調査・報告  畜産の情報 2013年9月号

家族で実践する肉用牛肥育経営の
安定に向けた取り組みについて

畜産経営対策部 肉用牛肥育経営課



【要約】

 わが国の肉用牛肥育経営は、飼料穀物価格の高騰や枝肉価格の低迷などにより厳しい経営環境が続いている。このため、経営を安定的に持続させるには、地域の実情や経営状況を踏まえた取り組みにより、粗収益の向上や生産費の削減を図って所得を確保することが重要である。
 そこで、本稿では、家族経営で100頭程度の規模拡大を実現した5事例について調査を行い、経営を安定、発展させてきた取り組み内容と、その特徴を分析した。
 その結果、粗収益の向上のためには、飼養管理技術の徹底によるブランド牛にふさわしい品質を持つ牛の生産、一方、生産費の削減には、自家配合の飼料給与や肥育期間の短縮などが、それぞれ有効な取り組みとして挙げられる。

1.はじめに

 わが国の肉用牛肥育経営は、飼料穀物価格の高騰や枝肉価格の低迷など厳しい経営環境が続いている。

 このような中、経営を安定的に持続させていくためには、規模拡大による効率化のみならず、地域の特性などそれぞれの経営が置かれた環境を踏まえた多様な取り組みにより、所得を確保していくことが重要である。

 肉用牛の飼養規模別の飼養状況を見ると、年々飼養規模の拡大が進んでいるが、200頭未満の飼養規模の階層が、依然として総飼養頭数の半数近くを占め、小規模階層では家族経営が多数を占める現状にある。

 また、農林水産省が平成22年7月に公表した「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本指針」の中で、近代的な肉用牛経営の基本的指標として示されている家族経営の規模は150頭である。これは、家族経営で実現可能な目標値であるといえる。

 現在多数を占める小規模の家族経営が今後、規模拡大を目指す際には、すでに規模拡大を実現した経営が行ってきた取り組みを参考にすることが有効な手段の一つになると考えられる。

 そこで、本稿では、家族の役割分担などにより100頭程度の規模拡大を実現した肥育経営が、どのような取り組みを行い、経営の安定と発展につなげているか、その実例を分析し、紹介する。

2.肉用牛肥育経営の動向

 各調査事例の取組内容を紹介する前に、肥育経営の概要について整理しておく。

 一般的に肥育経営は、母牛を飼養して子牛を生産する繁殖経営からもと牛(子牛)を導入し、肉用牛としての出荷適期まで肥育した後、食肉市場や食肉センターを通じて出荷・販売する。黒毛和種では、10カ月齢前後のもと牛を導入し、約20カ月肥育した後、30カ月齢前後で出荷するのが一般的である。なお、肥育だけでなく、子牛の生産から育成・肥育まで行う一貫経営もある。

 農林水産省の畜産統計によると、黒毛和種などの肉用種の肥育牛の飼養頭数は、平成22年の84万頭をピークに減少傾向にあり、25年は79万頭となっている。肥育牛の飼養戸数は、21年には1万1700戸であったが、25年は1万戸となり、減少傾向で推移している。

 1戸当たり飼養頭数は、小規模層を中心に飼養戸数が減少した結果、平成21年の69.2頭から25年は79.0頭に増加している(図1)。
図1 飼養頭数、飼養戸数、1戸当たり飼養頭数の推移

資料:農林水産省「畜産統計」

 また、この10年間の飼養戸数の変動を飼養規模別に見ると、平成15年には全体の75パーセント以上を占めていた50頭未満の小規模層が、25年は67パーセントと8ポイント減少している。逆に、50頭以上の規模は、この10年間で9ポイント増加している(図2)。

図2 肥育牛飼養規模別の飼養戸数

資料:農林水産省「畜産統計」

3.ブランド化などによる粗収益の向上

(1)肥育経営における粗収益の概要

 農林水産省の畜産物生産費統計によると、粗収益の過去5年間(平成19〜23年度)の平均は全体で85万9145円となっており、肥育経営が黒毛和種1頭から得られる主産物収入は、同84万7248円と、粗収益全体の98.6パーセントと大半を占める。一方、堆肥などの副産物収入は、同1万1897円と、非常に小さい割合となっている(図3)。
図3 飼養規模別の1頭当たり粗収益(平成19〜23年度平均)

