海外情報 寄稿  畜産の情報 2013年9月号

ロシア連邦におけるアフリカ豚コレラの現状:
欧州および欧州を越えるリスク要因(後編)

国際連合食糧農業機関

※執筆者、Sergei Khomenko (a), Daniel Beltrán-Alcrudo(a), Andriy Rozstalnyy (a), Andrey Gogin (b),
  Denis Kolbasov(b), Julio Pinto(a), Juan Lubroth(a) , Vincent Martin(a)
  (a) Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO)
  (b) All-Russian Scientific Research Institute of Veterinary Virology and Microbiology (Pokrov, Russian Federation)

4.発生確認と防疫対策の課題

 アフリカ豚コレラ(以下、「ASF」という。)はウイルスが短期間しか血液に存在しないことや高い死亡率を特徴とするため、能動的なサーベイランス(機構注;家畜衛生当局などが主体となって疾病発生の情報を得ること)のみでは発生を的確に確認することが困難である。

 このため、疾病の確認は受動的なサーベイランス(機構注;生産者等の届出が主体となって疾病発生の情報を得ること)に大きく依存せざるを得ない。これは、生産者からの確実な届出、病性鑑定施設での迅速な診断、適切な補償制度が重要となる。特に診断については、次のことを留意することが重要である。(1)豚コレラとの類症鑑別も必要となるため、臨床診断は専門の施設で確認すること、(2)豚舎の豚群で急性に伝播しないため、特に大規模な企業養豚施設において、死亡率の変化のみでは、発生の有無が確認できないこと、(3)一般に臨床症状を呈さないため、未発生地域や初発の場合、発生を見逃すことがあること。

 このことが、すべての養豚生産現場においても、新たな発生を適時適切に確認することを困難にし、その結果、発生確認の著しい遅れの原因となる。

 2009年から11年の間、(大半の事例は死亡によって感染が確認されるが)最初の徴候から確定診断までに要した日数は平均で4.6日、最長で11日であった。このような確定診断の遅れが、感染家畜のと畜や汚染した豚肉製品の広範囲な流通を招く。また、水際の検疫や防疫措置は予算的制約もあり、確定診断後さらに遅れて実施される。ロシア連邦(以下、「ロシア」という。)では、法令に基づく全農畜産物を対象とした発生地域からの流通停止措置は、地方自治体や利害関係者が流通を止めるだけの合理的な理由が明らかではないとして、非協力的であり、さらに数週間、数カ月も遅れることもある。

 また、ロシアの発生から得た貴重な教訓としては、防疫方針は、豚で夏と秋、イノシシで春と冬にまん延するという発生の季節変動を考慮すべき、ということである(機構注;前編3.(2)参照)。

5.地勢的リスク評価

 ロシアの発生状況と最新の発生予測を考慮すると、ロシアが直ぐにASFを撲滅できる可能性は低い。ASFは今後数年間、東欧全域の食料安全保障の脅威となるものと考えられる。東欧諸国、特にロシアと隣接する国は、長期間に亘ってASFの侵入リスクを回避する必要がある。

 ロシアにおける発生地域と発生の季節変動をみると、LB(機構注;前編2.(1)参照。バイオセキュリティの水準が低い施設での生産。零細農家など小規模な養豚経営体を示す。以下同じ)で飼養される豚が感染維持の主因とみられる。このため、ロシアと隣接する国のうち、LBが養豚生産の主体である国は、ASFの侵入と常在化に対して、極めてぜい弱であるといえる。つまり、リスクが極めて高い国は、モルドバ共和国、ウクライナ、ラトビア(全飼養頭数に占めるLBの飼養頭数割合が55〜83%)である。リスクが高い国は、企業養豚が主体である、リトアニア、ベラルーシ、エストニア(同9〜27%)である。

 旧ソ連諸国は経済的、文化的な繋がりが強く、これらの国々の国境には、(個人消費の肉製品を対象とした動物検疫の観点において)抜け道が多く存在する。特にロシアと関税同盟を結ぶベラルーシとカザフスタンでは、ロシアとの国境で、このような検疫はほとんど機能していない。こうした国は、ASF対策にかかる予算確保を重要課題とすべきである。

 FAOが作成した豚とイノシシの個体数の分布図およびリスクマップによると、欧州はLBがかなり広範囲に分布しており、発生リスクが潜在的に高いといえる(図8)。
表1 ロシアおよびロシアに隣接する国の豚とイノシシの頭数等

