に対応できるとともに、その強健な体躯と健脚は、移動の多い広大な農場での飼養に適している。

 また、北部地域では、インドネシアなど東南アジアに向けて生体輸出する肉用牛を多く生産しており、2012年には、生体輸出の6割が北部地域から出荷されている。
サンタガートルーディス種(熱帯種)
(2013年7月にQLD州で撮影)
(2)南部地域での肉用牛生産の特徴

 南部地域での肉用牛生産は、温暖な気候と安定した降雨によって、牧草の品質がよい恵まれた飼養環境のもとで行われている。北部に比べると農場は小規模で、肉質のよいアンガスやヘレフォードなど温帯種を飼養しており、小麦・大麦などの穀物生産や羊生産との複合経営も多い。シドニーやメルボルンなど大都市を擁する南部では、国内仕向けが多く、NSW州やVIC州で生産された牛肉は、それぞれ6割ほどが国内で消費されている。
アンガス種(温帯種)
(2013年7月にQLD州で撮影)

(2)気候に左右される肉用牛生産

 豪州の肉用牛生産は、日本と異なり、その大部分を放牧に頼っている。したがって、干ばつなどにより牧草の生育が悪化し、飼料が不足する事態となれば、生産者は確保できる牧草量に応じて肥育牛の早期出荷や雌牛のとう汰を行い、飼養規模を縮小するという対応をとる。

 豪州は、地理的にエルニーニョ現象やラニーニャ現象の影響を受けやすく、これまでも大規模な干ばつや洪水を繰り返し、その都度、牛飼養頭数に変化が生じている。2002/03年度、2006/07年度および2007/08年度の大干ばつは、2002年から2003年、また、2006年から2010年にかけて、飼養頭数の減少をもたらした(図5)。
図5 牛飼養頭数の推移
資料:ABARES、MLA
注 1:各年、6月末時点
注 2:2012年および2013年はMLAによる推計(内訳はなし)

3.牛肉需要の変化に伴う生産体系の変化

 豪州では、生産された牛肉の3分の2が輸出に仕向けられるため(図6)、豪州の生産体系は、国内の生産条件とともに、輸出先国のニーズや海外市況の影響を受けやすい構造となっている。

 その構造の変化については、主にフィードロットの飼養管理や生体輸出の動向に表れている。
図6 牛肉仕向け割合(2011年)
資料:ABARES
注 1:枝肉重量ベース
注 2:輸出には加工品も含む

(1)フィードロットにおける変化

 フィードロットで飼養される肉用牛は、全体で70〜80万頭と豪州全体の3パーセント程度に過ぎない。しかし、出荷頭数ベースで見ると、全出荷頭数が減少する中、フィードロットで飼養されるグレインフェッド(穀物肥育牛)の頭数は増加傾向にあり、全出荷頭数の3割を占める(図7)。また、日本向けの輸出では4割を占めている。
図7 肉用牛出荷頭数の内訳
資料:MLA
 もともと、豪州のフィードロット産業は、干ばつ時の牛の避難場所として始まり、穀物生産の盛んなQLD州南東部のダーリングダウンやNSW州南部のリベリナ(図2)などで発展した。1991年の日本の牛肉輸入自由化を契機に生産は拡大し、現在は、日本や韓国向けのほか、少量ながらもEUやアジア、中東諸国に輸出され、海外への仕向け割合は6割ほどである。

 豪州のフィードロットでは、牧草で肥育された肥育もと牛を購入し、肉質を高めるための仕上げとして穀物が与えられる。グレインフェッドとしての認定を受けるためには、フィードロットでの肥育日数が、若齢牛の場合は70日以上(雌は60日以上)、成牛の場合は100日以上という基準に適合する必要がある。また、表1のとおり、肥育日数によって、短期肥育、中期肥育、長期肥育に区分され、短期肥育は、国内を主体に、日本を含む海外市場に仕向けられる一方、中・長期肥育は、主に、脂肪交雑の多い牛肉を好む日本市場向けに生産されてきた。
表1 グレインフェッドの肥育日数と仕向先
資料:オズ・ミート(AUS-MEAT)、MLA
 フィードロット飼養頭数の増減に影響を与える要因としては、飼料穀物価格や肥育もと牛価格、グレインフェッド牛肉に対する海外市場の需要動向が挙げられる。特に、豪州は、防疫上の理由から穀物の輸入を認めていないため、フィードロットで使用される穀物は、小麦や大麦、ソルガムなど豪州で生産される穀物のみである。豪州の飼料穀物価格は、国際価格の動向のほか、干ばつなどによる国内生産の変化の影響を強く受ける。