資料:農林水産省「畜産物生産費統計」より機構作成
 年度ごとの推移を見ると、19年度には94万8887円だったものの、年々減少傾向で推移し、23年度には79万8910円と、19年度と比較して15.9パーセント減少している。これは、この5年間で市場価格が下落していることが主因である。

 また、飼養規模別についても、全ての飼養規模においておおむね年々減少傾向で推移していることが分かる(図4)。
図4 飼養規模別の1頭当たり粗収益の推移

資料:農林水産省「畜産物生産費統計」より機構作成
 以上のように、粗収益の観点から肥育経営の概況をまとめると、(1)粗収益の大半は肥育牛の販売によるものであること、(2)近年の枝肉の市場価格の下落から粗収益はどの飼養規模においても年々減少傾向にあること、の2つがポイントとして挙げられる。

 一般的に、肥育経営において収益を向上させるためには、(1)枝肉価格の動向を見て、需要期に多く出荷できるよう出荷時期を調整する、(2)枝肉評価の高い肥育牛を生産し、枝肉単価を高める、(3)枝肉重量の大きい肥育牛を生産し、1頭当たりの販売価格を高める、などの方法が考えられる。

 そこで、次項では、年々粗収益が減少傾向にある中で、肥育経営が粗収益を増大させるために行っている取り組みを紹介する。

(2)大和牛やまとうしの普及と品質向上の努力
  〜奈良県・ 中尾茂なかおしげる氏の取り組み〜

(1)概要

 奈良県奈良市(旧都祁つげ村内)の中尾氏は、夫妻と長男の3人で黒毛和種100頭を肥育している。中尾氏は肥育前期の牛を、長男は肥育後期の牛の管理を担当している。中尾氏の妻は、稲わら確保を目的に栽培しているコメの収穫期などの繁忙期に限り、中尾氏や長男の作業をサポートしている。飼養頭数は、家族労働のみによるゆとりある飼養規模にこだわり、最大でも150頭を限度としている。
大和牛の生産に取組む中尾氏一家(中央が茂氏)
 中尾氏は、平成13年に奈良県の地域ブランドである「大和牛」の立ち上げ当初から参画し、現在も同ブランドの生産を行っている(表1)。
表1 中尾氏の経営の変遷
資料:聞き取りにより機構作成

 大和牛は、奈良県内の肉用牛生産振興のため、平成13年に奈良県と財団法人奈良県食肉公社が中心となり、県内ブランドとして立ち上げた。中尾氏は立ち上げ当時、有志と共に県内生産者への説明や参加の呼びかけを行ったが、賛同がなかなか得られなかった。結局、中尾氏含め6戸が指定生産者として大和牛の生産を始めた。

 その後、中尾氏らの継続的な呼びかけや大和牛の認知度向上に伴う売上の増加もあり、現在では、大和牛の指定生産者は20戸まで増加した。出荷頭数についても、15年は342頭であったが、徐々に増加し、23年には989頭と約3倍になった。

 大和牛は、奈良県内を中心とした指定販売店30店舗を通じて販売される地域密着型の牛肉ブランドであり、販売も好調なことから、買受人からも増産を求められている。

(2)経営の特徴

 中尾氏は、良質な大和牛を肥育するために、特に牛のストレス軽減を心掛けている。導入時から牛を観察することで、相性の良い牛2頭を同じ牛房で飼養し、ゆとりあるスペース(9u/頭)を確保している。また、牛舎の新築に伴い、導入から出荷まで牛房を移動させない管理体制とした。この結果、中尾氏は直近3年間で1頭も事故牛を出していない。