注1:豚の飼養密度およびイノシシの生息密度は、1平方キロメートルあたりの頭数。カッコ内の数字は、地方単
   位での範囲を 示す。
注2:赤字は発生国

図7 欧州におけるイノシシの生息密度(05年〜11年)

図8 欧州におけるLBで飼養される豚の密度(08年〜11年)

 豚の飼養密度や飼養形態、道路網の整備状況、およびロシア南部で特定されたまん延リスク要因に基づいて作成されたモデルでは、東欧の大宗の地域で常在化するリスクが高いと分析されている。

 感染サイクルと防疫対策がロシアと同様と仮定した場合、バルカン諸国、ドイツ南部、モルドバ共和国、ウクライナ西部、ルーマニアは特に、発生リスクが高い。

 新たな地域で発生すると、ロシア南部で特定された要因以外も伝播に重要な役割を果たすようになるため、国境を越える侵入経路やその後の発生拡大のメカニズムを予見するのはより困難となる。

 イノシシの生息密度がロシアよりも高い国、すなわち、ベラルーシ、エストニア、ラトビア、リトアニア、ウクライナ(表1と図7)では、ロシアとは異なり、イノシシが発生拡大に重要な役割を担うことになるであろう。その結果、これらの国では、発生が通年でみられる可能性があると考えられる(機構注;前編3.(1)参照)。イノシシは、感受性動物の全個体数のわずか1.9パーセントを占めるに過ぎないが(表1)、イノシシが野生動物であることを考慮すると、イノシシに対する防疫対策は、極めて難しい課題となる。

 ここではヒメダニ(Ornithodoros ticks)が、ウイルスを媒介する可能性は考慮していない。寄生宿主が豚かイノシシかは別として、多様な品種のヒメダニの分布と生息密度、ダニでのウイルス増殖については、いまだ解明されていない。ヒメダニが旧ソ連の南緯度地帯に生息することは確認されているが、ダニとウイルス増殖に関する研究報告はわずかにあるだけで、この分野での研究の進展が急がれている。

 発生リスクがある国における侵入経路と発生拡大のメカニズムは、ロシアで確認されたものと異なるとは考えられない。ウクライナの発生事例をみると、豚に給与される残飯のもととなる汚染した食肉は、ロシアの近隣諸国に限らず広範囲の地域に流通していた(機構注;前編3.(4)参照)。これが、ウイルスの侵入経路として最も可能性が高い。また、過去、グルジアからロシア(チェチェン共和国)へのウイルスの侵入をみると、イノシシが国境を越えた伝播の要因となる可能性も無視できない。

6.ウクライナへの侵入経路

 ウクライナは、農村人口が全体の32パーセントを占め、豚の飼養頭数が820万頭で比較的多いことを考慮すると(全飼養頭数に占めるLBで飼養される豚の頭数割合は56.1%)、欧州への侵入を考える上で、極めて重要な国である。幸いなことに、ロシアと隣接するウクライナ東部は、農村人口の割合が低く、養豚経営体の大宗が企業養豚である(図9)。しかしながら、州単位でみると、LBが徐々にではあるが、着実に増加傾向にある(図9)。

 この傾向は、LBが主体であるウクライナ中央部や西部へ侵入すると、防疫措置は極めて困難になることを意味する。さらに、イノシシ(図9)やダニが媒介すると、防疫措置は一層困難なものになると考えられる。12年7月の初発以降、ウクライナが講じた防疫措置は効果的であった。ただし、ウクライナでもロシアで見られたような発生拡大要因が増加すると、ウクライナへの侵入リスクは今後高まるものと見込まれる。

 ウクライナは、2,295キロメートルにわたりロシアと国境を接する。この国境沿いに検問所が設置されている。この検問所の不適切な検査が、汚染した肉製品を流通させる原因となる。ウクライナにはロシアの国境沿いに、主要な国境検問所が43カ所(道路検問所23カ所、鉄道検問所16カ所、フェリー検問所1カ所など)設置され、さらに、国境付近の住民が徒歩でのみ通過できる簡易の検問所も21カ所ある。これらの検問所では、汚染した食肉の持ち込みを防止できていない(ウクライナ国境警備隊、http://www.dpsu.gov.ua)。