 フィードロットの飼養頭数の推移(図8)を見ると、2003年12月の米国でのBSE発生以降、日本向けのグレインフェッド輸出量が急増したことから(図9)、2006年6月期のピーク時には94万頭まで増頭した。一方、2007年は、2006/07年度から2007/08年度にかけての大干ばつによる飼料穀物価格の高騰(図10)や、豪ドル為替が円や米ドルに対して高値で推移したことで経営環境が悪化したことから、2007年12月期の飼養頭数は、同年3月期の3分の2にまで落ち込んだ。

 また、2010年から2012年にかけて、日本向けグレインフェッド輸出は、飼料穀物価格や肥育もと牛価格の上昇に伴う生産コストの上昇や、豪ドル高の進展によって、2年連続で減少した(図9)。
図8 フィードロット飼養頭数の推移
資料:豪州フィードロット協会(ALFA)
図9 日本向け輸出量の内訳
資料:MLA
  注:船積重量ベース
図10 豪州国内の飼料穀物価格の推移
資料:ABARES
  注:小麦のカテゴリーは工業用(General Purpose)、
    大麦は飼料用であり、すべてシドニーへのデリバリー価格
 フィードロットでは、2011年頃より、日本向け輸出の不振や生産コストの上昇、豪ドル高による収益性の低下を受け、中・長期肥育から短期肥育への転換が進んでいる。これは、国内外問わず、幅広いマーケットに仕向けることが可能な短期肥育の生産を拡大することで、経営リスクの低減を図るという考えによるものである。

 また、豪州国内向けとしても、均一な品質を求める大手スーパーの意向などにより、干ばつによる放牧環境の悪化などから安定しない牛肉の品質を一定にするために、70〜100日間の短期肥育が増加している。

(2)生体牛輸出から牛肉輸出へ

 NSW州やQLD州南部でグレインフェッドの生産が行われる一方で、北部地域では、生体輸出向けの低コストの肉用牛生産が盛んである。QLD州北部やNTには、輸出用として認可されている食肉処理加工施設がないため、この地域の生産者は、生産した肉用牛を生体輸出に仕向けるか、多大な輸送費を負担してQLD州沿岸部中央あるいは南部の食肉処理加工施設に輸送するかの選択となる。

 東南アジア向けの生体牛輸出は、1990年代から盛んとなった。輸出頭数は2009年には95万4143頭と過去最大となり、このうちインドネシア向けは77万2868頭と、その8割を占めた(図11)。しかし、2011年に豪州の動物愛護団体や畜産関係団体が、生体輸出された牛のインドネシア国内でのと畜方法を問題視し、これを受けた豪州政府が、同国向け生体輸出を一時的に停止した。インドネシア政府はこれを契機に、2012年、自国の牛肉自給率向上政策を強化し、生体牛および牛肉の輸入枠を設定するとともに、輸入する肥育素牛の体重制限(350キログラム未満)を徹底することとなった。2012年のインドネシア向け出荷頭数は27万8581頭(2009年比64.0%減)と、前年の約3分の1まで減少し、総輸出頭数も61万7301頭(同35.3%減)と大幅に減少した。行き場を失ったインドネシア向けの肉用牛は、NTやQLD州で肥育され、2012年後半頃からQLD州の食肉処理加工施設でと畜されたが、このことも最近のと畜頭数の増加の一因となっている。