 出荷成績については、24年12月に開催された第24回大和牛枝肉共励会において、最優秀賞を受賞するなど、大和牛の生産者の中でも高い肥育成績を残している。
中尾氏の次男が場長を勤める「みつえ高原牧場」から導入したもと牛

(3)飼養管理技術を磨き、地域ブランドに貢献
  〜新潟県・ 山賀治彦やまがはるひこ氏の取り組み〜

(1)概要

 新潟県内の和牛肥育の主産地である村上市で経営を営む山賀氏は、夫妻で協力しながら黒毛和種80頭を肥育している。昭和40年代初頭に山賀氏の父親が、堆肥づくりを目的に稲作経営の傍らで繁殖牛を導入したのをきっかけに、45年頃から肥育を開始した。平成13年には地域ブランドの「村上牛」の生産を本格的に開始し、現在は優れた肥育技術から、村上牛の中心的な生産者として活躍している。
「にいがた和牛肥育名人」の山賀氏と牛舎

(2)経営の特徴

 村上牛として出荷するためには、枝肉の品質を一定水準(格付4等級以上)に維持する必要がある。そのために、山賀氏は、子牛価格の相場に左右されず、常に良質なもと牛を見極めて導入している。また、山賀氏が飼養管理で最も重要視しているのが、牛のストレス軽減であり、70頭規模の牛舎に45頭程度を収容することで十分な飼養スペースを確保し、牛の観察を怠ることなく、健康状態の把握に努めている。他にも、肥育中期におけるビタミンAコントロールの徹底などによって、高いBMS(牛脂肪交雑基準)を実現している。

 また、過去には、公益社団法人新潟県畜産協会のコンサルテーションを受け、1日当たり所得の計算方法など細かな経営管理手法を学ぶことで、更なる経営の効率化に努めている。

 これらの取り組みにより、平成18年では約74パーセント程度であった上物率(肉質等級上位の4等級と5等級が占める割合)が、23年では約88パーセントと、5年間で14ポイント向上した。また、1頭当たり粗収益についても、23年では、全国平均と比べて20万円以上高い。

 さらに山賀氏は、平成22年に、にいがた和牛推進協議会の「にいがた和牛肥育名人」(以下、名人)の認定を受けている。これは、出荷する枝肉の上物率が高水準である生産者、または、共励会などの入賞経験者であることを条件とした認定制度で、山賀氏を含め8名が認定を受けている。山賀氏は、にいがた和牛推進協議会が実施した「にいがた和牛肥育名人マンツーマン指導事業」により、名人として、県内の生産者に肥育技術の指導を行い、肥育経営が抱える課題に一緒になって取り組んできた。

 このように、山賀氏は、地域ブランド牛の生産を通じて、自らの飼養技術を向上させ、収益の増加を実現させるとともに、自身の経営だけでなく、地域全体の飼養管理技術の高位平準化にも取り組んでいる。

(4)きめ細やかな飼養管理で粗収益を増加
  〜山形県・ 折原剛おりはらたけし氏の取り組み〜

(1)概要

 山形県の主要な肉用牛産地、尾花沢市で経営を営む折原氏は、親子3代で黒毛和種220頭を肥育している。

 折原家では、折原氏と父親、息子が中心となって牛舎ごとに担当者を分けて管理している。また、高齢の父親の作業を折原氏の妻と息子の妻がサポートするなどの役割分担を行っている。

 現在、生産した牛は、全て山形市枝肉市場に出荷しており、そのほとんどが総称「山形牛」や「尾花沢牛」などとして販売されている。
3代にわたって肥育経営を営む折原氏一家

(2)経営の特徴

 もと牛は、折原氏が増体重視、息子が肉質重視で選定・導入しているため、それぞれ別の牛舎で肥育している。これは両氏の得意分野が異なることに起因するが、お互いが自らの管理方針に自信を持っており、肥育成績を競い合っている。また、育成方針の異なる肥育牛を飼養することで、経営のリスク分散にもつなげている。