 アゾフ海におけるロシアとウクライナとの間の海上国境は、公式には未確定である。このため、海上貨物への検査や密輸の取締りも、まったく実施されていない。さらに、非公式であるが、臨時労働者だけでも200万〜700万人がロシアや欧州諸国で就労しているという報告がある。合法あるいは非合法の大規模な越境−移民労働者、観光客、難民、亡命者−も重要な問題であることを認識すべきである。他の報告でも、ウクライナの臨時労働者450万人(うちロシアが200万人、EUが170万人)が外国で就労する。このような何百万人は、海外へ渡るごとに地元で安価な食料品を買い込み海外へ持ち出す、あるいは、地元で生産された食料品を小包として定期的に受け取っているものとみられている。

図9 ウクライナでの発生と豚・イノシシの分布等

7.リスク国を対象としたリスク管理の選択肢

 清浄地域において、的確な発生予防と迅速なまん延防止措置は、清浄性維持に極めて重要である。防疫措置は、サーベイランス、疫学検査、感染群の追跡、感染群のとう汰が基本となる。当該措置は、厳格な水際の検疫、(特に残飯の給与に関連した)バイオセキュリティの改善、家畜の移動制限と組み合わせることになる。ロシアの事例から得た情報を参考として、防疫方針を策定するに際し、考慮すべき事項は以下のとおりである。

(1)予防と早期発見

・関係者の防疫意識の向上は、すべての段階で重要な意味を持つ。ロシアでの現況を見ると、零細農家は勿論、養豚生産者に限らず、小売店、仲買人、と畜場など食肉流通全体の関係者が防疫意識の向上に取り組むべきである。特に、早期届出への関係者の協力は、速やかに発生を確認する唯一の方法といえる。このため、関係者は、疾病の予防法と特徴的な臨床症状をあらかじめ習得しておく必要があり、発生の届出の重要性も理解すべきである。

・LBにおけるバイオセキュリティの改善は、慎重に取り組むべき課題である。放牧養豚は、バイオセキュリティがまったく考慮されておらず、防疫対策の課題の1つである。伝統的な放牧養豚では、飼料の給与はほとんど行われておらず、放牧養豚の理念に反する豚舎での飼養を促すことは難しい。同様に、残飯の給与はコスト面でメリットがあり、これを禁止することは容易ではない。このため、生産者に対し、豚肉(副産物を含む)の給与自粛や、煮沸した残飯の使用などを啓発する ことが、実行可能な解決策である。

・侵入経路としてのイノシシの関与は、補足的な課題である。ハンターに対し、疾病の情報を十分に提供し、病気あるいは死亡したイノシシの届出の重要性をあらかじめ周知しておくべきである。また、発生地域周辺で実施されるイノシシを対象とした受動的なサーベイランスも、早期発見に つながる。

・ASF発生国からの大勢の臨時労働者、海外移住者、国境付近の住民やそこへの旅行者は、ウイルスを持ち込む最大のリスクと考えてよい。このような人々は、汚染の可能性のある豚肉製品を手荷物として携帯(または郵送)することになる。このような人々を対象とした防疫意識の向上が、侵入リスクを最小限とする重要な取組となる。検問所や港湾施設でのポスターの掲示、リーフレットの配布など、防疫意識の向上を目的とした啓発活動は、厳格な入国管理や罰金と同様の効果を発揮する。

(2)防疫対策

・豚とイノシシの分布に関する詳細な情報(養豚場の登録記録、零細農家で飼養される豚の検査記録、イノシシの個体数の分布図と給餌の場所等)は、発生源の特定、経済的な損失の予測、疫学的評価、防疫対策の改善等に大きく寄与する。

・イノシシに対する防疫対策については、イノシシに関する事項を所轄する部局と(おそらくはハンター協会を通じた)ハンターとが緊密に連携し、あらかじめ決めておくことが重要である。

・発生拡大や発生の季節変動に関する予測の向上、流通関係者を含めた発生要因の特定およびLBを対象とした実現可能な防疫対策に資するため、零細農家のことをよく理解すべきである。

・的確な防疫措置は、発生直後の数時間が極めて重要であり、この初動対応が発生拡大を防止する唯一の方法と考えてよい。初動対応を円滑に実施するため、迅速な人員動員の方策、速やかな情報伝達経路の確保、明確な役割分担などを防疫方針に盛り込んでおくことが必要である。