 しかしながら、インドネシア向けに生産される熱帯種のブラーマンは、ほかの品種と比べて肉質が劣るため、食肉処理加工業者には好まれず、販売価格は1頭当たり250豪ドル(2万3000円)程度と安価である。QLD州の処理施設に輸送するには、1,500〜2,000キロメートルに達する長距離輸送が求められ経費を要するため、肉用牛の販売代金を輸送経費が上回ることもしばしばある。また、食肉処理加工施設があるQLD州の沿岸部にはマダニが生息しており、肥育牛を移動させる場合には、マダニ防除のための追加経費も必要となる。

 こうした肉用牛生産者の負担を軽減するために、豪州最大の肉牛生産企業であるAACo(オーストラリアン・アグリカルチュラル・カンパニー)は、現在、NT北部のダーウィンに輸出用の食肉処理加工施設の建設を計画している。

 この食肉処理加工施設は2014年後半までに完成する見通しとなっており、この施設が完成すれば、豪州北部からアジアなどに向けた牛肉輸出に、新たな流れが生まれると期待されている。
図11 生体牛輸出頭数の推移
資料:MLA

4.牛肉輸出の動向

 豪州産牛肉の主要な輸出先としては、日本、米国、韓国が挙げられる。2003年の米国でのBSE発生を境に、米国産の輸入が禁止された日本や韓国への輸出が増加したことから、2004年から2005年にかけて、米国を加えた主要3カ国が占める割合は9割以上に高まった(図12)。しかし、2006年以降、日本への米国産の輸入が本格的に再開されてからは、日本向けは右肩下がりとなる一方、東南アジアや中東市場、中国など新興市場向けが増加している。
図12 主要3カ国向け牛肉輸出量の推移
資料:DAFF
  注:船積重量ベース
 豪州では、最大の輸出先である日本向けが減少する中、肉牛生産者や牛肉産業の経営リスクを軽減するため、幅広い市場の確保が必要との考えから、近年、食肉需要が拡大する中国や東南アジア、中東などへの販売を強化している。日本や韓国への米国産牛肉輸入が停止された直後の2004年と、直近の2012年の輸出先を比較すると、輸出先の多角化が進んでいることが分かる(図13)。
図13 牛肉輸出先の内訳(左:2004年、右:2012年)
資料:DAFF
  注:船積重量ベース

(1)日本向け輸出の動向

 2012年の日本向け輸出量は、30万8540トン(前年比9.8%減)となった(表2、表3)。これは、2000年代で見ると、日本でのBSE発生により、牛肉消費が低迷した2002年、2003年に次ぐ低水準である(図12)。

 2012年の日本向けの減少には、さまざまな要因が挙げられる。まず、2012年を通して、対米ドルで1豪ドル=1米ドルを超える高値で推移した為替相場が、米国産に対する豪州産の価格競争力を低下させたことである。これにより、米国産の輸入が増加し、競合する豪州産グレインフェッドの輸出量が、前年から12.3パーセント減となった(表2)。
表2 日本向けのカテゴリー別牛肉輸出量
資料:MLA  
  注:船積重量ベース
 日本向けの3割を占める加工用牛肉が、米国向けや新興市場向けとの競合から減少し、前年から16.2パーセント減となったことも要因の一つである(表3)。豪州産の加工用には、ファストフードやハンバーグチェーンなど外食産業からの堅調な需要があり、2011年には加工用の増加から、日本向けフローズン輸出量は過去最高となった。しかし、2012年は、米国が、干ばつの影響による国内の減産などから豪州産加工用への引き合いを強め、結果、米国向け輸出価格が上昇したことが、日本向けの減少につながった。

 加えて、2012年末頃からは、米国産の規制緩和を見すえて輸入業者が豪州産牛肉を買い控えたことも、減少の要因となった。

 一方、2012年の部位別輸出量の割合を見ると、加工用が32パーセント、ブリスケット(ばら)が21パーセント、チャックロールおよびブレード(かた周辺部位)がそれぞれ6パーセントとなり、2004年に全体の19パーセントを占めたフルセットは5パーセントとなった。日本向け輸出にフルセットが占める割合は年々減少している。これは、日本向けの規格に合わせて生産し、セット販売されていた中・長期肥育のグレインフェッドの購入が減少したことや、豪州の牛肉業界が部位別市場の開拓に成功したことによるものと考えられる。
表3 日本向けの部位別牛肉輸出量
資料:MLA  
  注:船積重量ベース