 飼養管理面では、敷料の状態を確認し、1日1回は継ぎ足している。その際、アンモニアなど臭気成分の発生状況で、牛の健康状態も確認している。このように、牛に極力ストレスを与えないよう牛床管理を徹底することで、品質の高い肉牛生産を可能にしている。

 出荷成績については、上物率が約9割と高水準にあり、1頭当たり粗収益も、平成23年では全国平均と比べて30万円以上高い。これは、折原氏が出荷する山形市枝肉市場の平均と比べても高いことから、同氏の経営は極めて高い成績を残していることがうかがえる。

 折原氏はこの他にも、稲わらを重要な財産と考え、稲わら利用組合および堆肥散布組合を立ち上げ、近隣の耕種経営(水稲、スイカ、サクランボなど)へ堆肥散布を行うとともに、各経営が保有する水田から稲わらを回収するなど、積極的な耕畜連携を行っている。
折原氏が飼養する肥育牛

(5)まとめ

 以上の3氏に共通する点は、ブランド牛の生産をきっかけとして、それにふさわしい牛を生産するため、徹底した飼養管理を行った結果、高い粗収益を維持していることである。特に、3氏ともに、牛に与えるストレスを極力軽減するように努めている。

4.生産コストの削減による収益性の向上

(1)肥育牛の生産コストの概要

 農林水産省の畜産物生産費統計によると、もと牛の導入から出荷までの肥育牛1頭当たりの生産コストの全国平均は93万8569円(平成19〜23年度の平均値)で、その内訳は、もと畜費が49万9900円(生産コスト全体の53.3%)、飼料費が29万3158円(同31.2%)、労働費が7万3263円(同7.8%)、敷料費などその他の経費が7万2248円(同7.7%)となっている。

 飼養規模別に比較すると、1〜10頭未満の小規模経営と200頭以上の大規模経営の間には17万5000円ほどの差がある。特に、飼養規模が大きくなるにつれて1頭当たりの労働費は減少傾向にあることがわかる(図5)。その一方で、飼養規模の大小にかかわらず、もと畜費は生産コスト全体の50パーセント前後、飼料費は30パーセント前後を占めており、規模の違いによる大きな差異は見られない。もと畜費と飼料費が生産コストの大部分を占めるという構造は、肥育経営における特徴となっている。
図5 飼養規模別の肥育牛の生産コストの構造(平成19〜23年度平均)


資料:農林水産省「農林水産統計(農業経営統計調査)」より機構作成

 従って、生産コスト削減のためには、もと畜費と飼料費をいかにして削減するかが大きな課題となる。しかし、一般的に血統などを重視したもと牛を導入することは、肉質の良い牛を生産するための一つの方法でもある。また、飼料についても、肉質や枝肉重量に大きく影響するため、安価な飼料へ切替えたり、肥育期間を短縮し、給与量を削減することによる飼料費の削減は、必ずしも収益性の改善につながるとはいえない。

 そこで、以下の事例では、飼養管理に対するこだわりを生かしながら、効率的に生産コストを削減して収益性の向上につなげている取り組みについて紹介する。

(2)肥育期間の短縮と効率的な給与で飼料費を削減
  〜徳島県・ 枝澤利治えださわとしはる氏の取り組み〜

(1)概要

 徳島県で息子と2人で協力しながら黒毛和種100頭を肥育する枝澤氏は、父親のブロイラー経営の手伝いをきっかけとして畜産にかかわるようになり、その後、肉用牛肥育経営を開始した。開始当初は褐毛和種を飼養していたが、牛肉の輸入自由化決定に伴い、子牛価格が安価になっていた黒毛和種を導入し、飼養品種を黒毛和種へと切替えた。1頭当たりの枝肉重量の増量(増体)を重視した経営を行いながら、飼養規模を100頭まで増やしてきた(表2)。
肥育期間の短縮と増体に取組む枝澤氏
表2 枝澤氏の経営の変遷