・感染豚などの確実なとう汰には、損失補償制度は欠かせない。補償制度が未整備の場合、とう汰は農家の強い反発を招く。つまり、農家は発生の届出よりも、感染豚のと畜(食肉販売)、あるいは死体の不法な処分を優先してしまう。なお、感染家畜の処分は、アニマルウェルフェアに配慮することも重要である。

・イノシシにおける防疫対策は、複雑かつセンシティブな問題であり、慎重な検討が求められる。(発生前に実施される)予防的な個体数の調整は、個体数の密度が高すぎる場合、イノシシが関与するリスクを低減させるために実施される。この際、野生動物の専門家による適正な評価は必要である。発生後の緊急的な個体数の調整は、感染した個体の分散を招き、逆効果となる場合がある。一方、イノシシへの補足的な給餌の停止は、イノシシ間の接触の機会を減らし、感染リスクの低下に有効であると考えられる。

8.結論

 08年以降、ASFは、ロシアの特定地域において常在化し、新たな地域へも拡大している。イノシシの生息密度が最も高い地域であるトベルスカヤ州を含めて、発生した30の行政区のうち半数で、常在化、あるいはその傾向が高まっている。本稿にあるデータの分析は、発生地域および発生リスクのある国に対し、貴重な資料となるであろう。

 ロシアでは、発生リスクが高まる季節は、豚では夏と秋、イノシシでは春の終わりと冬である。LBでの発生事例の大半は、汚染した豚肉の残飯給与が感染源である。このことは、豚肉や豚肉製品がウイルスの感染性の維持に役割を担っていることに起因する(機構注;前編3.(3)参照)。防疫措置が的確に講じられない場合、LBで飼養される豚はASFを伝播する可能性を常に維持しており、その結果、季節変動に伴って、発生が企業経営体などバイオセキュリティの水準の高い施設へ拡大することになる(機構注;前編3.(1)参照)。

 発生を的確に確認することは難しく、しばしば発生の確認が遅れてしまうことがある。このため、発生地域で生産された豚肉製品が、発生地域外へ流通することにより、さらなる発生拡大を招いている。また、イノシシでの発生は一般に、LB由来の感染豚の死体を不法に処分することにより、引き起こされている(機構注;前編3.(5)参照)。現在まで、イノシシでの感染サイクルは、時期的かつ地勢的にも限定的である。しかしながら、イノシシの生息密度の高い地域において、一旦発生すると、イノシシが通年の伝播要因になり得ると考えられる。つまり、越境する発生では、イノシシが深く関与することを想定しておくべきである。

 ロシアでの流行とLBで飼養される豚の高い割合、さらにイノシシの生息密度がロシアから東欧にかけて漸次的に高くなることは、東欧さらには西欧にも発生するリスクがあることを意味する。

 特にウクライナ、モルドバ共和国、カザフスタン、ラトビアは、ウイルスの侵入と特定の地域での常在化に対して、最もぜい弱な国である。このような国は、ロシアの経験を学び、防疫対策にかかる予算を確保しつつ、早期の発見と防疫対策への準備を図るべきである。その際、散発的な発生は必ず起こり得ると想定し、初動対応をいかに迅速かつ的確にとるのかを考えるべきである。

【「畜産の情報」の読者の皆さんへ】

 アフリカ豚コレラ(ASF)は、特定のダニおよび汚染した豚肉の飼料給与によって、感染し、豚に重篤な症状を引き起こす。

 2007年、南部アフリカからグルジアに侵入したASFは、コーカサスとロシアでまん延した。最近では、2012年にウクライナ、2013年にベラルーシにも侵入している。

 ロシアでは、ASFの発生によって60万頭以上の豚が死亡あるいはとう汰し、その被害額は、間接的な損失も含めると300億ルーブル(約1,000億円)に達している。ASFがいかに国民生活、豚肉の国際需給などに大きな影響を及ぼすかがわかる。

 ASFの防疫方針の策定に際して、豚肉の感染源としての役割、発生の季節変動など、ロシアの発生から得られた知見を参考にするとよいであろう。

最後に、本稿が日本の関係者にとって有用な情報となることを期待する。

                                 FAO, Daniel Beltrán-Alcrudo

 

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