(2)新たな市場の動向

(1)中国

 2012年9月頃から、中国向け輸出量は急拡大し、2012年は3万2906トンと、前年から4.2倍の伸びとなった。2013年も中国向けは好調な滑り出しをみせ、2月には韓国向けを抜き、8月は単月として過去最高の1万6192トンとなっている(図14、表7、表8)。

 中国向け輸出が増加した要因は、好調な経済や所得向上を背景とした食肉消費の急速な増加、また、インフラ整備に伴う食肉流通経路の拡大、国内の牛飼養頭数の減少と食肉価格の高騰、さらに、食の安全に対する関心の高まりによる輸入品への需要増など、さまざまである。2012年の中国の牛肉輸入量は、前年から約3倍となり、このうち豪州(占有率44.5%)が約3.5倍、ウルグアイ(同23.6%)が約2倍、ブラジル(同14.2%)が約4.2倍と、いずれの国も伸びている(図15)。
図14 中国向けなどの牛肉輸出量の月別推移
資料:DAFF
図15 中国の牛肉輸入量の推移
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
注 1:関税分類番号0201、0202
注 2:2013年は1〜7月の累計である
(2)東南アジア

 インドネシアはASEAN諸国の中で最大の人口を有し、中間所得層も多いことから、東南アジアでは最大の牛肉消費市場といえ、豪州産牛肉にとっても、域内で最大の仕向先である。インドネシアの輸入牛肉市場の中でも、豪州産は7割を占めている。同国向けの牛肉輸出量は、2009年に最大となったものの、前述のとおり、2012年に生体牛および牛肉の輸入割当数量が設けられたことから、2012年の輸出量は、2009年の約5割にまで減少した(図16、表7)。豪州からの生体牛や牛肉の輸入が減少した結果、現在、インドネシア国内では牛肉が不足し、牛肉価格が高騰している。今年7月、インドネシア政府は、牛肉不足解消と価格高騰に対処するため、緊急対策として豪州からの生体牛の追加割当を発行しており、今後、輸入規制がさらに緩和される可能性も考えられる。

 この他、東南アジア内で牛肉輸出量が伸びているのは、フィリピン向けである。経済の成長に伴い2008年以降急増し、2012年は2万5718トン(前年比22.5%増)と、インドネシアに迫る数量となった(図16、表7)。豪州産のフィリピンでのシェアも増加しており、2012年はインド産(占有率39.1%)と豪州産(同35.8%)で二分され、チルドだけを見るとほぼ全量が豪州産となっている。
図16 東南アジア向け牛肉輸出量の推移
資料:DAFF
  注:2013年は1〜8月の累計
(3)中東市場

 中東諸国向けは、2008年頃から増加し、2012年の中東域内向け全輸出量は3万1313トン(前年比1.7%減)となった(図17、表7)。最大の輸出先はアラブ首長国連邦(UAE)(7,640トン、前年比2.8%増)で、そのほかヨルダン(6,012トン、同2.4%減)、サウジアラビア(5,241トン、同12.9%減)、イラン(同3,421トン、同89.7%増)が主要輸出先となっている(表7、表8)。

 なお、2012年12月のブラジルにおけるBSE発生を受けて、サウジアラビアはブラジル産の輸入を禁止した。この結果、2013年以降、豪州からサウジアラビアへの輸出量が増加している。2013年1〜8月の中東向け輸出量は4万3736トン(前年同期比2.2倍)となり、うちサウジアラビアは2万3014トン(同6.2倍)と、中東向けの約2分の1を占めている。
図17 中東市場向けの輸出量の推移
資料:DAFF
  注:2013年は1〜8月の累計
(4)ロシア