資料:聞き取りにより機構作成
(2)経営の特徴

 枝澤氏が、収益性向上のために着目したのが、肥育期間の短縮である。同氏は、社団法人徳島県畜産協会(現 公益社団法人徳島県畜産協会)が平成22年に開催したセミナーで、肥育期間の短縮につながる飼養管理技術を学び、飼料の給与方法などを工夫することで27〜28カ月齢程度で出荷が可能になると考えた。さらに、日頃から様々な情報を収集する中で、九州地方の市場で出荷月齢が若齢化傾向にあると聞き、これをきっかけに具体的な取り組みを開始した。

 まず、もと牛選定においては増体系の去勢を導入している。さらに、これまで「前期・後期」の飼料の配合メニューを、「前期・中期・後期」の3種類に変更し、各肥育段階で必要な栄養素を効率的に給与できるようにした。その飼料設計に当たっては、濃厚飼料の給与割合を高めるため、配合飼料の他、トウモロコシなど単味の濃厚飼料を追加で購入し、自家配合を行っている。また、牛舎は4頭飼養できる牛房で2頭飼いし、ストレスの軽減にも努めている。

 こうした取り組みにより、短期間で濃厚飼料を多給できるようになり、約32カ月の出荷月齢を5カ月短縮し、約27カ月齢で出荷することに成功した。この結果、購入飼料費の約9.8パーセントの削減(注)を達成し、枝澤氏が経営を行う上で重要視する1頭当たり利益率の向上につながっている。

 また、肥育期間を短縮しているにもかかわらず、出荷時の枝肉重量は全国平均の478.5キログラムよりも100キログラム程度上回っており、飼料効率の高さがうかがえる。
鶏舎を改築した牛舎
 さらに、枝澤氏は、この飼養管理技術を近隣の肥育経営にも広め、出荷成績などを共有して技術の研究を重ねており、地域の肥育経営の活性化にも貢献している。複数の肥育経営が枝澤氏の飼養管理技術を実践しており、共同によるもと牛の導入や飼料の購入、肥育牛の出荷を行うことで、運送費の節減や飼料会社に対する有利な価格交渉などが可能になっている。

注:平成23年度農業経営統計調査〔去勢若齢肥育牛生産費(飼養規模100〜200頭未満)〕との比較
  による。
枝澤氏が飼養する肥育牛

(3)飼料の自家配合とスモール牛の導入による生産コストの削減
   〜佐賀県・橋本好弘はしもとよしひろ氏、江口俊弘えぐちとしひろ氏の取り組み〜

(1)概要

 佐賀県で夫妻と甥で黒毛和種を140頭飼養する橋本氏は、昭和57年に乳用種120頭で肥育経営を開始した。現在は、橋本氏が全体的な経営管理を中心に行い、主な飼養管理は甥に任せている。橋本氏の妻はもと牛導入後3カ月間の育成を担当しており、3人で作業を分担している。

 同じ地区で両親と夫妻で黒毛和種を165頭飼養する江口氏は、昭和48年に乳用種50頭で肥育経営を開始した。現在、江口氏と両親が日々の飼養管理を担当し、江口氏の妻は稲わらの回収など繁忙期に限り、江口氏の作業をサポートしている。

 両氏は、平成3年に牛肉の輸入自由化の影響で乳用種の枝肉価格が下落したことから、逆に上昇傾向にあった交雑種に転換した。その後、交雑種の子牛価格が上昇したことから、橋本氏は平成17年、江口氏は20年に黒毛和種へ転換して現在に至る。

 このように、両氏は子牛価格と枝肉価格の相場の動向に応じて、採算の取れる品種を選択し、増頭に成功してきた。品種選定も、乳用種から交雑種、黒毛和種と、段階的に枝肉評価の高い品種へ転換している。特に黒毛和種は、価格水準が高位で安定している傾向にあるため、増頭と品種選定は経営安定へのカギといえよう。
飼料費削減に取り組む江口氏(写真右)
江口氏の牛舎内部
(2)経営の特徴

 両氏が収益性向上のために取り組んでいるのが、飼料費の削減である。両氏とも飼料の自家配合を行っており、肉質の良さを維持しつつ飼料費を抑えられる配合割合を日々研究している。また、橋本氏にとって自家配合は、脂身の質を重視した牛肉をつくりやすいという。単味飼料の購入の際には、その額を見直し、より安価な料金を提示する飼料会社から大量に購入するようにしている。

 もと牛については、両氏は受精卵移植(ET)産子のスモール牛(3〜4カ月齢の子牛)を導入し、育成から肥育まで行っている。スモール牛導入の長所は、育成期に良質な粗飼料を多給することで、ルーメン(第一胃)を早期に形成させ、肥育期の濃厚飼料の消化・吸収率を向上させることができる点である。これは、一般的な10カ月齢のもと牛の導入と比べて、飼い直しの手間がないため、無駄なく肥育へ移行でき、肥育期間の短縮につながる。この結果、飼料の生涯給与量を低く抑えることができる。

 これらの取り組みにより、橋本氏は33.8パーセント、江口氏は29.3パーセントの飼料費削減注を達成した。また、出荷月齢は、橋本氏が約28カ月齢、江口氏が約29カ月齢であるが、さらなる肥育期間の短縮により、飼料費の削減を目指している。

注:平成23年度農業経営統計調査(去勢若齢肥育牛生産費(飼養規模100〜200頭未満))との比較
  による。
橋本氏が導入したスモール牛
橋本氏が飼養する肥育牛

(4)まとめ

 紹介した2事例の取り組みで共通するのは、生産コストの約30パーセントを占める飼料費の削減である。3氏ともに、既製の配合飼料ではなく、安価な単味飼料を購入して自家配合を行うことで飼料費を削減している。

 また、飼料の自家配合は、生産コストの削減以外にも、枝肉成績や飼料価格などの状況に合わせて柔軟に配合割合を調整できるため、各々が理想とする枝肉重量や肉質の牛肉生産が可能となる。すなわち、生産コストの削減だけではなく、収益の増加にもつなげることができる。

5.おわりに

 肥育経営を取り巻く状況が厳しい中、今回紹介した生産者は、それぞれが持つ経営理念を十分に実現できるような取り組みを行っていた。

 ここで、事例に共通する特徴について考察する。1つ目の特徴は、「牛のストレス軽減のために飼養スペースにゆとりを持たせた管理を行う」という点である。これによって、牛同士の接触によるけがなどの事故を予防することができ、ストレス軽減によって、肉質低下を抑えることもできる。この点は、特にブランド化などによって粗収益の向上を目指す経営にとって、大きなメリットとなる。一方で、通常より広いスペースを確保しなければならないため、牛舎増設などに向けて追加の設備投資が必要となる。これに対し、事例では畜産協会のコンサルタントから会計や財務管理の手法を学び、経営状況を改善したり、無利子・無担保資金などを活用して対応していた。

 2つ目の特徴は、「肉質の向上ひいては粗収益の向上のために飼料の自家配合を行っている」という点である。これは、飼料価格や牛の状態などに応じて、飼料の種類や給与量を調整することで、各経営が目指す肉質の牛肉生産が可能となり、飼料費の削減につながるという成果が見られた。ただし、各経営とも良質な牛肉の生産と飼料費の削減を両立させるため、日々、飼料の組み合せや給与方法を工夫しており、これが取り組み成功のカギとなろう。

 3つ目の特徴は、彼らの取り組みが一経営体だけで帰結するものでなく、近隣の肥育経営への技術伝達や、飼料の共同購入、堆肥と稲わらの積極的な交換などを通じて、地域との関わり合いの中で実践されている点である。結果的に、地域農業の活性化に貢献するだけでなく、スケールメリットを活かした飼料費の削減も達成している。

 以上のように、小規模の家族経営においても、これら一つ一つの取り組みの積み重ねによって、100頭程度の規模の経営安定と発展につなげていくことができると考えられる。

 最後に、事例として紹介させていただいた各生産者の皆様をはじめ、お忙しい中、調査にご協力いただいた関係団体の皆様に心より感謝申し上げます。
 

 


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