 ロシアは、米国と並ぶ牛肉の輸入大国である。産油国であるロシアは、石油価格の高騰が好調な経済を支えており、近年食肉消費を伸ばしてきた。しかしながら、2012年の豪州産ロシア向けは3万4953トン(前年比36.6%減)、2013年1〜8月が1万7440トン(前年同期比35.4%減)と、減少している(図18、表7、表8)。ロシアは表4のとおり牛肉に輸入割当数量を設定し、数量を超えたものについては50パーセントという高関税が課される仕組みであるため、安価な南米産が有利な市場となっている。ロシアが輸入する牛肉は、9割以上がフローズンで、その7割以上をブラジル、パラグアイ、ウルグアイが占めており、2012年については、レアル安によって輸出競争力が高まったブラジル産や安価なパラグアイ産がロシアへの輸出を伸ばしたことで、豪州産フローズンは減少した。

 一方、チルドの輸出は2013年以降好調で、2013年1〜8月輸出量は1,776トン(前年同期比2.5倍)となった。2012年まで、ロシアのチルド輸入相手先の9割はEUなどであったが、チルドの輸入割当数量が拡大されたことで(表4)、2013年以降、豪州などに門戸が広がった。また、ロシアは2013年2月以降、豪州産チルドの競合相手となる米国産について、飼料添加物であるラクトパミンをめぐる問題により、輸入を禁止した。このことも、豪州産チルドの輸出増加につながっているとみられる。チルド輸出量は、ロシア向けの3パーセントにすぎないが、豪州産は高級ステーキハウスなどに仕向けられており、輸出価格(FOB)は日本向けチルドの2〜3倍と、高価格で取り引きされている。豪州産の高級部位の仕向け先として、ロシアの存在が高まっている。
図18 CIS向け輸出量の推移
資料:DAFF
注 1:CISはロシア他
注 2:2013年は1〜8月の累計
表4 ロシアの牛肉輸入割当数量
資料:MLA
(5)EU

 EU向け輸出量は、2012年は1万4888トン(前年比16.0%増)、2013年1〜8月に1万2942トン(前年同期比43.3%増)と、大幅に増加した(図19、表7、表8)。2012年8月に、EUは、成長ホルモン無投与の高級牛肉の無税枠を拡大し、割当方法も変更した(表5)。この無税枠の対象は、30カ月齢未満の去勢牛あるいは未経産牛かつ肥育日数100日以上のグレインフェッドとされており、このほかにも、飼料給与量などに条件が付されている(表6)。EU向け肉用牛の生産コストは通常より割高になるものの、コストの増加分以上に高価格で取り引きされる市場となっている。

 また、EU向けはその9割がチルドであり、ロインなど高級部位の仕向け先として、期待がかかる市場となっている。
図19 EU向け輸出量の推移
資料:DAFF
  注:2013年は1〜8月の累計
表5 EUの高級牛肉の輸入割当数量
資料:MLA
  注:高級牛肉に係る枠のみを示した
表6 無税輸入枠の対象となる高級牛肉の条件
資料:MLA
表7 年別牛肉輸出量の推移(2012年の上位15カ国・地域)
資料:DAFF
  注:UAEは、アブダビとドバイの計
表8 月別牛肉輸出量の推移(2013年1〜8月の上位15カ国・地域)
資料:DAFF
  注:UAEは、アブダビとドバイの計

5.豪州の今後の輸出動向

(1)今後の輸出見通し

 2012年後半からの干ばつは、2013年5月頃から南部では降雨を得て幾分緩和されたが、北部の内陸部では依然として厳しい状況が続いており、北部でのと畜頭数は、現在も高水準にある。

 一方、輸出環境では、2011年頃から為替相場は対米ドルで1豪ドル=1米ドルを超える高値圏に突入し、苦しい輸出環境を強いられた。2013年5月に入り、豪ドルは下落に転じ、同年8月は1豪ドル=0.90米ドルの周辺で推移した(図20)。豪州の主要銀行などは、豪ドルが今後さらに下落する可能性も示唆しており、今後、豪州の輸出環境が改善され、さらに輸出需要が高まることが期待されている。
図20 豪ドル為替の推移
資料:豪州連邦準備銀行(RBA)
 こうした状況を勘案して、MLAは7月に牛肉の需給予測を発表した。それによると、2013年の牛肉輸出量を100万トン(前年比3.8%増)としており、前年の最高記録を再び更新するとみている。この中で、日本、米国、韓国の主要3カ国向けは、2012年の68パーセントから61パーセントに低下するとしている。2012年は、輸入牛肉への需要が急速に高まった中国向けなど新たな市場が、豪州産の輸出を支えた。2013年以降も、中国やサウジアラビア、フィリピン向けなどが好調に伸びており、これまでの主要市場からの需要が停滞する中、新たな市場からの力強い需要が、今後の豪州の牛肉産業を支えていくものとみられる。

 また、チルドやグレインフェッドの高級品の市場としては、2013年に入って以降、EUやロシア向けの伸びが目立っている。これは、日本向けが減少するフィードロットにとって、明るい材料となっている。短期的には、米ドルに対して安値で推移する豪ドル為替相場が、EUやロシアへの輸出を後押しするとみられる。

 しかしながら、サウジアラビアやロシア向けの増加は、これらの市場での米国産やブラジル産の輸入禁止が契機となったものである。このことから、今後の輸出拡大は、サウジアラビアやロシアの輸出再開の動き次第ともいえる。

(2)今後の輸出・販売戦略

 今後、流通経路の未発達な市場への仕向けが増えることで、加工用など安価なフローズンの需要が増加すると関係者はみている。しかし、豪州国内でもフローズンの生産には冷凍施設などハード面での制約があることから、需要拡大に応じた生産が困難であり、今の日本が求める加工用など低価格帯のアイテムは、他国向けとの競合が激しくなると想定される。

 こうした状況に対して、肉牛生産の大手企業AACoは、前述のダーウィンに建設予定の食肉処理加工施設で、東南アジアや米国などに向けた加工用の生産を計画している。この施設は、今後、新たな市場などで高まる加工用の需要をまかなう役目を果たすと考えられる。

 一方、ある食肉パッカーは、安定した牛肉消費と流通経路を持つ日本などの市場には、高品質な牛肉の販売強化を考えている。このため、グラスフェッドとグレインフェッドの違い、各社のブランドの違いなど、豪州産のさまざまな特色を押し出したいとのことである。また、品質に応じた価格で販売を展開するためには、価格を重視する量販店だけでなく、ブランドを大事にする小売店との直接取引も増やしていきたいとのことであった。

 業界団体であるMLAはここ数年、安全性や品質を重視した品質管理の取組みや、赤身肉に含まれる鉄分などの栄養素の重要性について日本国内でPRをし、豪州産のイメージを高める努力をしている。

 豪州の牛肉産業は、新たな市場での消費拡大を好機と捉え、市場チャンネルの拡大に力を注いでいる。それと同時に、他市場よりも長い間取引を行ってきた日本を、これまでと同様に大事な顧客・市場であり、信頼できるパートナーと考えているようである。

6.おわりに

 豪州の牛肉産業は、2011年から2012年前半までの歴史的な豪ドル高の影響により、日本や韓国などでの需要の低迷、米国やブラジル、インドなど他の牛肉輸出国との競合の強まりなど、かなり厳しい環境に置かれていた。一方、2012年の後半以降は、国内の干ばつにより、と畜頭数が増加し、牛肉の供給量は大きく増加したが、急速に高まりを見せた中国、東南アジア、中東などからの需要が、増加した供給量を吸収する助けとなった。これは、これまで、豪州の牛肉産業が新たな市場開拓という努力を積み重ねてきた結果にほかならないだろう。

 豪州政府は、力強い成長を続けるアジアへの輸出機会を創出するために、2012年に発表した「アジアの世紀における豪州白書」や、現在策定中の「国家食料計画」の中で、今後、需要拡大が見込まれるアジアに、牛肉に限らず食料の輸出を拡大する計画を示している。

 一方で、新興市場の需要は、豪州産の供給能力を上回るペースで増加している。新たな市場で高まる牛肉消費を背景に、日本がこれまでのように、豪州から安価な輸入牛肉を定時定量に確保することは困難なものになっていくと想定される。

 
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